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一章 蔵座敷に棲むもの
八、傾国の荒い事後処理に因るぼんくらの箔 上
しおりを挟む朔たちは再び絹代の家で寛いでいた。
あの闇成り襲撃の後、残された闇堕ちと堕とされかけた破魔隊員の処理の方がよっぽど大変であった。主に朔の精神面が。
現在は破魔一番隊隊長の生田待ちだった。
朔は中庭に面する座敷で朝から酒肴を愉しみ、宵は隣の部屋で、絹代に着物を身に当ててもらいながら。
やがて案内されてきた生田は見るからにやつれていた。一睡もしていないのだろう。
今回の件で朔たちと破魔隊をうまく執りなしたのが絹代だ。
さすがに特別の理由なく、すでに元とはいえ破魔隊を斬るのは気が進まなかったので、さっさととんずらしようとしていた朔たちを止めたのも絹代だ。
絹代は差配屋に保護を頼もうと降ろされる時に気絶から覚めたらしい。その際に水智から「巻き込んで申し訳ありません」と言われて、問い質す前に外に行ってしまったと、絹代は複雑そうな表情で言った。
差配屋には大勢の萬者や勤人がいたが、闇引きはそちらを見向きもしなかったので、絹代は萬者たちに守られながら、差配屋の大穴から外を窺っていたという。
大きな爆発のあと、更に多くの人が苦しみ出し、闇引きたちは目標を手当たり次第に変えてきた。
そんな中絹代は、朔たちが闇引きを殴り飛ばしながら広場から離れようとしているのを見てとり、咄嗟に朔たちの前に飛び出す。
「朔様、宵様、どちらへ!? どうぞお助け下さい、このままでは芙紫が!」
「こんなに破魔隊が居るんだぞ。こういうのは専門職に任せるべきだぜ」
「皆様、苦しんでおられて、とても戦えるご様子ではございません!」
「これじゃあ金も出そうにないしの。下手に手を出してお上に目を付けられる訳にもいかんのじゃよ」
「人助けを、目を付けられるだなんて!」
「しかしあれらは破魔隊士だぜ? 果たして斬って捨ててもいいものか」
「褒められるだけならいいんじゃが、勤仕を言い渡されたり、異端扱いされるやものぉ」
「そんな……!」
褒められるだけじゃちっとも嬉しかないがの! と宵はこんな時でも笑いこけている。
隊長の生田や、正気を保っている十名足らずの隊員は、必死に声を掛けながら峰打ちや槍の腹や石突で応戦している。しかしそんなもので止められるものではなかったし、既に闇堕ちは十体以上になっている。遅かれ早かれ仕留めるしか手はないだろう。そしてこの場合、決断の遅さが致命的に拙い。今はまだ呻いている人が十名強、これがいつ闇堕ちになるか知れないのだから。
「ではどうすれば……!」
「荒萬のぉ! 朔殿ぉ! 妖術師殿ぉ!」
「チッ!!」
生田が駆け寄ってくる。
美形に有るまじき醜悪な顔で舌打ちした二人に、絹代の頬は引き攣る。
「どうかっ、どうかご助力願う! 我らのみでは抑えきれん!」
「どうやって抑えるんだ。もう斬るしかないんだろうが。でもって奴らも赫巫しか効かねぇんだろう?」
朔が戦っている一角に向かって顎をしゃくる。闇堕ちの一体と数名の萬者が戦っていた。
萬者が斬りつけても、すぐさまその傷は塞がっていた。
生田は痛ましそうに目を逸らすと、赫巫の刀を朔に押し付けた。
「これを使ってくれ。堕ちた隊士の刀だ。そして出来るだけ当て落としてくれないか。あとは革で拘束しこちらで何とかする」
その科白ついさっきも聞いたなァと、ちらりと崩れかけた差配屋を見やって呆れた顔を隠しもしなかったが、一応は対策を講じたのだしと思い直し、何も言わずに刀を受け取った。
こちらの黒刀に気付いてないのが分かり、少し手伝う分には構わない気になっていた。
「生田よ! ちと思いついたことがある! 奴ら正気に戻せるやもしれんぞ!」
「なに!? 陰陽師殿、真か!」
「応よ。上手くゆくかは本人次第。じゃからお礼は成功歩合、一人三金で良いぞ!
朔! まずは呻いてる者から昏倒させるが良い!」
生田の返事も聞かずに宵は、手近の蹲っている隊士の項に手刀を喰らわす。つんのめった隊士を足でひっくり返し、馬乗りになると髪を引っ掴み平手を喰らわせた!
「貴様! 気をしっかり持て! 貴様の大事な人が大変じゃ!」
隊士は首をグラグラとさせながら呻く。そこへすかさず先程と反対の頬へビンタが飛ぶ。絹代の頬は更に引きつり痙攣する。
「生田ァ! こ奴の大事なのは何じゃ!」
「は!? はいぃ! 祝言を約束したお園ちゃんかと!」
「ホレ、貴様の大事なお園ちゃんが、そこな色男に頬を染めておるぞ。いかんなァ、このままじゃ喰われるぞい」
宵がごきっと隊士の首を朔の方へ向ける。
くわっと隊士の目が見開いた。
朔は思わずびくっと肩を竦めてしまった。
絹代は目蓋までピクピクさせている。
生田は突き出した両腕と首をブルブル振り、無罪を主張している。
そこにビンタの追撃がかまされる。
「さっさと正気に戻らんと、お園ちゃんが色男の腕の中で貴様にも見せたことのない顔をしながら淫らに乱れて~」
「ぐがあああーー!!」
呻いた隊士に宵は再び容赦の無いビンタを放つ。
隊士が歯をむき出しにして叫ぶたび、バツンッバツンッと無慈悲な平手が繰り出され、お園ちゃんと色男の睦言が晒されていく。
「お"おぞの"ぉおおお!!!」
何度目かの愛の鞭の後、ついに隊士は意味ある言葉を叫びながら跳ね起きた。男の腰に跨っていた宵は、その反動を使ってくるりと宙返りを決め立ち上がる。
「一丁上がりじゃ」
正気に戻った隊士の肩を、宵は良~い笑顔でぽんと一つ叩いた。反対の手は指が三本が立っている。この瞬間、三金の借金も確定した訳だが、命と引き換えと思えば破格である。
顔が在り得ないほど青黒く腫れあがってはいるが、彼は既に正気であり、闇に堕ちたための変質ではないので、祝言までには見れる顔になるはずだ。叩かれた肩に、引っ掴まれた際に抜けた毛髪が大量に纏わりついているが、それも問題無い……はずだ。
「……おい、宵。それが正気に戻す手なのか」
「そうじゃ。要は心が妖力に呑まれなければ良い。現に効いておろうが」
「そこは分かるが、何故俺を引き合いに出す」
「大事なものを盗られるとなりゃ必死にもなろう?」
「……代わりに俺の大事なものが削られてる気がするが」
「火急じゃ、致し方なかろう」
宵は次から次へと、まさに流れる様にビンタをかましていき、そのたびに朔の性癖が暴露されていく。
下は隊士の子の幼女から、上は隊士の年老いた母君まで、果ては男色まで加えられ、周りの者達からの視線は恐れ慄いたものや、一部尊敬や羨望になり、そして特に絹代からの視線は便所虫でも見るかのものになった。
ちなみに情報源は生田だけではない。目の覚めた隊士が次の隊士の惨劇を目の当たりにし、仲間を助けたいという建前のもと、入れ上げている遊女や密通相手などの名前も挙げられていったが、名前だけであるし命もかかっているしで、皆全力で知らない振りをした。明日は我が身である。
最終的には呻いていた者の半数は尋常に戻ったが、この場で戦った者の凡そ三割が堕ち、仕留められるという惨憺たる結果となった。
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