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第一章
第12話 三分間だけの勇者
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昨晩、ナルと一緒に廊下の探検をした。今日は休日だ。昼間にナルを部屋の前の廊下に出してみようと思う。昼間の明るい時間にも、この廊下でナルの興味をもつ物があるかもしれん。このマンションの外に出て行く心配はないようだが、一応紐を繋いで一緒に出るつもりだ。
ドアを少しだけ開いて、俺たちはいたずらをする子供のようにそっとドアの隙間から外の様子を探る。
「人はいないようだぞ。出てみるか」
ドアを半分開けた状態にしておいて、廊下にこっそりと出てみる。ナルも警戒しつつ表玄関に通じる南階段の方に向かう。
ナルは少し恐いのだろうが興味の方が上回っている。辺りをキョロキョロしながらゆっくりと進む。
すると階段の方から誰かが上に上がってくる足音がした。俺が反転して急いで部屋に戻ろうとすると、ナルも反転してすごい勢いで走り出す。首輪につないだ紐が引っ張られて、手を離してやるとナルは全速力で半分開いたドアに中へと飛び込んでいった。
階段を登ってきた人は、この階の住民じゃないようでそのまま上の階へと上って行く。
「ナル。恐かったな。でも面白かっただろう」
部屋の中でナルを撫でてやると目を細めてミャーと鳴く。たまにはこういうのもいいもんだ。でもナルよ、飼い主の俺を置いて先に逃げ帰るなよ。
その日の夜、ナルが外に出たいとドアを引っ掻く。ドアを少し開いてやるとゆっくりと廊下に出て行く。ドアを開けたままにして様子を見ると、ひとりで階段の方にゆっくりと向かい、階段手前で止まって辺りの様子を覗っているようだ。
二、三分程するとこちらに向かって駆け足で帰って来る。この廊下にも興味はあるのだろうがやはり怖いのだろう、すぐに部屋へと戻ってくる。こりゃ、三分間だけの勇者だな。
その後、一週間に一回ぐらいは外に出たいとドアの前に立つようになった。
俺はドアの外側、下の方にナルの目印になるように小さなプレートを張り付けた。
「いいか、ナル。このプレートのあるドアが俺たちの部屋だ。帰りたいときはこのドアを引っ掻くようにしてくれ」
ナルが帰って来るときに他のドアと間違わないようにする。ナルも分かってくれたようで、廊下に出て気が済んだらドアを引っ掻いて俺に知らせてくれるようになった。なかなか賢い猫だな。
ナルは非常階段から見る夜景が気に入ったようで、よく手すりの下の方でじっとして夜景を見つめている。
そんなある日、三分を過ぎてもナルが帰ってこない。ドアを開けて廊下を見たがナルがいない。
「ナォ~ン、ナォ~ン」
「わっ、あのバカ猫。そこは三階だろうが」
ちょうど真上の部屋、三〇七号室の辺りからナルの声がする。慌てて非常階段から三階まで上がると、端からふたつ目にある他人の部屋のドアに向って鳴いている。急いでナルを抱きかかえ俺たちの部屋へと戻る。たぶん階段で人が来たのに驚いて上の階に上がってしまったんだろう。
賢い奴だと思ったが、同じドアの並ぶ五階建てのマンション。俺たちの居る階までは把握できないようだな。
犬は人につき、猫は家につくと言う。猫は家を中心とした縄張りを持ちその中で生活するらしい。
廊下はナルにとっては、広がった自分の縄張りになるのだろうか。まあ、ナルの好きなように暮らしてくれればいいさ。
ナルには家の中でも、自分だけの場所というものがあるようだ。電子レンジを乗せているサイドテーブルの奥にある、壁に面した狭い空間だ。
「そこだと狭すぎるだろ」
テーブル一段目の天井がナルの頭に当たりそうだ。テーブルの足の下に要らなくなった雑誌を挟んで少し高くしてやった事がある。するとナルがその壁際の場所に入らなくなった。
「なんだよ。折角高くしてやったのに気に入らないのかよ」
雑誌を抜き取り、元の高さにするとまたその場所に入るようになった。どうもナルにも拘りがあるようだな、俺には分からない良さがそこにはあるのだろう。
後は冷蔵庫の上か、奥の部屋にあるテレビ台の裏側だな。だが猫は気まぐれだ。気に入った場所も一週間ぐらいで場所を移っていくようだ。ナルが居ないなと思ったときはこの三ヵ所を探せば、必ずその場所にナルがいる。
大概は寝ているが、起きていて俺と目が合っても、今は静かにここに居させてとばかりにプイッと顔を背ける。
まあ、ナルのプライベート空間なんだろう、俺もそのまま静かにしておく。
猫とは気ままな生き物だ。遊んでほしい時は甘えてくるが、基本は単独行動だ。
だから俺が会社に出て家を留守にしていても、それほど寂しくはないのだろう。俺が帰って来るとお出迎えはしてくれるが、餌を用意すると、食事に夢中になる。まあ、猫というのはそのような動物なのだろう。人間に合わせる事もないさ。
だが、飼い主と共同で生活している事はちゃんと分かっている。名前を呼べば「ミャ~」と返事をして寄ってくる。俺の食事が気になってテーブルに手を伸ばしてくる事もあるが「こら!」と叱ると手を引っ込めて食事の邪魔はしない。
多分、犬とは違うのだろう。主従関係ではなく、お互いが相手の事を尊重して共同で暮らしている、そんな生活に俺は満足している。
ナルとの生活はまだまだ続く。お互いが居心地の良い空間にしていきたいもんだ。
ドアを少しだけ開いて、俺たちはいたずらをする子供のようにそっとドアの隙間から外の様子を探る。
「人はいないようだぞ。出てみるか」
ドアを半分開けた状態にしておいて、廊下にこっそりと出てみる。ナルも警戒しつつ表玄関に通じる南階段の方に向かう。
ナルは少し恐いのだろうが興味の方が上回っている。辺りをキョロキョロしながらゆっくりと進む。
すると階段の方から誰かが上に上がってくる足音がした。俺が反転して急いで部屋に戻ろうとすると、ナルも反転してすごい勢いで走り出す。首輪につないだ紐が引っ張られて、手を離してやるとナルは全速力で半分開いたドアに中へと飛び込んでいった。
階段を登ってきた人は、この階の住民じゃないようでそのまま上の階へと上って行く。
「ナル。恐かったな。でも面白かっただろう」
部屋の中でナルを撫でてやると目を細めてミャーと鳴く。たまにはこういうのもいいもんだ。でもナルよ、飼い主の俺を置いて先に逃げ帰るなよ。
その日の夜、ナルが外に出たいとドアを引っ掻く。ドアを少し開いてやるとゆっくりと廊下に出て行く。ドアを開けたままにして様子を見ると、ひとりで階段の方にゆっくりと向かい、階段手前で止まって辺りの様子を覗っているようだ。
二、三分程するとこちらに向かって駆け足で帰って来る。この廊下にも興味はあるのだろうがやはり怖いのだろう、すぐに部屋へと戻ってくる。こりゃ、三分間だけの勇者だな。
その後、一週間に一回ぐらいは外に出たいとドアの前に立つようになった。
俺はドアの外側、下の方にナルの目印になるように小さなプレートを張り付けた。
「いいか、ナル。このプレートのあるドアが俺たちの部屋だ。帰りたいときはこのドアを引っ掻くようにしてくれ」
ナルが帰って来るときに他のドアと間違わないようにする。ナルも分かってくれたようで、廊下に出て気が済んだらドアを引っ掻いて俺に知らせてくれるようになった。なかなか賢い猫だな。
ナルは非常階段から見る夜景が気に入ったようで、よく手すりの下の方でじっとして夜景を見つめている。
そんなある日、三分を過ぎてもナルが帰ってこない。ドアを開けて廊下を見たがナルがいない。
「ナォ~ン、ナォ~ン」
「わっ、あのバカ猫。そこは三階だろうが」
ちょうど真上の部屋、三〇七号室の辺りからナルの声がする。慌てて非常階段から三階まで上がると、端からふたつ目にある他人の部屋のドアに向って鳴いている。急いでナルを抱きかかえ俺たちの部屋へと戻る。たぶん階段で人が来たのに驚いて上の階に上がってしまったんだろう。
賢い奴だと思ったが、同じドアの並ぶ五階建てのマンション。俺たちの居る階までは把握できないようだな。
犬は人につき、猫は家につくと言う。猫は家を中心とした縄張りを持ちその中で生活するらしい。
廊下はナルにとっては、広がった自分の縄張りになるのだろうか。まあ、ナルの好きなように暮らしてくれればいいさ。
ナルには家の中でも、自分だけの場所というものがあるようだ。電子レンジを乗せているサイドテーブルの奥にある、壁に面した狭い空間だ。
「そこだと狭すぎるだろ」
テーブル一段目の天井がナルの頭に当たりそうだ。テーブルの足の下に要らなくなった雑誌を挟んで少し高くしてやった事がある。するとナルがその壁際の場所に入らなくなった。
「なんだよ。折角高くしてやったのに気に入らないのかよ」
雑誌を抜き取り、元の高さにするとまたその場所に入るようになった。どうもナルにも拘りがあるようだな、俺には分からない良さがそこにはあるのだろう。
後は冷蔵庫の上か、奥の部屋にあるテレビ台の裏側だな。だが猫は気まぐれだ。気に入った場所も一週間ぐらいで場所を移っていくようだ。ナルが居ないなと思ったときはこの三ヵ所を探せば、必ずその場所にナルがいる。
大概は寝ているが、起きていて俺と目が合っても、今は静かにここに居させてとばかりにプイッと顔を背ける。
まあ、ナルのプライベート空間なんだろう、俺もそのまま静かにしておく。
猫とは気ままな生き物だ。遊んでほしい時は甘えてくるが、基本は単独行動だ。
だから俺が会社に出て家を留守にしていても、それほど寂しくはないのだろう。俺が帰って来るとお出迎えはしてくれるが、餌を用意すると、食事に夢中になる。まあ、猫というのはそのような動物なのだろう。人間に合わせる事もないさ。
だが、飼い主と共同で生活している事はちゃんと分かっている。名前を呼べば「ミャ~」と返事をして寄ってくる。俺の食事が気になってテーブルに手を伸ばしてくる事もあるが「こら!」と叱ると手を引っ込めて食事の邪魔はしない。
多分、犬とは違うのだろう。主従関係ではなく、お互いが相手の事を尊重して共同で暮らしている、そんな生活に俺は満足している。
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