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新しい生活(3)
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斧で素振りするアイラに、男は必死に言う。
「待てよ、冗談だろッ!? やめろッ! やめてくれ!」
「斧だと目標物だけ切るのは難しいかも。足も一緒に切れたらすまない。でもこれもお前を矯正するためだ」
「待って! ごめんなさいッ! やめてくれ、お願いします!」
アイラが魔力で操った斧を股間に向けると、ついに男は泣き出した。そして他の二人の男は、
「このガキ、やばいぞ」
「頭がイカれてる」
そう言ってこの場から逃げ出した。
「おい、てめぇら! なんで逃げるんだ! 助けてくれッ! おい!」
「安心しろ。逃さない。三人とも私が正してやる」
アイラはそう言うと、近くに落ちていた小石を逃げた男に向かって放つ。
矢のように飛び出していった小石は、まず一人の男のふくらはぎを打ち抜いてから方向を変えると、今度はもう一人の男の太ももを前から貫通して戻ってきた。
突然の痛みに、男二人は崩れるようにその場に座り込む。
「本当にやめてくれ! 何でもする! 何でもするからッ!」
「お前にしてほしいことなんてない」
気を取り直してアイラが男に斧をあてがったところで――
「ま、待ってください! どうかそんな恐ろしいことなさらないで……!」
拘束されて馬に乗せられたままだった女性が、ガタガタと震えて訴えた。
彼女は、目の前で繰り広げられるであろう惨劇を目にするのが怖かったのだ。自分が何かされる訳ではないが見ているだけでトラウマになると思ったし、すでにちょっとなっている。
アイラは片眉を持ち上げて尋ねる。
「こいつらを許すのか?」
「……っゆ、許します。許しますから、どうかそんなひどいこと……」
「ひどいこと……」
アイラはすねたように繰り返した。ひどいことをしようとしていたのは男たちの方なのに、そんなふうに言われると心外だ。
けれど女性があまりに怯えているので、アイラは男を地面に下ろして解放した。
「た、助かったッ! ……恩に着るぜ、あんた!」
男は膝を震わせながら、自分が襲おうとしていた女性にそう言い、慌ててアイラから逃げていく。
「おい、待て!」
「肩を貸してくれ!」
そして足に怪我を追った二人も、先に逃げた男を追って山を下りていった。
後にはアイラと女性と馬が残った。
アイラは震えている女性の拘束を解いてから言う。
「お前、どこから攫われてきたんだ?」
「ふ、麓の街です。アイリーデ……」
「ああ、アイリーデは知ってるぞ。小さい頃に一度行ったかな? よく覚えてないけど、領主一家のことはよく知ってる」
「ご、ご領主様を」
女性はアイラが何者なのか分からなくてまた震えた。
一方、アイラは明るく言う。
「なんだ、ここはアイリーデの近くだったのか。となると城からなら馬で一日もあれば着く距離だな」
追手も国中に散らばり始めている頃だろう。
だが自分は男装までして変装しているので問題ない、とアイラはのんきに思った。そして女性にこう言う。
「街まで送ってやろう。私は強いから、弱いお前を守ってやる」
「いえ、ひ、一人で大丈夫です」
「遠慮するな。また攫われたら嫌だろう。ほら、行くぞ」
「は、はい……」
遠慮したわけではなかったが、アイラに促されると女性はぎこちない動作で馬から降りた。
「乗ったままでいればいいのに」
「いえ、私は馬は操れないので……。それに乗り慣れないのでお尻が痛むんです」
「乗馬したことないのか? じゃあ私が乗っていこうかな。歩くの疲れるし。しかし地味な馬だな。しかもちょっと太ってる」
少しぽっちゃりした茶色い馬に、アイラは女性を差し置いて乗った。
「ほら、進め」
手綱を取り、腹に軽く合図を出すと、馬は草をむしゃむしゃ食べつつのんびりと歩き始める。
「美しくない馬だ」
そう文句を言いつつ、アイラは歩いてついてくる女性と共にゆっくり山を下りたのだった。
そして時間はかかったが、無事に街の入り口までたどり着けた。しかも女性の夫と小さな息子は、買い物に行ったまま戻ってこない妻を心配して、山の近くまで探しに来ていた。
「ああ、よかった! 探したんだよ!」
「あなた……!」
彼らと無事に合流して、女性は泣いて喜んだ。そしてアイラに礼を言う。
「助けてくださってありがとうございました。本当に感謝します。お礼をしたいのですがうちはあまり裕福ではなく、少なくて申し訳ないのですが……」
女性が自分のポケットを探り、小さな財布を取り出す。夫も自分の財布を出したが、中身はあまり入っていなさそうだ。
アイラは悪気なく言う。
「いや、そんなはした金いらない」
「あ、す、すみません」
「礼は必要ないし、なんならお前にこの馬をやろう」
ポンポンと馬の首を叩いて言うが、女性には首を横に振られてしまった。
「い、いえ……。うちにはその馬を置いておく場所がありません」
「そうか。随分狭い家なんだな。じゃあ気をつけて帰れ」
片手を上げてそう言うと、女性は最後まで良い人なのか失礼なのか分からないアイラの性格に戸惑いつつ、頭を下げて家族と共に去って行った。
アイラは彼女たちの背を目で追いつつ、その向こうにある大きな街へと目を向ける。
「アイリーデ……。アイリーデ公爵領か」
この国では、領地の名前と、その領地を治めている貴族の苗字は同じなのだ。だからアイリーデという街はアイリーデ公爵が治めている。
「奴らに顔を見られたらまずいな」
アイリーデ公爵一家は、アイラの父と母、兄と仲が良く、よく城に来ていたので、アイラのこともよく知っているのだ。だから男装していても正体を見破られる可能性がある。
「ルルは大丈夫かな」
と呟いて街の方を見ていると、食料などの荷物を抱えたルルがちょうどこちらに歩いてきた。髪が黒くて一瞬別人かと思ったが、あれは確かにルルだ。
「ルル!」
「え? アイラ!? どうしてここに。家の中にいろと言ったのに。それにその馬、何です?」
「ちょっと色々あってな」
アイラがここに至るまでの出来事を軽く話すと、ルルはため息をついた。
「ですがまぁ、無事でよかったです」
「ルルは思ったより早く買い物が終わったんだな」
「ええ。でももうすぐ三時ですよ。食材も色々買ってきたので小屋に戻りましょう。ちょうどいいので馬に荷物を乗せます。アイラは降りてください」
「私に山道を歩けと言うのか」
拒否したものの、ルルに抱っこして降ろされたので仕方なく歩き出す。
小屋に戻る道すがら、ルルは街の様子を説明した。
「やはり国王と王妃、ダヒレオ殿下は昨晩寝込みを襲われて騎士たちに殺されたようですね。街はその話で持ちきりで、みんな喜んでいるようでした」
「そうか」
ルルはアイラの表情をうかがってきたが、アイラはちっとも悲しくなかった。三人のことはあまり尊敬していなかったし、家族だけど好きという感情は持ったことがなかったからかもしれない。ダヒレオともう顔を合わせなくていいんだと思うと、むしろすっきりした気持ちになった。
ルルは続ける。
「みんなサチやアーサー、騎士たちの行動を支持しているようですね。場所によっては王族が討たれたことでお祭り騒ぎになっているでしょうが、アイリーデはそれほどではありませんでした。領主のアイリーデ公爵は王族と血の繋がりがありますし、みんな表立っては喜べないんでしょう」
「そうだな。反逆の勢いがこちらまで来ないよう、叔父上は気を張っていそうだ。気の小さい男だから」
アイリーデ公爵はアイラの父の弟、つまり叔父なのだ。
ルルは頷く。
「ええ。アイリーデ公爵に仕える騎士たちが街には溢れていましたから、監視を強めているのでしょう。けれど我々が警戒すべき追手――王都の騎士たちはほとんど見かけませんでした。アイリーデ公爵が領地に入れるのを嫌がっているに違いありません」
「そうだろうな。叔父上たちは立場的には私たちに近いし、反逆を起こした王都の騎士は近づけたくないんだろう」
顔を見られたらまずいと思っていたけれど、アイリーデ公爵には正体がバレても匿ってくれる可能性がある。
「潜伏する場所を選ぶのに、ルルはどうしてアイリーデの近くを選んだのかと思っていたんだ。叔父上たちは私の顔をよく知っているのにって。けど、あの一家はそれほど危険ではないんだな」
「そうです。彼らはアイラの敵にはならないと思っています。色々な意味でね。このエストラーダの貴族の中では安全な存在です」
ルルは馬を引きながら、そう言ったのだった。
「待てよ、冗談だろッ!? やめろッ! やめてくれ!」
「斧だと目標物だけ切るのは難しいかも。足も一緒に切れたらすまない。でもこれもお前を矯正するためだ」
「待って! ごめんなさいッ! やめてくれ、お願いします!」
アイラが魔力で操った斧を股間に向けると、ついに男は泣き出した。そして他の二人の男は、
「このガキ、やばいぞ」
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「おい、てめぇら! なんで逃げるんだ! 助けてくれッ! おい!」
「安心しろ。逃さない。三人とも私が正してやる」
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突然の痛みに、男二人は崩れるようにその場に座り込む。
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「お前にしてほしいことなんてない」
気を取り直してアイラが男に斧をあてがったところで――
「ま、待ってください! どうかそんな恐ろしいことなさらないで……!」
拘束されて馬に乗せられたままだった女性が、ガタガタと震えて訴えた。
彼女は、目の前で繰り広げられるであろう惨劇を目にするのが怖かったのだ。自分が何かされる訳ではないが見ているだけでトラウマになると思ったし、すでにちょっとなっている。
アイラは片眉を持ち上げて尋ねる。
「こいつらを許すのか?」
「……っゆ、許します。許しますから、どうかそんなひどいこと……」
「ひどいこと……」
アイラはすねたように繰り返した。ひどいことをしようとしていたのは男たちの方なのに、そんなふうに言われると心外だ。
けれど女性があまりに怯えているので、アイラは男を地面に下ろして解放した。
「た、助かったッ! ……恩に着るぜ、あんた!」
男は膝を震わせながら、自分が襲おうとしていた女性にそう言い、慌ててアイラから逃げていく。
「おい、待て!」
「肩を貸してくれ!」
そして足に怪我を追った二人も、先に逃げた男を追って山を下りていった。
後にはアイラと女性と馬が残った。
アイラは震えている女性の拘束を解いてから言う。
「お前、どこから攫われてきたんだ?」
「ふ、麓の街です。アイリーデ……」
「ああ、アイリーデは知ってるぞ。小さい頃に一度行ったかな? よく覚えてないけど、領主一家のことはよく知ってる」
「ご、ご領主様を」
女性はアイラが何者なのか分からなくてまた震えた。
一方、アイラは明るく言う。
「なんだ、ここはアイリーデの近くだったのか。となると城からなら馬で一日もあれば着く距離だな」
追手も国中に散らばり始めている頃だろう。
だが自分は男装までして変装しているので問題ない、とアイラはのんきに思った。そして女性にこう言う。
「街まで送ってやろう。私は強いから、弱いお前を守ってやる」
「いえ、ひ、一人で大丈夫です」
「遠慮するな。また攫われたら嫌だろう。ほら、行くぞ」
「は、はい……」
遠慮したわけではなかったが、アイラに促されると女性はぎこちない動作で馬から降りた。
「乗ったままでいればいいのに」
「いえ、私は馬は操れないので……。それに乗り慣れないのでお尻が痛むんです」
「乗馬したことないのか? じゃあ私が乗っていこうかな。歩くの疲れるし。しかし地味な馬だな。しかもちょっと太ってる」
少しぽっちゃりした茶色い馬に、アイラは女性を差し置いて乗った。
「ほら、進め」
手綱を取り、腹に軽く合図を出すと、馬は草をむしゃむしゃ食べつつのんびりと歩き始める。
「美しくない馬だ」
そう文句を言いつつ、アイラは歩いてついてくる女性と共にゆっくり山を下りたのだった。
そして時間はかかったが、無事に街の入り口までたどり着けた。しかも女性の夫と小さな息子は、買い物に行ったまま戻ってこない妻を心配して、山の近くまで探しに来ていた。
「ああ、よかった! 探したんだよ!」
「あなた……!」
彼らと無事に合流して、女性は泣いて喜んだ。そしてアイラに礼を言う。
「助けてくださってありがとうございました。本当に感謝します。お礼をしたいのですがうちはあまり裕福ではなく、少なくて申し訳ないのですが……」
女性が自分のポケットを探り、小さな財布を取り出す。夫も自分の財布を出したが、中身はあまり入っていなさそうだ。
アイラは悪気なく言う。
「いや、そんなはした金いらない」
「あ、す、すみません」
「礼は必要ないし、なんならお前にこの馬をやろう」
ポンポンと馬の首を叩いて言うが、女性には首を横に振られてしまった。
「い、いえ……。うちにはその馬を置いておく場所がありません」
「そうか。随分狭い家なんだな。じゃあ気をつけて帰れ」
片手を上げてそう言うと、女性は最後まで良い人なのか失礼なのか分からないアイラの性格に戸惑いつつ、頭を下げて家族と共に去って行った。
アイラは彼女たちの背を目で追いつつ、その向こうにある大きな街へと目を向ける。
「アイリーデ……。アイリーデ公爵領か」
この国では、領地の名前と、その領地を治めている貴族の苗字は同じなのだ。だからアイリーデという街はアイリーデ公爵が治めている。
「奴らに顔を見られたらまずいな」
アイリーデ公爵一家は、アイラの父と母、兄と仲が良く、よく城に来ていたので、アイラのこともよく知っているのだ。だから男装していても正体を見破られる可能性がある。
「ルルは大丈夫かな」
と呟いて街の方を見ていると、食料などの荷物を抱えたルルがちょうどこちらに歩いてきた。髪が黒くて一瞬別人かと思ったが、あれは確かにルルだ。
「ルル!」
「え? アイラ!? どうしてここに。家の中にいろと言ったのに。それにその馬、何です?」
「ちょっと色々あってな」
アイラがここに至るまでの出来事を軽く話すと、ルルはため息をついた。
「ですがまぁ、無事でよかったです」
「ルルは思ったより早く買い物が終わったんだな」
「ええ。でももうすぐ三時ですよ。食材も色々買ってきたので小屋に戻りましょう。ちょうどいいので馬に荷物を乗せます。アイラは降りてください」
「私に山道を歩けと言うのか」
拒否したものの、ルルに抱っこして降ろされたので仕方なく歩き出す。
小屋に戻る道すがら、ルルは街の様子を説明した。
「やはり国王と王妃、ダヒレオ殿下は昨晩寝込みを襲われて騎士たちに殺されたようですね。街はその話で持ちきりで、みんな喜んでいるようでした」
「そうか」
ルルはアイラの表情をうかがってきたが、アイラはちっとも悲しくなかった。三人のことはあまり尊敬していなかったし、家族だけど好きという感情は持ったことがなかったからかもしれない。ダヒレオともう顔を合わせなくていいんだと思うと、むしろすっきりした気持ちになった。
ルルは続ける。
「みんなサチやアーサー、騎士たちの行動を支持しているようですね。場所によっては王族が討たれたことでお祭り騒ぎになっているでしょうが、アイリーデはそれほどではありませんでした。領主のアイリーデ公爵は王族と血の繋がりがありますし、みんな表立っては喜べないんでしょう」
「そうだな。反逆の勢いがこちらまで来ないよう、叔父上は気を張っていそうだ。気の小さい男だから」
アイリーデ公爵はアイラの父の弟、つまり叔父なのだ。
ルルは頷く。
「ええ。アイリーデ公爵に仕える騎士たちが街には溢れていましたから、監視を強めているのでしょう。けれど我々が警戒すべき追手――王都の騎士たちはほとんど見かけませんでした。アイリーデ公爵が領地に入れるのを嫌がっているに違いありません」
「そうだろうな。叔父上たちは立場的には私たちに近いし、反逆を起こした王都の騎士は近づけたくないんだろう」
顔を見られたらまずいと思っていたけれど、アイリーデ公爵には正体がバレても匿ってくれる可能性がある。
「潜伏する場所を選ぶのに、ルルはどうしてアイリーデの近くを選んだのかと思っていたんだ。叔父上たちは私の顔をよく知っているのにって。けど、あの一家はそれほど危険ではないんだな」
「そうです。彼らはアイラの敵にはならないと思っています。色々な意味でね。このエストラーダの貴族の中では安全な存在です」
ルルは馬を引きながら、そう言ったのだった。
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