【完結】おっさん、初めて猫を飼う。~ナル物語~

水瀬 とろん

文字の大きさ
上 下
31 / 50
第二章

第31話 係長の犬2

しおりを挟む
 玄関の横、犬の居る部屋から激しく吠える声が聞こえた。

「シャーリーのお散歩の時間ね。私が行ってくるわ。あなたはお客様と飲んでいてくださいな」

 係長の奥さんが犬の元へ行こうとキッチンから声を掛けてきた。

「奥さん、すぐに犬の所に行っちゃダメっすよ」
「えっ!」と立ち止まる奥さんに西岡が言う。
「そうやって犬の言う事を全て聞いていると、いつまでたっても躾けはできないっす」

 さっきの犬の部屋での様子や今の吠え方を聞いていると、犬がこの家のリーダーになっていると西岡は言う。

「犬は群れで生活する動物っす。その中で力の強いものが群れを守る役目をするんすよ。それが自分だとあの犬は思ってるんす」

 お~、西岡がまともな事を言っているぞ。
 平日の散歩は奥さんが受け持っているそうで、朝と晩一日二回同じ時間にシャーリーが吠えるので、その時間に散歩に連れて行っていると言っている。
 自分の言う事を聞いてくれる人間がいると、犬はその人間を自分の下だと思うらしい。

「この家族の中で一番上が、あの犬になっているっすね」
「いや、いや。家族の中では家長であるわしが一番だぞ。帰ってきたらシャーリーも尻尾を振って喜んでいるぞ」
「そりゃ、仲間が帰ってくれば嬉しくなると思いますよ。でもさっきみたいに他人がいると仲間を守るために吠え続けるんす」

 確かに犬が吠えるのを係長は止める事ができなかった。この家には息子さんも居るようだが、息子さんや奥さんも吠えるのを止める事はできないと言う。

「じゃあ、どうすればいいんだ……」
「まず散歩は、犬の時間じゃなくて人が決めればいいっす。時間もバラバラで大丈夫っす」

 別に同じ時間じゃなくて、人の都合に合わせればいいそうだ。犬種によって一日一回とか二回とかあるそうだが、回数よりも一日の運動量、散歩の距離の方が大事らしい。

 シャリーに『待て』はできるかと聞いたら、『お手』はできるものの『待て』はおろか『お座り』もできないと言っている。完全に犬の方が上だとシャリーは思っていると西岡は言う。

「それなら、食事の時に待てやお座りを教えたらいいっす」

 餌を持って行った時に興奮する犬がいるそうだが、シャーリーもそうらしい。興奮が収まるまで餌を見せないようにするといいと西岡は言う。落ち着いたら餌をあげる、その次はお座りができたら餌をあげるというように教えていくそうだ。

 いつまでも興奮が収まらなければ、餌を与えずに部屋を出て時間を空けてもう一度すればいいらしい。

「本当にそんな事をしてもいいのか? 虐待にならないのかね」
「その代わり、言う事を聞いた時は褒めてやればいいんすよ」

 仔犬の頃から甘やかして育ててきて、犬がしてほしい事を率先してやってあげたらしい。その方が犬も喜んで家族も幸せだと係長は考えていたようだな。そう勘違いしている飼い主も多いのだろうが、人と一緒に暮らす限りにおいて、躾けは大事な事だろう。

『待て』も最初はできなくても、根気強く教えてやればちゃんとできるようになるそうだ。

「でも、そんなに服従させて犬が可哀想じゃないのか? 自由に行動できなくてストレスが溜まるだろう」
「犬はリーダーに従って生きていく方が幸せなんすよ」

 群れで行動する犬にとって、色んな事を決めてくれるリーダーの下にいる方がいいそうだ。縄張りの見回りや体を張って群れを守るのはリーダーに任せ、残りの犬はそれに従った方が楽できるからな。

 普通は群れの中で一番賢くて強い犬がリーダーになるそうだが、一匹のペットだとその選抜が行なわれない。リーダーとしての素質が有ろうが無かろうが、飼い主がリーダーにならないなら犬がリーダーになる他ない。
 シャーリーは人間だと二十歳ぐらいだそうだ。まだ若く能力も無いのにリーダーとしての役目を無理に果たそうとしているのかもしれないな。そちらの方がシャーリーにとっては不幸な事だろう。

「そういうものなのか。シャーリーには幸せでいてもらいたいんだが……」

 係長はまだ納得していないようだが、努力するようにしようと言っている。その後も散歩の仕方やリードの持ち方などを西岡に教わっていた。
 奥さんは散歩でシャーリーに引っ張られて困っていたと言う。西岡にどうやって散歩をするのか熱心に聞いていたな。

 西岡でもちゃんと役に立つことがあるんだな。俺は少しだけ西岡を見直した。

 しかし、この家族は犬を飼う前にちゃんと考えて飼う事を決めたのだろうか。安易にペットショップで可愛いからと買ったんじゃないのか? 店員もこの家族に対して飼う上で注意する事柄の説明やアフターサービスくらいはするだろうが、飼い主として適正かどうかの責任は負わない。適性が無くとも買うと言われれば、商品として売るのがペットショップというものだからな。

 ペットとして動物を飼うと決めたなら、その動物のために人間がしなきゃならん事は沢山ある。それをちゃんとするのが人間の責任だろう。躾を含めそんな事もできなければ、それこそ犬以下の人間という事になる。

 奥さんは西岡に教えてもらった方法で散歩してみるとシャーリーと外に出て行った。ここの犬が人間社会とうまく付き合っていけるように、飼い主には頑張ってもらいたいものだ。今の日本の現状では仕方ないのかもしれないが、この家族が犬を持て余して捨てて、最後は殺処分とならないように願うばかりだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。 雨の神様がもてなす甘味処。 祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。 彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。 心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー? 神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。 アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21 ※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。 (2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

真理子とみどり沖縄で古書カフェ店をはじめました~もふもふや不思議な人が集う場所

なかじまあゆこ
キャラ文芸
真理子とみどり沖縄で古書カフェ店をはじめました!そこにやって来るお客様は不思議な動物や人達でした。 真理子はある日『沖縄で夢を売りませんか? 古書カフェ店の雇われ店長募集。もふもふ』と書かれている張り紙を見つけた。その張り紙を見た真理子は、店長にどうしてもなりたいと強く思った。 友達のみどりと一緒に古書カフェ店の店長として働くことになった真理子だけど……。雇い主は猫に似た不思議な雰囲気の漂う男性だった。 ドジな真理子としっかり者のみどりの沖縄古書カフェに集まる不思議な動物や人達のちょっと不思議な物語です。 どうぞよろしくお願いします(^-^)/

あやかし憑き男子高生の身元引受人になりました

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
キャラ文芸
【あやかし×謎解き×家族愛…ですよね?】 憎き実家からめでたく勘当され、単身「何でも屋」を営む、七々扇暁(ななおうぎあきら)、28歳。 そんなある日、甥を名乗る少年・千晶(ちあき)が現れる。 「ここに自分を置いてほしい」と懇願されるが、どうやらこの少年、ただの愛想の良い美少年ではないようで――? あやかしと家族。心温まる絆のストーリー、連載開始です。 ※ノベマ!、魔法のiらんど、小説家になろうに同作掲載しております

かちょもふっ~課長と始めるもふもふライフ~

恵喜 どうこ
キャラ文芸
俺、小宮山誠一郎はとある企業の課長職に就いている。そんな俺に部下である妹尾隆成は『バレンタインの贈り物』と言って、とんでもないものを手渡してきた。 箱の中にいたのはチョコレートではなく、白い毛のふわふわした小さなもの。 そう、子猫だった! 「俺のマンションは動物飼育は禁止だ」 「じゃあ、ここで育てましょう」 つぶらな目に根負けし、猫素人の俺がオフィスでもふもふを育てることになってしまったのだが、事はそれにとどまらず―― 40歳独身、彼女なしの課長と天然系かわいい男子社員が送る愛に満ちた育成物語、いざ開幕。 ※課長と始めるもふもふライフ、略して『かちょもふ』! 気軽にそう呼んでくださるとうれしいです!

処理中です...