5 / 50
第一章
第5話 目覚まし
しおりを挟む
朝、遠くに女の人の声が聞こえた。美しい声だ、ここは夢の中なのか?
「ねえ、ねえ」と言っているようだが、舌足らずな可愛い感じの声だ。人の手が俺の頬に優しく触れる。温かくてなんだかプニプニしているぞ。その人の方に顔を向け目を開けると……あれ、鼻の頭が黒い。猫の顔? ナ、ナルじゃないか! そのナルの瞳がキラリと光る。
「イテッ!!」
頬に痛みを感じて飛び起きると、俺のすぐ横、布団の上には爪を出して片手を持ち上げているナルがいた。
「ニャ~オ~ン」
俺はナルに頬を引っ掛かれたようだ。まだ朝の六時前じゃないか。朝飯が欲しくて俺を起こしたのかよ。
「ナルよ~。もうちょっと優しく起こしてくれんか」
「ミャ~、ミャ~」
ナルに急かされてキッチンへと向かう。餌を小鉢に移してナルに与えると、余程腹が減っていたのかナルは夢中で餌を食べている。
「飯でも作るか」
いつも起きる時間より三十分以上早いじゃねえか。今日は会社だが七時半に家を出れば充分間に合う。まあ、たまには朝早く起きるのもいいか。
あくびをしながらも、トーストを焼く。
いつも見ない早朝のテレビ番組を見ながら朝食を食べていると何だか体がかゆいぞ。昨日ナルと布団で寝ていたが、もしかするとノミが移ったのか。
こりゃ困ったぞ。この部屋中ノミだらけになっちまう。急いで部屋中に殺虫剤を撒き、布団も広げて殺虫剤をかけるがまだ心配だな。
洗濯した方がいいな。俺は寝間着のスウェットを脱ぎ布団のシーツを外してベランダの洗濯機に放り込む。
ナルのシャンプーもしておくか。ノミの元凶はナルなんだから、ナルを洗わんとどうにもならん。
幸い昨日猫用のシャンプーも買って来ている。俺は下着のままナルの居るキッチンへと向かう。ナルは床に座って毛づくろいをしていたが抱き上げてバスルームに入る。
何だか訳が分からないと言うような顔で、俺に連れられて風呂場に来たナルだったが、シャワーから温かいお湯を出した途端急に嫌がって暴れる。
「すまんな。少し我慢してくれ」
足と手でナルを押さえながら猫用のシャンプーを使って全身を洗う。暴れるナルを何とか捕まえて体中を洗い流すと、黒い小さな丸い粒が水に流されている。死んだノミなんだろう。丹念に洗ってすすぎまですると、俺もビチャビチャに濡れてしまった。後でシャワーするから気にする事はない、まずはしっかりとナルを洗ってやらんとな。
先にナルを乾いたタオルで拭いて毛の水分を拭き取る。ナルを外に出してバスタオルで拭いてドライヤーで乾かす。これも嫌なのかナルは暴れてなかなか言う事を聞いてくれない。何とか体の水分を落としてある程度まで乾かす事ができた。バスタオルと普通のタオルを何枚か濡らしたがこれも洗濯機行きだな。
ナルは床で一生懸命自分の毛を舐めて毛づくろいしている。シャンプーが余程気に入らなかったかもしれんが、ちゃんと泡は洗い落としたし、口に入っても害になる事はないだろう。このまま放っておいても大丈夫だな。
「俺もシャワーを浴びるか」
会社に行く前にこんな事でシャワーを浴びるなど初めてのことだ。まあ、朝早かったし会社には間に合うだろう。
髭を剃ろうと鏡を見ると、朝ナルに引っ掻かれた頬に三本の傷跡があった。たいした傷じゃないだろうがちゃんと洗って薬を塗っておいたほうがいいな。
格好悪いが絆創膏も貼っておこう。朝からドタバタと騒がしくしたが、何とか支度を整えて入り口のドアを開ける。
「ナル。大人しくしてるんだぞ。夕方には帰って来るからな」
まだ毛づくろいをしているナルにそう言って玄関を出る。
駅まで歩いて三分、電車とモノレールを乗り継いで四十五分で職場に到着する。
「おはようございます。篠塚班長。あれ、頬、怪我されたんですか」
職場で女性社員から声をかけられた。
「ああ、ナル……いや、今朝、隣で寝ているかわいい子に引っ掻かれちまってな」
「まあ、まあ。朝からお盛んですね」
俺は職場では、独身でまったく女っ気が無いと認識されている。他愛もない冗談だと受け取られたようだ。やはり絆創膏は目立つか。もうしばらくしたら剥してもいいだろう。
始業のチャイムが鳴り席に着き仕事をしていると、係長から呼ばれた。
「お~い、篠塚君。ちょっと来てくれるか」
隣りの小さな会議屋に行くと、女性が一人係長の横に立っていた。
「今日から君の班で働いてもらう事になった、早瀬さんだ。よろしく頼むよ」
小柄で肩まで伸ばした茶色がかった髪。私服の紺のスカートに襟のあるブラウス、その上にまだ折り目のついた真新しい会社の上着を着た、いかにも新入社員と言った格好だ。
「早瀬 鳴海と言います。よろしくお願いします」
「ナル?」
「あっ、いえ。なるみです」
キョトンと大きな栗色の瞳でこちらを見てくる。最近はナルの事に掛かり切りだったから、ついつい聞き間違いをしてしまった。
「すまん、すまん。失礼した。飼っている猫がナルと言う名前なんで聞き間違えてしまったよ」
「えっ、班長も猫を飼っているんですか、私も一匹飼っているんですよ。まだ二歳にもなってないんですけど」
「ほう、そんな小さいのか」
「小さいと言っても、もう成猫ですよ。それでですね……」
隣りにいた係長がコホンと一つ咳払いをする。
「あ~、君たち。そういう話は昼休みにでもしてくれんかね」
「申し訳ありません、係長。早瀬さんも、すまなかったな。じゃあ、仕事の話をしようか」
「ねえ、ねえ」と言っているようだが、舌足らずな可愛い感じの声だ。人の手が俺の頬に優しく触れる。温かくてなんだかプニプニしているぞ。その人の方に顔を向け目を開けると……あれ、鼻の頭が黒い。猫の顔? ナ、ナルじゃないか! そのナルの瞳がキラリと光る。
「イテッ!!」
頬に痛みを感じて飛び起きると、俺のすぐ横、布団の上には爪を出して片手を持ち上げているナルがいた。
「ニャ~オ~ン」
俺はナルに頬を引っ掛かれたようだ。まだ朝の六時前じゃないか。朝飯が欲しくて俺を起こしたのかよ。
「ナルよ~。もうちょっと優しく起こしてくれんか」
「ミャ~、ミャ~」
ナルに急かされてキッチンへと向かう。餌を小鉢に移してナルに与えると、余程腹が減っていたのかナルは夢中で餌を食べている。
「飯でも作るか」
いつも起きる時間より三十分以上早いじゃねえか。今日は会社だが七時半に家を出れば充分間に合う。まあ、たまには朝早く起きるのもいいか。
あくびをしながらも、トーストを焼く。
いつも見ない早朝のテレビ番組を見ながら朝食を食べていると何だか体がかゆいぞ。昨日ナルと布団で寝ていたが、もしかするとノミが移ったのか。
こりゃ困ったぞ。この部屋中ノミだらけになっちまう。急いで部屋中に殺虫剤を撒き、布団も広げて殺虫剤をかけるがまだ心配だな。
洗濯した方がいいな。俺は寝間着のスウェットを脱ぎ布団のシーツを外してベランダの洗濯機に放り込む。
ナルのシャンプーもしておくか。ノミの元凶はナルなんだから、ナルを洗わんとどうにもならん。
幸い昨日猫用のシャンプーも買って来ている。俺は下着のままナルの居るキッチンへと向かう。ナルは床に座って毛づくろいをしていたが抱き上げてバスルームに入る。
何だか訳が分からないと言うような顔で、俺に連れられて風呂場に来たナルだったが、シャワーから温かいお湯を出した途端急に嫌がって暴れる。
「すまんな。少し我慢してくれ」
足と手でナルを押さえながら猫用のシャンプーを使って全身を洗う。暴れるナルを何とか捕まえて体中を洗い流すと、黒い小さな丸い粒が水に流されている。死んだノミなんだろう。丹念に洗ってすすぎまですると、俺もビチャビチャに濡れてしまった。後でシャワーするから気にする事はない、まずはしっかりとナルを洗ってやらんとな。
先にナルを乾いたタオルで拭いて毛の水分を拭き取る。ナルを外に出してバスタオルで拭いてドライヤーで乾かす。これも嫌なのかナルは暴れてなかなか言う事を聞いてくれない。何とか体の水分を落としてある程度まで乾かす事ができた。バスタオルと普通のタオルを何枚か濡らしたがこれも洗濯機行きだな。
ナルは床で一生懸命自分の毛を舐めて毛づくろいしている。シャンプーが余程気に入らなかったかもしれんが、ちゃんと泡は洗い落としたし、口に入っても害になる事はないだろう。このまま放っておいても大丈夫だな。
「俺もシャワーを浴びるか」
会社に行く前にこんな事でシャワーを浴びるなど初めてのことだ。まあ、朝早かったし会社には間に合うだろう。
髭を剃ろうと鏡を見ると、朝ナルに引っ掻かれた頬に三本の傷跡があった。たいした傷じゃないだろうがちゃんと洗って薬を塗っておいたほうがいいな。
格好悪いが絆創膏も貼っておこう。朝からドタバタと騒がしくしたが、何とか支度を整えて入り口のドアを開ける。
「ナル。大人しくしてるんだぞ。夕方には帰って来るからな」
まだ毛づくろいをしているナルにそう言って玄関を出る。
駅まで歩いて三分、電車とモノレールを乗り継いで四十五分で職場に到着する。
「おはようございます。篠塚班長。あれ、頬、怪我されたんですか」
職場で女性社員から声をかけられた。
「ああ、ナル……いや、今朝、隣で寝ているかわいい子に引っ掻かれちまってな」
「まあ、まあ。朝からお盛んですね」
俺は職場では、独身でまったく女っ気が無いと認識されている。他愛もない冗談だと受け取られたようだ。やはり絆創膏は目立つか。もうしばらくしたら剥してもいいだろう。
始業のチャイムが鳴り席に着き仕事をしていると、係長から呼ばれた。
「お~い、篠塚君。ちょっと来てくれるか」
隣りの小さな会議屋に行くと、女性が一人係長の横に立っていた。
「今日から君の班で働いてもらう事になった、早瀬さんだ。よろしく頼むよ」
小柄で肩まで伸ばした茶色がかった髪。私服の紺のスカートに襟のあるブラウス、その上にまだ折り目のついた真新しい会社の上着を着た、いかにも新入社員と言った格好だ。
「早瀬 鳴海と言います。よろしくお願いします」
「ナル?」
「あっ、いえ。なるみです」
キョトンと大きな栗色の瞳でこちらを見てくる。最近はナルの事に掛かり切りだったから、ついつい聞き間違いをしてしまった。
「すまん、すまん。失礼した。飼っている猫がナルと言う名前なんで聞き間違えてしまったよ」
「えっ、班長も猫を飼っているんですか、私も一匹飼っているんですよ。まだ二歳にもなってないんですけど」
「ほう、そんな小さいのか」
「小さいと言っても、もう成猫ですよ。それでですね……」
隣りにいた係長がコホンと一つ咳払いをする。
「あ~、君たち。そういう話は昼休みにでもしてくれんかね」
「申し訳ありません、係長。早瀬さんも、すまなかったな。じゃあ、仕事の話をしようか」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
逢汲彼方
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜
紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中です。投票よろしくお願いします!】
やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。
*あらすじ*
人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。
「”ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」
どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、”猫神様”の居場所はわからない。
迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。
そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。
彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。
ガダンの寛ぎお食事処
蒼緋 玲
キャラ文芸
**********************************************
とある屋敷の料理人ガダンは、
元魔術師団の魔術師で現在は
使用人として働いている。
日々の生活の中で欠かせない
三大欲求の一つ『食欲』
時には住人の心に寄り添った食事
時には酒と共に彩りある肴を提供
時には美味しさを求めて自ら買い付けへ
時には住人同士のメニュー論争まで
国有数の料理人として名を馳せても過言では
ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が
織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。
その先にある安らぎと癒しのひとときを
ご提供致します。
今日も今日とて
食堂と厨房の間にあるカウンターで
肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める
ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。
**********************************************
【一日5秒を私にください】
からの、ガダンのご飯物語です。
単独で読めますが原作を読んでいただけると、
登場キャラの人となりもわかって
味に深みが出るかもしれません(宣伝)
外部サイトにも投稿しています。
路地裏猫カフェで人生相談猫キック!?
RINFAM
キャラ文芸
「な、なんだ…これ?」
闇夜で薄っすら光る真っ白な猫に誘われるようにして、高層ビルの隙間を縫いつつ歩いて行った先には、ビルとビルの隙間に出来たであろうだだっ広い空間があった。
そしてそこに建っていたのは──
「……妖怪屋敷????」
いかにも妖怪かお化けでも住んでいそうな、今にも崩れ落ちてしまいそうなボロ屋だった。
さすがに腰が引けて、逃げ腰になっていると、白い猫は一声鳴いて、そのボロ屋へ入っていってしまう。
「お…おい……待ってくれよ…ッ」
こんなおどろおどろしい場所で一人きりにされ、俺は、慌てて白い猫を追いかけた。
猫が入っていったボロ屋に近づいてよく見てみると、入口らしい場所には立て看板が立てられていて。
「は??……猫カフェ??」
この恐ろしい見た目で猫カフェって、いったいなんの冗談なんだ??絶対に若い女子は近付かんだろ??つーか、おっさんの俺だって出来ることなら近寄りたくないぞ??
心を病んだ人だけが訪れる、不思議な『猫カフェ』の話。
青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -
鏡野ゆう
キャラ文芸
特別国家公務員の安住君は商店街裏のお寺の息子。久し振りに帰省したら何やら見覚えのある青い物体が。しかも実家の本堂には自分専用の青い奴。どうやら帰省中はこれを着る羽目になりそうな予感。
白い黒猫さんが書かれている『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
とクロスオーバーしているお話なので併せて読むと更に楽しんでもらえると思います。
そして主人公の安住君は『恋と愛とで抱きしめて』に登場する安住さん。なんと彼の若かりし頃の姿なのです。それから閑話のウサギさんこと白崎暁里は饕餮さんが書かれている『あかりを追う警察官』の籐志朗さんのところにお嫁に行くことになったキャラクターです。
※キーボ君のイラストは白い黒猫さんにお借りしたものです※
※饕餮さんが書かれている「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々」、篠宮楓さんが書かれている『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の登場人物もちらりと出てきます※
※自サイト、小説家になろうでも公開中※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる