上 下
1 / 1

ある晴れた日

しおりを挟む
ある晴れた朝のこと。
私は、うつむきがちに通学路をてくてくと歩いていた。肩には鞄、長めの前髪、耳にはイヤホン。
どこからどう見ても完璧に、これから学校に向かうちょっと暗そうな女子高生の格好である。
「……学校行きたくないな……」
そう呟いて、私はイヤホンから流れている音楽のボリュームを上げた。耳元で誰かが叫んだって聞こえないくらいの音量で、少し前に流行ったアニメのOPが流れ出す。
現実が嫌なときは、とりあえず好きな曲を大音量で聞くのに限る。落ち着いたテンポの曲だと家に帰りたくなってしまうので、テンション上がる感じの曲が良い。サビでバトルしてる感じのやつだとなお良い。
「月曜だもんな、そりゃあ行きたくないよ……サボろうかな……」
もう癖になってしまった独り言をぶつぶつ唱えながら、自分の足元を見つめて歩く私の真横を、同じクラスの女子生徒が小走りに通り過ぎた。
気になって僅かに視線を上げると、その女子生徒は、数メートル先にいる友達を目指して走っていたらしかった。おはよー!と元気な笑い声が聞こえて、私はまたうつむく。
数メートル先から楽しそうに談笑する声が聞こえた。頼むから早く私の視界からいなくなってくれ。
「……もう一度トラックに轢かれてみようか」
また独り言を呟いて、車道のほうに目をやる。残念ながらトラックどころか大型車すらいない。軽自動車では威力が足りなさそうだ。
過去に今いるのと同じ場所でトラックに轢かれたことかあるのだが、そのときは運良く、というか悪く、擦り傷だけで済んだ。が、二度目なら流石に死ねるだろう。
屋上から飛び降りるのも失敗したし、目が覚めたらいきなり目の前がファンタジー世界になっていることもなかった。もういっそ悪役令嬢でもいい!と乙女ゲーだってやり込んだのに、なんの成果も得られなかった。
ならば、テンプレであるトラックがきっと一番確実な方法のはずだ。私は別に自殺がしたいわけではないので、痛いのは勘弁だけれど。
そう、私は、自殺がしたいわけではなくて。
――私は何を隠そう、めちゃくちゃ異世界に転生したい人間なのである。

私の名前は臼井めあり。並び替えるとメアリー・スー。一体、私のどこが作者の理想が投影された最強キャラなのかはわからない。むしろ嫌味ではないか。
冴えない一般人だった主人公が異世界に転生してチート能力を手に入れ、仲間と共に大活躍する。
基本的には、それがいわゆる「異世界転生もの」の定番だ。
全ての異世界転生ものがこれに当てはまるわけではないけれど、まあ、基本は大体こんな感じ。私はそれに憧れ、自分も同じように転生したいと強く願っている、そういう人間なのだ。
私は勉強も運動もできない、冴えない一般人の代表格のような人間なので主人公適性は相当あると思うのだが、一向に異世界からお呼びがかからない。どうして呼んでくれないんだ女神様。うっかり殺してくれてもいいんだよ。
そんなことを言ったって、今日も異世界には行けないのだ。ああ学校やだなあ、2時間目辺りで行くかなあとか考えてため息をつきながら歩いていると、右足でなにやらぐにゃりと水っぽいものを踏んでしまった。
「うわっ」
慌てて足を退けると、アスファルトに、ひしゃげた緑の粘液みたいなものが落ちていた。それはどうやら相当ねとねとしているようで、高く上げた右足の裏からは、納豆を箸で持ち上げたときのように糸が細く伝っている。
「え、なにこれ……も、もしかして、ゲロ……!?」
誰かほうれん草でも食べすぎたのだろうか。それともエイリアンがここで怪我でもしたのか。どうあれ気持ち悪いことには変わりない。
私がぶんぶんと右足を振って靴の裏にまとわりついた粘液を落とそうと奮闘していると、そのねとねとした緑の塊が、勢いよく破裂した。
あ、やばい、これ顔に向かって飛び散ってくる。ゲロみたいなやつが顔にかかるなんて絶対嫌だけれど、運動神経のない私にはもちろん動体視力も瞬発力もない。目をぎゅっと閉じるので精一杯だ。

その時。
ひゅうんっ、と、野球のバットを勢いよく振ったときのような音がした。

さっきのゲロもどきからこんな音がするわけはない。怖々と目を開けると、目の前に一人の青年が立っていた。
私がその青年の姿を認識して大きく目を見開くのと同時に、背後のブロック塀に赤色をした大きな鎌が突き刺さる。
僅か数センチずれれば私に刺さっていたであろう刃物を見て逃げようと考えつくほど冷静ではなかったけれど、ひとまず何か言おうとした私が口を開きかけた瞬間、青年が大きな声で怒鳴った。
「――やっと見つけたぞ、この迷惑女ァ!!」
眉を吊り上げてそう怒鳴った青年は、ツンツンした黒髪を怒りで逆立て、私を睨みつけた。
右目が隠れるか隠れないかくらいに寄せてかき上げた前髪越しに、煮詰めたいちごジャムのように赤い目が見える。服装はなんというか、ヴィジュアル系ロックバンドみたいな感じだ。
ブロック塀に刺さったままの鎌から、ぼたりと緑の粘液が垂れた。ああ、これであのねとねとした粘液を防いでくれたのか。
あまりの衝撃と混乱で一周回って冷静になった私は、彼の顔を見てこう思った。

うわ、めっちゃ美形。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

異世界でのんびり暮らしたい!?

日向墨虎
ファンタジー
前世は孫もいるおばちゃんが剣と魔法の異世界に転生した。しかも男の子。侯爵家の三男として成長していく。家族や周りの人たちが大好きでとても大切に思っている。家族も彼を溺愛している。なんにでも興味を持ち、改造したり創造したり、貴族社会の陰謀や事件に巻き込まれたりとやたらと忙しい。学校で仲間ができたり、冒険したりと本人はゆっくり暮らしたいのに・・・無理なのかなぁ?

処理中です...