三国志外伝 張政と姫氏王

敲達咖哪

文字の大きさ
10 / 41
華夏の巻

洛陽の朝食

しおりを挟む
 洛陽ラクイャン城には、北西から穀水ククかわが引き込まれている。穀水は王城の周囲をめぐる濠に注ぐ。この濠を陽渠ようきょと呼ぶ。陽渠を満たした穀水は、市街を東へ流れて行く。王城の東、穀水の南には、市場が有ってマー市と呼ばれる。洛陽には三つの市場が有り、馬市は帯方タイピァン郡邸から最も近い。多くの人々が集まる馬市に張政チァン・センたちも足を運ぶ。
 市場は朝早くから開き、人の流れが輻輳する。洛陽の内から、或いは外から、ハン人のみならず、北狄プォクデク西戎セイニュンゴー人らしい顔も多い。店先には各地の名産が並ぶ。真定チンデンの梨、故安コーアンの栗。醇酎じゅんちゅうは千日の酔いにおぼれるという中山チゥンサンの産。信都シントの棗、雍丘ヨンキウおおあわ錦繍にしき襄邑シャンイプ羅綺あやぎぬならば朝歌テウカの名物。稲は江南から輸入しなくても清流シェンリウで獲れる。西域から送られる象牙、瑪瑙、瑠璃の器、目が回りそうな模様を染め出した絹、浮屠ぶっだの道士が用いる神人の像や香炉などは、東の辺境いなかに居ては想像も出来ない物ばかりである。競りに懸けられる牛馬、自ら身売りする奴婢、経史子集の書物も棚に上がる。
 しかしこうした東西の豊富な商品をよそ目にして、多くの人々がまず財を散らすのは、何といっても食事を出す店である。水一杯ばかりを口にしただけで出掛けて来た人々の為に、朝食向きの料理が湯気や香りを立てる。東からの低い陽射しも食欲を誘う。煮餅チョーピェンの類などはどこでも食べられるから、張政たちはもっと珍しい物を探す。探すといって別に目を皿にする程の事も無く、そんな物はすぐに見付かる。
 目に付いた店には「胡飯ゴーブァン」という看板が掲げられている。そこでは鉄板の上にこむぎこを薄く伸ばして焼いている。焼き上がると、細長く切った酢漬けの瓜、炙って割いた肉、他の野菜をその中に巻く。指を広げて測る程の長さになるので、二本並べて三つに切り六個とする。これに芹とたでを酢に和えたタレを付けて食べる。
 胡餅ゴーピェンというのは、この頃各地に広まっているが、楽浪ラクラン地方の様な東の辺境ではまだ作られていない。脂と蜜を麪に混ぜ、発酵させて、胡餅炉で焼く。胡餅炉は筒型で、上が狭く下が広い。麪は捏ね上げて手頃な大きさの平丸にし、胡餅炉の内面に貼り付ける。表面には胡麻が撒いてあり香ばしい。
 膏環カウグァンは、もちあわの粉を水と蜜で溶き、よく捏ねて丸め、前腕より短い程の長さに伸ばし、曲げて両端を繫いで環状にし、油で煮る。
 細環餅セイグァンピェンは、麪を水で溶くのに蜜を加えて調え、紐状に伸ばして、それを何本も束にし、両端を付けて円環形にし、油で揚げる。蜜の代わりに棗の煮汁を使ったり、牛や羊の脂、或いは乳を加えた物も有る。しっとりとしてほろほろと崩れる。截餅ゼッピェンは、乳だけで麪を溶いて油で揚げる。口に入れるとすぐに砕け、雪の様に脆い。
 胡羹ゴーカンは、羊を煮て葱頭たまねぎ、香菜、石榴の汁を加えて味を調える。胡麻羹ゴーマーカンは、磨り潰した胡麻を煮た汁に、葱頭と粟を入れ、粟に火が通るまで加熱する。酸羹スァンカンは、羊の腸、あめゆひさごの葉を用い、葱頭、小蒜にら、麪を入れ、みその溜まり、生姜、橘皮きっぴを加えて味を調える。
 食材は季節柄もあってか新鮮な物が少なく、干物や漬物が多い。豚や羊は多く魚は少ない。四方の物産が集まる京師とはいえ内陸とあって海産物は少ない。天下三分の時勢にて温暖な地方の産物も不足している。それでも全体として物の豊富さは辺境とは較べられない。
 珍しい食品はまだまだ多い。何でも食べてみたいという気になるが、別に機会は今日だけではないのだからと、二三の物を選んで張政は梯儁テイ・ツュィン難斗米なとめ都市牛利としぐりと分け合った。張政は暇が有れば市場に通う。或いは四人連れで、都合によっては一人で来る。食品や衣服は朝廷からの支給で郡邸に用意されたから、買い物をする必要は余り無い。市場には声が溢れている。雑踏の中で言葉を聞き分けにくいが、すぐに耳が慣れる。客引き、値切り、雑話……。賑やかで朗らかな市場……。
 所が何度か通う内に、張政は奇妙な事に気付いた。洛陽の市場では漢人に雑じって夷狄の人も少なくない。烏丸ウォーグァン鮮卑シェンピキァンテイなどの人は、顔は漢人に近いが、それぞれに特徴が有る。キェツ人や胡人は、顔の彫りが深くて髯が濃いのでそれと分かる。外地に住んでいて、交易などの為に中国を訪れる人は、そのまま異俗の服装をしている。だがそればかりではなく、漢人と同様の服装をしている姿も見える。それは傭兵として官軍に従う者とその家族で、已に中国に移り住んで父子三代を過ごした家さえ有る。グィ王朝の軍隊では、この様な帰化人が戦力として重みを持っている。こうした新来の人々の中に埋もれる様にして、古くからの中国人である漢人は、数の上では尚も最大の存在ではありながら、一段低い声で喋っているのである。
 ――今、この王朝はまだ三代目なのに、幼帝が立てられて権臣が政治を執っている。これは漢の最後と同じだ。董卓トゥン・タクの時と同じ事だ……。
 或る日、張政と梯儁は市場で食事をしている時、喧噪の中からこんな囁きを聞き取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~

蒼 飛雲
歴史・時代
 ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。  その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。  そして、昭和一六年一二月八日。  日本は米英蘭に対して宣戦を布告。  未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。  多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...