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二章 神のいた町
神がいた町 下
しおりを挟む「あーーー……、気が進まねぇ~」
「往生際が悪いのォ、朔は。なぁ朧?」
「あっちは楽しみぃ! 」
「あっち?」
「あっちはあっちじゃ! オージョーギワがわるいやつめ!」
「あぁ? お前ぼくって言ってたろ、小僧っ子が。変態に感化されてんじゃねーぞ」
朔が眉間に皺を寄せて朧に言うが、その後ろに宵が見えてますます眉間の皺が深まる。
「妖怪は変態ばっかだ。今からそれじゃ変態化まっしぐらじゃねーかよ」
「わっちのどこが変態じゃ。妖怪として普通だと言っておろう。そも朧は娘っ子じゃぞ」
朔はぎょっとしてついで呆れた様に額を叩いた。
「妖怪の女は特別変態だ。朧変態化待ったなしか。半分人だってのに不憫だな」
「母様は立派な大妖怪だっ。ワッパのくせにシャラクサイ!」
どう聞いても他人の言葉だったので、朔は胡散臭そうに宵を見た。
「朔は何者だと訊かれたのでの。下男みたいなもんだと答えておいた」
言葉が甘い。年季奉公などと甘っちょろいものではなく玩具の間違いだろうと朔は思ったが、宵に使われるのは大抵刃傷沙汰時であるし、朔の思考が宵に近いのか、それを無体とも思わず存外悪くない。……着物選び以外は。最近ではあしらえる様になってきた事もある。
しかし次の言葉に目を剥く。やはり妖怪は妖怪だった。
「未挿男だしの、童で間違っておらんなぁ。朧は賢いのぉ」
宵はぐりんぐりんと頭を撫で、朧も髪がこんがらかろうが嬉しそうだ。ぼさぼさだった髪は綺麗に洗われて梳かれており、今はいぶし銀の耳も尻尾も飛び出していた。
陽の下で見れば光に輝く見事な銀で、根本にいくにつれ銀が濃くなっていた。小汚くて筵でも被ってんのかと言う形だったのが、どこで見繕ったのか小ざっぱりと可愛らしい桃地に流水柄の着物を着ている。
これなら娘にしか見えないし、別に自分が世話する訳でもないしどうでもいいかと、朔は考えるのを止めた。しかし一言だけ言わなければならない事がある。
「これから会う奴も変態なんだ。いいか、お前のその癒しの力、金女にバレるなよ。実験台にさせられるぞ」
朧はきょとんと首を傾げている。
「奴が興味があるのは赫巫だけじゃ。朔のようにゃならんじゃろ、平気平気」
あっけらかんと宵は言うが、修行の一環と言われて金女の元に放り込まれた事を朔は忘れない。ある意味、魑魅魍魎の中に放り込まれた時よりも恐怖が根深く刻み込まれた。
しかもあれは修行の一環などではなく、赫巫武器が欲しい宵と、赫巫をいじくり回したい金女の談合の結果だった。
金女は如何に闇引きに効く赫巫を作り上げるかだけが至上。その為だけに只人のガキを追いかけ回し、こねくり回した訳だ。金女の事だ、癒しの力が赫巫の何らかになるかもしれないと考え、確かめるまでは諦めないに決まっている。そう朔は思う。
朧に忠告したのは、経験者ゆえの同情心が半分、金女に朧が捉まる事に因る時間の浪費懸念が半分だった。
半分妖怪、半分ひとの幼女、元土地神の朧を道連れに加え、朔と宵は曼朱の町を発つ。
________ ___ __ _
「ねえ宵?」
「なんじゃ」
「わたしの子を、生んでくれない?」
「阿呆抜かせ。お主のモノは気に入っておるが、看取る程ではない。他を当たれ」
「あはっ、気付いてた?」
宵は妖狐の腕の中で、さも嫌そうに鼻をスンっと鳴らした。
妖狐は、死期を告げても変わらない宵の態度に苦笑しつつも嬉しかった。
「お主はほんに変態じゃな」
「そこは変わりモノくらいにしといてくれる?」
「子を持ちたいなど信じられん」
「別にぼくの力を残したいとか、人みたいにこの地を譲りたいとか、そういうんじゃないよ」
「なんじゃ、大妖怪のくせに一人で死ぬのが寂しいのか」
「……宵だって、猫可愛がってるじゃない」
「愛でているだけじゃ。育ててなどいないし、わっちが老衰で死ぬなど考えられんじゃろ?」
「あは、宵の大往生は腹上死だったっけ? あれ? 白狼の子、育ててなかったっけ?」
「だから愛でてただけじゃ。だから大きくなって可愛くなくなったから捨てた」
「ふふふ、宵のそういうとこ、好きだよ」
ただの巣立ちなのにね――土地神の呟きは、温かい洞の暗闇に溶けた。
今よりはるか、遠い昔の話。
それからまた時は過ぎる。
その幼子は何を教えられずとも、何をすべきかわかっていた。
だけどそれは、幼子には荷が重くて、それでも父の、母の遺したこの地を守りたくて。
父の思いも知らず、母の言い付けも守らず、足掻いた幼子が愚かだったのだろうか。
なににせよ、この町にはもう、彼らはいない。
二章 神のいた町 ――了――
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