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王弟一家(1)

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 騎士たちを撃退して店に戻ると、アイラは客たちに拍手で迎えられた。みんな騎士のことを疎んでいたけど、その行動を咎めることはできなくて困っていたからだ。
 
「奴らの顔を見たか。情けなく泣いていた」
「すっとしたよ」

 ひそひそとそんなことを言い合ってもいる。
 そしてアイラは店主からおまけでもう一つプリンを貰ったのだった。


「私が街へ出ても何も問題なかったな。誰も私が王女だと気づかなかったし」

 昼食を食べ、買い物を済ませて山小屋へと帰る途中、アイラは馬にまたがってポクポクと歩きながらそう言った。
 ルルも隣を歩きながらこう返す。

「いや、騒ぎにはなりましたし全く問題なくはなかったですよ。でも、男装効果もあってアイラがアイラだと気づいている者はいなかったようです」
「じゃあ、次からルルが買い出しに行く時は私もついて行く」
「ええ? アイラが来たって何も役に立たないじゃないですか。荷物持ちだってしてくれませんし、高級品ばかり買おうとするし、お金の数え方すら分かっていないし、それにまた騎士たちと揉めごとを起こすかもしれないし」
「いいや、絶対ついて行く。そして毎回あの食堂で食事をするんだ」
「目的はそれですか」

 アイラはあの店の料理をかなり気に入ったのだった。


 それから五日が経ち、アイラたちはまた街に下りることにした。食料をしっかり買い込めば十日以上は山にこもれるのだが、ルルは定期的に街に下りることで情報収集をするつもりらしい。
 この前、アイラが魔法を使ったところを店の客たちにも通行人にも目撃されたし、そこから何か噂が広がっていないか確かめたいのだろう。

 黒髪の若い騎士はアイラを『黎明(れいめい)の烏(からす)』のメンバーだと思ったようだが、アイラが全く詠唱をせずに魔法を使っていることに気づいた者が、そこから行方不明の王女のことを連想するかもしれない。
 一般人は王女がどんな魔法を使うかは知らないので、まず大丈夫だろうとルルは思っていたが。

「馬も連れて行こうと思ったが、動かない」

 小屋を出たところで、アイラが手綱を引っ張りながら言う。
 馬は地面に座ったまま、首を伸ばしてのんびり草を食べている。

「こいつ、本当に怠け者だな。仕方のないやつだ。じゃあな、馬! ちゃんと留守番しているんだぞ」

 アイラは馬に向かって片手を上げて言った。

「そろそろ名前をつけてやったらどうです?」
「馬は馬で十分だろ」
「可愛がっているんだかいないんだか……」

 そんな会話をしながら山を下りる。
 アイリーデの街は相変わらず賑やかだったが、今日はいつもと少し空気が違った。街の住人たちは緊張しているような、それでいて密かに興奮しているような雰囲気で、あちこちで輪になって話をしている。
 
「何かあったんでしょうか? ちょっと聞いてきます」

 ルルが女性たちに声をかけると、彼女たちはルルに頬を染めながら色々教えてくれたようだった。
 戻ってきたルルが言う。

「今朝、また『黎明の烏』の魔法使いたちが街に出没したようです。なんでも住民に言いがかりをつけて金をたかろうとしていた公爵家の騎士たちを、彼らが撃退したとか。住民たちは公爵の手前、表立って喜んだりはできないようですが、みんな黎明の烏のことを頼りに思っているようですね」
「今日はあの店で何を食べようかなぁ」
「聞いてます?」

 アイラは聞いていなかったので、ルルは情報収集のために街を少し回ってから、アイラのためにまたあの食堂に向かったのだった。
 そして店に着くと、店主たちはアイラの姿を見て「おお! また来たのか!」と歓迎してくれた。

「この前はご迷惑をおかけしました。その後、騎士たちの様子はどうですか? 我々ではなくこの店に対して嫌がらせをしていないかと気になっていたのです」

 ルルが丁寧にそう言うと、店主はガハハと明るく笑った。

「奴ら、前は頻繁に来ていて迷惑だったんだが、あれからぱったり来なくなって助かってるよ。きっと君らと出くわすことを恐れてるんだ」
「それならよかったです」
「今日は何にする?」

 店主に聞かれて答えたのは、アイラだ。

「この前と同じものを……あ、ちょっと待ってくれ。やっぱり違う料理も食べてみたいな。店主よ、お前のおすすめはどれだ? 今日はそれを食べてやってもいい」
「はいよ、王子様。おすすめは……」

 かしこまる演技をする店主に、その妻がくすくす笑っている。彼らはアイラのおかしな性格も気に入っているようだった。
 アイラはこの店で人気だと言うエビのパスタと、大きなマッシュルームにベーコンやパセリ、ニンニクを詰めて焼いた料理を食べ、「美味しい……!」とまた感動して満腹になってから店を出た。
 
「あの店は最高だ。店ごと買い取りたい。なぁルル、私に城から持ってきた宝石をくれ」
「ちょっとあの店でパンを買って、他にも買い物してきますから、アイラはこのベンチに座って待っていてくださいね。変な大人に声をかけられてもついて行っては駄目ですよ」

 馬鹿なことを言っているアイラを置いて、ルルは買い物に行ってしまった。
 
「きみ、きみ。ちょっといいかい?」

 そして一人になると、見知らぬ男がすぐに声をかけてきた。

「やっぱりとても可愛い子だね。十五、六歳くらいかい? 今晩、これくらいでどうだい?」

 金を差し出されて、アイラは意味が分からなかったがそれを拒否した。

「そんな小銭いらない」
「む、じゃあこれでどうだ?」
「いらない。私は施しを受けるほど落ちぶれてはいない」

 しっしっと手を払うと、男は「プライドの高い子だ」とブツブツ言いながらどこかへ去って行く。
 その後も二人から声をかけられたが、アイラは同様に断ったのだった。
 と、そんなことをしていると、周囲の空気がにわかに重くなった。道行く住人たちの顔がこわばり、話し声も聞こえなくなり、昼間だと言うのに街はしんと静かになる。

「なんだ?」

 そして通行人たちは大通りの端へと寄って道を開け始めた。
 するとそこに現れたのは……。

「あいつ、トロージだ」

 アイラは呟き、さっと外套のフードを被った。
 大通りを歩いてきたのは、アイリーデ公爵の息子のトロージだったのだ。
 トロージは二十歳で、アイラの兄ほどではないが太っていてぽっちゃりしている。髪は黒くて短く、目が悪いので眼鏡をかけているのも特徴だ。

「貴様ら、『黎明の烏』を匿っていないだろうな!」

 トロージはずり落ちた眼鏡を指で直しながら叫んだ。後ろには騎士を何人も連れている。
 今朝また黎明の烏が出たので、トロージはそれに腹を立てて街に来たようだ。
 
「奴らを匿ったりしてみろ、一家もろとも処刑するぞ! 奴らの情報を隠すのも罪だ! 奴らを庇うような行動をした者には全員罰を与える!」

 喚き散らしながら、トロージは人垣の中から一人の男を掴んで引きずり出した。

「貴様、今、僕のことを睨んだな?」
「め、めっそうもありません! そんなことはしていません!」
「貴様、黎明の烏じゃないだろうな? もしくはあいつらのことを支持しているんじゃないか?」
「そんなことはありません……!」
「ならそれを証明してみろ。ここで僕の靴を舐めるんだ」

 そう命令されて、顔を引きつらせながらも膝を折った住人の男を見ながら、アイラは呟く。

「兄上もあんなことしてたな。相変わらずトロージは兄上の真似ばかりしている」

 と、その時。
 キャンキャンと甲高い鳴き声が響いたかと思うと、茶色い小型犬がトロージのもとに向かって走っていった。そして男に靴を舐めさせようとしているトロージのことを激しく吠え立てる。

「なんだ、この犬は」
「だめだよ、ピート!」

 トロージが眉間にしわを寄せて小型犬を見下ろしたところで、十歳ほどの男の子が道の真ん中を走ってきた。どうやら犬の飼い主のようだ。

「吠えちゃだめ!」

 男の子は飼い犬を連れ戻そうとしているが、犬はなかなか言うことをきかない。ずっとトロージに向かって吠えている。犬からしてもトロージは気に触る存在らしい。
 するとトロージの苛立ちが頂点に達したのか、彼は鼻息も粗くこう叫んだ。

「このクソ犬をさっさとどけろ!」

 叫んだだけではなく、犬と子どもを一緒に蹴り上げる。
 強く蹴られたわけではなかったが、あまりのことに、近くにいた女性が「きゃあ!」と悲鳴を上げる。小さな子どもと動物が男に足蹴にされているなんて、目を覆いたくなるような光景だ。

「お待ちください!」

 すぐに子どもの父親と思われる男が走ってきて、子どもと犬に覆い被さる。

「貴様の犬と子供か! 親として責任を取れ!」

 トロージは何度も父親を蹴りつける。犬と子供には一応手加減していたのか、今度は激しく蹴っていた。父親は苦しげに何度も呻く。

「太っているからひと蹴りが重そうだな」

 父親の腕の中で「パパ!」と泣き出す子どもを見ながら、アイラはベンチから立ち上がった。
 ――よく知るいとこを落ち着かせてあげようと思って。

「トロージ、ちょっと落ち着け」
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