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一章 蔵座敷に棲むもの
傾国の荒い事後処理に因るぼんくらの箔 中
しおりを挟む「とりあえず気付けに呑めよ」
「私は役目中で……いや、相すまん」
生田は差し出された椀を一息に呷った。そしてがばりと畳に額を打ち付ける。
「此度の事は真に助かった。貴殿等が居らなかったらどれだけの惨状になっていたことか……!
芙紫破魔隊隊長に代わり芙紫破魔隊一番隊隊長生田、厚く御礼申し上げる!」
「いいんじゃよ、いいんじゃよ~。わっち等は依頼の元、働いたに過ぎんのじゃから。
ささ、締めて二十八金、耳を揃えて支払うのじゃ」
お前は何処の両替商(金貸し)だと言わんばかりの口振りで、宵が生田に迫る。
実は萬者にも宵に救われた者が数名居たのだが、こちらは差配屋を介して取り立て済であった。但し、萬者の懐事情を知る同業の誼で、一金に負けておいたのは内緒である。
「それなのだが……まっこと申し訳ない!! 払えぬのだ!
破魔隊から出さずに個人から徴収する事は勿論出来るのだが、そうすると上にきちんと報告しなければならん。それは貴殿達は不本意なのだろう?」
生田は額を畳に付けたまま一気に言う。絹代は武士が、しかも天下の破魔隊が萬者に土下座なんて……! と慄いている。
かく言う絹代も、事情聴取のため朔たちに同行願っていた生田と、呼子で駆け付けていた二番隊隊長に、「最大の功労者に対してなんて失礼な!」と啖呵を切って朔たちを掻っ攫った事は、一晩寝て忘れたようだ。
今、朔たちは他の萬者たちと一緒くたに、闇堕ち討伐の手伝いとして報告を上げてあるだけだった。多少の報奨金は出るらしいが、最初の約束の一金にすら遠く及ばない。
その場で他言無用を言い渡したが、目撃者はたくさんいたし、一路地向こうは延焼を防ぐのにてんやわんやだった。だから昨夜の内に闇引きの噂は芙紫中を駆け巡っている。
朔たちが目立たない訳はなく、しかし報告に正式に上げなければ庶民による尾ひれが付いた噂で済む。
「俺から二金、二番隊隊長から一金。隊員、果ては芙紫の民を助けてもらった礼には少なすぎるが、なんとかこれで収めてもらえないか」
逆に脅して踏み倒す事も容易だったろうに、変に誤魔化したりなどしない様は潔く、気持ちが良い。
朔はお上から目を付けられず、生田に貸しも作れて金も貰えるとあって文句は無かった。人目が無ければ自分等で処理していただけの事だ。
しかし収まらなかったのは宵だ。
なにせ二十八金、呉服屋で新調出来る金額だ。宵は肌襦袢姿にもかかわらず生田に詰め寄ろうとしたが、生田の続く言葉にぴたりと止まる。
「なにせどさくさに紛れて、赫巫が無くなってしまったのだ。二十余りの赫巫が、あぁ……。すぐに用意できる物でなし、人的被害は朔殿等のお陰で軽微と相為ったが一、二番隊は壊滅と言っていいかもしれん……」
「そ、そうか、そりゃぁ難儀じゃの。その三金も手当の足しにするが良いぞ」
「ま、真か!? よろしいのか、陰陽師殿! 恩に着る!」
「良いのじゃ、微々たるもんじゃが報奨金も出るし、人々を守れる手助けができてワッチモ嬉シイ」
掴みかかろうとしていた手をガバリと握られて宵は引き攣る。生田は殆ど男泣き状態だ。義理人情に厚い、良い隊長なのだろう。
宵が目を逸らしている事には気付かない。朔は良酒にかまけて気にもしていない。
「生田隊長様! 立派に芙紫を守られたのですから、恥じる事など何もありません。きっと上の方もわかって下さいますよ!」
「おう、手柄全部そっちで持っていってくれよ」
「絹代殿、朔殿……。かたじけない」
やつれながらもほっとした様子だったのは、懸念が一つ減ったからに違いない。朔たちは差し障りのない程度で情報を話すと、生田はまだまだ事後処理やらが残っているからと、早々に帰っていった。
「さてと、俺たちも行くか、宵」
「そうじゃの、良い着物も見繕えたし、行こうとするか」
「ええっ、もう行かれてしまうのですか? せめてもう一晩だけでもご逗留下さいませ」
「もう十分だ。世話になったな」
「うむ、お主の目利きは流石じゃ。ではの、絹代」
宵の何とも言えない優しげな眼差しに、言葉を連ねようとしていた絹代の口がつぐむ。
「……はい。こちらこそ大変お世話になりました。芙紫にお越しの際は、必ず我が家にお立ち寄り下さいませ」
綺麗な所作で絹代が頭を下げた。
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