茜空

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綾が亡くなって一週間が経った。
綾が居ない生活は何も無かったあの頃の生活への逆戻りのようで。

あの日野々宮が持ってきてくれた金魚は、うちで飼う事になった。その金魚に餌をやりながら、ぼーーっと考える。何を?綾はもういないのに。何を考えることがあるのだろうか。
せめて50個の“したいこと”は叶えてあげたかったなぁ。
……そう言えばあのノートは何処に行ったのだろうか。途中から叶えるのが難しくなっていたから話題に出さないようにしていた。
43個目以降、綾は何を書いていたんだろうか。
もう綾には会えないし、ノートを見ても辛いだけだと分かっているのに、どうしても気になって僕は綾の母親に連絡した。
そして、病室にあったという桃色のノートを渡してくれた。僕に持っていて欲しい、と。
ありがたく受けとって、家に帰り、深呼吸してから開いた。


40個目までは見たことがある。
室内要素が多かったものを書き換えていたので二重線で消したりしている。
出来た“したいこと”に一言コメントのように付箋で感想が書かれている。これは初めて見る。彼女らしくて可愛いコメントがたくさんで、微笑ましい気持ちになってパラパラとページを捲っていたが、後半に差し掛かり僕は驚いた。
41個目から、ペンの色が変わっていた。
最初にノートを渡した時、彼女は沢山沢山思いついた様子でノートに書いていた。恐らく50個なんて優に超えていたと思う。でも40個までしかあの時は書いていなかったということで、つまり彼女は、41個目以降、叶えられないと思っていたんだろう。でもよく見ると、41個目に鉛筆で書いたのを消した跡がある。
本当は諦めていて、叶えられないと思って、いつでも諦めて消せるように、無難なものに変えられるように、鉛筆で書こうとしていたんだと思う。だけど、信じて、消えないボールペンで、書き直したんだろう。彼女の強い、生きたいという気持ちを感じた。…僕は上を向いて、少し経ってからページをめくり出した。

……

43個目 

一年記念日のお祝いがしたい。

これは叶えられた、良かった。
大したことをしてあげられなかったのを悔やんでいたが、彼女は喜んでくれたみたいだ。
「瑞樹くんの生まれ育った街が見れて、嬉しかった。瑞樹のお父さんにも会えた、結構渋いイケメンだった!瑞樹くんもあんな感じになるのかな…?」

父さんは綾にとっては渋めのイケメンに見えてるんだな……俺にはただの父さんだけど……



44個目

また4人で遊びに行きたい。



45個目

海で泳ぎたい



46個目

夏祭りにもう一度行きたい



47個目

瑞樹くんのお嫁さんになりたい。



48個目

瑞樹くんとずっと一緒に居たい。



49個目

春香ちゃんと野々宮くんに瑞樹くんをお願いしたい。



50個目

瑞樹くんに幸せになって欲しい。


気付かないうちに僕の目からは涙が溢れていた。叶えられなかった悔しさが込み上げてくる。
よくみると49個目の所にも付箋がついている。

「春香ちゃんと野々宮くんに直接お願い出来た!これで悔いは無い!」

直接……?僕は野々宮に電話した。

「……あの花火大会の日の朝、瑞樹くんが来る前。僕と春香ちゃんは、綾ちゃんに呼ばれて先に病室にいたんだ。私に何かあっても、私がここから居なくなっても、瑞樹くんのことをお願いします。瑞樹くんがずーーーっと私の事引きずってたら引っぱたいて。50個の私のお願い叶えるって言ったでしょ、って。特別に45個で許してあげるから、その代わり他は絶対に叶えてよ。絶対、幸せになって。って………」

野々宮に礼を言って、静かに通話を切った。俺はもう涙なのかなんなのかわからないぐらいぐちゃぐちゃに泣いていた。

……

泣き疲れて寝ていたのだろうか、気付いたら朝日が窓から差していた。
…ノートを仕舞おうとして、付箋が2枚重なっていたことに気付いた。

「最後のページ」

急いでノートの最後のページを見ると、そこには封筒が貼り付けられていた。可愛らしい、花柄の封筒だった。



瑞樹くんへ

この手紙を読んでいる時、私はこの世にはもういないでしょう。……なーんて、こういうのやってみたかったんだけど辛気臭いからやめやめー!!
瑞樹くんはさ、私にめっちゃお花のイメージ持ってるっぽいので(お花は可愛いから私も好きだよ)花柄の便箋にしてみた!どう?かわいい???
瑞樹くんへの愛はきっと伝わってると思うし、直接伝えられたと思うけど伝えきれてなかったら無念すぎるのでここに全部書きます。
本当に本当に出会ってくれてありがとう。
あの日人生を終わらせようとしていた私は、瑞樹くんのお陰で明日が楽しみになりました。瑞樹くんのお陰で、死ぬのが怖くなりました。貴方と出会えたから、最後の最後まで、幸せに“花園綾”として人生を楽しめました。瑞樹くんは私の事が好きで好きでたまらないから、きっと今すぐこっちに来たいと思うんだけど、やめてください。迷惑です。もうちょっと1人の時間欲しい~!!!
なーんて。本当は1人は寂しいです。
けどちょっとなら平気です。多分お空の上では下界の数十年なんて一瞬です笑 なので寿命でこっちに来てください。
それと、私のこと引きずり過ぎないでください。でもすぐに忘れられると悲しいです。
付箋に悔いはない!とか書いたけどありまくりです。
本当は私が瑞樹くんの傍に居たかったし、橘綾になりたかったし、ずっと一緒にいたかったです。けど私は思ったんです。瑞樹くんがこっちに来てからずっと一緒にいればいいかな~って。なので綾は上で待ってます。でも綾は幸せの絶頂の時にこっちに来たので、瑞樹くんもきっと幸せで幸せで仕方なくならないと綾と同じところには来れないと思うんです。なので、暫くしたら綾の事は忘れて……うそ、忘れないで。片隅に置いててほしい。でも誰かと幸せになって下さい。最後までわがままでごめんね。
瑞樹くん、本当にありがとう。愛してる。またね! 

P.S.あんまり早くこすぎないでね

綾より



泣いているのに笑顔になってしまった。
本当に最後の最後まで綾は綾だった。
こちらこそありがとう、綾。またね。
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