上 下
153 / 304
第4章 アルヘナ動乱

第150話 単眼鏡

しおりを挟む
 ある日の討伐の帰り、門のところで誰かを見つけたのかチセが立ち止まった。

「師匠。あたしお友達とお話ししてくるので、ここで分かれますね」

 最近入隊した若い門番さんと友達になったようで、門のところで話し込んでいる姿をよく見かける。その門番さんは、鹿獣人の男の子でチセと同い年らしい。
 お友達が増えることはいい事だ。恋人だと言って家に連れてきたら俺は許さんがな、と思いつつ家へ歩を進める。

 ある休みの日の夕方、家に戻ってきたチセの様子が少し変だ。明日の討伐は休みたいと言ってきた。

「チセ、体の調子が悪いの? あまり無理はしなくていいからね」
「はい、大丈夫です。あ、でもちょっと体がだるいかな」

 チセは夕食後すぐに、2階の自分の部屋に戻っていってしまう。

「チセ、大丈夫かな。ちょっと心配だな」
「大丈夫よ、門番の子と喧嘩でもしたんじゃない。明日1日ほっとけば元気になるわよ」

 カリンは事も無げに言うが、最近討伐も順調だしチセの落ち込む姿は見ていない。チセに声を掛けに行こうかと食堂でオタオタしていると、アイシャにも「今はそっとしておきましょう」と言われてしまった。

 翌日の討伐は昼過ぎには終わったが、やはりチセのことが少し心配だ。川で獲物の血抜きをアイシャ達に任せて俺は家に帰る事にした。

「チセ、居るか?」

 部屋にも行ってみたがチセは居ないようだ。街中にでも出ているのかもしれん。まだ陽もあるし、心配する程の時間ではないのだが……。
 1階の居間でお茶を飲んでいると、ドアが開き目に涙を溜めているチセが立っていた。チセは俺を見つけるなり、泣きながら抱きついてくる。
 何があった!

「師匠、ごめんなさい。ごめんなさい」
「一体どうしたんだ?」

 チセは泣くばかりだ。
 ドアの前には、チセのお友達の門番の子が立っていた。

「すみません、僕が悪いんです」

 そう言って、テーブルの上にバラバラになった単眼鏡を置いた。
 事情を聴くと、昨日門番の子と一緒に、門の階段から単眼鏡を覗いて外を見ていたそうだ。

「その時、兵団長さんが来て、サボるなと怒られて遠見の魔道具を取り上げられたんです」

 その兵団長は、羊の獣人らしく、俺が街でよく見かける兵団長ではないな。
 今日返された単眼鏡はバラバラにされていて、チセと共に家に持ち帰ってきたと言う。

「チセ、大丈夫だからな。レンズに傷は無い」
「でもガラスが割れていて、バラバラで……。ごめんなさい、師匠」

 チセはまだ泣き止まない。

「割れたのは目盛りを書いたガラス板だ。また作ればちゃんと元通りになるさ」
「本当ですか、師匠」
「ああ、大丈夫だから。さあ、涙を拭いて」

 横にいた門番さんが、深いお辞儀をして謝る。

「本当に、すみませんでした」
「バラバラにしたのは、兵団長だ。これは俺が元に戻すから、君も気にしないでいいよ。それより職務に戻らないとまた怒られてしまう」

 謝り続ける若い門番さんには、もう大丈夫だからと言って城門に帰ってもらった。

「それで昨日から様子が変だったんだな」
「遠見の魔道具は、今日返してくれるって言っていたから、師匠達には心配かけたくなくて」

 チセを慰めていると、アイシャ達が帰って来た。

「どうしたのチセ! それにこの魔道具も」

 アイシャ達に事情を説明すると、俺以上に怒っていた。

「悪いのは、その兵団長でしょ! 文句を言いに行かなきゃ!」
「カリンはその兵団長を知っているのか?」
「羊族っていうのなら、第3兵団長ね。領主の次男でいつも偉そうにして、イケ好かないのよね」

 領主の次男か。領主とはこの前揉めたから、あまり関わりたくはないのだがな。

「カリン。この遠見の魔道具もちゃんと直る。殴り込みに行くなんて事しないでくれよ」
「チセは、それでいいの?」
「これがちゃんと直るなら、あたしはいいです」
「チセが、そう言うんなら今回は許してあげるわ。次同じ事したら魔法叩き込みに行くからね」

 翌日、俺はボルガトルさんの所で目盛り入りのガラス板を、エギルのところで単眼鏡の外枠を作ってもらうように依頼した。
 チセには、数日でちゃんと元に戻るからと慰める。
 その3日後、単眼鏡も元に戻り、チセも元気になってきた頃、俺は職人ギルドマスターのボアンに呼ばれて事務所に行く。

「実はなユヅキ君。君が持っている遠見の魔道具と同じものが、貴族の職人から登録申請が来ていてな」
「どういうことだ!」
「これなんだが、君はこの遠見の魔道具の登録はしていないのだろう」

 登録してきた図面を見ると、確かに単眼鏡の分解図だ。名前は遠見具となっている。

「俺は、遠見の魔道具を作る事はできないし、売ることも考えていないから登録はしていなかったんだが……」

 すると、あの兵団長が関わっているな。取り上げた単眼鏡を貴族の職人に見せて、分解させこの図面を作ったんだな。
 ボアンに今までのいきさつを説明した。

「だが、今まで誰も登録していない、新しい物なら登録しない訳にはいかない。後からユヅキ君が権利を主張しても通らなくなるぞ」
「この製品はおいそれと作れる物じゃない。まともに売ることはできないはずだ」

 単眼鏡のレンズを作ったことのある職人は、チセの育ての親であるザハラだけだ。 構造が分かったからと言って簡単にできる代物ではない。

「売れない製品であっても、権利は残ることになるが」
「それは致し方ないな」

 これは特許のような物で、早いもの勝ちになるのは仕方のない事だ。

「ユヅキが遠見の魔道具を前から持っていることは、みんな知っている。大きなトラブルにはならんだろうが、貴族側がまた何か仕掛けてくるかもしれん、注意しておいてくれ」
「ああ、分かった。わざわざすまなかったな」
「こちらも、貴族側の動きを注視しておく。何かあったら君に知らせよう」

 あまり貴族とのゴタゴタには、巻き込まれたくないのだが、向こうから仕掛けてくるなら、降りかかる火の粉は払わないといけない。
 一抹の不安を覚えながら、俺は家路に就く。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

異世界転移の……説明なし!

サイカ
ファンタジー
 神木冬華(かみきとうか)28才OL。動物大好き、ネコ大好き。 仕事帰りいつもの道を歩いているといつの間にか周りが真っ暗闇。 しばらくすると突然視界が開け辺りを見渡すとそこはお城の屋根の上!? 無慈悲にも頭からまっ逆さまに落ちていく。 落ちていく途中で王子っぽいイケメンと目が合ったけれど落ちていく。そして………… 聞いたことのない国の名前に見たこともない草花。そして魔獣化してしまう動物達。 ここは異世界かな? 異世界だと思うけれど……どうやってここにきたのかわからない。 召喚されたわけでもないみたいだし、神様にも会っていない。元の世界で私がどうなっているのかもわからない。 私も異世界モノは好きでいろいろ読んできたから多少の知識はあると思い目立たないように慎重に行動していたつもりなのに……王族やら騎士団長やら関わらない方がよさそうな人達とばかりそうとは知らずに知り合ってしまう。 ピンチになったら大剣の勇者が現れ…………ない! 教会に行って祈ると神様と話せたり…………しない! 森で一緒になった相棒の三毛猫さんと共に、何の説明もなく異世界での生活を始めることになったお話。 ※小説家になろうでも投稿しています。

処理中です...