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侵入
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アイラたちがカトリーヌの屋敷に来て、三日が経った。
カトリーヌはアイラにもルルにも、アイラの馬と子馬にも良くしてくれている。
豪華な客室も貸してくれたし、食事は美味しいし、本でも服でもお菓子でも、アイラの興味がありそうなものを次々に差し入れてくれる。「愛する人に貢ぐのって幸せだわ」なんて言いながら。
「カトリーヌの屋敷も悪くないな。内装が少し派手だが、明るい気分になる」
夕食の席でアイラは一緒にテーブルを囲むカトリーヌに言った。ルルは奴隷ではなくなったとはいえ、さすがにカトリーヌと同じテーブルに着くことはできないので後で食事を取ることになる。
「ヘクターの城はちょっと……まぁ色々暗かったからな。古い城だし、地下はアレだし……」
「地下がどうかしたの? 殿下たちはここに来る前はグレイストーンにいたのよね。グレイストーン伯爵も素敵よねぇ。紳士で大人の魅力があるわ」
「大人の魅力って、お前と同じ歳くらいだろ」
「ちょっとやめてちょうだい。あまり歳のことは言わないで」
アイラの突っ込みにカトリーヌは嫌そうな顔をした。
アイラは続ける。
「それにあいつ、お前が思ってるような紳士じゃないぞ」
「そうなの? 意外だわ。私って意外と人の裏面に気づきにくいのよねぇ。一度『この人素敵ね』と思ったら、悪い部分は無視しちゃうの。良いところが一つでもあって、そこに惹かれたら、そこばかり見てしまうのよ」
「それでよく領主が務まるな」
色々な人間と接する機会の多いポルティカの領主なら、相手の人柄を見抜く鋭さは必要なのではないだろうか。
しかしカトリーヌは余裕のある笑みを浮かべる。
「確かにね。でもこの性格のおかげで敵は作りにくいのよ。好意的に接すれば相手も好意を返してくれる場合が多い。取引相手が恋人になったことも多いのよ。私には老若男女問わず恋人がたくさんいる。もちろんこちらを騙そうとしたり、出し抜こうとする人もいるからそこは気をつけているけど。私お金も好きだから、誰かに騙されて損をするなんてまっぴらごめんだもの」
「カトリーヌって、嫌いな人間とかいるのか?」
「もちろんいるわよ。だけどね、たとえ嫌いな相手だって、愛すべき部分もあると思うのよ」
「へー」
カトリーヌの考え方に頷きつつ、アイラは話を変える。
「ところで、ここで出される食事はいつも美味いな。魚にエビ、イカ、貝……新鮮な魚介を上手く調理している。タコもすごく柔らかくて美味い」
アイラが食べているのは、茹でたタコにオリーブオイルと塩、パプリカパウダーをまぶしたものだ。
「気に入ってもらえてよかったわ。海産物はこの街の名物なの。……それで話を戻すけど、実際はどんな人なの? グレイストーン伯爵って」
興味津々で尋ねてくるカトリーヌに、アイラは少し顔を青くして首を横に振った。
「いや……言うのはやめとく。私がバラしたってこと、ヘクターにバレたら怖いから」
「まぁ! 殿下が恐れるなんて……。グレイストーン伯爵って謎だわ」
そんな会話をしながら、アイラたちはなごやかに食事を終えたのだった。
そして夜も更け、アイラが深い眠りに入った頃、その隣で眠っていたルルはふと目を開ける。
カトリーヌはルルにも別室を用意してくれたが、ルルはアイラと同じベッドで眠っていた。いつ何が起こるか分からないし、そばにいた方が安心だからだ。
アイラはすやすやと気持ちよさそうに眠ったままだが、ルルはわずかな異変を感じて、暗闇の中、部屋の扉の方をじっと見つめる。
扉には鍵がかかっているが、その鍵を開けるカチャリという音が静まり返った部屋に響いた気がして目を覚ましたのだ。
そして扉は廊下からゆっくりと押し開けられ、黒い人影が部屋の中に入ってくる。
(誰だ?)
ルルはベッドで寝たふりをしていたが、こちらに近づいてくる侵入者を警戒して、いつでも起き上がれるように腕に力を込めた。
人影はベッド脇に立つと、アイラの隣で眠っているルルを見て少し動揺したような様子を見せた。二人が一緒に寝ていることに驚いたようだ。
しかし侵入者は気を取り直すと、ルルのことは放置してアイラにそっと手を伸ばす。
――と同時に、その手をルルが掴んで起き上がった。
「一体何をしているんです? 伯爵」
暗闇の中、ルルは相手を睨みつける。部屋に侵入してきた不審者は、この屋敷の女主人であるカトリーヌだった。
カトリーヌはまだ風呂に入っていないらしく、夕食の時と同じ豪華なドレスを着たまま、寝ているアイラに手を伸ばしていた。
「……起きていたの?」
カトリーヌの声は動揺で少し震えている。
ルルは低い声で再び問い詰めた。
「夜中にアイラの部屋に勝手に入ってきて何をしようとしていたんですか?」
「あ、あなただって殿下の部屋で何をやっているのよ! ちゃんとルルの部屋も隣に用意してあげたのに!」
カトリーヌは自分の手首をつかんでいるルルの手を振りほどいて言うが、ルルは厳しい顔をしてこう返す。
「私はただアイラと一緒に寝ていただけです。アイラだって承知してます。伯爵のようにこっそり侵入してきたわけじゃありません」
そしてカトリーヌを睨みつけたまま続けた。
「伯爵……。あなた、アイラを襲うつもりだったんですね?」
「ち、違うわよ! 襲うだなんてそんな! 無理やりは嫌だって言ったでしょう!?」
「だったら目的は何です? アイラを拘束して王都の騎士にでも引き渡そうと?」
「違うわ! 私は殿下の味方よ。そんなことしない」
カトリーヌはそこで一呼吸置くと、落ち着きを取り戻してこう説明する。
「私はただ、殿下の体調を確認しに来ただけ。夕食の時に少し顔色が悪かったから」
「顔色が? そんなことはなかったですよ」
アイラの顔色が悪かったとして、自分がそれを見落とすはずはないとルルは自信を持っていた。
「私にはそう見えたのよ! だから心配して来たの! 睡眠の邪魔をして悪かったわね」
カトリーヌはそう言うと、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
「本当に信用していいのか……」
静かになった部屋の中で、ルルは一人呟く。
アイラの体調を心配して来た、というカトリーヌの話は本当だろうか? カトリーヌがアイラを愛しているのは真実で、危害を加える気はないように思えるので本当かもしれない。だが、顔色が悪く見えたなら夕食の席でアイラに尋ねればよかったのに、とも思うので嘘かもしれない。
ルルが考えている隣で、アイラは隣で目を覚ますことなく寝ている。
「そこそこうるさかったはずなのに、のんきですね」
呆れたように言ってから、ルルは毛布を被り直して横になった。そしてカトリーヌのことを警戒しつつ、再び眠りについたのだった。
「おはよう、ルル。なんだ? 眠そうだな」
「……おはようございます、アイラ」
アイラは目覚めると、ベッドの上で上体を起こし、気持ちよさそうに伸びをした。そして隣であくびをしているルルを見て言う。
「あまり熟睡できなくて」
あの後、ルルは何度か目を覚ましたが、カトリーヌはもう部屋に入ってくることはなかった。
ルルはアイラに昨夜の出来事を話すと、ベッドから降りながら言う。
「着替えて支度をしたら、朝食の席で伯爵にもう一度話をします。彼女が持っているこの部屋の合鍵を渡してもらうんです。そうでないと完全に安心できませんから」
「ふーん。私はカトリーヌのことは結構信用してるけど……まぁ夜中に勝手に部屋に入ってこられたら嫌かな」
アイラはルルより危機感を感じていなかったが、合鍵を渡してもらうことには同意して頷いたのだった。
カトリーヌはアイラにもルルにも、アイラの馬と子馬にも良くしてくれている。
豪華な客室も貸してくれたし、食事は美味しいし、本でも服でもお菓子でも、アイラの興味がありそうなものを次々に差し入れてくれる。「愛する人に貢ぐのって幸せだわ」なんて言いながら。
「カトリーヌの屋敷も悪くないな。内装が少し派手だが、明るい気分になる」
夕食の席でアイラは一緒にテーブルを囲むカトリーヌに言った。ルルは奴隷ではなくなったとはいえ、さすがにカトリーヌと同じテーブルに着くことはできないので後で食事を取ることになる。
「ヘクターの城はちょっと……まぁ色々暗かったからな。古い城だし、地下はアレだし……」
「地下がどうかしたの? 殿下たちはここに来る前はグレイストーンにいたのよね。グレイストーン伯爵も素敵よねぇ。紳士で大人の魅力があるわ」
「大人の魅力って、お前と同じ歳くらいだろ」
「ちょっとやめてちょうだい。あまり歳のことは言わないで」
アイラの突っ込みにカトリーヌは嫌そうな顔をした。
アイラは続ける。
「それにあいつ、お前が思ってるような紳士じゃないぞ」
「そうなの? 意外だわ。私って意外と人の裏面に気づきにくいのよねぇ。一度『この人素敵ね』と思ったら、悪い部分は無視しちゃうの。良いところが一つでもあって、そこに惹かれたら、そこばかり見てしまうのよ」
「それでよく領主が務まるな」
色々な人間と接する機会の多いポルティカの領主なら、相手の人柄を見抜く鋭さは必要なのではないだろうか。
しかしカトリーヌは余裕のある笑みを浮かべる。
「確かにね。でもこの性格のおかげで敵は作りにくいのよ。好意的に接すれば相手も好意を返してくれる場合が多い。取引相手が恋人になったことも多いのよ。私には老若男女問わず恋人がたくさんいる。もちろんこちらを騙そうとしたり、出し抜こうとする人もいるからそこは気をつけているけど。私お金も好きだから、誰かに騙されて損をするなんてまっぴらごめんだもの」
「カトリーヌって、嫌いな人間とかいるのか?」
「もちろんいるわよ。だけどね、たとえ嫌いな相手だって、愛すべき部分もあると思うのよ」
「へー」
カトリーヌの考え方に頷きつつ、アイラは話を変える。
「ところで、ここで出される食事はいつも美味いな。魚にエビ、イカ、貝……新鮮な魚介を上手く調理している。タコもすごく柔らかくて美味い」
アイラが食べているのは、茹でたタコにオリーブオイルと塩、パプリカパウダーをまぶしたものだ。
「気に入ってもらえてよかったわ。海産物はこの街の名物なの。……それで話を戻すけど、実際はどんな人なの? グレイストーン伯爵って」
興味津々で尋ねてくるカトリーヌに、アイラは少し顔を青くして首を横に振った。
「いや……言うのはやめとく。私がバラしたってこと、ヘクターにバレたら怖いから」
「まぁ! 殿下が恐れるなんて……。グレイストーン伯爵って謎だわ」
そんな会話をしながら、アイラたちはなごやかに食事を終えたのだった。
そして夜も更け、アイラが深い眠りに入った頃、その隣で眠っていたルルはふと目を開ける。
カトリーヌはルルにも別室を用意してくれたが、ルルはアイラと同じベッドで眠っていた。いつ何が起こるか分からないし、そばにいた方が安心だからだ。
アイラはすやすやと気持ちよさそうに眠ったままだが、ルルはわずかな異変を感じて、暗闇の中、部屋の扉の方をじっと見つめる。
扉には鍵がかかっているが、その鍵を開けるカチャリという音が静まり返った部屋に響いた気がして目を覚ましたのだ。
そして扉は廊下からゆっくりと押し開けられ、黒い人影が部屋の中に入ってくる。
(誰だ?)
ルルはベッドで寝たふりをしていたが、こちらに近づいてくる侵入者を警戒して、いつでも起き上がれるように腕に力を込めた。
人影はベッド脇に立つと、アイラの隣で眠っているルルを見て少し動揺したような様子を見せた。二人が一緒に寝ていることに驚いたようだ。
しかし侵入者は気を取り直すと、ルルのことは放置してアイラにそっと手を伸ばす。
――と同時に、その手をルルが掴んで起き上がった。
「一体何をしているんです? 伯爵」
暗闇の中、ルルは相手を睨みつける。部屋に侵入してきた不審者は、この屋敷の女主人であるカトリーヌだった。
カトリーヌはまだ風呂に入っていないらしく、夕食の時と同じ豪華なドレスを着たまま、寝ているアイラに手を伸ばしていた。
「……起きていたの?」
カトリーヌの声は動揺で少し震えている。
ルルは低い声で再び問い詰めた。
「夜中にアイラの部屋に勝手に入ってきて何をしようとしていたんですか?」
「あ、あなただって殿下の部屋で何をやっているのよ! ちゃんとルルの部屋も隣に用意してあげたのに!」
カトリーヌは自分の手首をつかんでいるルルの手を振りほどいて言うが、ルルは厳しい顔をしてこう返す。
「私はただアイラと一緒に寝ていただけです。アイラだって承知してます。伯爵のようにこっそり侵入してきたわけじゃありません」
そしてカトリーヌを睨みつけたまま続けた。
「伯爵……。あなた、アイラを襲うつもりだったんですね?」
「ち、違うわよ! 襲うだなんてそんな! 無理やりは嫌だって言ったでしょう!?」
「だったら目的は何です? アイラを拘束して王都の騎士にでも引き渡そうと?」
「違うわ! 私は殿下の味方よ。そんなことしない」
カトリーヌはそこで一呼吸置くと、落ち着きを取り戻してこう説明する。
「私はただ、殿下の体調を確認しに来ただけ。夕食の時に少し顔色が悪かったから」
「顔色が? そんなことはなかったですよ」
アイラの顔色が悪かったとして、自分がそれを見落とすはずはないとルルは自信を持っていた。
「私にはそう見えたのよ! だから心配して来たの! 睡眠の邪魔をして悪かったわね」
カトリーヌはそう言うと、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
「本当に信用していいのか……」
静かになった部屋の中で、ルルは一人呟く。
アイラの体調を心配して来た、というカトリーヌの話は本当だろうか? カトリーヌがアイラを愛しているのは真実で、危害を加える気はないように思えるので本当かもしれない。だが、顔色が悪く見えたなら夕食の席でアイラに尋ねればよかったのに、とも思うので嘘かもしれない。
ルルが考えている隣で、アイラは隣で目を覚ますことなく寝ている。
「そこそこうるさかったはずなのに、のんきですね」
呆れたように言ってから、ルルは毛布を被り直して横になった。そしてカトリーヌのことを警戒しつつ、再び眠りについたのだった。
「おはよう、ルル。なんだ? 眠そうだな」
「……おはようございます、アイラ」
アイラは目覚めると、ベッドの上で上体を起こし、気持ちよさそうに伸びをした。そして隣であくびをしているルルを見て言う。
「あまり熟睡できなくて」
あの後、ルルは何度か目を覚ましたが、カトリーヌはもう部屋に入ってくることはなかった。
ルルはアイラに昨夜の出来事を話すと、ベッドから降りながら言う。
「着替えて支度をしたら、朝食の席で伯爵にもう一度話をします。彼女が持っているこの部屋の合鍵を渡してもらうんです。そうでないと完全に安心できませんから」
「ふーん。私はカトリーヌのことは結構信用してるけど……まぁ夜中に勝手に部屋に入ってこられたら嫌かな」
アイラはルルより危機感を感じていなかったが、合鍵を渡してもらうことには同意して頷いたのだった。
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