17歳

クリスティーヌ

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それはあまりにも冷たく

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    4月とは名ばかりの春であろう。
暖かい日射しが降り注いでも防寒具から手を離すものは居らず、街ゆく人はコートやマフラーで顔を覆い隠している。
  高校教師である三好みよし美月みつきは人で溢れかえる駅のホームを鬱陶しそうにかき分ける。夏とはまた別の、衣服同士の接触で上手く身動きがとれないこの状況に毎日悩まされるのだ。夏の嫌なところをこの場で挙げるとしたら、衣服ではなく肌同士の接触が増えることだろう。女性である三好から見れば「肌より服の方が余程マシ」と答えることであろう。
 息も詰まる程ごった返したホームから出た途端、三好は深く深呼吸をした。数時間も水の中にいたような、息を吸ってしまえば毒ガスを吸い込んでしまう危機的状況のような、とにかくそんな気持ちをもってホームからに足早に逃げ出した。
駅から約10分に隣接されている公立高校「西ヶ原高校」
時刻はまだ6時前だというのに三好は誰もいない校舎に足を踏み入れた。4月独特の少し肌寒い空気に思わず身震いする。赴任して今年で2年目になる三好だが、同年代の友達も少なく、年上ばかりの職場にいつも肩身の狭い思いをしていた。いつかは生徒達に頼られ、慕われる様な素敵な先生に・・・なんて考えていた時期も合ったが先輩方に追いついていくのがやっとな生活を繰り返していくうちにそんな思いも薄れていく。
  鍵を開け、階段を上り、また鍵を開けて職員室の自分のデスクに深く腰をかける。暖房を付けることも忘れず。
 三好はぼんやりとした頭で考える。やりたかった仕事だ、その為の努力も惜しまなかった。周りと比べ優秀だった、多くの人から天職だと言われた。それなのに、今では人生を教職に捧げることを戸惑っている。いつまで、続けられるだろうか。ここ最近は、そんな事ばかり考える。
 三好のその考えに答えを出す瞬間は訪れる。この先一生ないだろうと言えるほど簡単に。

 ピリリリリリッ!!

 パソコンの起動音の他に音は無く、だからこそ、その甲高い悲鳴に三好は思わず身体をビクつかせた。学校宛の電話は、まず事務を通して教員にまわる。しかし事務員の出勤時間は8時前、現在時刻は6時半。面倒だがここにいるのは三好だけ。

「おはようございます、西ヶ原高校教員の三好です。・・・はい・・・・はい・・・・・・・・は、?」

この2年間繰り返してきた電話対応、保護者や近所からのクレーム、企業からの学校訪問、エトセトラ。
 電話の相手は警察だった、どれだけ素行の悪い生徒でも警察の世話になった子など1人もいない。流れてくる情報は右から左へとすり抜けていく。何度も何度も聞き直し、メモをとる手もどことなくぎこちない。頭の中では沢山の情報が細い糸の様に絡まり、思考回路はぐちゃぐちゃだ。いつの間にか会話は終わっており、三好は受話器を元に戻していた。
 何から整理しよう、まずは冷静になって、いいや、誰かに連絡を、誰に、どうしよう、この時間ならもうすぐ出勤してくる先生も。
 ぐるぐるぐるぐる頭は回る。足元はふわふわしていて、座っている椅子からも思わず転げ落ちてしまいそうだ。受話器から僅かに聞こえるツー、ツー、と電話終了時に鳴る規則正しい音が無慈悲にも三好の心を現実へ突きつける。おもむろにポケットからスマホを取り出し連絡先に連なる「校長」と明記されている人物に電話をかける。

 「・・・・おはようございます、朝から失礼します。先程、警察からお電話をいただいて・・・いいえ、万引きや恐喝ではなく・・・犯罪とは別に」

 声を出している自分とは別に、それを見ている自分がいるような感覚。さっきの取り乱し様は何だと嘲笑い、冷徹な仮面を付けている道化にでもなった気分である。

「ここから1キロも離れていない川・・そうです赤林大橋の、そこで女子生徒の水死体が見つかったと・・・制服も当校のもので、鞄から生徒手帳も・・・・・はい、」

冷たい空気がまだ残っている、凍える程ではないが思わず肌を摩りたいくらいの気温。机の上に置かれている鏡と顔を合わせれば、病人の如く真っ青だ。むしろ死んでいるのは此方ではと言いたげだ、なんとも不謹慎ではあるが。

 「本人確認も出来ています。今年、3年生になったばかりの蟒蛇うわばみ月火つきひさんです」
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