輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~白の領域~

22.ジョンラス王への謁見

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「──さあ、こっちだ」

 宮殿に通されたクウとフェナは、白銀のよろいを着た騎士の先導せんどうで長い通路を歩いている。

 騎士は不意に立ち止まると、客間と思わしき一室の扉を開け、二人を中にみちびく。

 意外に広い空間である。部屋の中央には卓子テーブルと椅子、壁にはぎっしりと本の詰まった本棚。その他にも様々な調度品ちょうどひんいくつもあった。

「ここで、少し待っていてくれよ」

 騎士はそれだけ言うと、すぐに退室して行ってしまった。

 クウとフェナは、それぞれ椅子に腰掛ける。

「こういうお城って、本来こんなに容易たやすく入れる場所じゃないわよね。中がこんな風になってるなんて、初めて知ったわ。──あなたと一緒にいると、良い事くめね。クウ」

「僕も、こういう所は初めてだよ。──でも、あまり新鮮な光景じゃあ無いかな。ゲームにとかに出て来る宮殿と内装ないそうが大差ないからさ」

「げえむ?」

「あ、いや……。気にしないで」

 クウがそう言った時、部屋の扉から何者かが現れた。

 多数の装飾品そうしょくひんを身にけた、ドレス姿の若い女性である。非常に端麗たんれい容姿ようしの持ち主で、白に限りなく近い波打つ長髪と柔和にゅうわな表情が、育ちの良さを物語っていた。

「あら──」

 上品な手つきで口元に手をえる女性。クウの頭髪を見ての反応である。

「市民達に情報提供じょうほうていきょうを呼びかけた甲斐かいがありましたわね。──まさか、ご本人が現れるなんて」

 女性は自然な動きでクウとの距離きょりめると、クウの髪に手を伸ばす。

「失礼──いたしますわ」

 女性がクウの髪をでる。椅子の上のクウは、されるがままである。──となりでそれを見るフェナの表情は、やや不機嫌ふきげんそうだった。

 続いて女性は、クウの顔の各所と、肩や腕、腹部にまで手をすべらせる。クウは無抵抗だが、とてもくすぐったそうにしている。

「見た目は、私達ノームとさして変わらないように見えますわね。でも触ってみると、身体からだは私達よりもかたくて、丈夫そうな印象を受けますわ。それに、感じた事の無い異質な魔力の気配けはい。──その特徴的とくちょうてきな夜色の髪を差し引いても、確実に只者ただものではないようですわね」

「──そろそろ、めてくれませんか? くすぐったくて、笑っちゃいそうです……」

「あら、ごめんあそばせ」

 女性はクウから一歩離れ、顔をななめにして一礼した。

「申し遅れましたわ。わたくしはこのウルゼキア王国の第一王女、セラシア・フェン・リヒテレインと申します。現ウルゼキア国王──ジョンラス・フェン・リヒテレインの娘であり、"白の騎士団"の司令官をつとめておりますわ」

 クウは椅子から立ち上がり、姿勢を正す。

「あなたが、セラシア王女。──本当に奇麗きれいな方だったんですね」

「あら。お上手ですのね」

 ドレスの女性──王女セラシアは、まんざらでもないといった様子である。二人を見つめるフェナの表情が、益々ますますけわしくなる。

「あなたが、"ホス・ゴートス"を開放し──"十三魔将"を打ち倒したんですの?」

「……いえ、それは僕じゃありません」

 クウは、ばつの悪そうな表情で首を横にる。

「それをやったのは、僕の他のもう一人の"人間"と、そこの彼女──フェナです。僕はその場にいただけで、ほとんど役に立ってはいませんでした」

「クウったら、素直に言えばいいのに。私達が力を合わせて"紫雷のゴーバ"を倒したのは、事実じゃない。──あなたの力も含めてね」

 フェナは椅子の背凭せもたれに体重を預けつつ、腕組みをしている。

「王女さん。──"私のクウ"は、自分を正当に評価出来ない悪癖あくへきかかえているみたいなのよ。彼の事を、誤解しないであげて頂戴ちょうだい

「あら、そうなんですの? ──彼は、クウさんとおっしゃいますのね」

 セラシアがクウに向き直る。

「ホス・ゴートスにとらわれていた者達の中には、我がウルゼキアのノームも含まれていましたわ。その者達いわく、"クウ"と呼ばれていた緑色の"輪"を使う魔術師が牢を開けてくれた、との事でしたわ」

 セラシアは、クウの左腕をじっと見ている。

すでにご存知でしょうけど、イルトに住む私達わたくしたちの領域が──それぞれ色の名前で呼ばれるように、魔法を宿やどすありとあらゆるモノは、5つの色に分類ぶんるいされますわ。白、黒、赤、青、緑。この5つですわね」

 クウがセラシアの視線に気付いた。クウの緑の"輪"──"颶纏アナクシメネス"は発動していないのだが、セラシアはそれでも何かを感じ取っている様だった。

「このウルゼキアは、"白の領域"ですわね。"輪"を持つ魔術師を見た経験は初めてではありませんけど、それでもわたくし──白以外の"輪"を持つ魔術師はおろか、あなたの様な性質の力を持つ魔術師には、初めて会いましたわ」

「セラシア王女は──"輪"の気配けはい感知かんち出来るんですか?」

「出来ますわよ。正確に言えば、感知出来るのは魔法を宿したモノ全ての気配、ですわ。私自身は"輪"を持ってはいませんけど、魔術師としての心得こころえは身に着けておりますの。──"輪"を持つ魔術師をうらやむ気持ちが、この技術をつちかわせたのかもしれませんわね。わたくしもお父様──"ジョンラス王"の様な力を持って生まれていたらと……」

「ウルゼキア王様も、"輪"を持っているんですか?」

「──あら、この発言は余計でしたわね。私とした事が、大変失礼いたしましたわ」

 セラシアはそこで、不意に何処どこか遠くを見つめる。視線の先に何があるのか、クウとフェナには分からなかった。

「たった今、ジョンラス王がお戻りになられましたわ。クウさん。そして──フェナさんでしたわね。私と玉座においで下さいませ。お話ししたい事がありますの」

「えっ。ここから、部屋の外の様子も分かるんですか?」

わたくし探知たんちの能力に関しては、"白の騎士団"随一ずいいち自負じふしておりますのよ」

 セラシアはクウに笑いかけると、部屋の扉を開けた。

「どうぞ。玉座はこちらの方向ですわ」

「あ、はい」

 クウはすたすたと歩くセラシアの後を付いて行く。歩きづらそうな見た目のドレスに反して、セラシアの足取りは軽やかである。

「──ねえ、王女さん」

「はい、何ですの?」

 クウの後ろを歩くフェナが、セラシアに声をかける。

「その……少しだけ、外に出てもいいかしら」

「あら、どうかなさいまして? ──あっ、そういう事ですのね。ごめんあそばせ」

 セラシアは何かをさっした様子でフェナに小さくあやまる。フェナはクウを一瞥いちべつしてから、進行方向の反対側へと行ってしまった。

「フェナ──? え、ちょっ──何処どこに行くの?」

「あら、いけませんわよクウさん。こういう時、殿方とのがたは戻って来るのを黙って待たなくては」

 セラシアは何事も無かったかの様に歩き出す。クウはそれにしたがうしかなかった。

 大きな渡り廊下を抜けた先、開けた大広間の様な場所にクウは到達とうたつした。赤い絨毯じゅうたんかれたその先で──巨大な玉座に座る王冠おうかんかぶった男性が、堂々どうどうとした存在感を放っている。

  男性の外見は、人間で言う所の40代半ば程度に見えた。王冠だけでなく、指輪や首飾りなど全身に多くの装具そうぐを身に着けている。精悍せいかんな顔つきで、上唇うわくちびるあごにはひげたくわえられていた。

 セラシアは姿勢を低くして胸元に片手をえ、玉座に向かって丁寧ていねいに一礼する。クウも戸惑とまどいつつ、とりあえずセラシアの動作を真似まねて同じ姿勢を取った。

「セラシアが参りました。お父様」

「──私の事は"ジョンラス王"と呼ぶように。そう、申し付けたはずでは無かったかな。──セラシア王女」

「……失礼いたしました。ジョンラス王」

 セラシアはクウにしか見えない角度で、とてもさみしそうな表情を浮かべた。

「このたび謁見えっけん機会きかいたまわり、恐悦きょうえついたりでございますわ。──恐れながら申し上げます。さきの、"ホス・ゴートス"に連なる出来事、そのさいたる功労者こうろうしゃである、"人間"の一人をお連れいたしましたの」

「聞きおよんでおる」

 ジョンラス王の威厳いげんある声が響く。

「ウルゼキアの王として、そしてノーム族の代表としてそなたを歓迎かんげいする。よくぞ参った。ける異界いかい神秘しんぴ──人間よ」
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