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二章 神のいた町
鉄砲使いの少女 下
しおりを挟む朔は闇堕ちに向かっていきながら、素早く闇堕ちを観察する。先に切った腱は、斬り口を抉ったのかもう繋がっているようだが問題ない。また斬れば済む話しだ。しかし今までの闇堕ちとは強度が違った。曲がりなりにも闇成りを目指していたからなのだろうか。
体捌きの素早さも以前の奴とは段違いで、朔も速さを重視せざるを得ない為に威力が下がる。傷が浅い。
あまりの剣戟のせいか、追いついてきた少女と荒萬が満足に参戦してこないのが救いである。
膠着状態に陥りかけたその時、鉄砲の少女と荒萬に火柱が突き刺さった。宵が怪我した猫たちを安全な場所に降ろし、戻ってきたのである。
火柱の勢いにか明るさにか、闇堕ちが一瞬乱れた。朔がすかさず一匹をその中に蹴り込む。
「朔! 退くぞ!」
宵の援護に、残る一匹の首目掛け渾身の力で斬り付け、火柱に叩き込んだ。
そして風と炎を宵の妖力最大に火柱に注ぎ込み、さっさとその場から遁走したのだった。
怪我した猫を再び宵の背に乗せ、銀狐の案内で向かった先は宵の馴染みだと言う妖狐の住処だった。
銀狐は住処に着くや否や人型を取り、猫たちを宵の背から受け取り寝かせ、壁に据えられた棚からカメやら瓶やらを持ち出して床に並べる。
薄汚れているが銀色の耳と尾が顕在の人型で、宵にくっついてきた稚児だと驚いているのは朔ばかりだった。それでも宵が人型になれば、何を言われずとも革袋から宵の着物を出すあたり、何ともうら悲しき習性になってしまっている。
稚児が涙を拭いながら、猫たちの怪我を確認し、ゴリゴリと薬研や乳鉢で薬を調合していく。宵は猫たちに己の妖力を与えた。
朔はただ黙ってその様子を見ていた。後から続々と追い付いてきた怪我のない猫たちが、住処の洞穴前に集合していた。
棚や囲炉裏、壁際に寄せられている複数のカメやぶら下っている草や野菜。人の生活そのものでありながら、通路や部屋、寝床もやたら大きく取られていて、住んでいるものの大きさを窺がわせた。
「お前、それ……」
朔が、段々と光を帯びていく稚児の手元を凝視して呟く。洞穴内の灯りが囲炉裏の火のみという暗さの中で、ぼうっと青白く浮かび上がる薬研や乳鉢はとても目立った。
朔の言葉に誰も答えず、稚児はぐしぐしと泣きながら猫たちに薬を与え続けた。
「……おい、猫等を按摩してみい」
稚児の手をジッと見ながら宵が言う。稚児は涙をこぼしながら猫たちを撫でた。按摩と言われてもどうすればいいのかわからなかったからだ。
しかし稚児本人はわからずとも、撫でられた猫たちの呼吸が段々と穏やかになっていく。稚児はその大きな眼を見開き何度も瞬きして涙を振り払い、せっせと猫たちを撫で続けた。
________ ___ __ _
火柱が燃え盛ること暫し。消えたその中心には、子供が下手くそにお椀の土をひっくり返したような黒い塊が一つ鎮座していた。
やがて土壁がボロボロ崩れるように土塊がこそげ落ちた。そこから現れたのも黒い塊。その下からもぞもぞと焦げた腕が伸びる。
ぶはっと大きく息をつき、現れたのは鉄砲の少女だった。元は可憐な黄色の洋装が、今は炭化して黄土色と化している。
「も……萌、黄……さ、ま……」
「一馬! 鉄二!? へ、平蔵ォ!!?」
萌黄と呼ばれた少女は塊からまろび出、ぶすぶすと白煙を上げる一抱えある黒く丸い玉をすくいあげようとした。
しかしその手をすり抜けるように、元は頭部だったそれはどろりと融けて、手のひらに残ったものもさらさらと風に飛ばされていった。
萌黄は焼け焦げた中心に戻る。そこにもぶすぶすしゅーしゅーと白煙を上げる二体がいた。萌黄は火柱の中心で、この二匹に覆い被されかばわれていたのだ。
「莫迦が……ッ。あたしにこんな小火、効くワケないでしょッ。舐めんじゃないわよ……、庇って死んでんじゃないわよ……っ」
黒く焦げた肌がペリペリと捲れ上がり、まるで涙の様に剥がされて風に流された。その下には薄桃色の白い肌が覗く。
二体のうち一体も、闇に融けて消滅した。
「折角このあたしの力を分けてあげたのに! あっさり死んでんじゃないわよ、二人共ッ!
クソッ! クソッ! クソッ! クソオッ! 絶対許さない! クソ狐ッ、クソ猫ッ! クソ野郎がぁぁぁああああッッ!! 腸引き摺り出してやるッ!
折角ッ、折角クソ狐をここまで追い詰めたのにぃぃぃっ!」
鉄二と呼ばれた闇堕ちは、萌黄の土結界で覆われていたとは言え一番外側だった事と、これまで受けた朔の刀傷で、宵の火柱に耐えられなかったのだ。
「帰るわよ、一馬!」
萌黄と真っ黒に変じた最後の男は、足元からずずずっと音もなく地面に呑み込まれていく。
「……一馬。堕ちたらぶっ殺すから。気合で保ちなさいよ」
地に完全に消える寸前、ぼそりと落とされた言葉に返事はなかったが、少女と共に地に消えつつあった隣の闇が、どくんと震えた。
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