上 下
170 / 270
第4章 アルヘナ動乱

第167話 アルヘナ動乱終結

しおりを挟む
 我ら3人は王子の命令で、わざわざ王都からアルヘナの町まで来たというのに、この狭い街道で足止めを食うとは運が無い。
 片側は山に続く急こう配、もう一方は湖に続く崖だ。そんな狭い街道に人の背丈を超える巨大な岩が転がっていて我らの進路を塞ぐ。

 湖を迂回してアルヘナの町へ行くこともできるが、小さな道しか無く危険な森を抜けて2日掛かりになってしまう。

「隊長、この岩をどけるのに我らだけでは4、5日かかっちゃいますよ」
「仕方ないだろう、迂回するよりましだ。街道整備だと思ってやってくれ」

 この街道が使えないと不便だ。帰りの事も考えれば、ここで岩をどけた方がいい。
 すると岩の向こう側から、聞きなれない振動音が聞こえた。何の音だと耳を澄ませていると、目の前の岩が切れた。そう切れたのだ。

 2つに切れた岩の半分が斜めに滑り落ち、その勢いのまま崖下の湖へと落ちていく。もう半分を、鉄の腕を持つドワーフの少女が粉々に粉砕する。腰が抜けそうになり後ずさった。
 な、何だ、この者達は! あの巨大な岩を一瞬で跡形もなく破壊したぞ。

「き、君達は、アルヘナの冒険者か。助かったよ」

 私は平静を装い、握手を求めようと近付いたその男は、人族。我らがこの町にやって来た目的の人物だ。

「お前達は、王都から来た軍か?」

 既に我らが来ることが、分かっていたのか? もしかしたらこの岩はこの男がここに置いたのか?
 だが情報が早すぎる。暴動鎮圧の要請が王都に来て、すぐに派遣されたのだから、我らが来ることは、伝わっていないはずだ。

「いや、いや。我らは軍ではなく、アルヘナの町を監査せよと命令された文官だ。アルヘナ領主に統治の様子を聞くため、ここまで訪ねてきた者だ」

 嘘ではない。領主が領民と問題を起こしていることは、事前の調査で分かっている。そこへの暴動鎮圧要請だ。軍の先遣隊として町の状況を調査するように、第1王子から命を受けてここに来ている。
 そんな我らを睨みつけるように、男は言葉を投げつける。

「ならば、ここは通してもらうぞ」
「いや、君達に聞きたいことが……」

 私の顔のすぐ横を掠めて矢が飛んできた。
 男の遥か後方、幌付きの馬車の横に弓を構えた女と、魔術師の女がいる。この距離で矢を放ったのか! 下手をしたらこの男に当たっていたかも知れんというのに。
 隣にいるドワーフ族も何も言わず、片方の鉄の腕を持ち上げその武器を見せつけて殺気を放ってくる。これは警告か。次に近づけば容赦はしないと。

「いや、いい。通ってくれ。街道が通れるなら我らもアルヘナの町へ入れるからな」

 馬車へ向かい踵を返す男に声を掛け、我らも後ろに下がり移動の準備をする。
 人族を乗せた馬車を先に通し、我ら3人は馬に乗ってアルヘナの町へと進む。

「隊長、あれが例の人族とその仲間のようですな。岩を両断する剣技と岩を粉砕した破壊力。聞いていた以上のようです」
「しかし、あいつらを通しちゃって良かったんですか? 隊長」
「バカ者、隊長は我らの命を救ってくれたのだぞ。強硬手段に出れば殺られていたのはこちらの方だ」

 馬を進めアルヘナの町に入る直前、我らが目にしたのは地面に無数に残る爆発の跡と、騎馬が何十頭も死んでいる風景。そして原形を留めない、破壊された城門の跡だった。

「一体どこの軍隊と戦争をしたんですかね……」
「まさかあの4人の者達がこれを……乗っていた2頭立ての幌馬車の中に仲間がいたようにも見えませんでしたが……」
「だがこの状況は人同士が争ったもの……さっきは本当に我らを見逃してくれたということか」

 あの男の剣技とドワーフ族の女が持つ鉄の武器を思い浮かべただけで寒気がしてきた。
 戦場に開いた穴を避け城門へ向かうと、瓦礫を片付けている兵士達が数人いた。誰もやつれた顔をして、無数にある大小の岩を運んでいる。

「我らは王都より来た監査団だ。領主にお目にかかりたい。どなたか案内を頼む」

 兵団長と呼ばれた男が私の前にやって来た。服は泥などで汚れていて埃まみれだ。これがこの町を守る兵団の長だと言うのか。

「一体何があった?」
「それは領主様に聞いていただけるか」
「兵が少ないようだが」

 このアルヘナは中規模の町。兵団長までが作業している割には、兵士の数があまりにも少なすぎる。

「我ら第1兵団だけが救われた。城門と町とどちらが大事かと問われ、城門を離れ町にさがった我らだけが生き残った。その言葉に従い、今も町を守り治安を維持している。それ以外の事には手が回らないんでな」
「そうか、悪かったな」

 言っている事はよく分からんが、この男も相当疲れている様子だ。
 兵団長に連れられ、足早に領主の元へ向かう。貴族街の入り口で別の兵に引き継がれて領主の館に向かうが、この貴族街の門は最近作られたのか、周りの石垣とは違い真新しい。貴族街の中に入ると、破壊され焼け落ちた屋敷跡がいくつか目についた

 不審に思いつつも、案内されるまま領主の館に通された我々の前には、若い貴族が壇上の椅子に座っていた。

「あなたが領主か?」
「私は、現領主の長男でメネトリウス・ヨルガリンだ。今、父上は病に臥せっていてな、私が代行をしている」

 王都に救援要請したのは、ガレトリア・ヨルガリン。我らが見たその訴状にも、領主自らのサインがあった。ここに来るまでに何があった。

「我らは、ここの領主からの暴動鎮圧要請に応じて、先遣隊としてこの町の調査に訪れた。現状をお聞きしたい」
「暴動鎮圧要請とは、少し大げさに父上が出した書状だろう。貴族街に侵入した暴徒が数人いただけの事だ。その者達も、この町からの追放と決まって、既に町を出て行った後だ」

 それが街道で会った人族だというのか。だがこの貴族街だけでも、相当な被害が出ている。あの4人だけで引き起こしたにしては大きな被害だが、何ヶ所も貴族の館を焼き、それで町からの追放処分だけで済む訳がない。

「では、城門が破壊されているのは、どういう訳でしょうか?」
「この町がスタンピードに襲われたことは、聞き及んでいないだろうか。その時の被害がまだ残っていてな」

 この貴族は嘘を言って、平静を装っている。

「追放となった暴徒の名前は?」
「確かユヅキといったな。些細なことなので、詳しくは私も知らんのだ」

 この領主代行は、ここで起こった動乱を隠そうとしている。他の領主につけ入る隙を与えないためか、はたまた住民との関係のためか。

 我らは領主の館を出て、冒険者ギルドマスターにも事情を聴いたが同じようなことを言っていた。
 スタンピードでこの町の第2と第3兵団が壊滅して、今は第1兵団しかいないと。
 2日間町の調査をした後、我らは東門の前で戦場となったであろう場所を見つめる。

「隊長、第1王子にはどのように報告を」
「領主代行が言った通りに報告するしかあるまい。お前はこの惨状を、あの人族の仲間4人がしたことだと思えるのか」

 堅牢な城門は破壊され、軍隊同士が激しい戦闘をしたかのようなこの場所。スタンピードにより、こうなったと言った方が道理に合う光景じゃないか。

「確かに、あの4人が2つの兵団の壊滅と城門を破壊したと報告したら、頭がおかしいのかと思われてしまいますな」
「町の者にユヅキという名前を出して聞くと、悲しそうな顔をする者ばかりだ。町の英雄だという者もいた。そんな男に、この町の動乱の罪を着せる訳にもいくまい」

 あの時すれ違った人族の男とその仲間達は、この町を離れていったいどこに行くのだろうな。
 この町の調査は終わった、明日我らは王都への帰路に就こう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

処理中です...