侯爵令嬢は瞳を隠す

鈴木琉世

文字の大きさ
上 下
38 / 54

37.領地へ

しおりを挟む
王都から南へ進むこと馬車で6日。
途中の街で休みを挟みつつ、イリスたちの馬車はフィオニア侯爵領へ入った。

馬車の窓を小さく開けると潮の香りが鼻孔をくすぐる。
大好きな港町、フィオニア領へ帰ってきたのだと実感が沸いた。

「侯爵様の馬車だ!!」

「侯爵様がお帰りになられた!!」

「おかえりなさーい!!!」

馬車が通ると道には人だかりができ、みんな笑顔で手を振ってくれている。
作業をしていた人たちも手を止め、遠くからも手を振っている姿が見えた。
正面に座っている父の顔は穏やかに微笑んでいる。

今までは気に留めなかった彼らの服装や持ち物にも目が行く。
華美とは言えないが過ごしやすそうで清潔な服を着ている様子を見てイリスはホッと息を吐いた。


お父様が守ってきた大切な領地。
大好きなフィオニア領の領民たち。
彼らの期待に応えるためにもしっかりとしなければならない。
イリスは領民たちの笑顔を見ながら膝の上の両手をぐっと握り締めた。



――

「お帰りなさいませ。」

「イリス様!!まぁ……お美しくなられて…!!」

侍女のマヤが目に涙を浮かべる姿を見てイリスは思わず抱きつく。

「マヤ!!!」

産まれた頃から世話をしてくれていた一人だから王都へエレナと一緒に連れて行きたかったが、彼女の家族が領地にいるため、残ることになった侍女だ。

父は領地の様子を見るために何度か帰ってきていたが、イリスは王太子の婚約者候補となってからずっと王都で暮らしていたため、領地へ帰るのは実に7年ぶりということになる。
幼いころから自分を知っている懐かしい使用人たちの顔ぶれにホッとしつつ、みんな少し年を取ったな、と思ってしまう。

「旦那様、早速ですがお客様がお待ちです。」

「分かった。すぐ行こう。」

「そのお客様はきっとイリス様にもお目にかかりたいと思いますよ。」

「そうか。じゃぁイリスも疲れているだろうが身支度を整えたらサロンへ来なさい。」

「はい、お父様。」


ーー

「まぁ…留守にしていたのにさっき出掛けて帰ってきたみたいね!!」

壁紙や調度品は年齢に合わせて少し大人っぽくなってはいたが、自室が以前自分が過ごしていた時とそっくりそのまま、美しく保たれていることに目を丸くする。
自分の背が高くなったので置かれた家具が少し小さくなったように感じて、それだけ長い間ここに帰っていなかったのだと実感する。

「お嬢様がいつ帰って来られても良いように毎日綺麗にしていたのですよ!!」

自信満々に話すマヤにエレナも笑顔で頷く。

「イリス様のお世話がまた出来るなんて…嬉しいです。」

マヤはまた泣きそうになっている。

「私もマヤに会えて嬉しいわ…あ!!そうだ!ゆっくりお話ししたいけれどお客様がお待ちだと言っていたから早く着替えなくちゃ。」

「はい、すぐにご準備いたしますね。」

エレナとマヤに手際良く着替えと髪を整えられ、イリスはサロンへと向かった。


ーー

「お嬢様、お久しぶりでございます。」

浅黒い肌にゆったりとした服を身に纏った男性が柔らかに微笑みイリスを迎えた。

「レーメ!!元気だった?」

以前会った時より雰囲気が幾分落ち着いたレーメはイリスの手を取りキスを落とす。

「はい、お嬢様。」

「商団の皆んなも元気にしているかしら?」

「お陰様で。皆イリス様にいつお目にかかれるかと心待ちにしております。」

「そう…嬉しいわ。」

嬉しい言葉をかけられたことにくすぐったいような気持ちになってしまう。

「そうだ、アズールは?今日は来ていないの?」

「会頭はまだ船中です。」

「あら…レーメは行かなかったの?」

「…置いていかれました。」

口を尖らせながら言うレーメがおかしくてイリスは笑ってしまう。

「アズールが安心して国を出られるのはレーメがラムダ商会をしっかりとまとめているからなんだよ。」

「勿体ないお言葉です。」

ジョアンの言葉にレーメは笑んでお辞儀をする。

「ところでレーメ、話しとは?」

「私は退室した方が良いかしら?」

「いえ、お嬢様がいらしても大丈夫です。その、船の戻りが予定より少々遅いので…何らかのトラブルが起こったという連絡は来ていませんので大丈夫かと思いますが。」

「何日ほどの遅れだ?」

「今日で3日です。」

「そうか…また情報が入れば連絡を。」

「承知いたしました。しかし…。」

「どうした?」

「…お嬢様がタイミング良くお戻りになられましたので帰還が早まるやもしれません。」

レーメはにっこりと笑って言う。

「それはどういう…?」

ジョアンの言葉にレーメはただ微笑む。

「お嬢様、もしお疲れでなければ明日、街の様子を見に行かれませんか?ご一緒致しますよ。」

「嬉しいわ!!レーメ、よろしくね。」

レーメの魅力的な提案に目をキラキラさせて微笑むイリスの姿を久々に見て、ジョアンは胸が詰まるような思いになった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...