LAND

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Prolog

始まり

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晴「楓、来たよー。花の水、変えとくね。」

静かな病室で、俺の声が響く。
幼なじみの楓が目覚めなくなってから、もうすぐ2年が経とうとしていた。

晴「今日は絆月が授業中に居眠りしててさ、先生に怒られて皆に笑われてたよ。それとね___。」

いつも通り、今日あったことを楓に話す。最も、届いているのか分からないけれど。

楓母「…あら、晴くん。」
晴「おばさん。こんにちは。」
楓母「いつもありがとうね。」
晴「いえ、僕が好きでやってることなので…」
楓母「お父さんよりずっと、晴くんの方が楓のこと想ってくれてる気がするわ。本当に、ありがとうねぇ。」

彼女は楓の母親で、楓が目覚めなくなってから見る見るうちにやつれていった。楓の父親は仕事で忙しい人で、俺もあまり会ったことが無い。ほとんど家に帰って来れないので、楓の身の回りの事はおばさんが全てやっていたので、やつれるのも無理は無いなと思った。

楓母「…いつになったら、目覚めてくれるのかしらね」
晴「…きっともうすぐですよ。」
楓母「私もそう信じてるわ。でもね…もうその、2年になるでしょう。楓は昔から病弱だったけど、こんなの初めてだし、先生にも原因が分からないって言われてて、本当、どうしたらいいのか…」
晴「…」
楓母「…先生にはね、治療を辞めて楽にしてあげるのも1つの選択肢だって言われたの。」
晴「それって」
楓母「でもね、私にはそんなこと決断できない。またいつか、楓が昔のように笑ってくれるんじゃないかって希望が捨てられないの…」
晴「おばさん…」
楓母「…ごめんなさいね、こんな話しちゃって。お茶でも買ってくるわね。」

そう言っておばさんは俺の返事も待たずに病室を後にした。

“楽に”。それはつまり。そういう事で。
勿論俺に決める権利は無いし、口を出していい立場でもない。でもそれは楓と二度と会えなくなるということで。そんなの絶対に嫌だった。けれど、いつか目覚めるよ、なんて無責任な言葉をかけることも出来なかった。

しばらくすると、おばさんが戻ってきた。
笑みを浮かべるその顔には涙の跡が残っていたが、俺は気付かないフリをして、礼を言ってお茶を受け取った。

楓母「おばさん考えたんだけどね、おばさんが弱気になってちゃダメよね!絶対楓は戻ってくる。大丈夫。今、楓は頑張ってるんだから、おばさんも頑張らないとね。」
晴「そう、ですね。」

何か出来ることがあれば言ってください、なんて言葉を残し、俺は病室を後にした。

病院を出た途端、誰かに声をかけられた。

絆月「よっ!」
晴「びっっっっっっっ…くりした……絆月か……」
絆月「絆月かってなんだよ!俺で嬉しいだろ~!」

彼は松岡 絆月(まつおか きづく)。俺の数少ない友達で、よく喋る明るいやつだ。

晴「よく考えたら俺に声かけるやつなんて絆月ぐらいしかいなかったわ」
絆月「なんだそれ!かなしーこというなよ!!」
晴「で?なんでこんなとこにいんだよ。バスケ部は?」
絆月「もう終わったよーん。俺のナイスシュート!が決まっちゃったゼ👍 ̖́-
いやー、晴が寂しがってるかな~て思ってさぁ???」
晴「寂しがってねーよ、ばか。てかお前、運動出来るんだから助っ人なんてやってないでちゃんと部活入れよ。」
絆月「えー、だって晴も入んないじゃん。だから俺も入んないのー!まあ、俺は晴と違って天才だから色んな所から声かかっちゃうけど??」
晴「はいはい、うるせー。」

俺は楓のお見舞いに行けなくなるのが嫌で、部活には入らなかった。
適当な事ばっかり言っているが、絆月はそんな俺に気を遣ってくれている。

絆月「それで、楓ちゃんどーだった?まだ眠り姫?」
晴「…」
絆月「…どした?」
晴「…おばさんが、先生に もう治療を諦めるのも1つの手だって言われたって。」
絆月「…そっか。で、おばさんはなんて?」
晴「うーん…。諦めない!って言ってたけど、正直空元気だった、と思う。おじさんもあんな感じだから相談とか出来ないだろうし、心配してる。」
絆月「…なあ、あの噂、知ってる?」
晴「噂?」
絆月「“LAND”」

いつもおちゃらけた絆月が、まっすぐ真剣な目でこちらを見ている。風が吹いて、木々が大きく揺れた。

晴「なんだよ、それ。」
絆月「とある公園に、夜になると青く光る花が咲いていて、その花を摘んで帰って枕元に置いて寝る。そうすると、“変な夢”を見るんだってよ」
晴「変な…夢?」

思わずごくり、と唾を飲み込む。

絆月「その夢の中では自由に動けて、なんでも自分の願ったことが叶うらしい。まさに夢みたいな話だろ?」
晴「それがなんだってんだよ」
絆月「まあまあ、こっからが本題。その夢にさ魅せられた人たちは“LAND”に取り込まれていくんだって。どんどん記憶が無くなっていて、直にどちらが現実か分からなくなって……そのまま、目覚めなくなっちゃうんだって。」
晴「なんだよ、その作り話感満載の話。」
絆月「だよな。…でもさ、ちょっと気になって調べたんだけど、この噂が出始めたのって2年ぐらい前らしいの。」
晴「ただの都市伝説だろ」
絆月「俺もそう思ってたよ。でも、父さんに聞いてみたらここ2年ぐらい、原因不明の意識がない患者が増えているらしい。」

絆月の父親は病院に勤めている。その人が言うなら間違いはないんだろう。
ただの都市伝説だと思っていたのが急に現実味を帯びてきて、寒気がした。

晴「…」
絆月「…ま、ただの都市伝説だよ。そもそも青く光る花なんてどこにあるんだって話だし。けどさ、一応話しとこうと思って。」
晴「うん…。ありがとう。」

この話はそれっきりで、その後は中身のない会話をしながら帰り、先に絆月の家に着いたのでそこで解散した。

絆月「じゃあな!…あの話、あんまり気にしすぎるなよ。」
晴「わかってるよ、じゃあな。」

絆月にはそう言ったが、俺は家とは反対方向に向かった。

晴「…久しぶりだな、ここに来るの。」

絆月はああ言っていたが、俺には“青く光る花”に心当たりがあった。
小さい頃、楓とよく行った公園。そこの花畑の中央には小さな白い花が咲いている。
夜になると、色とりどりのライトで花が照らされるのだが、そこで青のライトがその花に重なり、まるで花が青く光って居るように見えるのだ。
楓はあの噂を知っていてここに来たんだろうか。それとも、偶然なんだろうか。

晴「…楓。」

藁にもすがる思いで、花を一輪摘んだ。
甘い香りが鼻をかすめて、楓の笑った顔を思い出した。
遥か昔のように感じて切なくなった俺は、帰宅したあと何も考えないようにすぐに眠りについた。
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