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消しゴム
しおりを挟むやばい、やばい、やばい。
心臓がこれでもかと言うほど高鳴っている。手の平に握りしめた消しゴムは温かさを増していき、「はなせ、はなせ」と僕に訴えているようだ。
なんの模様もない白い消しゴム。そこには下手な字で「山田太郎」と書いてある。山田君は隣の席に座っている男の子だ。喋り方が乱暴で、正直あまり好きじゃない。
チラリと隣を見る。どうやら教科書の隅に落書きをしているらしい。先生の顔と教科書を交互に睨んでいるからきっと、先生の似顔絵でも書いているのだろう。
真面目に授業を受けているわけでは無いみたいだけど、いつ消しゴムを使いたくなるのかは分からない。一刻も早く返さないと。
いや、待てよ?
授業が始まってからもうすぐ20分。僕が筆箱を開けたのは授業が始まってすぐだ。てことは今返したら、人の消しゴムを20分間も黙って隠していたってことにならないか?
それは不味い。僕がそんな性格だと思われたら山田君からどんな仕打ちを受けるか……
あれはつい先週のことだ。僕の友達の美咲ちゃんが上履きを隠されたとき、隠した犯人だった男の子の前に仁王立ちした山田君。きっと厳しく注意するんだろうなと、ビクビクしながら様子を見ていた僕の目に写ったのは、綺麗な直線を描くように放たれたパンチだった。
「ぐえっ」と変な声をあげて吹っ飛ぶ男の子。険しい表情で睨みつける山田君。
慌てて止めに来た先生に連れていかれ、その後どうなったのかは分からない。ただ、山田君の凶暴性を表すには充分な出来事だと思う。
さて、回想に浸っている間に状況はまた一つ悪化した。山田君が筆箱の中を漁りだしたのだ。しばらくたつと、今度は首を傾げながら机の下を覗き始めた。
見つからなくて当然だ。何回でも言うが、消しゴムは僕が持っているんだから。そっと手のひらを開き、ため息をつく。
「なあ」
その声が聞こえた瞬間、人生で一番の反射神経を発揮した。消しゴムを握りしめ、乱暴に机の中に突っ込む。
「な……何?」
「いや、俺の消しゴム知らねえかなと思ってさ。何そんな慌ててんの?」
良すぎた反射神経が仇となったか。山田君が僕の机を凝視する。
「お前、持ってるだろ」
山田君の声がワントーン下がったのが分かった。手をこちらに差し出してくる。この上に置け、ということなのだろう。これ以上は隠しきれないか……
一回、二回深呼吸して、机から手を出す。そうだ、そもそも返すために色々考えてたんだ。何も怖がることはないさ。これですっきりするや。
「他人を傷つけておいて、ヘラヘラしてるやつは絶対に許さない」
山田君がパンチした後に言った言葉が頭をよぎる。
「ご……ごめんね?」
情けないことに涙目になりながら、山田君の手に消しゴムを乗せる。
「……温かい」
「本当にごめん。いつ返そうか迷って握ってたから……」
「なんだそれ、変な奴」
山田君が小さく笑った。あれ? 怒ってない?
「あ、一応言っておくけど結構ムカついてるからな」
その一言で、少しだけ回復した僕のテンションは真っ逆さまに落ちていく。
「だから」と山田君は言葉を続ける。
「これからは俺と一緒に登下校しろ。それで許してやる」
僕の楽しい学校生活は終わりを迎えたようだ。きっと毎日叩かれたり、蹴られたりするんだ。恐る恐る山田君の顔を覗き込むと、これでもかと顔を真っ赤にしている。あぁ、凄い怒ってるよ……
憂鬱な気分のまま、その日の授業は終わった。
「先に廊下行ってろ。後から行く」
私は無言で頷き、廊下へ出る。
俺は、ダッシュで友達のもとへ向かう。
「お、山田。あの作戦どうだった?」
「筆箱に消しゴム入れたり直接話すのは緊張したけど、大成功だぜ!」
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