上 下
26 / 65
異世界"イルト" ~白の領域~

26.赤の領域を目指して

しおりを挟む
「なあ、"蝮鱗ふくりんのフェナ"。俺のいだく、当然の疑問に答えてくれよ。──そもそもお前、本当にジョンラス王に追われる心当たりはねえのか?」

「──無いわね。その態度を見る限り、信じてはもらえないようだけれど」

「もう一度聞くぜ。──本当か?」

 フェナはまゆひそめ、警戒心に満ちた顔でソウを見る。

「俺が知ってる範囲の事を話すぜ。──"蝮鱗ふくりんのフェナ"。"黒の領域"出身。体から作り出した猛毒と流派不明の剣技を使いこなし、イルト各地の悪魔族狩りで名をせた女傭兵おんなようへい。──種族は上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア。魔力を持った人型生物の血液を、一定量以上摂取せっしゅする事で変質した──本来は知性を持たないはずの吸血鬼きゅうけつき稀少個体きしょうこたいだ」

 クウがフェナの横顔を見る。フェナは──牙をき出してソウをにらみ付けていた。ソウは気に留める様子無く、話し続ける。

吸血鬼ヴァンパイア上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイアに進化した際の個体性能は、変質時に摂取した血液の質と量に比例する。そして進化の条件は、良質な魔力を持った大量の血液を体内に取り込む事らしいな。──お前に説明してんだぜ、クウ」

 クウは何も言わないが、ソウの話をじっと聞いていた。

「大量の血液ってのは、言葉通りだぜ。吸血対象が失血死するレベルの量だ。それと良質な魔力ってのは、イルトにおける上位種の生物にそなわってる魔力さ。──"大悪魔デーモン"や、俺達"人間"、イルト最大の国、ウルゼキアの王族とかな」

 セラシアが、ソウからフェナに視線をうつす。

「なあ、"蝮鱗ふくりん"。お前はウルゼキアの先王せんおうの血をすすって変質した吸血鬼なんじゃねえか? あのジョンラス王が理由もなく、"輪"を開放して襲いかかって来る訳がねえだろ」

 クウは沈黙をつらぬいていた。フェナは何処どこくやしそうな表情で、クウの腕に益々ますます強くからみ付く。

「クウ、お前はどうなんだよ。この女と知り合ってまだそんなに時間はってねえだろ? こいつは、信用できる奴だと思うか?」

「僕は──フェナを信用できると思う」

「大して考えもしねえで、よく言うぜ」

 ソウは不服そうな顔をする。

「ソウの意見は理解できるけど、フェナが本当にソウの言う通りの吸血鬼とは限らないでしょ。──それにフェナは、僕の傭兵ようへいとしてやとう契約をしたんだ」

「あん? 契約だと? ──つまり、その女と離れるつもりは無いってか?」

「まあ、そういう事かな」

 ソウは頭に手を当て、あきれた様に下を見る。

「もういいさ、勝手にしろよ。その女と一緒だってんなら、セラシア王女の言った通り、ウルゼキアから出るしかねえぞ。何たって王様に嫌われちまってんだからな。──イルトの平和の為に悪魔族と戦うってお前が、最大の味方を得るチャンスを棒に振る事になるんだぜ」

「"白の騎士団"と連携しなくても、悪魔を倒す事は出来ると思うよ。──ジョンラス王がこの先も僕らを捕まえようとして追って来たとしても、僕はジョンラス王を敵に回す気は無いから」

「あの状態のお父様を見ても、そう言って下さいますのね。クウさんは、寛大かんだいな方ですわ」

 椅子に座るセラシアが、久しぶりに口を開いた。

「心苦しいですが、ひとまず今はクウさん達に、ウルゼキアの外に逃げて頂く事が先決ですわ。クウさん達がお父様の手に落ちればどうなるかは、私にも想像が付きませんから。──わたくしの思いつく限り、今クウさん達を逃がせる場所は、二つ候補こうほがありますの。中立都市"フィエラル"を中心とする"青の領域"と、"ガガランダ鉱山"を中心とする"赤の領域"ですわ」

 セラシアの言葉に、突然ソウが挙手きょしゅする。

「クウは、俺が"青の領域"に連れて行ってやるよ。──俺はイルトに来て間も無くのころ、中立都市"フィエラル"を拠点きょてんに生活してた時期があるんだ。自分で言うのもアレだが、俺はあっちじゃかなり名の知れた魔術師だからな。知り合いをの面倒を見るぐれえなら出来るぜ」

 セラシアはソウに同意する様にうなづく。

「それがいいかも知れませんわね。──個人的には、クウさんには"赤の領域"をおすすめしたかったのですけれど」

「"赤の領域"? どうしててすか、セラシア王女」

「頼れる味方が一人いるからですわ、クウさん。──"白の騎士団"の円卓えんたくに座る事を許された将軍の一人、"大盾のドルス"。彼は現在、黒の騎士団の攻勢こうせいいちじるしい赤と白の領域の境界で、黒の騎士団の侵攻を食い止めるにんいておりますの。彼はわたくし懐刀ふとことがたなとも言うべき騎士で、私の名を出せば必ずクウさん達にも、手を貸してくれますわ」

「白の騎士団の一員であるのなら、ジョンラス王の命に従って僕らを捕まえようとするんじゃ……?」

「そうはならないと確約かくやくしますわ。ドルスにわたくしの持ち物と一目で分かる様なモノを見せれば、彼の反応は確実に友好的なものになりますわよ。彼はお父様よりも、私の命に従う従順な騎士なんですの。──性格的にはくせがありますけど、根は誠実せいじつ真面目まじめな男ですわよ」

「そうなんですか」

 クウは、ソウとセラシアを交互に見る。

「ソウ。僕は──"赤の領域"に行きたいと思う」

「あん? ──いいのかよ。セラシア王女の話、聞いてただろ。赤と白の領域の境界は、黒の騎士団の動きが激しいらしいぜ?」

「だからこそだよ。ソウはきっと、僕を安全な場所にかくまってくれるつもりだったんでしょ。でも僕は、安全圏あんぜんけんでじっとしてるより、他の場所で勇敢ゆうかんに戦ってる人に力を貸したいんだ。──それに、セラシア王女は僕とフェナを信じてくれたからさ。僕の方も、王女を信じたいんだよ」

 セラシアが上品に微笑ほほえむ。ソウは頭をき──小声で好きにしろとつぶやいた。

「ねえ、フェナ。君はどうかな?」

勿論もちろん、文句は無いわよ。こう言っておくわ、クウ。私は何処どこであろうと──あなたの行く場所に付いて行く」

「そっか。──良かった」

 互いを見る二人の横で、クウはわざとらしく溜息ためいきをついた。

「クウ。言いそびれてたが──俺にはちょっとしてえ用事があってな。もう少しばかりしたら、"青の領域"に向かうもりなんだ。残念だが、今回お前には同行してやれそうにねえんだよ」

「え、そうなの?」

「お前を説得して、一緒に行くつもりだったんだよ。だが、どうだ? 少し目を離したすきに──吸血鬼を口説くどいてるわ、王女と仲良くなってるわ、王様に嫌われて追われてるわで、てんやわんやじゃねえか。予定が完全に狂ったっての」

「僕の意思で起こした出来事は、一つも無いんだけどね……。でも、そっか。ソウとはもう一緒には行けないんだね」

今生こんじょうの別れみてえに言うなよ。──事がんだら、また合流すりゃいいだろ」

 ソウはそこで、部屋の窓を見る。外には、白の騎士団らしき甲冑姿かっちゅうすがたの男達が走り回っている様子が見える。

「だがまあ、一緒に"大悪魔デーモン"を倒した仲だしな。──また、一肌脱ひとはだぬいでやるぜ」

 ソウは精神統一せいしんとういつの後、黒の"輪"を展開した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

神尾優
ファンタジー
山田博(やまだひろし)42歳、独身は年齢制限十代の筈の勇者召喚に何故か選出され、そこで神様曰く大当たりのチートスキル【超越者】を引き当てる。他の勇者を大きく上回る力を手に入れた山田博は勇者の使命そっちのけで異世界の散策を始める。 他の作品の合間にノープランで書いている作品なのでストックが無くなった後は不規則投稿となります。1話の文字数はプロローグを除いて1000文字程です。

異世界に射出された俺、『大地の力』で快適森暮らし始めます!

らもえ
ファンタジー
旧題:異世界に射出された俺、見知らぬ森の真中へ放り出される。周りには木しか生えていないけどお地蔵さんに貰ったレアスキルを使って何とか生き延びます。  俺こと杉浦耕平は、学校帰りのコンビニから家に帰る途中で自称神なるものに拉致される。いきなり攫って異世界へ行けとおっしゃる。しかも語り口が軽くどうにも怪しい。  向こうに行っても特に使命は無く、自由にしていいと言う。しかし、もらえたスキルは【異言語理解】と【簡易鑑定】のみ。いや、これだけでどうせいっちゅーに。そんな俺を見かねた地元の地蔵尊がレアスキルをくれると言うらしい。やっぱり持つべきものは地元の繋がりだよね!  それで早速異世界転移!と思いきや、異世界の高高度の上空に自称神の手違いで射出されちまう。紐なしバンジーもしくはパラシュート無しのスカイダイビングか?これ。  自称神様が何かしてくれたお陰で何とか着地に成功するも、辺りは一面木ばっかりの森のど真ん中。いやこれ遭難ですやん。  そこでお地蔵さんから貰ったスキルを思い出した。これが意外とチートスキルで何とか生活していくことに成功するのだった。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

処理中です...