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第二章5  『千年を経て覚醒する神楽の血脈』

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 ………分かっている。これは、あのダンダリオンの
 差し金であるということを。

 だけど、恐怖で足が震える。――違う、これは武者震い。
 ――何故なら、カグラは悪を祓う一族の末裔なのだから。

 ジャージに着替え運動靴を履き、指定の公園に向かう。
 本来、魔を祓うためには正装が必要なのだが。

 そうも言っている時間はない。

 これはダンダリオンが俺に課した第一の試練。
 ……絶対に負ける訳にはいかない!

「おうカスラぁ。財布持ってきたか? これから友達と親睦を深めに行くから金が必要なんだよ。はよ、よこせよこの愚図野郎っ!」

 杉浦の背後には悪意の種からどす黒い花が咲き誇っていた。
 これがダンダリオンの仕掛けた悪意の種。

 ……今まで殺したいほどに憎んでいた、
 杉浦の存在が今はもうただの哀れな被害者にしか見えない。

 彼も苦しかったのだ。悪魔に心を奪われ、悪に手を染めた。
 ……この負の円環を俺が断ち切らなければいけない。

 それが、魔を祓う一族の使命なのだから。
 いままで、君のことを誤解していてすまなかった。
 杉浦君、君も犠牲者だったんだ。

「杉浦君。いま君を…………解放する」

「はぁ? 何ほざいてるんだ……お前っ? ついに頭が狂ったか?」

 足刀。………杉浦の頬を掠める。
 掠めただけで髪が千切れた。

 その威力はもはや凶器。

 そして、遅れて杉浦の頬からどろりとした、
 コールタール状の液体が流れ落ち、
 その傷口から悪意の種の根が這い出して来る。

「……………っめえ! 何してくれてんだぁ。ブチ殺されてぇかぁ!!!」

 杉浦はポケットにしまっていたバタフライナイフを取り出し、
 カグラに向かって振りおろす。

 ……だが、所詮は武術を習わぬ者の動きだ。
 魔を祓う血脈であるカグラにとっては

 ――止まっているのも同じっ! 

 最小限の動きでこのバタフライナイフをかわし、
 左手に神聖なる気を練る。

 神聖な気を体内に送ることによって、
 邪悪なるモノを討ち祓う掌底。

「…………神楽流が祭法が一つ水仙《すいせん》」

 腹部に、神楽流の古武術の一つ、水仙が炸裂。
 神聖な力を帯びた掌底を受け、杉浦は苦しそうにのたうちまわる。

 しばらくすると、杉浦は口からごぽりと黒いヘドロ状の粘液を吐き出した。
 ……これが悪意の正体。

 咲き誇っていた悪意の花も花びらを散らし。
 消え去った。

「第一の試練はこれで終わりか…………ダンダリオン。随分と簡単な試験だった」

 この果たしあいを暗闇から観劇していた
 ソロモン72柱が1柱ダンダリオンは姿を現す。

 もとより、彼の名前を知らない者には認知ができない、
 不可視の存在。

 よってこの姿に顕現したところで異能なる力を持たない一般人に、
 あの悪魔を認識することなど叶わない。
 霊能力が少しある程度では彼の姿を捉えることは不可能。

『くっくっく。まずは第一の試練。合格おめでとうございます。ですが、あくまでもこれはあなたの力を測るための実験に過ぎませんでした。これで、あなたの力のほどは理解できましたよ。くっくっく。せいぜい第二の試練を楽しみにしているがよい愚かなる人の子よ』

「ふん。いつでも来やがれ。俺は…………この街を貴様たち悪魔から守るっ!」


 *****


 それからは、カグラとダンダリオンのは続いた。
 ダンダリオンは瘴気の強い夜に気紛れに試練を課し、カグラを試す。

 カグラは魔を討ち祓う狐の面を被り、
 夜な夜な街に繰り出し、悪意の花を次々と散らしていく。

 それは魔を討ち払う神楽の宿命でもあり、
 ダンダリオンがカグラに課す、でもある。

 ダンダリオンの試練は次々と苛烈な物になっていった。
 最初は子供からカツアゲをする青年。
 次は女子に暴行を振るおうとする少年たち。

 ――一番危険だったのは銃を持つ相手だった。

 銃自体は今のカグラに取っては恐れるに足るものではない。
 だが、鉛の弾丸の持つ魔素を喰らえば、
 カグラの身を包む神聖なる結界は打ち破られ、
 死を免れることはできない。

 銀の弾丸が邪悪な物を浄化し殺すように、
 鉛の弾は神聖なる物を汚し――殺す。

 いかなる魔力的な結界も邪悪なる鉛弾
 を防ぐことは叶わない。

『はっはっはっ。神聖なる結界を打ち砕く銃を持つ相手に勝利しましたか。第百の試練も合格とは、恐れ入るよ。我も少し、貴様を過小評価していたと認めざる終えまいよ。人の身でありながらもはやそなたは神の域に至らんとしている。こちらもそろそろ本気を出さなければならないなぁ。なんなら、我が軍勢に入らないか? なんならソロモン72柱の一つにしてやってもいいぞ。なに他の有象無象の悪魔の席など我が消し去ってやるよ』

「ふん。ソロモン72柱とは言え序列71番目のお前ごときにそんなことは不可能だろう。それに…………俺は神の血を引く末裔。悪魔に与することないと知れっ!」

「おい、神楽。ブツブツと誰と喋ってんだ。夜中にうるせーぞ! おら、今日も特訓だ。正装に着替えて道場に来やがれっ」

『くっくっく。第百一番目の試練は………あの男です。私が最初に悪意の種を植えたのは彼。神聖なる血を栄養として咲いた花はこれ程にも美しくなるものですか。くっくっく。………あの男が倒せるでしょうかね。今のあなたに。楽しみですよっ』

「あの男を………狂わせたのは、やはりお前だったのかダンダリオン。卑怯で狡猾な貴様らしい方法だな」

『お褒めの言葉光栄です。さあ、試練の始まりです』

 神力が最も高まる神楽流の正装に着替え、
 狐の面を被り道場へ向かう。

 今日は一方的に殴られるのではなく。
 ………あの男ではなく、
 あの男を操っているこのダンダリオンを討ち倒す。

「神楽。貴様、ついに頭が狂ったか。そんな珍妙な狐の面を被って強くなったつもりか。思しれえじゃねぇか。今日はフルコンタクトの実戦だ。おめぇも骨の一本や二本は覚悟しろ」

 悪魔は、男の姿を借りてカグラに告げる。

 (全ては戯言。まったく聞くに値しない戯言だ――集中しろ)

 袈裟懸けの蹴りがカグラを襲う! 
 あまりに速い………避けることはできない。

 神楽流の受け身の型、枳殻《からたち》により
 衝撃を一点から全身に受け流し、更に床に流す。

 目の前の男の背中の花がケタケタと
 凶悪な嗤い声をあげている。

 ――腹部を狙う正拳、これもギリギリで捌く。

 最早これは試合ではなくて殺し合い。
 カグラの水月を狙って鋭い足刀が襲うっ!

 ………50cm…………30cm…………20cm…………
 このタイミングであり得ない奇跡っ!

 新たなる異能の発現! それは、攻勢防御結界。
 自分に危害を加える相手にその報いを還元する異能。
 それがこのタイミングでっ! 

 カグラの体は光に包まれ、力の奔流が体を駆け巡る。
 これが……真なる奇跡っ!!

「白檀《びゃくだん》――茉莉花《まつりか》――夕影草《ゆうかげぐさ》」

 中段の白檀があの男の繰り出す前蹴りをいなし、
 茉莉花が右脇腹の肋骨を粉砕し、
 夕影草が喉仏の軟骨をすり潰す。

 これが完成された、演舞でしか使われない神楽流の真骨頂。
 ……神聖なる力を帯びたその全ての技を目の前の男は全身に喰らう。

『馬鹿な………人間風情が……………このダンダリオンの課す………百一番目の試練を乗り越えるだと?! あり得ないっ!!!!』

 ダンダリオンは足を震え怯えている。
 カグラは目の前の悪魔を一瞥する。

 カグラは、悪魔でも恐怖することはあるの
 かと、妙におかしくて思わず笑ってしまう。

 目の前の男……俺の父さんから生えていた
 凶悪な花は枯れ花びらが散っていった。

 散って言った花弁は、
 淡い光を放つ美しい
 白い花びらに変わり消えていった。

「終に………私を超えたか。我が息子よ。今までお前を鍛えるために苦しい鍛錬を強いたことを詫びる。これはその目の前の悪魔の仕業ではない。私はあの悪魔に操られたふりをして神楽。お前に、この神楽の流派の奥義の深淵に辿りついて欲しかったのだ。神楽の流派は、単なる体術の強さを極めるものではない。その深淵に至るためには、心を真剣のように研ぎ澄ます必要があったのだ。だからといって私がお前に行ってきた行いが赦されるとは思わない。お前から母を奪い、自由を奪い、苦役を強いた。すまない。本当にすまない……………」

「父さん。父さん。父さんっ!!! 俺は知っていたよ。俺の方こそ父さんの苦しみを理解してあげられずにごめん。ずっと、言いたくても言えなかったんだね。それなのに俺は父さんの痛みを理解してあげることができなかった」

「良いのだ。神楽の家というのはこのような苦役を強いる流派。…………お前の言う通り汚れた流派なのかもしれない。理解して欲しいとは言わない。だが、この世界は悪魔の軍勢に支配されている。それを討ち祓うものが必要なのだ。だから、お前に苦痛を…………」

 カグラの父は感極まって嗚咽する。
 その父の姿を見て、カグラも胸を打つものがあったのだろう。

 父親を抱きしめ、お互いにずっと抱き合いながら泣きあった。
 こうやって、父親と抱き合うのはいつぶりだろうと考えた。

 でも、もう過去のことなんてどうでも良い事だ。
 これからはいつだって、父とこうやって心を開いて
 話しあうことができるのだから。
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