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第8話『遺跡都市と聖剣』

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 3日間の船旅を終え、俺とソフィは
 遺跡都市にたどり着いていた。


 ソフィは船旅の途中で何度か涙目で口を抑えどこかへ消えていった。
 ……おそらく、海の魚たちに餌やりにでも行ったのだろう。

 俺にとっても初めての船旅だったのだが、
 なんというか、船乗りさんたちって凄いなと思うのだった。
 何事も経験してみないと分からないものだ。


 この遺跡都市は観光で外貨を稼いで暮らしているようだ。
 いろいろな土産物屋さんを覗いてみたが、
 どこの店員さんもどこか森の民っぽい感じの衣装を着ていた。

 この遺跡都市の目玉の観光スポットは遺跡ツアーと、
 聖剣抜剣チャレンジとのことであった。


 特に都市の中央の公園にある、
 聖剣抜剣チャレンジの前には行列が出来ていて、
 多くの旅人や観光客が挑戦していた。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 今なら聖剣抜剣チャレンジ銀貨3枚だよ。この都市にきた人達はみんな挑戦していくよ。旅の記念にどうだい?」


「ケネス、せっかくだからやってみましょうよ~! この遺跡都市に来た人はみんな挑戦しているわ。旅の記念に私達も、ね!」


 ちょっと、うさん臭いなとは思ったが、
 ソフィが、にこにこと楽しそうにしているのでついつい、
 挑戦してみようかなという気になってしまった。


「そうだな。思い出作りに、一回だけ挑戦してみよう」


 行列の最後尾に並び順番を待つ。

 行列自体は長いもののみんなすぐにその場を立ち去るので、
 思いのほかすぐに俺に順番が回ってきた。

 この回転率の速さで1人銀貨3枚だ。
 元手のお金も要らず良い商売だ。


「はいはい。次は、熊のようなお兄ちゃん。頑張って引き抜いてね!」


 俺は聖剣の柄を持って引き抜こうと試みる。

 ――重い。

 まるで深く血に根を生やした巨木を引き抜く感触。
 腕力だけでは引き抜くことは不可能。

 俺は目をつむり深呼吸、一旦全身の筋肉を弛緩させる。

 若木を引き抜く時のように全身の筋肉を使うんだ。
 靴底を地面にガッシリとつけ、太ももに力を込める、
 腕だけでなく、大腿筋、腹筋、背筋、胸筋、
 体中の全ての筋力を総動員する。


 血液が全身を駆け巡り全身が一回り肥大化。
 まるで体全体が心臓になったかのような錯覚に陥る。

 マブタを固く閉じ、剣を引き抜く事のみに集中する。
 その瞬間見えた……一筋の光が。


「――ここだッ!」


 俺は全身の筋肉を総動員し岩に刺さった聖剣を引き抜く。
 岩から……抜けた。


「聖剣、抜けたぞ」


「……いやいや驚いた。あんた凄ぇ馬鹿力だなぁ。この聖剣を岩から引き抜いたのは、俺も長い人生を生きているけれどだよ」


「二人目とは? 俺の他にもこの聖剣を抜いた者が存在するのか? もし差し障りがなければ、どのような男だったのか教えてくれるか」


 世界は広い。俺が抜けたのだから他にも抜ける者もいるのだろう。
 ちょっとした好奇心から質問を投げかけた。


「あれはの事だ。その男は熊のような巨体をした木こりの男だった。更に不釣り合いなことに、兄ちゃんの彼女のような金色の髪をした小さな子を連れていた」


 10年前に来た木こり。俺の親父だろうか。
 それならば、その小さな子というのがソフィのことかもしれない。
 まだ、確証には至らないが大きな手がかりとなりそうな情報だ。


「なるほど。それじゃあ、この聖剣は俺がもらっていいのか?」


「すまないね。一人目の時にも言ったんだが、この聖剣に相応しい持ち手が引き抜くと刀身が光り輝くそうだ。お兄ちゃんの場合は光ってない」


「むぅ……そうか。貰えないのか。それは、残念だ」


「すまないねぇ。聖剣が光ったら、譲り渡しても良かったんだが。申し訳ないけど、聖剣を元の岩に戻しておくれ。それが出来るのはお兄ちゃんくらいだ。」


 俺は黙って、聖剣を元の岩に戻す。
 俺と店員のやりとりを見て俺たちの後ろで行列を作っていた。

 俺の後ろで並んでいた観光客や旅人が『ひどいぼったくりだ』とか、
 『詐欺よ』とか、後ろでガヤガヤと騒いでいる。


「お兄ちゃんにはいただいた銀貨を返すよ。それと、お兄ちゃんの彼女さんも特別にタダで挑戦してもいいから、申し訳ないけどそれで許しておくれ」


「え~っ! 私が?! ケネスみたいな筋力ないわよ」


「はははっ。ソフィも言っていたじゃないか。こういうのは思い出作りだ。試しに一回挑戦してみなよ」


「もー! しょうがないわねぇ。それじゃあ、えいっ!」


 ソフィが柄を掴む。
 そして、無造作に柄を掴み引っ張る。

 するとまるで鞘から抜いたかのように、
 スルリと抜けた。

 そしてソフィが聖剣を持つと、
 剣の刀身からまばゆいばかりの輝きが放たれた。


「あははっ! 確かに物は試しね。なんか抜けちゃったみたい」


「おじさん。光って抜けたぞ。俺たちがもらっていいんだよな?」


「まさか……貴方様は……。いえ……そんなことは、あり得ないはず……いえ……なんでもございません。この聖剣はあなたを選ばれました。この聖剣は、あなた様がお持ち下さい。聖剣の鞘も差し上げます。どうぞ、大切にお使いください」


 周りで見物していた観光客たちが拍手と歓声をあげている。
 こんなに大勢の人から称賛されたのは始めてだ。
 称賛されているのは俺ではなくてソフィだが、嬉しいものだ。

 確かにいい思い出になりそうだな。


「良かったな、ソフィ。タダで良い物を手に入れられたな」


「そうね。おじさん、面白かったわ! この剣大切にするわね」


 ソフィは鞘に納めた聖剣を腰にぶら下げて、
 少し誇らしげに歩いている。


「ソフィ、その剣重くないか?」


「そうかしら? ほとんど重みを感じないわ」


「ふむ……。ちょっと俺に持たせてくれ」


 ソフィは聖剣を無造作に俺に渡す。


「……ッ!! 重い」


 あまりの重さに、
 危うく膝を付きそうになるが全身の筋肉を強張らせ、
 なんとか踏みとどまり、ソフィに聖剣を返す。

 ソフィが俺より力持ちという事は無いだろう。

 何らかの魔力的な仕掛けが施されていたとか、
 そういう事なのだ、と……思いたい。

 そうでなければ俺の男としてのプライドがボロボロだ。
 俺が信じるのは鍛え上げたこの体だけだ。
 そこだけは負けたくない。


「ソフィ一つだけお願いがある」


「なにかしら?」


「ソフィの聖剣を寝る前に一時間ほど貸してくれないか?」


「何に使うの?」


「世界は広い。……この世界にはとてつもなく重い物が存在する事が分かった。だけど、俺はそれに負けたくない。だから、每日その聖剣で素振りをして重さを感じなくなるくらいまで俺の筋力を鍛えたいんだ」


「ふふふっ。ケネスって昔っから顔に似合わず意外に負けず嫌いよね。パパと腕相撲して負かされたあとは、いつも隠れてトレーニングをしているのを見ていたわ。やっぱり、そういうところはケネスも男の子なのね」


「むぅ……子供っぽい考えかもしれないけど、ソフィが軽々と持っているのに、俺がまともに持つことも出来ないのは、ちょっとかっこ悪いと思ったんだ」


「いいわよ。昔っから、あなたは生粋の努力家だったものね。寝る前の一時間と言わず、訓練をするときはいつでも貸してあげるわ!」


「ありがとう!」
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