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エルフと不思議な木(2)

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 しばらくして、ハロルドたちが家から出てきたので私は目を覚ました。私は相変わらずエルフたちに囲まれて撫でられていたが、ハロルドが来たので起き上がって軽く毛づくろいする。

「ユリシスが里を案内してくれるらしい。三日月も来るか?」
「ミャウー」

 ソーン一家は家に残ったようで外には出てきていない。することがない私がユリシスとハロルドについて行くと、さらにその後ろから他のエルフが何人かついてきた。彼らもきっと暇なんだな。人間と巨大猫(ギャンピー)が物珍しいのもあるかも。
 
 エルフの里は広く、真ん中に小川が流れていて、水汲み場があったり洗濯場があったりした。馬小屋と小さな放牧場もあり、魔獣に馬が襲われないようにここには魔法でシールドを張っているらしい。

「我々は馬を大切にしているんだ。世話をしていると愛着が湧いてくるからね。シールドを張り続けるには毎日魔力星を消費することになるし、魔獣は頻繁に来るわけではないからシールドを張っても無駄な日が多いが、必要なことだと思っている」

 星降る森に野生の馬がいるのかは分からないけど、私は今のところ見たことがない。エルフたちは人間から馬を買ったり、それを繁殖させたりしているみたい。

「森には年中果実が生るが、一応小さな果実畑も作ってある。食べきれないものは干して貯蔵している。そしてこっちが小麦畑だ」

 案内された場所には確かに畑があった。黄金色の植物がぎっしり生えている。これが小麦かぁ。
 ドワーフはお酒やお肉を好んでいたけど、エルフはたまにお酒を飲むことはあってもお肉は食べないみたいだ。口に合わないらしく、小麦や果物しか育ててないみたい。

「この森の中でも小麦は問題なく育つのだな」
「ああ、命星の溶け込んだ土のおかげで順調に育つのかもしれない。暖かいから生長も早い」
「上手くいっていてよかった」

 ハロルドはそこで一度会話を終わらせると、周囲を見回して改めてユリシスに質問する。

「では、今は特に困っていることはないかな? 小麦の栽培も馬の飼育も順調そうだ」

 するとユリシスはわずかに表情を曇らせて呟く。

「いや……一つだけ困っていることがある。これは長い間、我々エルフがかかえてきた問題だ」
「おや。知恵のあるエルフたちでも解決できない問題があるのか?」
 
 意外そうにハロルドが尋ねると、ユリシスは神妙な顔をして真面目に言う。

「我々は他者に性的欲求を抱きにくいんだ」
「……ほう」

 どう返していいか分からなかったようで、ハロルドはとりあえず相槌を打った。
 ハロルドがあまり真剣に受け止めていないと思ったのか、ユリシスは語気を強める。

「これは大きな問題なんだよ。誰も性行為をしないせいで、ここ百年近く新しい命が誕生していないんだから。エルフは寿命が四百年程度あるから人間に比べて猶予があるが、このままではいずれ我らは滅びてしまう。どうにかしないと」
「確かにそれは問題か」

 ユリシスは難しい顔をして続ける。

「どうしようもなくなったら、気乗りしなくても子作りを進めるしかない。これまでもそうやってエルフは命を繋いできたわけだしね。でも百年前には同じ年にたくさん子供が生まれたことがあってね。後ろにいる彼らや、長の家に集まって来ていた若者たちはみんなその時に生まれた同じ歳のエルフなんだ」

 ユリシスはそう言って、私たちの後について来ていた若いエルフたちを視線で指し示した。まぁ、若いと言っても百年生きていてハロルドより年上なわけだけど。
 ハロルドは不思議そうに尋ねる。

「百年前に何があったのだ?」
「とあるエルフが森で良い香りのする木を見つけ、葉の茂った枝を折って持ち帰ってきた。結論から言うとその木はエルフを――あるいは人間にも効くのかもしれないが――欲情させる香りを放つ木で、匂いを嗅いだ者は子作りの欲が湧いたんだ」
「それで翌年子供がたくさん生まれたと? 星降る森にはそんな木もあるのか」
「持ち帰った枝は枯れ、匂いが消えると妊娠するエルフはぴたりといなくなってしまった。それからずっとエルフたちはその木――『欲の木』を探している。欲の木はエルフの里からそう遠くない場所に生えていたようだが、すぐ近くにあったわけでもないらしく、枝を持ち帰った者は正確な位置を覚えていなかったからこれまで見つかっていないんだ」
「種族によって様々な悩みがあるのだな。私のような人間は欲を消したいと思う時もあるくらいなのに」

 ハロルドがそう言うと、ユリシスは小さく笑って返す。

「あらゆる欲は適度にあった方がいいと思うよ。確かに有り過ぎると身を滅ぼすこともあるが、適度に持つのは悪いことではないさ。人間が繁栄しているのも欲のおかげだろう」

 するとそこでハロルドはこっちを見て尋ねてきた。

「三日月は何か知らないか? 欲の木について。お前は森のことをよく知っているだろう」
「そうだ、巨大猫(ギャンピー)なら知っているかもしれないな」

 ユリシスにも期待に満ちた目で見つめられたが、私は欲の木なんて知らない。そもそも欲情するってことがどういうことなのか、子猫の私にはよく分からないしさ。

「ミゥー」

 こてんと首を傾げて困った顔をすると、ユリシスは残念そうに言う。

「そう簡単には見つからないか」

 ユリシスは肩を落としつつ、ハロルドに質問する。

「人間は欲を起こすような薬を使ったりはしないのか? 君たちは時々我らを驚かすような道具を作ったり、品種改良をして新しい植物まで誕生させたりするから、そういう薬も開発できるんじゃないか?」
「うーん」

 ハロルドは顎に手を当てて考えた。

「一部の人間はそちらの方面にかなり貪欲だから、催いん剤と呼ばれる薬は数多く売られている。しかし実際は効果のないものがほとんどだし、あっても強烈なものではない。元々欲の少ないエルフに効くかどうか……。魔法薬の開発も進んでいるが、今のところ催いん効果のある魔法薬は完成していないだろう。少なくとも表の市場や店で正式に魔法薬の催いん剤が販売はされているのは見たことがない」
「魔法薬か……。我々も開発してみるか。しかしどれほど時間がかかるだろう。欲の木を見つけるとのどちらが早いか……」

 ユリシスも逡巡している。結局、エルフたちの悩みはすぐには解決できないようだ。

 その後、ハロルドと私は里に一泊して翌日にエルフたちと別れた。私はエルフにもふもふされるか寝ていただけだったが、ハロルドはエルフたちと色々な話をして楽しく交流していたみたい。

 

(フンフンフーン)

 エルフの里を訪問してから一ヵ月ほど経った頃、私は頭の中で鼻歌を歌いながら、とある場所に向かっていた。
 その場所とは、この前見つけた不思議な香りのする木のところだ。
 
 この木を見つけたのは偶然だった。そこにあると知っていて行ったわけじゃない。だけど今回は二度目なので、不思議な香りの木がある位置を正確に把握できている。
 一度訪れていて、さらにそこに何か目印になるようなものがある場合、私はまずその位置を忘れないのだ。
 エルフの里やケンタウロス、ドワーフの里、あるいは泉とか、森の中にある大きめの特徴物の位置は元々頭に入っていて、二度目じゃなくても真っすぐ向かえるけどね。

(あったあった)

 目的の場所に着くと艶やかな赤紫色の木が生えていた。私より背が低いし、隣の木の陰にひっそり立っているので、私でも一度見逃して通り過ぎてしまった。匂いもそんなに遠くまでは届いてないんだよね。

「ミ~」

 私はその木に近づいて匂いを嗅ぐと、恍惚の表情を浮かべた。甘ったるくて癖のある不思議な香り。何とも形容しがたく、でも嗅ぐのを止められない匂い。熟して腐りかけの果物の香りに似てるのかなぁ? 
 私は気分が良くなって、その場でお腹を出してごろごろ転がった。この頭がふわふわする感覚も面白くて好きだ。

 しばらくごろごろした後、私はふにゃふにゃの表情をしながら起き上がり、赤紫の木の枝を咥え、ぽきりと折った。
 酔っぱらったみたいに楽しくなっちゃって、自分でも何をしてるのか分からない。枝を折ってどうしたいんだろ? でも面白いからいいか。

(ふふふ)

 心の中で笑いながら、枝を咥えた私は千鳥足で歩き出す。良~い気分だなぁ~!
 私がふらふら歩いていくと、酔っぱらった巨大な子猫を警戒して近くにいたリスたちが逃げていった。今の私は小さな生き物を潰さないように歩くのも難しいから、逃げるのは正解だよねぇ~! 

(あはは~!)

 枝を咥えているせいで、木から離れても一向に冷静になれない。だけど別に冷静になる必要はないので、私はそのまま枝を咥えて歩き続ける。最高に楽しい。
 
「――おや? 君はこの間の巨大猫(ギャンピー)か」
 
 とそこで、正面から馬に乗ったエルフたちが四人やってきた。みんな男で、中年のエルフもいれば若いエルフもいる。私ははっきり覚えてないけど、向こうはこっちを知っている様子なので、この前里で顔を合わせていたんだろう。
 ここはエルフの里からそう遠くないけど、それでも歩いて二時間はかかるし奇遇だなぁ。

「普通の子猫なら気づけなかっただろうけど、君は目立つから遠くからでもすぐ分かったよ」
「ミャ~ン」

 私がにっこり笑って愛想良く返事をすると、咥えていた木の枝がぽとりと落ちた。

「随分機嫌が良いな。まさか酒に酔っているんじゃないだろうね。何か匂いが……おや、これは?」

 金髪の若いエルフは馬を降りると、私が落とした枝を手に取り、鼻をひくつかせる。
 と同時に隣にいた中年のエルフが、同じように馬から降りて大きく目を見開き言う。

「待て、それは……! 艶やかな赤紫色の葉がたくさん茂ったその枝は、まさか……」

 中年のエルフは、同じ歳くらいの仲間のエルフに目を向ける。するとそのエルフも驚いた顔をして深く息を吸い込んだ

「この得も言われぬ良い香り……。百年前に嗅いだことがあるぞ」
「ああ、間違いない。欲の木だ」
「これが? やっと見つけたのか!」

 若いエルフ二人は信じられないというような顔をして、でも嬉しそうな声を上げた。

「これがあれば、僕たちの種族が絶えることはない!」
「巨大猫(ギャンピー)……三日月だったかな? これをどこで採ってきたんだい?」

 咥えていた枝を離したことでちょっと正気を取り戻した私は、赤紫色の小さな木がある場所にエルフたちを案内する。

「ミャーン」
「これか。確かに欲の木は小さいと聞いていたが、百年経っても成長していなさそうだな。これではなかなか見つからないのも納得だ」

 中年のエルフは腑に落ちたといった様子で赤紫色の木を見つめた。大きな木がたくさんある広い森の中で、二メートル程度の細い木を見つけるのは難しいもんね。
 
(というか、これがエルフたちの言ってた欲の木だったんだ)

 匂いを嗅いでもふわふわ良い気分になるだけだったけど、それは私がまだ子供だからかな。
 
「どうする? ここを離れるとまた欲の木のある正確な位置が分からなくなってしまう」
「この枝だけでもとりあえずは十分だが、また百年後、二百年後のことを考えると、欲の木自体を手元に置いておきたい。根ごと掘り起こして里に植え替えるか」
「けれどそうするにしても道具を取りに戻らなくては……」
 
 そこでエルフたちの視線がふと私に集まる。

「そうだ、三日月。君はこの欲の木の生えている場所を覚えておけるか? 一度里に戻った我々をまたここに案内してくれないだろうか?」
「ミー」

 ちょっと面倒だったけど、私はいいよと返事をした。エルフという種族の存続をかけた大事な問題らしいからね。

「ありがとう。恩に着る」
「ミャーン」

 恩に着なくてもいいからミルクちょうだいよ。

「これでまた里に新しい命が誕生するだろう」

 エルフたちは安堵して表情を和らげた。よかったね。
 そうして私たちが一旦エルフの里に戻ると、金髪の若いエルフは赤紫色の枝を掲げて「欲の木が見つかったぞ!」とみんなに声をかけて回った。
 
「何? 欲の木が?」
「本物なの?」
「いや、きっと本物だ。百年前に見た枝も、こんな葉の形や色をしていた」

 集まってきたエルフたちは木の枝を興味津々に眺め、手に取り、軽く匂いを嗅いでいる。
 騒ぎを聞きつけたユリシスやエルフの長のソーンもやって来て、欲の木が見つかったことを喜び合う。

「三日月が欲の木を見つけたんだ。枝を咥えて僕たちのところに持ってきてくれた」

 金髪のエルフがそう言って私の体をポンポンと叩く。たまたま枝を咥えてただけで、別にあなたたちのところに持って行ったわけではないんだけどね。
 するとユリシスは感動したように私を見て言う。

「我々が欲の木を探しているということをこの子もハロルドと一緒に聞いていたから、きっと探してくれたんだ。ぼけーっと興味なさそうな顔をして聞いていると思っていたが、まさか見つけてきてくれるなんて」
「ミャウゥ」

 そんなにぼけーっとしてた? と思ってちょっと顔をしかめる。私にしては結構真剣に聞いてたと思うんだけど。
 それに私は欲の木を探していたわけでもないんだよ。全部偶然なんだよ。
 
「ありがとう、三日月」
「すごいぞ」
「エルフ存続の功労者だ」

 でもエルフたちみんな私を褒め称えてくれたのでまんざらでもない気持ちになり、二ッと笑って功績を受け入れた。
 やっぱり私ってすごいんだなぁ。

 こうして私は、よく分からないうちにエルフの滅亡を救った恩猫になったのだった。
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