茜空

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8月になっても綾の容態が良くなることはなかった。それどころか悪化していて、一日中ベットの上で過ごすことも少なくなかった。綾は段々弱気になることが多くなっていた。それでも僕も、春香も、野々宮も諦めてなかった。
「お祭り、行くって約束したでしょ。」と春香が声をかけると 綾は弱々しく 「うん。」と頷くのだった。
去年行った物とは違うが、病院の近くで花火大会が行われるらしく、病室の窓から綺麗に見えるらしい。綾は夏に入院する事が無かったから知らないらしく、サプライズ大作戦を考えた。
僕が何食わぬ顔で綾の病室に行き、一緒に花火を見る。その後屋台で春香がいちご飴を買ってきて、野々宮が金魚を取ってくるのだ。少しでも綾に笑顔になって欲しくて、3人で考えた事だった。



8月20日 いざ、決行の日。

いつも通り病室に行き、いつも通り緩く日常を過ごした。いつもと違うのは少し、綾の体調がいつもよりも悪かった。心配になったが不安な気持ちを顔に出したくなくて必死に耐えた。
「そろそろ暗くなるから帰らないと、」と綾が言うので
「今日はまだ帰らなくていいんだよ」と言った。
「え?」と言うが早いかタイミングよく花火が上がった。
「わ、」 「へへ」
「花火………?綺麗……」
「去年のとは違うけど、近くで花火大会があるって言うから、もしかしたら見れるかなーて思って、看護師さんたちに聞いたらビンゴだった」
「なんで内緒にしてたの、」
「サプライズ!」
「もう……」綾は少し頬をふくらませたあとすぐに緩ませた。僕はベットに腰掛けた。綾が肩にもたれかかる。
「ありがとう」
「どういたしまして。…て僕は何もしてないけど笑」

「………あのね、本当はあの日、出会った日、私死のうとしてたんだ」
「…うん」
「本当は病気、辛くて。」
「うん」
「こんなに辛いのに治療しても治らないって言われて」
「うん」
僕は静かに彼女の手を握った。
「治らないのに治療する意味もわかんないし、どうせ一年間辛いだけなら今死んじゃえ、って思ってた」
「……」
僕は何も言わずただ彼女の手を握っていた。
「あの公園さ、昔元気だった時によく友達と遊んでたんだ。でもね、病気になって、すぐ倒れちゃうから 遊べなくなって、友達も皆離れてって」 
「それでも、頑張って生きてたけど、段々何のために生きてるのか分からなくなって」
「あんなに綺麗なお花が沢山咲いてるのにさ、ほとんど誰にも見られないの、何のために咲いてるんだろうなぁとか思ったらなんだか親近感が湧いてきて」
「それで、あそこで死のうと思ったの」
「ふぅん、」と僕は返した。最早これは僕と綾との合言葉のようなものになっていたから彼女は笑って、
「あと少し、瑞樹くんが来るのが遅かったら飛んでたかもなぁ、」と言った。
僕はまた「ふぅん」とだけ返した。
「だからね……ありがとう」
「瑞樹くんのお陰で、この一年とちょっと本当に楽しかった。もっと生きたいなって思えた。未来の話が出来るようになって、明日が楽しみになった。人を好きになるって事を知った。春香ちゃんと野々宮くんと出会って、友達を知れた。……本当は皆とずっと一緒に居たかったな、」

「……ずっと一緒にいるじゃん」

「………ありがとう、瑞樹くん。愛してる。」

「………僕も愛してる。」

照れくさかったし、普段ならきっとなんだよ急にって茶化してただろう。けれど今は何故か、ちゃんと、今伝えないと一生後悔する気がした。ただ2人で花火を見ていた。やがて最後の花火が上がって__________



綾は息を引き取った。



すぐに医者が来て、応急処置を施したが無駄なことだった。綾はとても、穏やかな顔をしていた。僕もなんだか、きっと実感がわかなかったんだと思うけれど、とても穏やかな気持ちで、不思議な感覚だった。
綾が喜ぶと思ってにこにこでいちご飴を持ってきた春香と、俺の代わりに射的でぬいぐるみまで取ってきてくれた野々宮が戻ってきてから泣き崩れるまで僕にはスローモーションに見えていた。何だかとても、時間の流れがゆっくりだった。

……

お通夜があって、棺桶に入った綾を見て ああ、本当にもう会えないんだな、と思って、そこからストッパーが外れたように涙が止まらなくなった。春香も今まで見たことがないぐらい泣いていたし、野々宮なんてもう顔がぐちゃぐちゃだった。きっと僕も人の事は言えないと思うけど。綾は生前、自分が亡くなったら僕から貰ったワンピースを着せて欲しいと言ったらしい。本来は死装束を着せるものだと思うが、綾の両親が綾の意思を尊重してくれたみたいで、想い出のワンピースを身に纏っていた。首には僕のあげたネックレス、指にはお揃いの指輪が光っていた。この世に2つしか無いもので、綾の母親にも持って帰るか聞かれたけれど、僕は綾に持っていて欲しかったから断った。何となく、僕がそっちに行った時に なんで綾の指輪持ってったの、って頬をふくらませて怒られそうな気がして。春香の買ってきたいちご飴と、ぬいぐるみも棺桶に入れた。心の準備なんて当たり前に出来ないまま皆で綾を送り出した。何度も何度も、聞こえないだろうけど、綾に愛してると伝えた。

明日なんて当たり前に来ると思っていた。
来る明日には傍に彼女が居てくれると思っていた。
そんなのは僕の妄想であって、希望であって、叶わない事だった。
それでも僕は綾と一緒にいる明日を諦めたくなかった。
ずっと、綾と一緒にいたかった。
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