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第2章 シャウラ村編

第37話 病気の親子2

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 空き家には綺麗な水と数日分の食料が用意されていた。まずはお湯を沸かして煮沸消毒からだな。かまどで作業していると扉が開いて、村長が家の中に入って来た。

「村長! あんたがここに来たら、病気になってしまうぞ」
「その母親を治療する者が必要じゃろう。わしなら老い先短いからのう」

 死ぬ覚悟で来てくれたのか。これは誇張でも何でもない。年老いた村長だ、ちょっとした風邪でも命に危険が及ぶ。俺が連れて来た余所者を見捨てることなく、力を貸してくれるというのか……。

「分かった。少し待っていてくれ」

 消毒した布を切り、何枚ものマスクを作る。ネクスのお母さんと村長、俺とカリンもマスクをつけ、洗面器に綺麗な水を入れて、いつでも手を洗えるようにしておく。

「村長。患者に触った手で目を擦らないでくれ」

 完璧ではないが、感染の危険を少しでも減らしたい。俺の知っている知識を総動員する。病人を連れて来たのは俺だ。村長に感染させる訳にはいかない。
 村長は薬草を、俺とカリンは光魔法で治療を続ける。カリンはそんな俺の傍でいつも励まし助けてくれる。やはり俺にはこんな家族が必要なのだとしみじみ感じる……ありがとう、カリン。

 水や食料の補充が来たようだ。家から離れた場所に置かれ、俺が取りに行く。その時、遠くでアイシャとチセが俺を見守ってくれているのが見えた。元気だと手を振ると、手を振り返してくれるが、やはり心配そうにしているな。

「すまないな、アイシャ。もう少し我慢してくれ……」

 俺の声は届かないが、謝らせてもらう。


 ◇
 ◇

「村長さん。どうして見ず知らずのあたしの為に、こんな治療までしてくれるんだい」
「そうじゃのう。あんたらを救いたいと想い願ったのは、冒険者のユヅキじゃ。わしら村人も、そんな想いに救われた」
「ユヅキさんの想い……」

「最初はわしらも見ず知らずの村人。そんなわしらをあの人は危険を冒して助けてくれた。あんたらもその想いに連なる者じゃ」
「だけどあたしは、あの人が信じられず、村に来る事を一度断ったんだよ」
「ユヅキの奥さんに聞いた話じゃが、あんたらを手助けするのを相当迷ったそうじゃ。見捨てる事も考えたという。その意味は分かるじゃろう」
「困っているのは、あたし達だけじゃないからね。助ける義理も無い。近くにも同じような人は大勢いたしね……」

「あの者の手の届く範囲にあんたらが居たというだけの事じゃな。わしはその想いに応えただけ。まあ、恩返しをしておるという事じゃ」
「そんな想いに、あたしは応えられるのかね……」
「元気になって、あんたの子供達の前に立つことじゃよ。さすればあの者も喜ぶ」
「そうだね……村長さん。あたしもあの人に恩を返したい。そのためには元気にならないとね」

 ◇
 ◇

 薬草を使い治療を続けて、10日が過ぎた頃。

「もう、大丈夫そうじゃのう」
「ああ、すっかり顔色も良くなった。食事もちゃんと摂れている」

 薬草が効いたのか、ネクスのお母さんの容体が良くなった。ネクス姉弟や村長、俺やカリンの体調に変化はない。

「村長、ありがとう」
「わしにはこれぐらいしかできん。よく補佐してくれたのう。お陰でわしらも病気にならんかった」
「俺が病人を連れて来たばかりに。すまなかった」
「いいんじゃよ。この人達を放っておけんかったんじゃろ。わしらはいつでも協力するよ」

 頭を下げた俺に、村長は労いの言葉を掛けてくれた。村外れの家を出たそこにはアイシャとチセが待っていてくれて、泣きながら抱きついてきた。

「すまなかった。心配をかけたな」
「いいの。ユヅキさんが無事なら、それでいいの」

 村には既にネクス達家族の新しい家ができていた。隔離されている間に村人が作ってくれたそうだ。

「ありがとうございます。村長さん、ユヅキさん。こんな親切にしてくれて……この恩は忘れません」
「元気になれて良かったのう。まだあまり無理せず、この村で仲良く暮らしてくれれば良い」

 ネクス達親子は何度もお礼を言って、新しい家に入っていった。俺も久しぶりにみんながいる暖かい家に帰ろう。


 その後レトゥナさんは、新たな家を建て鍛冶工房を開いた。村待望の鉄を扱う鍛冶屋だ。日用品の包丁や釘などを生産してくれる。鉄鍋や農機具のスキやクワなども修理してくれて、村人から重宝されているようだ。

「レトゥナさん、工房の方は順調かい」
「ユヅキさん、来てくれたんですね。実は修理の依頼が多くて、村の人達に待ってもらっている状態でして……」

 今まで鉄製品の修理は町に出していて、少々壊れた物でもだましだまし使っていたようだ。鍛冶屋ができたと、それらの修理依頼が殺到しているという。

「私、鉄を溶かす炉は扱えなくて、板金からの手作業なので時間がかかるんですよ」

 鍛冶屋と言っても鋳物、鉄を溶かして流し込むなど大掛かりな製品はできないそうだ。小さな炉に木製の箱型のふいごから空気を送り出して、板金を柔らかくしハンマーで叩いて形を整える鍛造たんぞうの手法となる。
 だから完全に穴の開いた鍋などは、修理も作製もできないと嘆いていた。

「それでも蝶番ちょうつがいや釘は作れるんだろう。扉の部品は作れるじゃないか」
「はい。ユヅキさんの家を見られた方から、家の中の扉を作ってほしいという依頼も来てるんですよ」

 そういや、お風呂の工事を手伝ってくれた人が俺の家の室内扉を見て、「これはいいな」と言っていたな。

「今、木の器を作っている職人さんとも相談して、この村で多くの扉が作れないか検討している最中なんです」

 この村の人とも助け合って、村の生活を良くするように努力してくれているんだな。

「そういえば、ネクスはご迷惑かけていませんか。家に帰って来ても、疲れたと寝てばかりで」

 弟のネクスは、俺と水道の建設をしている最中だ。川の上流を堰き止め小さな池を作って、そこから密閉された配水管を使って村まで水を運ぶ。まだ実験段階だがネクスには連日、その配水管を村人と一緒に作ってもらっている。

「川を堰き止めるのも、管路を防水し接着する樹脂も一から作っているからな。慣れない仕事で疲れているんだろう」

 街では専門の店があって、そこから購入すれば良かったが、この村では全てを自分でしないといけないからな。

「ユヅキさん。あの子、ちゃんとお役に立っていますか? どうもおっちょこちょいのところがあって心配なんです」
「最初は山に入って獣と出くわすと怯えていたが、今では俺達護衛がいれば安心して作業できるようになってきたよ」

 レトゥナさんは20歳だったか、年の離れた弟が心配なんだろうが、彼は彼で頑張っているよ。

「忙しいところ悪いのだが、レトゥナさんにはこれを作ってもらいたいんだが、できるだろうか」

 俺は水道に使う蛇口の図面を見せる。

「なるほど。この部分は強度と精度が必要な青銅製の部品を使いたいと……」

 回転部分や水圧がかかる部分は金属部品が必要になってくる。ネクスに聞くと水を漏らさないようにするパッキン部分は、樹脂の種類を変えて柔らかい物を作ればいいと言っていた。

「分かりました、作ってみますね」
「すまんな」
「ユヅキさんの頼みですもの、私にできる事なら何でもしますよ」

 そう言ってもらえると助かるな。お母さんも元気になってきていると言う事だし、この村に馴染んで暮らしてくれればなによりだ。
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