上 下
79 / 304
第2章 街暮らし 冒険者編

第77話 護衛の仕事

しおりを挟む
「横の窓と後ろの出入り口を閉めろ。フェンリルウルフの群れだ!」

 馬車の中が緊張に包まれる。フェンリルウルフといえば炎を吐く魔物。普通の狼よりもかなり大型で、それが群れで襲ってきていると言うの!?
 ユヅキさんが立ち上がる。

「何頭いた!」
「5、6頭だと思う、護衛ひとりじゃ無理だ。この馬車も襲われる。入り口をしっかり閉めて小さく固まっていてくれ」
「アイシャ、出るぞ!」
「はい!」

 おふたりが魔獣を倒すために、外に出ようとする。私も何かしないと!

「ユ、ユヅキさん。私も」
「魔獣を倒した経験は?」
「ありませんが、私の魔法がお役に立つと思います」
「ならば、この馬車から群れに向かって水球魔法を放ってくれ。群れを分散させたい。その後は馬車の中に入って絶対外に出ないように」

 そう言い残してユヅキさんとアイシャさんが外に飛び出す。私は前の入り口から御者台に出て外の様子を覗うと、街道の左、魔獣の群れがこちらに向かって走っているのが見えた。

 護衛の人は馬車を守るように前方に出て剣を構えているけど、あの人ひとりじゃ防ぎきれないでしょうね。
 アイシャさんが馬車の近くに、ユヅキさんがずっと前の方に走っていく。
 魔獣は恐いけどユヅキさん達の役に立たないと。

「アイシャさん、魔法攻撃します!」

 御者台の上から、私の使える最大級の水球魔法を狼の群れに向けて3発発射する。群れの走るスピードが落ちて少しばらけた。
 続いてアイシャさんが弓でフェンリルウルフに攻撃する。

 1頭が倒れた。すごいわ、こんな遠くから仕留めるなんて。
 アイシャさんはあの魔道弓を使ったようね。この魔獣の群れ相手なら仕方ないわね。護衛の冒険者はひとりだし、目の前の魔獣に集中している。こちらを見る余裕はなさそうだわ。

 私は馬車の中に戻って入り口をしっかり閉めた。暗い中、乗客のみんなは隅に固まって小さくなっている。

「そ、外の様子はどうだった?」
「私の連れは冒険者です。あの人達がいれば大丈夫ですよ」
「確かに強そうな人族の人がいたね」
「ええ、あの人はものすごく強いんですよ。もうひとりの人も弓が上手で、既に1頭仕留めていました」

 乗客の人達は少しだけ安心したようだけど、外ではまだ激しい戦闘の音が続いている。

「キャッ」

 魔術師の若い女性は外の音に怯えて、小さな悲鳴を上げていた。小さな男の子は、母親にしがみついて震えている。
 でも私達にできる事は何もない。窓や入り口を閉めた暗い幌の中で耐える事だけだわ。しばらくして外が静かになったと思ったら、外にいるアイシャさんが声を掛けてくれる。

「もう大丈夫よ」

 私は前の入り口を開けて御者台に出ると、あの大きなフェンリルウルフが何頭も平原に横たわっていた。
 中の乗客も窓から外を見て、助かったと喜びの声を上げる。御者さんも御者台に出てきた。

「これはすごいな。あんなに多かった魔獣の群れをよく倒せたものだ。俺はもうダメだと覚悟していたが……」
「そうですよ、あのおふたりは本当にすごい人達なんですから」

 そう、私が信頼する人達。私を王都に連れていってくれる人達だもの。

「アイシャさん、無事でしたか?」
「ええ、大丈夫よ。ユヅキさんも怪我はないわ」

 ふたりが外に飛び出した時は少し心配したけど、無事で良かったわ。護衛の人も帰って来て御者台に座る。

「ふたりとも、よくやってくれた。それに後ろの魔術師さんも。君達は冒険者だと思っていたが、フェンリルを4頭も倒す手練れだとはな……んん? お前達鉄ランクだったのか!」

 護衛の人が、何か驚いているわね。
 他の魔獣が来るかもしれないから、急いでここを離れないといけないみたい。ユヅキさん達が馬車の中に乗り込むと、すぐに馬車は動き出し再び街道を進んでいく。

「本当にありがとう。御者さんが馬車も襲われると言っていて、生きた心地がしなかったよ」
「あなた達は命の恩人だわ。息子を助けてくれてありがとう」

 乗客達がユヅキさん達にお礼を言っている。さっきまで変な目で見て悪かったと謝る人もいるわね。
 夕暮れ近く、馬車がゆっくり止まった。今晩の野営地に着いたようだわ。

「ここで野営する。ここは馬車から降りても安全な場所だが、あまり離れないでくれ。さっきの冒険者のふたり、すまないが手伝ってくれんか?」

 護衛の人と一緒にユヅキさん達は馬車から降りて、手分けしながら料理を作ったり、布生地のシートで天幕を張ってテーブルを並べたりしている。このまま護衛の仕事に加わるとアイシャさんが私に言いにきた。
 私もなにか手伝おうと思ったけど、こういうことはプロに任せた方がいい、邪魔になってしまう。
 私は大人しく車内に残る。

「あの、さっきはありがとうございました。魔獣に魔法攻撃してましたよね、怖くなかったですか?」

 魔術師の若い女性が声をかけてきた。

「怖かったわよ。でも私にできる事はやらないと」
「私は、王都の魔術師学園に通っていて魔術も使えるんですけど、さっきは何もできなくて……」
「あなたの歳では、それが普通よ。気を落とさないで」

 アイシャさんが後ろの出入り口から顔をのぞかせて尋ねてくる。

「シルスさん、食事ができたけど外のテーブルに行きますか?」
「いいえ、ここでいいわ」

 アイシャさんも車内で食事を摂るようね。ふたり並んで座っていると、さっきの若い魔術師さんがアイシャさんに声を掛けてきた。

「私はメランって言います。魔術師の方ですか?」
「私はアイシャ、元猟師なの。このローブはユヅキさんので、炎の耐性があるから貸してもらっているだけなの」

 アイシャさんは自分の弓を見せて、冒険者だと話す。

「ユヅキさんって、あの人族の人ですよね。こんな上等なローブを貸してくれるなんて、余程大切にされているんですね」
「おふたりは、ご夫婦なのよ」
「シルスさん、私達は一緒に住んでいるけど、そんなんじゃなくて……」
「そんなに照れなくてもいいわよ」

 あらあら、赤い顔をしてモジモジとしているわ。アイシャさんのこういうところは可愛いわね。

「新婚さんなんですか? いいですね~。あんな強そうな人が側にいてくれて」
「そーよね。私もそんな人を見つけたいわ」
「えっ、まだお相手見つかってないんですか。お綺麗なのに」
「私も大学に通っていた頃は、恋の1つや2つしてたんだけどね」

 1つや2つじゃなくて、片思いの1つだけね……寂しい学生時代だったわ。

「えっ、大学って、王都の魔法大学ですか! 私、今年受験なんですよ。どうすれば受かるか教えてください」
「あ~、私は推薦入学だったから」
「推薦ですか~。私とはレベルが違いすぎますね。さっきの魔法もすごかったですし」
「私は魔力量が大きいだけだから。メランさんも諦めずちゃんと勉強していれば必ず受かるわよ」
「そうですよね。頑張ってみます。ところで王都には何をしに行かれるんですか?」
「魔道具の登録に行くのよ」
「登録? 買いに行くんじゃなくて?」

 あまりよく分かっていないようね。

「シルスさんが、新しい魔道具を作ったから持っていくの。これよ」

 アイシャさんがドライヤーの魔道具を出して見せている。

「王都ではもう売っているって聞いたんだけど」
「え~、なんですかこれ。暖かい風が出てますよ!!」
「これでね、洗って濡れた髪を乾かすのよ」
「こんなの王都でも見たことないですよ。これが新しい魔道具……。これを作ったんですか?」
「ええ、シルスさんがね」
「すごいです、すごいです。火と風を同時に……人の手でこんな物を作り出せるなんて」

 魔術に詳しい人なら驚くわよね。私も最初ユヅキさんに見せてもらった時はすごく驚いたもの。
 でも王都に住んでいる人が知らないなんて。販売されているはずだけど……やっぱり王都でちゃんと確かめないとダメね。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

「守ることしかできない魔法は不要だ」と追放された結界師は幼なじみと共に最強になる~今更俺の結界が必要だと土下座したところでもう遅い~

平山和人
ファンタジー
主人公のカイトは、王太子率いる勇者パーティーの一員として参加していた。しかし、王太子は彼の力を過小評価し、「結界魔法しか使えない欠陥品」と罵って、宮廷魔導師の資格を剥奪し、国外追放を命じる。 途方に暮れるリクを救ったのは、同じ孤児院出身の幼馴染のフィーナだった。フィーナは「あなたが国を出るなら、私もついていきます」と決意し、カイトとともに故郷を後にする。 ところが、カイトが以前に張り巡らせていた強力な結界が解けたことで、国は大混乱に陥る。国民たちは、失われた最強の結界師であるカイトの力を必死に求めてやってくるようになる。 そんな中、弱体化した王太子がついにカイトの元に土下座して謝罪してくるが、カイトは申し出を断り、フレアと共に新天地で新しい人生を切り開くことを決意する。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

処理中です...