三国志外伝 張政と姫氏王

敲達咖哪

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華夏の巻

夕照の銅駝街

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 壇上の乾杯の後は、太極殿の庭に集った全員に酒食が振る舞われて饗宴となり、倭人の為の朝会はおわりとなった。
 景初三年は二回目の十二月を経て、ようやく年が明け、正始元年正月を迎える。新帝が即位して最初の正月だけあって、各州の刺史や諸郡の太守らも、使者を立てずに自ら上洛して来る者が多い。皇帝に新春の慶びを申し上げるという建前だが、その実はこれから誰の機嫌を伺えば間違いが無いかを探る為である。帯方タイピァン太守の劉夏リウ・ガーも、遠い路をわざわざ急いで、年末に洛陽ラクイャンの帯方郡邸に入った。劉夏が帯方郡に赴任した時は、張政たちは遼東レウトゥン司馬子上シェィマ・ツェィジャンの指示を待っていた。だから互いに帯方郡に務めを得ながら、この京師で初めて会う事になったわけであった。
 正月朝見の儀式には、西からは亀茲クチ于闐フォーデン康居カンキォ烏孫ウォースォン疏勒ソロク月氏グェッチ鄯善ジェンジェン車師チァシ、北からは烏丸ウォーグァン鮮卑シェンピ匈奴フンナ、東からは夫余プヨ高句麗カウクリ沃沮オクチョ挹婁イプロウワイ、その他の使節が来朝した。難斗米なとめ都市牛利としぐりも倭人の代表としてここに出席した。各々特色の有る異俗の衣裳が、中国の礼服に連なり、式典は天下にまたと無いにぎわしさとなった。しかし張政チァン・セン梯儁テイ・ツュィンには、この宴席は案外特別な感じがしなかった。実質的な目的は一ヶ月前に果たしてしまっていたし、宴会は正直な所もう食傷気味でもあった。東西の人が雑わる風景も市場で見慣れている。ただ皇帝直属の工房で作られる食器が美しいのが市中と違う位であった。
 正月三ヶ日が過ぎると、張政たちは帰り支度を始めなければならない。外夷の入貢に当たって、滞在や旅行の費用は全て天子の名に於いて支出される。用が済んだら早く帰れ、と直ちに言われるわけでもないが、無駄に長居はしない方が憶えがめでたいに違いない。出発は十六日と決まった。それまでに故郷の人へ礼品みやげを買ったり、世話になった人に挨拶廻りもする。
 洛陽に滞在している間、張政は何度か司馬仲達シェィマ・ヂゥンダツの招きを受けた。招きの旨は、仲達の正室がチァン氏であり、この張夫人との同姓の縁によるというのであった。張姓というのは別に珍しくもないが、こういう場合には十分な理由になるし、敢えてこれを断らないのは礼儀というより習俗であった。その席はいつも宴会ではなく、平生の食事や茶の時間であった。特別の席を設けないという事は、寧ろ格別の厚意を意味した。こういう席では仲達は政治向きの話しは一切せず、ただ好々爺然として張政に接した。張政は出発の前日の午後、仲達を訪ねて別れの挨拶をした。
 それから張政は梯儁とおちあって、宮城の南を歩いた。そこは洛陽一の大通りで、銅駝街と呼ばれている。その名の由来は、ここに一対の駱駝の銅像が置かれている事による。張政は胡人が連れた駱駝という動物も洛陽に来て始めて実際にた。顔は羊、体は馬に似て、背には瘤が有る。その銅像がここに在る。それは漢の王宮が長安チァンアンに在った時に造られた物だと聞いた。その銅駝に子どもたちが組み付いたり、登ったりして遊んでいる。今の皇帝と同じ位と見える児もいる。
「さあさ、もう日が暮れてしまう。暗くなる前にお帰り」
 一人の老夫が声をかけると、子どもたちは家へと駆け出す。自分たちももう還るのだと張政は思いながら、名残り惜しみにこの老人と話しがしてみたくなった。白髭を垂らした老夫は、雑巾を銅駝の首に当てて、子どもたちが汚した跡を拭いている。銅駝の頭は人の背より高い。銅駝の後には銅・龍・亀といった像がならべられている。
老爺々おじいさんは、この銅駝の掃除係なんですか」
 老夫は、やあ何処の人かな、と声を返す。
「なに掃除係なんてものはありゃしない。ただこうしたいからしているのじゃ」
 為什麼どうして? と訊く張政と梯儁に、老夫は語る。自分はかつて洛陽の子であったが、董卓トゥン・タクがこの京師みやこに火をかけて長安へ遷都を強行した際、連れて行かれた大勢の市民の一人であった。そしてそのまま長安に住んでいた。そこで四十有余年を過ごして、景初元年になった。明帝は長安に在った諸々の銅鐘や銅人、銅駝などを洛陽に移そうとした。その運搬の為に人夫を徴発した。
「それで洛陽に帰ってみたくなって、炊事番に応募してな」
 役目を済ませてから、洛陽が本貫である事を以って、朝廷より市中に住宅を給わった。
「それじゃ洛陽には懐かしいものが多いのでしょう」
 と張政が問うと、老夫はそらに目を流して言う。
「いやはや……洛陽はすっかり変わってしまったよ」
 でも、と梯儁が重ねて問う。
「洛陽は大魏の力で昔のままに再建されたと、みんな言ってるじゃないですか」
「なに、人も街も変わってしまった。天さえも変わってしまった」
 梯儁はまたかさねて問う。
「でも、何かあるでしょう」
 老夫は銅駝の首を撫でる。
「いや、ないな。漢の昔を偲ぶよすがは……」
 夕陽は低く光を射す。古びた銅駝は、ただ鈍く照り返してその影を濃くする。新しい洛陽の街並みは、赤々と染まって、董卓の災いを想わせた。
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