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マドーラへ
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アイラとルルは、老夫婦の家に匿ってもらいながら平和な日々を過ごした。王都の騎士たちはポルティカの街でアイラの捜索を続けていて外には出られないので、多少窮屈な生活ではあったが。
ルルは家の掃除をしたり料理や裁縫の手伝いをしていたが、元王女を働かせるつもりはないらしく、老夫婦はアイラには何も手伝いをさせようとしなかった。なのでアイラは老夫婦が畑を耕すのを眺めたりしながら暇を潰した。
その姿を誰かに見られる可能性もあるので、髪の色はアイラもルルも目立たない茶色に変えている。
隠した方が怪しまれて通報されるかもしれないので、近所の住民には老夫婦から素直に『元王女を匿っている』と説明してもらった。
近所の住民は老夫婦が身投げ事件の犠牲者遺族だと知っているし、娘が死んでからずっと落ち込んで悲しんでいた姿を見ているので、犯人を捕まえたアイラのことを通報したりはしなかった。
この辺りは街の外れで、近所同士の結びつき強いので、アイラを匿うと決めた老夫婦をみんなで密かに応援して、食料や服、寝具などを差し入れてくれた。
しかし狭い家には、さすがにベッドは老夫婦が元々使っていた二台以外には置けなかった。老夫婦はアイラたちにベッドを譲ってくれようとしたが、老人を床で寝かせるのは気が引けたので、アイラは一人掛けのソファーで体を丸めて寝て、ルルは床で眠った。
偉そうだが変に遠慮をせず、いつも元気なアイラとの生活を老夫婦も楽しんでいたようだった。
「アイラ様がいらっしゃると家の中が明るくなります」
「またこんなに楽しい日々を過ごせるとはねぇ……。アイラ様、シチューのおかわりはどうです?」
「いる! でもカボチャは入れるなよ」
そんな日々を過ごして十日が経った頃、アイラは老夫婦に頼んでカトリーヌの屋敷を訪ねてもらった。門番にアイラを匿っていることを伝えると、すぐにカトリーヌに取り次いでもらえたらしい。
老夫婦はカトリーヌからの手紙を受け取り、家に戻ってきた。アイラを心配するカトリーヌの言葉が手紙の半分を埋め尽くしていたが、残りの半分は有益な情報をくれた。
例えばサチはまだカトリーヌの屋敷に滞在しているようだ。アイラが未だポルティカに潜伏しているはずだと考えて、サチも王都に戻らず留まっているという。
また、カトリーヌは十日前にティアたち三人を無事保護し、ファザドを拘束したようだ。ティアたちの体調に問題はなく、すでに正気を取り戻していて、ファザドに船に招き入れられたことや、怪しいお香を嗅がされたことなどを証言したらしい。
ティアは好きな男が殺人犯だったということで落ち込んではいるが、カトリーヌやトーイに励まされて少しずつ前向きになってきているという。船にアイラが助けに来たことも覚えていて、王都の騎士たちに追われているアイラを心配しているとも書いてあった。
手紙を途中まで読むと、アイラはため息をついて顔を上げた。そして隣に座って一緒に読んでいたルルにこう言う。
「ファザドは異国の王子だからこの国では裁けないってさ」
「ええ、国に強制送還されるようですね」
ルルも手紙の文字を目で追いながら返す。
老夫婦はアイラのために買ってきたお菓子をテーブルに用意し、お茶を淹れていたが、ファザドという名前を聞いてこちらを振り返った。
アイラは彼らにも話しかけるように言う。
「ファザドの醜聞は、やつの兄たちによってマーディルでは揉み消されるかもしれない。マーディルのことはよく知らないが、ファザドが他国で何人も若い娘を殺していたなんて国民に知られたら、王族の権威に関わるだろうしな。母国で投獄されたり、罰を受けることはないかもしれないのが悔しい」
無念そうな顔をしている老夫婦に、アイラは続ける。
「だが、たとえ国民にファザドの悪事が知れ渡ることはなかったとしても、身内の者たち――十二人いるファザドの兄たちは確実にそれを知って、ファザドを蔑むだろう。ファザドの立場はこれまでとは比べ物にならないくらい悪くなるはずだ」
「ええ、きっとそうでしょうね」
ルルも同意して頷く。
「十三番目の王子だからと彼は卑屈になっていましたが、自分の行動でさらに居場所をなくしていくとは哀れです」
「良い行いを積み重ねて行けば、十三番目だとか関係なく地位を得て、周囲の人間からも必要とされ、好かれていっただろうにな」
そう言うと、アイラは再び手紙に視線を落とす。
カトリーヌは、サチたちの警戒が緩むのを待った後、アイラとルルをポルティカから脱出させてくれるつもりらしい。普通、ポルティカから出るには検問所を通らなければならないが、現在検問所は王都の騎士たちによって見張られているので、別のルートを案内してくれるようだ。
「じゃあ、まぁ、のんびり待つか」
「いつまででも居てくださって結構ですよ」
「さぁ、お茶が入りましたよ」
ソファーに座って伸びをするアイラに、老夫婦が笑って声をかけたのだった。
そうして結局、アイラとルルは老夫婦の家に一か月半滞在することになった。サチはさすがにもう王都に戻ったらしいが、まだポルティカには王都の騎士たちが残っていて、主に検問所を監視しているようだ。
この一か月半の間には、身投げ事件の犠牲者遺族たちが次々に、けれどこっそりとアイラに会いに来てくれた。彼らはみんな犯人が捕まったことを喜んでおり、アイラに感謝をし、食事などを差し入れしていった。
また、彼らが持ってきた地元の新聞には、元王女のアイラが身投げ事件を解決したという記事が載っていた。
「このインタビュー答えたの私なんですよ」
老夫婦とは別の遺族の中年男性が、照れ臭そうに記事を指す。
「ふーん、何々? 『元王女は我々遺族に同情して、身投げ事件のことを独自に調査してくれていた』『元王女に感謝しています』……」
「たくさん良いこと言っておきましたよ。感謝してるのは本当ですし。これで聖女様もアイラ様を処刑するのを止めてくれたらいいのですが」
「こんなことで止めないさ。でもありがとうな」
アイラも少しはにかんで礼を言ったのだった。
そんなこんなで楽しく潜伏生活を送り、やがてアイラとルルはポルティカを出て行くことにした。
一度港で正体を明かしたのでアイラの容姿はポルティカの一部の住民たちにバレてしまっているし、直接アイラの姿を目撃していない住民も、新聞記事や噂で元王女がこの街にいると把握している。
だから髪を茶色にしたくらいでは変装にならないだろうし、この街で生活していればいずれ住民たちに正体を見破られてしまう。
なのでポルティカでの逃亡生活は終わりにして、次の土地へ移動するのだ。
今度はアイラもルルも髪色を再び黒にして、服装も目立たない平凡なものを着た。そして二人とも帽子を被って正体がバレないようにする。
「世話になったな。元気で長生きするんだぞ」
アイラが老夫婦の家の玄関先で別れの言葉を言うと、彼らは静かに泣き出した。出発の準備はもう整ったので、後は家を出て行くだけだ。
「どうかお気をつけて。またお会いできるよう、妻と長生きしますから」
「娘がもう一人できたようで楽しかったですよ。体に気をつけてくださいね」
ハンカチで涙を拭きながら言う老夫婦にぎゅっと抱きしめられると、アイラの心は何だか温かく切なくなった。
目立たないけれど親切で善良なこういう人間が幸せに暮らしていける国になるといいなと思う。現国王のアーサーは誠実な人間だから、きっとそんな国にしてくれるだろう。サチだって奴隷を解放した実績があるし、自分が国を治めるよりは良いはずだとアイラは思った。
アイラとルルが老夫婦の家を出ると、庶民の格好をして変装しているカトリーヌの騎士が三人待っていた。彼らはカトリーヌの屋敷で預かってもらっていた馬たち――サンダーとパトロスを連れてきてくれたようだ。
母馬のサンダーは小さな荷台を引いていて、そこにはアイラやルルの荷物や食料が載せられている。
「ポルティカを無事脱出できるよう、我々が先導いたします」
騎士たちの案内で、アイラとルルは周りを警戒しながらポルティカの街を歩いた。団体で歩くと人目につくので、ルルと騎士一人に馬たちのグループと、アイラと騎士二人のグループに分かれて、つかず離れずの距離を保つ。
街には深紅の制服を着たポルティカの騎士たちがちらほらといて、街の警備をしている振りをして、アイラたちが行く先に王都の騎士がいないか見てくれているようだった。
「カトリーヌ様は会って別れの挨拶をしたがっておいででしたが、結局遠慮されました。アイラ様と接触する可能性があると、カトリーヌ様は王都の騎士たちの監視対象になっているようですから」
代わりにこれを預かってきました、と言って、騎士はアイラにカトリーヌからの手紙を渡してきた。開いて読んでみるとアイラへの愛と心配の気持ちが延々とつづられたラブレターだったので、適当に目を通してポケットに仕舞った。旅の途中でたき火をする時に火種として使えそうだ。
「結局サチはカトリーヌとお喋りしに来ただけだったのか?」
帽子を深くかぶりつつ、アイラは騎士をちらっと見上げて尋ねる。
「ええ。色々と制約も多い立場らしく、聖女様は自分は好きな服も靴も買えないとカトリーヌ様に嘆いておられましたよ。それでカトリーヌ様が聖女様を買い物に連れて行って、ブローチを買ってあげていました」
「へー」
「聖女様はご自分でもアイラ様を探し出そうとしておられましたが、聖女様が街に出ると住民が集まってきて騒ぎになるのです。ですからそれを嫌がって、聖女様は基本的には屋敷でのんびりされていました」
「ふーん」
人が集まってくるのが億劫なのは分かるが、せっかく地方に来たのなら、ポルティカの街をよく見て回ったら良かったのにとアイラは思った。例えば街の外れにいる老夫婦の生活なんかも見てもらって、サチには国をより良くしてほしいのだ。
「ま、私たち元王族が街に出ても国民はひれ伏すだけだったろうけど、聖女みたいな人気者になると人が集まって大変なんだな」
アイラは独り言のように呟いたのだった。
そして検問所を通らずポルティカを出ると、そこから二時間ほど歩いたところで、送ってくれた騎士たちは言う。
「では、我々はこの辺りでポルティカに戻ります。街道は王都の騎士に見張られているので少し遠回りしましたが、ややこしい道は抜けたので、後はこの地図を見ながら進んでもらえれば迷うことはないかと」
アイラとルルは貰った地図を開いて確認する。南の領地ポルティカから少し北上し、王都に近いマドーラに進むルートが書かれてあった。
「道中も説明しましたが、聖女様はカトリーヌ様と話をする中で、アイラ様たちの次の目的地はザリオなのではないかと予想をしていました。ザリオには国一番の魔法使いであるシビリル様がおられますし、きっと頼るに違いないと」
ザリオはポルティカから東に進んだところにある領地で、街道も整備されていてポルティカから行きやすい場所でもある。
「ポルティカからザリオへ続く街道は警戒されていますので、山もあって少し厳しい道のりにはなりますが、北上してマドーラへ向かうのがいいかと」
西へ向かってまたアイリーデを訪れるという案も騎士たちから出されたが、それはアイラが拒否した。
城を出て遠くへ行くということがなかったので、元王女とはいえアイラはこの国のことをよく知らない。だからこの機会に地方を巡りたいと思っていて、一度訪れた場所に再び向かうより、違う土地に行きたいという気持ちが強いのだ。
「地図の通り進んでもらえれば……そうですね、子馬やアイラ様の足に合わせた緩いペースで休憩も十分に取るということを計算に入れると、六日ほどでマドーラの領地に入れます。ルルさんが地図を見て進んでください」
初対面のはずだが、騎士はアイラに地図を読む能力はないと察知してルルに託した。
「マドーラの領地に入るとさっそく山を越えなければなりませんが、低い山ですし登山道もありますから、まず迷うことはないと思います。ただ荷車は通れない道もあるので山に入るところで荷車は置いて身軽にしていってください。ちょうど今荷車に載せている食料も良い感じに少なくなっているでしょうから」
騎士は丁寧に説明してくれた。おそらくアイラを心配したカトリーヌからも細かく伝えるよう言われているのだろう。
「山を越えるとすぐにムストという村がありますので、マドーラではまずそこで休んで食料を貰ってください。カトリーヌ様の知り合いということにして、すでに金と食料を渡して話をつけてあります」
「手際が良いな」
アイラが腕を組んで威張りながら褒めると、騎士は子供を見るようにアイラを見てニコッと笑った。
「マドーラは畑が多く、ほとんどが小さな村や町ですから、人に紛れるということはできないと思います。田舎ではよそ者は目立ちますからお気を付けください。ムスト村に立ち寄った後は、真っすぐご領主の屋敷に向かい、そこで匿っていただいた方がいいかと思います」
「マドーラの領主なぁ……」
「アイラ様の遠いご親戚ですよね?」
騎士の質問に、アイラは「うん」と答える。
「一応王族と血の繋がりがあるだけあってアイリーデにいる叔父上と似ていて、私に逆らうことはない人間だから、確かにそこに滞在するのが一番無難か」
アイラはつまらなさそうに言った。マドーラの領主は特に面白くない人物なのだ。
「それでは我々はここで。道中お気をつけください。またポルティカにもいらしてくださいね。カトリーヌ様も強くそうおっしゃっていました」
「ああ、また行く。じゃあな」
騎士たちと別れると、アイラはルルや馬たちと一緒にマドーラへと向かったのだった。
ルルは家の掃除をしたり料理や裁縫の手伝いをしていたが、元王女を働かせるつもりはないらしく、老夫婦はアイラには何も手伝いをさせようとしなかった。なのでアイラは老夫婦が畑を耕すのを眺めたりしながら暇を潰した。
その姿を誰かに見られる可能性もあるので、髪の色はアイラもルルも目立たない茶色に変えている。
隠した方が怪しまれて通報されるかもしれないので、近所の住民には老夫婦から素直に『元王女を匿っている』と説明してもらった。
近所の住民は老夫婦が身投げ事件の犠牲者遺族だと知っているし、娘が死んでからずっと落ち込んで悲しんでいた姿を見ているので、犯人を捕まえたアイラのことを通報したりはしなかった。
この辺りは街の外れで、近所同士の結びつき強いので、アイラを匿うと決めた老夫婦をみんなで密かに応援して、食料や服、寝具などを差し入れてくれた。
しかし狭い家には、さすがにベッドは老夫婦が元々使っていた二台以外には置けなかった。老夫婦はアイラたちにベッドを譲ってくれようとしたが、老人を床で寝かせるのは気が引けたので、アイラは一人掛けのソファーで体を丸めて寝て、ルルは床で眠った。
偉そうだが変に遠慮をせず、いつも元気なアイラとの生活を老夫婦も楽しんでいたようだった。
「アイラ様がいらっしゃると家の中が明るくなります」
「またこんなに楽しい日々を過ごせるとはねぇ……。アイラ様、シチューのおかわりはどうです?」
「いる! でもカボチャは入れるなよ」
そんな日々を過ごして十日が経った頃、アイラは老夫婦に頼んでカトリーヌの屋敷を訪ねてもらった。門番にアイラを匿っていることを伝えると、すぐにカトリーヌに取り次いでもらえたらしい。
老夫婦はカトリーヌからの手紙を受け取り、家に戻ってきた。アイラを心配するカトリーヌの言葉が手紙の半分を埋め尽くしていたが、残りの半分は有益な情報をくれた。
例えばサチはまだカトリーヌの屋敷に滞在しているようだ。アイラが未だポルティカに潜伏しているはずだと考えて、サチも王都に戻らず留まっているという。
また、カトリーヌは十日前にティアたち三人を無事保護し、ファザドを拘束したようだ。ティアたちの体調に問題はなく、すでに正気を取り戻していて、ファザドに船に招き入れられたことや、怪しいお香を嗅がされたことなどを証言したらしい。
ティアは好きな男が殺人犯だったということで落ち込んではいるが、カトリーヌやトーイに励まされて少しずつ前向きになってきているという。船にアイラが助けに来たことも覚えていて、王都の騎士たちに追われているアイラを心配しているとも書いてあった。
手紙を途中まで読むと、アイラはため息をついて顔を上げた。そして隣に座って一緒に読んでいたルルにこう言う。
「ファザドは異国の王子だからこの国では裁けないってさ」
「ええ、国に強制送還されるようですね」
ルルも手紙の文字を目で追いながら返す。
老夫婦はアイラのために買ってきたお菓子をテーブルに用意し、お茶を淹れていたが、ファザドという名前を聞いてこちらを振り返った。
アイラは彼らにも話しかけるように言う。
「ファザドの醜聞は、やつの兄たちによってマーディルでは揉み消されるかもしれない。マーディルのことはよく知らないが、ファザドが他国で何人も若い娘を殺していたなんて国民に知られたら、王族の権威に関わるだろうしな。母国で投獄されたり、罰を受けることはないかもしれないのが悔しい」
無念そうな顔をしている老夫婦に、アイラは続ける。
「だが、たとえ国民にファザドの悪事が知れ渡ることはなかったとしても、身内の者たち――十二人いるファザドの兄たちは確実にそれを知って、ファザドを蔑むだろう。ファザドの立場はこれまでとは比べ物にならないくらい悪くなるはずだ」
「ええ、きっとそうでしょうね」
ルルも同意して頷く。
「十三番目の王子だからと彼は卑屈になっていましたが、自分の行動でさらに居場所をなくしていくとは哀れです」
「良い行いを積み重ねて行けば、十三番目だとか関係なく地位を得て、周囲の人間からも必要とされ、好かれていっただろうにな」
そう言うと、アイラは再び手紙に視線を落とす。
カトリーヌは、サチたちの警戒が緩むのを待った後、アイラとルルをポルティカから脱出させてくれるつもりらしい。普通、ポルティカから出るには検問所を通らなければならないが、現在検問所は王都の騎士たちによって見張られているので、別のルートを案内してくれるようだ。
「じゃあ、まぁ、のんびり待つか」
「いつまででも居てくださって結構ですよ」
「さぁ、お茶が入りましたよ」
ソファーに座って伸びをするアイラに、老夫婦が笑って声をかけたのだった。
そうして結局、アイラとルルは老夫婦の家に一か月半滞在することになった。サチはさすがにもう王都に戻ったらしいが、まだポルティカには王都の騎士たちが残っていて、主に検問所を監視しているようだ。
この一か月半の間には、身投げ事件の犠牲者遺族たちが次々に、けれどこっそりとアイラに会いに来てくれた。彼らはみんな犯人が捕まったことを喜んでおり、アイラに感謝をし、食事などを差し入れしていった。
また、彼らが持ってきた地元の新聞には、元王女のアイラが身投げ事件を解決したという記事が載っていた。
「このインタビュー答えたの私なんですよ」
老夫婦とは別の遺族の中年男性が、照れ臭そうに記事を指す。
「ふーん、何々? 『元王女は我々遺族に同情して、身投げ事件のことを独自に調査してくれていた』『元王女に感謝しています』……」
「たくさん良いこと言っておきましたよ。感謝してるのは本当ですし。これで聖女様もアイラ様を処刑するのを止めてくれたらいいのですが」
「こんなことで止めないさ。でもありがとうな」
アイラも少しはにかんで礼を言ったのだった。
そんなこんなで楽しく潜伏生活を送り、やがてアイラとルルはポルティカを出て行くことにした。
一度港で正体を明かしたのでアイラの容姿はポルティカの一部の住民たちにバレてしまっているし、直接アイラの姿を目撃していない住民も、新聞記事や噂で元王女がこの街にいると把握している。
だから髪を茶色にしたくらいでは変装にならないだろうし、この街で生活していればいずれ住民たちに正体を見破られてしまう。
なのでポルティカでの逃亡生活は終わりにして、次の土地へ移動するのだ。
今度はアイラもルルも髪色を再び黒にして、服装も目立たない平凡なものを着た。そして二人とも帽子を被って正体がバレないようにする。
「世話になったな。元気で長生きするんだぞ」
アイラが老夫婦の家の玄関先で別れの言葉を言うと、彼らは静かに泣き出した。出発の準備はもう整ったので、後は家を出て行くだけだ。
「どうかお気をつけて。またお会いできるよう、妻と長生きしますから」
「娘がもう一人できたようで楽しかったですよ。体に気をつけてくださいね」
ハンカチで涙を拭きながら言う老夫婦にぎゅっと抱きしめられると、アイラの心は何だか温かく切なくなった。
目立たないけれど親切で善良なこういう人間が幸せに暮らしていける国になるといいなと思う。現国王のアーサーは誠実な人間だから、きっとそんな国にしてくれるだろう。サチだって奴隷を解放した実績があるし、自分が国を治めるよりは良いはずだとアイラは思った。
アイラとルルが老夫婦の家を出ると、庶民の格好をして変装しているカトリーヌの騎士が三人待っていた。彼らはカトリーヌの屋敷で預かってもらっていた馬たち――サンダーとパトロスを連れてきてくれたようだ。
母馬のサンダーは小さな荷台を引いていて、そこにはアイラやルルの荷物や食料が載せられている。
「ポルティカを無事脱出できるよう、我々が先導いたします」
騎士たちの案内で、アイラとルルは周りを警戒しながらポルティカの街を歩いた。団体で歩くと人目につくので、ルルと騎士一人に馬たちのグループと、アイラと騎士二人のグループに分かれて、つかず離れずの距離を保つ。
街には深紅の制服を着たポルティカの騎士たちがちらほらといて、街の警備をしている振りをして、アイラたちが行く先に王都の騎士がいないか見てくれているようだった。
「カトリーヌ様は会って別れの挨拶をしたがっておいででしたが、結局遠慮されました。アイラ様と接触する可能性があると、カトリーヌ様は王都の騎士たちの監視対象になっているようですから」
代わりにこれを預かってきました、と言って、騎士はアイラにカトリーヌからの手紙を渡してきた。開いて読んでみるとアイラへの愛と心配の気持ちが延々とつづられたラブレターだったので、適当に目を通してポケットに仕舞った。旅の途中でたき火をする時に火種として使えそうだ。
「結局サチはカトリーヌとお喋りしに来ただけだったのか?」
帽子を深くかぶりつつ、アイラは騎士をちらっと見上げて尋ねる。
「ええ。色々と制約も多い立場らしく、聖女様は自分は好きな服も靴も買えないとカトリーヌ様に嘆いておられましたよ。それでカトリーヌ様が聖女様を買い物に連れて行って、ブローチを買ってあげていました」
「へー」
「聖女様はご自分でもアイラ様を探し出そうとしておられましたが、聖女様が街に出ると住民が集まってきて騒ぎになるのです。ですからそれを嫌がって、聖女様は基本的には屋敷でのんびりされていました」
「ふーん」
人が集まってくるのが億劫なのは分かるが、せっかく地方に来たのなら、ポルティカの街をよく見て回ったら良かったのにとアイラは思った。例えば街の外れにいる老夫婦の生活なんかも見てもらって、サチには国をより良くしてほしいのだ。
「ま、私たち元王族が街に出ても国民はひれ伏すだけだったろうけど、聖女みたいな人気者になると人が集まって大変なんだな」
アイラは独り言のように呟いたのだった。
そして検問所を通らずポルティカを出ると、そこから二時間ほど歩いたところで、送ってくれた騎士たちは言う。
「では、我々はこの辺りでポルティカに戻ります。街道は王都の騎士に見張られているので少し遠回りしましたが、ややこしい道は抜けたので、後はこの地図を見ながら進んでもらえれば迷うことはないかと」
アイラとルルは貰った地図を開いて確認する。南の領地ポルティカから少し北上し、王都に近いマドーラに進むルートが書かれてあった。
「道中も説明しましたが、聖女様はカトリーヌ様と話をする中で、アイラ様たちの次の目的地はザリオなのではないかと予想をしていました。ザリオには国一番の魔法使いであるシビリル様がおられますし、きっと頼るに違いないと」
ザリオはポルティカから東に進んだところにある領地で、街道も整備されていてポルティカから行きやすい場所でもある。
「ポルティカからザリオへ続く街道は警戒されていますので、山もあって少し厳しい道のりにはなりますが、北上してマドーラへ向かうのがいいかと」
西へ向かってまたアイリーデを訪れるという案も騎士たちから出されたが、それはアイラが拒否した。
城を出て遠くへ行くということがなかったので、元王女とはいえアイラはこの国のことをよく知らない。だからこの機会に地方を巡りたいと思っていて、一度訪れた場所に再び向かうより、違う土地に行きたいという気持ちが強いのだ。
「地図の通り進んでもらえれば……そうですね、子馬やアイラ様の足に合わせた緩いペースで休憩も十分に取るということを計算に入れると、六日ほどでマドーラの領地に入れます。ルルさんが地図を見て進んでください」
初対面のはずだが、騎士はアイラに地図を読む能力はないと察知してルルに託した。
「マドーラの領地に入るとさっそく山を越えなければなりませんが、低い山ですし登山道もありますから、まず迷うことはないと思います。ただ荷車は通れない道もあるので山に入るところで荷車は置いて身軽にしていってください。ちょうど今荷車に載せている食料も良い感じに少なくなっているでしょうから」
騎士は丁寧に説明してくれた。おそらくアイラを心配したカトリーヌからも細かく伝えるよう言われているのだろう。
「山を越えるとすぐにムストという村がありますので、マドーラではまずそこで休んで食料を貰ってください。カトリーヌ様の知り合いということにして、すでに金と食料を渡して話をつけてあります」
「手際が良いな」
アイラが腕を組んで威張りながら褒めると、騎士は子供を見るようにアイラを見てニコッと笑った。
「マドーラは畑が多く、ほとんどが小さな村や町ですから、人に紛れるということはできないと思います。田舎ではよそ者は目立ちますからお気を付けください。ムスト村に立ち寄った後は、真っすぐご領主の屋敷に向かい、そこで匿っていただいた方がいいかと思います」
「マドーラの領主なぁ……」
「アイラ様の遠いご親戚ですよね?」
騎士の質問に、アイラは「うん」と答える。
「一応王族と血の繋がりがあるだけあってアイリーデにいる叔父上と似ていて、私に逆らうことはない人間だから、確かにそこに滞在するのが一番無難か」
アイラはつまらなさそうに言った。マドーラの領主は特に面白くない人物なのだ。
「それでは我々はここで。道中お気をつけください。またポルティカにもいらしてくださいね。カトリーヌ様も強くそうおっしゃっていました」
「ああ、また行く。じゃあな」
騎士たちと別れると、アイラはルルや馬たちと一緒にマドーラへと向かったのだった。
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*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
拙い本作品を見つけてくれてありがとうございます。
毎日24時更新予定です。
(寝落ちにより遅れる事多々あり)
誤字脱字がありましたら、そっと教えてくれると嬉しいです。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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