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第44話『災禍の渦』

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「認めよう……勝負は君たちの勝ちだ。……どうやら、……ボクがこの世界にとどまるのは……不可能なようだ……」

 無数の触手がひとかたまりになりヒト型になる。だが、自身の核となる瑪瑙のメダルを失ったせいで形状を維持することすら困難なようだ。

「これが……正真正銘、最後の戦いだ。だが、……ボクもおとなしく死んでやるつもりはない……君たちを殺したあとに、贄の魔法で迷宮都市の有象無象を黄泉への道連れにしてやる……あっははははははははっ!」

「むぅ、……死期を悟って心中とは」

「すっごく、……めいわくだねっ」

「うむ。人として恥ずべき行いだ」

「ほんと、そうだねっ」

 1人で死ぬのが寂しいから多くの人間を巻きこんで心中。……信仰の道に生きる者としては、狂王のその卑しき心根を正さねばなるまい。この聖棍棒――メイスで。

「切り札を使わせてもらうよ。命と引き換えで使用する魔法だ。……だけど、どのみちボクは死ぬのだからリスクはない。……叡智の奔流に飲まれ苦しみもだえて死ね。いでよ災渦の中心!〈メイルシュトローム〉」

 突如、天井も床も光も消え去った。ここは宇宙のど真ん中。あまたの星がきらめている。だが呼吸はできる。かすかな船酔いのような感覚はあるが、その程度だ。

「どうだ?……過去、現在、未来、あまたの異なる世界の知識が脳内に流れ込む。矮小な人間の脳では絶対に耐えられない。特に術師にはね。くっくっく」

「ふむ。すこし驚きはしたがそれだけだ」

「ははは。その強がりがどこまで続くかな? 君とポークルの女以外は動けないようだが?」 

 倒れたサキュバスが俺に念波で声を飛ばしてくる。


(ニンゲンよ。奴のメイルシュトロームは高き知恵を持つ強者を破滅させる秘術。抗うすべはありません)

(だが、ニンジャも瀕死のようだが?)

(司教よ、ニンジャの転職条件は知恵17以上。今の司教よりも上ですよ)

 サキュバスの知恵はたしか36。「司教の3倍ですね」とマウントを取られた記憶がある。ヴァンパイアロード、ねこ娘、ニンジャも頭を抱えて錯乱状態だ。

(ふむ。つまりは、俺とステラ以外は誰も動けないということか)

(はい。司教の知恵は12、ステラさんは8。世界を救えるのはあなた方だけです)
 

 サキュバスの声がうっすら半笑いな感じでモヤッとしたが、……おそらく気のせいだろう。

 結果的に多くの命を救うことができるのである。やはりあえて知恵を上げない方針は、正解だった。

「なっ……!? 叡智の奔流……災渦の中心に飲まれた知恵ある者は、……自我を保つことすらできないというのに……なぜ貴様は、立っていられる?」

「貴様の秘術、見切った。信仰戦士にさかしき幻術などは効かぬと知れ」

 あまり下手ないい訳を言うと不審に思われる可能性がある。ここは、あえて短めの言葉で言い切った方が良いだろう。

「そちらが切り札を使ったのであれば俺も出し惜しみはなしだ〈エンハンススペル〉〈マヒール〉〈エンチャントエレメント〉〈アンチマジック〉〈アンチカース〉〈ピュアリファイ〉〈リジェネレイト〉〈ブレスクリーン〉〈セイクリッドシールド〉〈プロテクション〉〈ハードニング〉〈ハードニング〉〈ハードニング〉」

 念のためにパーティー全体を回復するマヒーラス2回分は残しておいた。だがそれ以外の魔法は使い切った。窮鼠猫を噛む。追いつめられた者は油断ならない。

「へっ、へぇ、……あ、ふーん……まだ魔法使う余裕あったんだ……ふーん……」

 狂王のひざ小僧がガクガクと笑っている。――武者震い。定命の者などは恐れるに足りないということだろう。だが、それはこちらとて同じこと。

「……ひっ、……近寄るなッ!」

 狂王は両腕を前につきだし強烈な風のヤイバを放つ。

「……やったか?!」

 俺はぐるりと両腕を回し、狂王の風のヤイバを受け止める。

「廻し受けだ」

 
 廻し受け。ジャバウォックのブレスも打ち消した防御術。廻し受けを使えば深層の恐るべき強敵、ファイアードラゴンのブレスにも対抗できるかもしれない。

 だが、バックラーはオシャカだ。頼れるものはメイスのみ。

「恐ろしい切れ味だった。次は、――こちらの番だ」

 ステラがぱちんこの狙いを定めていることに狂王は気づいていない。ぱちんこからゴツゴツした石が放たれる。狂王の眼球に直撃。……おおっと痛そうだ。

 狂王の「ぎぃゃぁあッ!!」というガチっぽい悲鳴が聞こえる。……この破壊力。銃刀法違反になるのも残当だ。狂王は目を抑えながらもだえ苦しんでいる。

 騎士道に反するかもしれないが、信仰の道には反しない。つまり――スキありだ。

「狂王、貴様の最後だ」

「ま、……待て……司教、はなせばわかるッ!」

「邪悪死すべし――問答無用」

 メイスを両手で握りしめ渾身の力をこめて殴りつける。スイカが割れるようにパカッと割れた。

 狂王の秘術メイルシュトロームは解け。あたりは元の景色に戻る。俺は倒れていた仲間たちに回復魔法を使う。意識は朦朧としているようだが命の危険はなさそうだ。

 ――勝利だ。

「狂王もぉっ?」

「百叩きだ」

第45話『ポークルの里』
「むむ……狂王。あやつは最悪の置き土産をしていたようですぞ……」

 ヴァンパイアロードが青ざめた表情で語る。

「置き土産とは、なんだ?」

 ヴァンパイアロードは語る。教信者に与えられる黄のメダル。……あのメダルには強制的に人を殺戮する魔獣に変異させる事ができる呪いがかけられていたようだ。

 もっとも狂王は死を想定していなかった。……この異形化は司令塔を失ったことによる事故のだそうだ。本来の目的は来たる日の殺戮に備えての物だったようだ。

「邪教徒が潜んでいるのはここだけじゃないのか?」

「ですな。……邪教徒は小さな村にも一般人を装い……」

 邪教徒は王都だけではなく村や里にも潜んでいる。戦力のとぼしい地方の村や里であれば数名の邪教徒を潜ませておくだけで壊滅させることができるだろう。

「むう……迷宮都市の状況が気になるな。確認できるか?」

「では、空間投影の魔法を〈グレーター・デュマピック〉」

 ヴァンパイアロードが空間投影の魔法を唱える。迷宮都市の上空からの映像が映し出される。ドローン空撮のような感じで迷宮都市の現状が映し出される。

「ヴァンパイアロードよ。例のご老人が、……邪教徒たちに取り囲まれているぞ」

「ご安心なされ。我が師は、――邪教徒どもを誅殺しているのです」

 杖を手にした老人が魔法を詠唱。火球、氷柱、雷槍、風刃。多様な魔術を使いこなし異形化した邪教徒を次々と薙ぎ払っていく。

「それだけではありませんぞ。ギルドマスターも前線に出ております」

 ギルドマスターが両手剣のツヴァイハンダーをふり回し異形化した邪教徒をバッサバッサと斬り捨てている。

 迷宮都市の冒険者はギルドマスターに続き邪教徒を迎え撃っている。馬小屋でよく見た顔の者たちも戦っている。

(うむ。あれは……世界樹の木の実をくれた。ござるマン)

 ござる口調の男も戦っていた、どうやらサムライではなくHFO(ヒューマン・ファイター・オトコ)だったようだ。

(……ござる詐欺)

 ござるマンはサムライではない一般的なHFO。だが――、強い。冒険者のなかでも人族の戦士はとりわけ数が多い。そのせいか過小評価されがちな存在である。

 ……だが、人族の戦士の数が多いのは、そう。――単純に強いからだ。ござるマンが伝説の鍛冶師クイジナートが鋳造した銘刀を手に邪教徒に突っ込む。

 
 ギュイーンッ! けたたましい金切り音をたてながら高速で回転する三枚のヤイバが敵を穿つ。異形化した邪教徒をバラバラになった。

 ――その恐るべきキレ味は、……まるでフードプロセッサー。……圧倒的な攻撃力だ。さすがはクイジナートの銘刀である。

「どうやら迷宮都市は大丈夫そうですぞ」

「うむ。だが、……他の村は大丈夫なのか?」

 ヴァンパイアロードが空間に無数の映像を映し出す。……エルフの森、……ドワーフの洞窟、……ノームの鉱山、……そしてポークルの里。

 村や里を守るためにそれぞれの種族の強者の指揮のもと、異形化した邪教徒たちを打ち倒していく。

「この者たちは、……一体?」

「かつて迷宮の王と我に挑んだ冒険者たちですな」

 だが……村や、里には低位階の魔法を使える者もいないと聞いていたが。

「迷宮の王のもとにたどり着いて帰ってきた者はいないと聞いているが?」

「それは事実ですぞ」

「ふむ。では、これはどういうことだ?」

「我が殺さずに彼らを超転移魔法で彼らを送り返していたのですな」

 ヴァンパイアロードの話を要約するとこうだ。迷宮の王の部屋にたどりついた冒険者のなかで人格によほど問題がない限り彼らを故郷に送り返していたそうだ。

 その際に狂王の力を100分割したアミュレットと呼ばれる装飾品を渡していたそうだ。

 もっとも冒険者へのプレゼントというよりは、護符を一箇所に偏在させず、散らばすことで狂王完全復活を阻止するリスクヘッジのための行為だったらしいが。

 ヴァンパイアロードも狂王がいつか実力行使で護符を取り返しに来ることは覚悟していたそうだ。力押しでこられたら勝ち目はない。

 だから狂王から奪った護符を100分割の上、アミュレットという装飾品に加工し冒険者に持たせた上で彼らの故郷に送り返したそうだ。

(アミュレット……。4階層でヴァンパイアロードからもらった物か)

 
 もちろん、迷宮の王の間にたどり着く能力があったとしても、冒険者の成れの果て、人さらい、食人鬼のような明らかな極悪人は問答無用で殺めていたようだ。当然の判断だ。

「うむ、安心した。だが迷宮最深部を踏破した者が居るというのは残念ではあるな」

「いえ、それはご安心なされ。……迷宮の王の部屋はあくまで迷宮の中間点。……更なる深層に進むまでの関所のような物ですぞ。……迷宮にはその先がありますぞ」

「はは。そうか、それは朗報だ」

「ですが更なる深層に挑むならば、我と師を倒さねばなりませぬぞ?」

「無論覚悟の上だ。俺だけ特別扱いなど、他の冒険者が納得しないだろうからな」

「はは……ですな。それは、よい心構えですぞ。もっとも……我と師を倒した冒険者はおりませんので、相応の準備をして挑まれることをおすすめしますぞ」

「うむ。その時こそ。ヴァンパイアロード、おまえの本気を見せてもらうぞ」

「……こほんっ。まっ、……まあ、人生は……短いようで、わりと長いですぞ? 焦らずゆっくり……時間をかけて攻略されるとよいですな。迷宮は逃げませんぞ?」

「うむ。確かにそうだな」

 迷宮都市の方は決着が着いたようだ。ギルドマスターとご老人の力が圧倒的だったのが勝因だろう。

 各地方の豪傑たちが空間に映し出される。

 長大な弓矢で木から木に飛び移りながら邪教徒を射殺すハイヤーエルフの女。

 音もなく邪教徒のアジトに忍び込みひとりひとり暗記で屠るノームのニンジャ。

 巨大な戦鎚を振り回し異形化した邪教徒をケチらす筋骨隆々のドワーフの男。


(だが、ポークルの里は……分が悪そうだ)


 ポークルの青年が短刀を片手に邪教徒と戦っている。だが多勢に無勢……暴力に圧し潰されかけていた。
 

(……これは、……まずいな)

「ヴァンパイアロードよ。俺をポークルの里に転移させることは可能か?」

「……アッシュ? ポークルの里に救援に行くのは、私1人でも大丈夫だよっ」

「いや、……ポークルの里は負傷者が多い。俺の回復魔法が必要だろう」

 ポークルの里はステラの故郷。……この危機をみすみす見逃すことはできない。

「師の力を借りずに我が単独でできるか……賭けですぞ」

「うむ。構わない」

「我が失敗すれば、石の中に埋まって……命を落とす危険な賭けですぞ……?」

「それで問題ない。俺は司教であると同時に、冒険者だ」

 冒険者とは、ときに危険を冒す勇気を持つ者を指す。ポークルの里は燃えている。負傷者も増えている。……ここで手をこまねいれば事態は悪化するばかりだ。

 立ち止まっていたら救うことができる者すら救えなくなってしまう。人々の窮地に立ち上がれないものなど、もはや冒険者ではない。

 ここで逃げたらクソッタレだ。そして俺はクソッタレではない、司教だ。

「魔力を貸しましょう」 「手伝うにゃ」 「里救ったら戻ッテ来いヨッ」

 ともに戦った仲間たちがヴァンパイアロードに魔力を与える。

 
「……これなら、いけますぞ!――開け、次元の門よ〈グレーター・マロール〉」

 空間に巨大な亀裂。……その先には燃え上がるポークルの里。次元の亀裂は急速に縮小していく。どうやら別れの言葉を残す時間もなさそうだ。だから、一言だけ。

「うむ。では行ってくる」


 別れの言葉は短くて良い。今生の別れではないのだから。


「「「「いってらっしゃい」」」」


 俺は転移の門をくぐる。俺の隣にはポークルの少女ステラ。お互いの手を握り、……転移の門を潜り抜けるのであった。
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