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吸血鬼(2)
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予想していた答えだったのに、アイラは面食らって目を丸くしてしまった。
「お前、やっぱり吸血鬼だったのか?」
相手が襲ってきたらいつでも吹っ飛ばせるように、アイラは思わず手を構える。
しかしカトリーヌも面食らって言った。
「吸血鬼? まさかそんな化け物が現実にいるはずないじゃない。もちろん私は人間よ」
「じゃあなんで血なんて飲むんだよ!」
アイラは混乱しながら問い詰める。カトリーヌが吸血鬼であった方がまだ納得がいくというものだ。人間が他人の血を飲むなんておかしいから。
「若さを保つためか? ずーっと昔の異国の王妃だったか、若い娘の血を溜めた風呂に入って若さを保とうとしてたって話を聞いたことがあるぞ。私の母上が興味を持って真似しようとしてたんだ。母上は、さすがに血の風呂に入るのは気持ち悪いと思ったらしくてやめてたけど」
軽蔑の目を向けているアイラに、カトリーヌは呆れたようにため息をつき、やれやれと言いたげに首を横に振る。
「殿下、私はそんなに馬鹿じゃないのよ。若い子の血を浴びたって若さを保てないことくらい知ってる。若さを保つには栄養のある食事と十分な睡眠、それに化粧の技術が大事だって、長年生きてきて分かってるの」
「だったらどうして……」
「愛しているからよ」
アイラの疑問に、カトリーヌは力強く答える。
「愛しているから相手の血を飲むの。私は殿下を愛している。だから殿下の血が欲しい。飲みたいのよ。それに私は健気なティアのことも最近愛し始めた。だから血を飲む。分かるかしら?」
「いや分からない。なんでそんなに堂々と訳の分からないことを言うんだ」
アイラはますます混乱していた。ルルも困惑して、未知の生物を見るかのようにカトリーヌを見ている。
けれどカトリーヌは当たり前のことを説明するかのように胸を張って言う。
「殿下にはまだ分からないかもしれないけれど、誰かを好きになるとね。相手と一つになりたいと思うものなのよ。交わって、一つになってしまいたいってね」
「性行為のことか?」
アイラが直球で尋ね、カトリーヌは真面目にそれを否定する。
「私が言っているのは性行為のことではないわ。もちろん愛している相手とのそういう行為も大切だけれど、それだけでは満足できないの。普通の人はそれだけで相手と一つになれたと思うのでしょうけど、私はそれでは足りない。私の愛はもっと重いのよ」
カトリーヌの口調は情熱的だった。異常なことを言っているのに、気持ちのこもった話し方をするので思わず真剣に聞いてしまう。
「いつからか私は性行為だけでは満足できなくなって、愛する人の血を飲み始めた。最初はね、相手がたまたま手に怪我をしていて、その血を舐めたのが始まりなの。相手の血液が私の胃に入り、それが全身に行き渡り、やがて私の体の一部になる。そう思うと、今まで感じたことのない充足感に包まれたのよ。愛する人と一つになれたと感じた」
「……お前って恋人がたくさんいるんだろ? そしてその全員をちゃんと愛してると言っていた。ということは、恋人みんなの血を飲んでるのか?」
やや引きながらアイラが尋ねる。知りたいような知りたくないような気持だったが聞いてしまった。
するとカトリーヌはにっこり笑って返す。
「そうよ。恋人みんなの血を飲んでる」
「相手がよく嫌がらないな」
「みんなも私を愛してくれているからね。それに血を飲むのは毎日ってわけじゃないのよ。大体月に一度くらいかしら。一度に飲む量も多くはないから、相手が死ぬことはもちろん、貧血になることもないわ。私も相手の体を気遣っているのよ。注射針を刺して痛い思いをさせる頻度もなるべく少なくしたいと、月一で我慢しているの」
「そもそも血を飲むのを我慢しろ」
アイラも珍しく真っ当なことを言わざるを得なかった。
そしてアイラは困惑しながら呟く。
「この国の貴族って、まともなやついなかったっけ?」
拷問が趣味の伯爵の次は、愛する者の血を飲むことを好む女伯爵だ。こうなるとアイラの叔父であるアイリーデ公爵がある意味一番まともに思えてきた。
難しい顔をしているアイラに代わって、ルルがカトリーヌに尋ねる。
「ティアもあなたの恋人になったのですか?」
ティアもカトリーヌを愛していなければ、血を採るという行為を受け入れないだろうと思ったのだ。
しかしカトリーヌもティアもそれは否定する。
「いいえ、ティアは恋人ではないわ。私が一方的に可愛いと思っているだけよ」
「はい、私は他にちゃんと好きな人がいるので、伯爵様とはお付き合いできませんと断りました」
「もう告白はされてたんですね……」
行動が早い、とルルは呆れて言いながらカトリーヌに視線をやった。
カトリーヌはその視線を気にせずに言う。
「ティアには昨日、私の想いも伝えて全てを話した上で、取引を持ちかけたのよ。ティアは私の気持ちに応えてくれないと分かっていたけれど、それでも彼女の血を飲みたかったから、お金で買うことにしたの」
「金で?」
するとそこでティアが言い訳するように話す。
「あの、デートのために新しい服が欲しくて……お金が必要だったんです。だから血を採るとか、伯爵様がその血を飲むというのはとても恐ろしかったですが、承諾したんです」
昨日、ティアが怯えた様子でカトリーヌの部屋から出てきたのは、血が欲しいと頼まれたからなのだろう。
そして今日は血を採った後、カトリーヌがそれを飲み、その後風呂に向かったが、ティアは一人でこの部屋に残って少し休んでいたようだ。採った血は多くはないとはいえ、目の前で血を飲むカトリーヌを見れば気分も悪くなるだろう。
そこでルルはふと気づいて、厳しい顔をしながら言う。
「前に、深夜アイラの部屋に侵入してきたのも血を採ろうと思ってなのですか?」
「ええ、眠っているうちに血を少し貰おうと思ったのよ。注射器で、少しだけね。だから夕食に睡眠薬を盛っておいたの。それでぐっすり眠ってくれるだろうと思って。でもまさかルルが同じ部屋で寝てるなんて」
「睡眠薬まで盛っていたんですか」
ルルは責めるように呟く。そう言えばその日の夜、アイラはよく眠っていた。侵入してきたカトリーヌとルルが話をしていても起きなかったほどだ。
「油断も隙もない」
「ほんの少し血を貰いたかっただけなのよ! 殿下を愛しているから!」
「愛が免罪符になると思わないでください」
ルルはきつく言う。
一方、アイラは自分が血を採られそうだったことにはあまり関心がないらしく、別の質問をした。
「他の使用人たちもお前が血を飲むことは知ってるのか?」
「全員ではないけどね。昔からいる執事や、私に近しい使用人たちは知ってるわ」
「ふーん。まぁ知っていたからと言ってどうということもないけど」
相手から承諾を得て血を採り、飲むだけなら犯罪行為ではないし、使用人たちがそれを知っていながら隠していたとしても、とがめられるようなことではない。
寝ているアイラの部屋に侵入して無断で血を採ろうとしたカトリーヌや、カトリーヌに言われていきなり睡眠薬入りの注射針を刺そうとした使用人の行為は罪になるだろうが、どちらも失敗に終わったのでアイラは責める気はなかった。
カトリーヌもアイラはそんなことでは怒らないと分かっていて、あまり悪びれる様子はない。
「ああ、殿下の血を飲みたかったわ。殿下と一つになりたかった。ねぇ、頼んだら血を採らせてくれる? 少しだけでいいのよ」
「嫌だ」
すげなく拒否するアイラ。
と、全て説明されてカトリーヌが吸血鬼ではなくただの変態だと分かったところで、ティアがおずおずとアイラに尋ねてくる。
「あの、ライアくんって一体何者なんです? 今、伯爵様が何度もライアくんのことを『殿下』って呼んでましたが、まさか……」
伯爵という立場にいる人間が「殿下」と呼ぶ相手など、今ではこの国で一人しかいない。
だからあまり聡くはないティアもさすがに見当がついたらしく、恐る恐る言う。
「男の子だと思っていたけど、でも確かにとても可愛くて綺麗だし……。本当にライアくんが、王女様なんですか? 生き残りの……」
「秘密な」
「決して誰にも言ってはいけないわよ、ティア」
アイラは軽い調子で言ったが、カトリーヌは瞳を鋭くしてティアを威圧した。
「弟にも言っては駄目よ。それに最近好きな相手ができたようだけど、その相手にももちろん秘密を漏らしてはいけないわ。誰にもね」
ティアはカトリーヌの迫力に怖気好きながら、黙って首を何度も縦に振る。
しかし当の本人のアイラはのんびりとした調子で話を変えた。
「そういえばさ、前も聞いたけどティアの好きな相手って誰なんだ? 毎晩誰とデートしてる?」
「いえ、それは……」
ティアはやはり相手の名前を言うのを渋ったが、隠し事が下手らしく、自分からヒントを言っていく。
「あの、相手は身分のある方なので、あまり周りに会っていることを言わないでほしいと頼まれていまして……。本当に私なんかとどうしてデートしてくれるのか不思議なくらいの、雲の上の立場の方なんです」
「ってことはやっぱりファザドか」
「ど、どうしてそれをっ!」
アイラの言葉にティアは驚き、大きな声を出した。
「だって、お前の知り合いでそれなりの身分のある人間って、私かカトリーヌかファザドしかいないだろ」
「ライアくん――じゃないですね、アイラ様の知らないところで知り合ってるかもしれないじゃないですか」
「うん。でも今お前、『ファザドか』って言ったら『どうしてそれを』って言ったからな」
「うぅ……」
簡単に言い負けてしまい、ティアはうなだれて白状する。
「確かにファザドさんですけど……。私もアイラ様の正体を誰にも言わないので、アイラ様たちもこのことは秘密にしてくださいね? さっきも言いましたが身分のある方なので、デートする時も人に見られないよう気を遣っているんです。街では会わずに彼の船まで行って、そこでお喋りしたり食事をしたりして」
ティアの話を聞いて、アイラは「うーん」と言いながら自分のあごに手を当てる。
「怪しいな、やっぱり」
ファザドが身投げ事件の犯人で、これまでの犠牲者とも自分の船で会っていたのなら、一緒にいるところを街の人間に見られてないことにも納得がいく。王子だからと言えば、犠牲者たちは家族にも新しくできた恋人の正体を軽々しく明かさなかっただろうし。
「怪しいって、何がですか?」
せっかくできた想い人を殺人犯扱いするのは申し訳ないが、疑わしいのは確かなので、アイラはティアに身投げ事件のことを説明した。
ファザドが犯人だという可能性もあるということも全て話すと、ティアは動揺して言う。
「そんな、ファザドさんがそんな……犯人なはずありません……」
「だけどそう言われると、実際ファザドは怪しいわね」
そう言ったのはカトリーヌだ。
「ファザドは被害者である若い女性たちをたぶらかしやすい容姿と地位を持ってるし、事実、色々な女性に声をかけてる。それに毎年、身投げ事件が起こる夏に来航してるわ」
「というわけだからティア、ファザドとは、できればもう二人きりでは会うな」
アイラに忠告されたティアは、動揺したまま、とても悲しげな顔をしたのだった。
「お前、やっぱり吸血鬼だったのか?」
相手が襲ってきたらいつでも吹っ飛ばせるように、アイラは思わず手を構える。
しかしカトリーヌも面食らって言った。
「吸血鬼? まさかそんな化け物が現実にいるはずないじゃない。もちろん私は人間よ」
「じゃあなんで血なんて飲むんだよ!」
アイラは混乱しながら問い詰める。カトリーヌが吸血鬼であった方がまだ納得がいくというものだ。人間が他人の血を飲むなんておかしいから。
「若さを保つためか? ずーっと昔の異国の王妃だったか、若い娘の血を溜めた風呂に入って若さを保とうとしてたって話を聞いたことがあるぞ。私の母上が興味を持って真似しようとしてたんだ。母上は、さすがに血の風呂に入るのは気持ち悪いと思ったらしくてやめてたけど」
軽蔑の目を向けているアイラに、カトリーヌは呆れたようにため息をつき、やれやれと言いたげに首を横に振る。
「殿下、私はそんなに馬鹿じゃないのよ。若い子の血を浴びたって若さを保てないことくらい知ってる。若さを保つには栄養のある食事と十分な睡眠、それに化粧の技術が大事だって、長年生きてきて分かってるの」
「だったらどうして……」
「愛しているからよ」
アイラの疑問に、カトリーヌは力強く答える。
「愛しているから相手の血を飲むの。私は殿下を愛している。だから殿下の血が欲しい。飲みたいのよ。それに私は健気なティアのことも最近愛し始めた。だから血を飲む。分かるかしら?」
「いや分からない。なんでそんなに堂々と訳の分からないことを言うんだ」
アイラはますます混乱していた。ルルも困惑して、未知の生物を見るかのようにカトリーヌを見ている。
けれどカトリーヌは当たり前のことを説明するかのように胸を張って言う。
「殿下にはまだ分からないかもしれないけれど、誰かを好きになるとね。相手と一つになりたいと思うものなのよ。交わって、一つになってしまいたいってね」
「性行為のことか?」
アイラが直球で尋ね、カトリーヌは真面目にそれを否定する。
「私が言っているのは性行為のことではないわ。もちろん愛している相手とのそういう行為も大切だけれど、それだけでは満足できないの。普通の人はそれだけで相手と一つになれたと思うのでしょうけど、私はそれでは足りない。私の愛はもっと重いのよ」
カトリーヌの口調は情熱的だった。異常なことを言っているのに、気持ちのこもった話し方をするので思わず真剣に聞いてしまう。
「いつからか私は性行為だけでは満足できなくなって、愛する人の血を飲み始めた。最初はね、相手がたまたま手に怪我をしていて、その血を舐めたのが始まりなの。相手の血液が私の胃に入り、それが全身に行き渡り、やがて私の体の一部になる。そう思うと、今まで感じたことのない充足感に包まれたのよ。愛する人と一つになれたと感じた」
「……お前って恋人がたくさんいるんだろ? そしてその全員をちゃんと愛してると言っていた。ということは、恋人みんなの血を飲んでるのか?」
やや引きながらアイラが尋ねる。知りたいような知りたくないような気持だったが聞いてしまった。
するとカトリーヌはにっこり笑って返す。
「そうよ。恋人みんなの血を飲んでる」
「相手がよく嫌がらないな」
「みんなも私を愛してくれているからね。それに血を飲むのは毎日ってわけじゃないのよ。大体月に一度くらいかしら。一度に飲む量も多くはないから、相手が死ぬことはもちろん、貧血になることもないわ。私も相手の体を気遣っているのよ。注射針を刺して痛い思いをさせる頻度もなるべく少なくしたいと、月一で我慢しているの」
「そもそも血を飲むのを我慢しろ」
アイラも珍しく真っ当なことを言わざるを得なかった。
そしてアイラは困惑しながら呟く。
「この国の貴族って、まともなやついなかったっけ?」
拷問が趣味の伯爵の次は、愛する者の血を飲むことを好む女伯爵だ。こうなるとアイラの叔父であるアイリーデ公爵がある意味一番まともに思えてきた。
難しい顔をしているアイラに代わって、ルルがカトリーヌに尋ねる。
「ティアもあなたの恋人になったのですか?」
ティアもカトリーヌを愛していなければ、血を採るという行為を受け入れないだろうと思ったのだ。
しかしカトリーヌもティアもそれは否定する。
「いいえ、ティアは恋人ではないわ。私が一方的に可愛いと思っているだけよ」
「はい、私は他にちゃんと好きな人がいるので、伯爵様とはお付き合いできませんと断りました」
「もう告白はされてたんですね……」
行動が早い、とルルは呆れて言いながらカトリーヌに視線をやった。
カトリーヌはその視線を気にせずに言う。
「ティアには昨日、私の想いも伝えて全てを話した上で、取引を持ちかけたのよ。ティアは私の気持ちに応えてくれないと分かっていたけれど、それでも彼女の血を飲みたかったから、お金で買うことにしたの」
「金で?」
するとそこでティアが言い訳するように話す。
「あの、デートのために新しい服が欲しくて……お金が必要だったんです。だから血を採るとか、伯爵様がその血を飲むというのはとても恐ろしかったですが、承諾したんです」
昨日、ティアが怯えた様子でカトリーヌの部屋から出てきたのは、血が欲しいと頼まれたからなのだろう。
そして今日は血を採った後、カトリーヌがそれを飲み、その後風呂に向かったが、ティアは一人でこの部屋に残って少し休んでいたようだ。採った血は多くはないとはいえ、目の前で血を飲むカトリーヌを見れば気分も悪くなるだろう。
そこでルルはふと気づいて、厳しい顔をしながら言う。
「前に、深夜アイラの部屋に侵入してきたのも血を採ろうと思ってなのですか?」
「ええ、眠っているうちに血を少し貰おうと思ったのよ。注射器で、少しだけね。だから夕食に睡眠薬を盛っておいたの。それでぐっすり眠ってくれるだろうと思って。でもまさかルルが同じ部屋で寝てるなんて」
「睡眠薬まで盛っていたんですか」
ルルは責めるように呟く。そう言えばその日の夜、アイラはよく眠っていた。侵入してきたカトリーヌとルルが話をしていても起きなかったほどだ。
「油断も隙もない」
「ほんの少し血を貰いたかっただけなのよ! 殿下を愛しているから!」
「愛が免罪符になると思わないでください」
ルルはきつく言う。
一方、アイラは自分が血を採られそうだったことにはあまり関心がないらしく、別の質問をした。
「他の使用人たちもお前が血を飲むことは知ってるのか?」
「全員ではないけどね。昔からいる執事や、私に近しい使用人たちは知ってるわ」
「ふーん。まぁ知っていたからと言ってどうということもないけど」
相手から承諾を得て血を採り、飲むだけなら犯罪行為ではないし、使用人たちがそれを知っていながら隠していたとしても、とがめられるようなことではない。
寝ているアイラの部屋に侵入して無断で血を採ろうとしたカトリーヌや、カトリーヌに言われていきなり睡眠薬入りの注射針を刺そうとした使用人の行為は罪になるだろうが、どちらも失敗に終わったのでアイラは責める気はなかった。
カトリーヌもアイラはそんなことでは怒らないと分かっていて、あまり悪びれる様子はない。
「ああ、殿下の血を飲みたかったわ。殿下と一つになりたかった。ねぇ、頼んだら血を採らせてくれる? 少しだけでいいのよ」
「嫌だ」
すげなく拒否するアイラ。
と、全て説明されてカトリーヌが吸血鬼ではなくただの変態だと分かったところで、ティアがおずおずとアイラに尋ねてくる。
「あの、ライアくんって一体何者なんです? 今、伯爵様が何度もライアくんのことを『殿下』って呼んでましたが、まさか……」
伯爵という立場にいる人間が「殿下」と呼ぶ相手など、今ではこの国で一人しかいない。
だからあまり聡くはないティアもさすがに見当がついたらしく、恐る恐る言う。
「男の子だと思っていたけど、でも確かにとても可愛くて綺麗だし……。本当にライアくんが、王女様なんですか? 生き残りの……」
「秘密な」
「決して誰にも言ってはいけないわよ、ティア」
アイラは軽い調子で言ったが、カトリーヌは瞳を鋭くしてティアを威圧した。
「弟にも言っては駄目よ。それに最近好きな相手ができたようだけど、その相手にももちろん秘密を漏らしてはいけないわ。誰にもね」
ティアはカトリーヌの迫力に怖気好きながら、黙って首を何度も縦に振る。
しかし当の本人のアイラはのんびりとした調子で話を変えた。
「そういえばさ、前も聞いたけどティアの好きな相手って誰なんだ? 毎晩誰とデートしてる?」
「いえ、それは……」
ティアはやはり相手の名前を言うのを渋ったが、隠し事が下手らしく、自分からヒントを言っていく。
「あの、相手は身分のある方なので、あまり周りに会っていることを言わないでほしいと頼まれていまして……。本当に私なんかとどうしてデートしてくれるのか不思議なくらいの、雲の上の立場の方なんです」
「ってことはやっぱりファザドか」
「ど、どうしてそれをっ!」
アイラの言葉にティアは驚き、大きな声を出した。
「だって、お前の知り合いでそれなりの身分のある人間って、私かカトリーヌかファザドしかいないだろ」
「ライアくん――じゃないですね、アイラ様の知らないところで知り合ってるかもしれないじゃないですか」
「うん。でも今お前、『ファザドか』って言ったら『どうしてそれを』って言ったからな」
「うぅ……」
簡単に言い負けてしまい、ティアはうなだれて白状する。
「確かにファザドさんですけど……。私もアイラ様の正体を誰にも言わないので、アイラ様たちもこのことは秘密にしてくださいね? さっきも言いましたが身分のある方なので、デートする時も人に見られないよう気を遣っているんです。街では会わずに彼の船まで行って、そこでお喋りしたり食事をしたりして」
ティアの話を聞いて、アイラは「うーん」と言いながら自分のあごに手を当てる。
「怪しいな、やっぱり」
ファザドが身投げ事件の犯人で、これまでの犠牲者とも自分の船で会っていたのなら、一緒にいるところを街の人間に見られてないことにも納得がいく。王子だからと言えば、犠牲者たちは家族にも新しくできた恋人の正体を軽々しく明かさなかっただろうし。
「怪しいって、何がですか?」
せっかくできた想い人を殺人犯扱いするのは申し訳ないが、疑わしいのは確かなので、アイラはティアに身投げ事件のことを説明した。
ファザドが犯人だという可能性もあるということも全て話すと、ティアは動揺して言う。
「そんな、ファザドさんがそんな……犯人なはずありません……」
「だけどそう言われると、実際ファザドは怪しいわね」
そう言ったのはカトリーヌだ。
「ファザドは被害者である若い女性たちをたぶらかしやすい容姿と地位を持ってるし、事実、色々な女性に声をかけてる。それに毎年、身投げ事件が起こる夏に来航してるわ」
「というわけだからティア、ファザドとは、できればもう二人きりでは会うな」
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