冥闇異聞 ~淫蕩猫と盆暗は楽な方へ流れたい~

景之

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一章 蔵座敷に棲むもの

二、呉服屋箱入り娘の依頼 上

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 朔に助けてもらった女、絹代きぬよは戸惑っていた。
 想像していたのとだいぶ違う。
 大通りで二人を見た時は、猫を可愛がる大変好人物に見えた。
 刀を振り回すには華奢で強そうには見えなかったが、傾国の美女を連れていては要らぬ苦労も多かろうというもの。なればそれなりの腕と見ていた。

 それがどうだ。
 期待以上に強かったのは正直ありがたかったが、顔に似合わない下種の所業。内容は追い剥ぎでしかないのに、立居振舞は洗練されているとか何の芸当だ。
 絹代は渇いた笑いしか出てこない。

(けれど、あれだけの腕前を着物一揃いで雇えるならば安い物だわ。
 を探っていて、うっかり暴漢に目を付けられた時は肝が冷えたけれど、私ったら運が良い!)

 美女は、絹代からすれば最早着物とは呼べない代物を着ていて、きっと言葉に出来ないほどつらい目に遭ったに違いない。先だって同じ境遇に陥りそうだった者として、何より同性として同情を禁じ得ずかける言葉も見つからないが、これは好機だと絹代は考える。
 絹代に自由になる金はないが、自分の着物として仕立て、それを美女たちへの依頼報酬とする事はできる。
 案の定、美女は尋常ではない喰いつきを見せ、これはもう八割方依頼は受けてもらったも同然と思えた。

 若さゆえか絹代は早々に気を取り直した。
 どう頼もうかと悩んでいたが、道中での美女の興奮振りに強気で攻める事を決め、絹代は並々ならぬ決意を胸に、離れの座敷で圧倒的な威圧感を誇る二人と対峙したのである。



________ ___ __ _





「おお絹代! このはもは絶品じゃのー。さくっとしておるくせに口の中でほろほろ崩れおる」

「あぁ、この酒も旨い。
 宵、さっさと着物選びに行けよ。俺はここで待ってるから」

 朔は並べた座布団に寝そべり、片肘をついてちびりちびりと猪口を傾けている。二人とも恐ろしく面の皮が厚い――もとい、順応力が高い。
 絹代はこくりと小さく喉を鳴らして切り出した。

「酒肴がお口に合いましたようで宜しゅうございました。
 また、私の願いも聞いて頂き大変有難く、感謝の念に堪えません。
 お着物は依頼説明後お選びいただける様、手配しておきましたのでご安心くださいませ」

「えっ!?」

 にっこりと商い顔で言い切った絹代に対し、驚き固まる宵。何か問題でも? とばかりに「え?」と、笑顔のまま小首を傾げるおまけ付きだ。

「お、お主を助けたらお礼に着物を一揃い仕立ててくれるんじゃろ?」

「ええ」

「だから破落戸共からお主を助けたじゃろ?」

「ええ、本当に助かりました。
 感謝の気持ちにとても足りませんが、そちらのお酒は三月以上かかる遠方の一級米処から運ばれた極上の一品ですし、料理も城主様に出しても恥ずかしくない物ですわ」

「……き、着物は?」

「勿論忘れてなどおりません。こちらの奥座敷は、特にご贔屓様だけお通しする特別拵えの座敷ですの。こちらに反物をお運び致しますわ」

「なら早う」

 話がかみ合わない。宵は気の長い方ではない。すらりと匂い立つ柳眉をひそめて絹代を見やる。

「ええ、依頼説明後に。お仕立ては依頼完遂後速やかにさせていただきますわ」

「はぁ!?」

 絹代はここが正念場だと、困ったように笑みを崩す。

「お助け下さる契約でございましょう?」

「だから助けたじゃろうが!」

「私は『お助け下さい。お礼に着物を一揃いお仕立て致します』と申しました。
 朔様は『契約成立だ』とおっしゃってくださいました。
 ――私の依頼は、様子の変わってしまった私の父母を調べて助けてほしい、なのですが」

「んな!!」

 宵は絶句して、それでも何か言おうと口を開けては閉じてを繰り返している。朔は盃を置いて、不機嫌な気配が膨れ上がっている。

「早速で恐縮ですが、契約の詳細をお話させて頂きます」

 絹代は衣の下で大汗を掻きながらも、顔は涼しい顔で続ける。
 朔は起き上がり、酒の瓶を手に取った。

「気に食わないな。
 この酒一瓶、安く見ても金一枚。破落戸から助けたアンタの命、この酒席でいい。それで貸し借りなしだ。
 いいな」

 朔は宵を促して立ち上がる。有無を言わさぬ気迫である。けれど絹代は平伏して食らい付く。

「騙すような事になってしまい大変申し訳ございませんでした。ですが私の命、それ程安くございません。呉服屋大店おおだなの跡取り娘の矜持もございます。
 では内容を聞いて頂くだけで、浴衣をご用意させていただきますがいかがでしょうか」

「駄目だ」

「話を聞くだけで浴衣じゃと? わっちが聞く! 朔は酒でも呷っとれ!」

 朔と宵はしばらく押し問答をしていたが、朔が折れたようだ。どっかりと座りこみ、酒瓶片手にを呷る。仮面のような面持ちで絹代を見やり、顎で続きを促した。

「ありがとうございます!
 異変に気付いた切欠は、私が姉のように慕っていた女中が里に帰った時でございます――」

 絹代は二人の様子を窺いながら、とつとつと語りだした。




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