リグレット

たぬきよーぐると

文字の大きさ
上 下
1 / 4

後悔

しおりを挟む

 朝6時、枕元にある目覚ましの音でなんとか目を覚ます。スーツに着替えたり、ひげを剃ったりして適当に身支度を整え、20分後には家を出る。

 玄関のドアに手をかけたとき、ふと昨日届いたハガキを思い出した。靴箱の上に置いてあるそれを手に取る。表には幼なじみと知らない男の名前。裏には出席や欠席の文字と一緒に、キレイな花の模様が描かれている。

「そうちゃん!」

 彼女はいつも僕をそう呼んでいた。ちゃん付けはやめてくれと何度も言ったが、幼稚園から高校まで結局その呼び方は続いた。

 ……いや、正確には高校1年の秋までか。ある日を境に、僕と彼女は全くと言っていいほど関わりが無くなった。

 原因は僕にある。身勝手で、わがままで、どうしようもなく子供みたいな理由で彼女を泣かせてしまった。

「ごめんなさい……」

 絞り出すように小さく、震える声で発せられたその一言は、三年経った今でも僕の耳に鮮明に残っている。

「よかった。紗希は幸せになれるんだね」

 そう呟き、ため息をつく。傷つけて逃げだしたくせに、上から目線で何を言っているのだろうか。あの頃から変わらない、情けない自分に腹が立つ。

 一言だけでも直接会って謝らないと……

 仕事のスケジュールを確認し、結婚式の日付と照らし合わせる。その日は丁度、大切な会議が入っていた。

 仕事だからしょうがない、そう自分に言い聞かせ、欠席の文字に小さく丸をつけ、僕は会社へ急いだ。







 体力が小学生並みの僕でもできそうな仕事をと探して、今の職場に辿り着いた。福祉器機をレンタルする会社の事務で、主な仕事はパソコンとにらめっこだ。

 だが一つ誤算があった。1日同じ姿勢で座っているだけでも筋肉は使うらしい。いつも帰る頃には身体のあちこちがギシギシと悲鳴をあげる。

 カバンを手にフラフラと立ち上がり、帰路につく。ちゃんと定時で上がらせてもらえるあたり、ここは恵まれた職場なのだろう。

「はぁ……」

 肩を小さく回しながら、重い足を進める。ビルの影から抜けた途端、夕日が僕の視界をオレンジに染めた。

 思わず目を細め、視線を下に落とす。近くを流れる川に乱反射した夕日は、建物や街路樹、空を飛ぶ鳥まで明るく照らしている。
 
 僕のすぐ隣を、自転車に2人乗りした高校生が追い越していく。汗だくになりながらペダルを踏む男の子と、笑顔で後ろから背中を叩く女の子。恋人同士なのだろうか、それとも友達なのか……どちらにせよ仲が良いことに変わりはない。

 「……戻りたい」

 不意をついて出た言葉に、思わず苦笑いをする。社会人にもなって何を言っているのか。

 高校時代、彼女を泣かせてから何度願ったか。あの頃の僕は一度も謝りもせず、顔も合わせようとせず、なるべく楽に事を解決しようとしていた。

 時間が戻るなんて夢みたいな話、あるわけがないのに。



「――さん」

 はぁ、と今日何度目になるか分からないため息をつく。働くようになってから一気に老けた気がする。


神木かみき颯太そうたさん」

 突然後ろから名前を呼ばれて足を止める。いや待てよ、僕の近くにいる誰かを呼んでたってオチじゃないか?

 なんてことを想像して振り返るのを躊躇っていると、

「あの、あなたです。今足を止めたあなた」

 もう一度さっきと同じ声がした。

 恐る恐る後ろを向くと、そこにはスーツを着た50歳ぐらいの男が立っていた。髪の毛や髭は短く切られ、清潔感のある見た目はしているが、それらを帳消しにするほど濃いクマと痩せこけた頬が目立っていた。

「時間がありません。落ち着いて聞いてください」

 そう始まった彼の言葉は、あまりに衝撃的なものばかりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

野球の王子様3 VS習志野・練習試合

ちんぽまんこのお年頃
青春
聖ミカエル青春学園野球部は習志野に遠征。昨年度の県内覇者との練習試合に臨むはずが、次々と予定外の展開に。相手方のマネージャーが嫌味な奴で・・・・愛菜と取っ組み合い?試合出来るの?

隣の席の関さんが許嫁だった件

桜井正宗
青春
 有馬 純(ありま じゅん)は退屈な毎日を送っていた。変わらない日々、彼女も出来なければ友達もいなかった。  高校二年に上がると隣の席が関 咲良(せき さくら)という女子になった。噂の美少女で有名だった。アイドルのような存在であり、男子の憧れ。  そんな女子と純は、許嫁だった……!?

《松葉杖のスピードじゃねえ》

三輪
青春
待ってくれ、青春ってなんだったっけ?

イケメン少女と子犬王子

星名柚花
青春
覗きを働いた男子に鉄拳制裁したり、体調不良の女子をお姫様抱っこで保健室に連れて行ったり。 そんなことをしているうちに、湖城あやめは女子からモテまくるようになった。 どうやったら女子じゃなく男子にもてるようになるのか。 私だって青春したいのに!! 悩んでいるとき、あやめは不良に絡まれていた美少年を助けた。 美少女と見紛う美貌の彼は、あやめに興味を示し…?

アシスト

My
青春
私立響学園。そこは世界有数のスポーツ校だ。今、男子校から共学校へと変わり、新たな一歩を踏み出そうとしている。

いろいろあって、俺の進路希望調査票はまだ白紙のままである。

たま「ねぎ
青春
 高二の春・・・部活、遊び、友人関係、恋愛・・・・とにかく、周りは青春真っただ中。  榮倉右代(えいくらうしろ)は窓から彼らを眺めつつ、いつまでも白紙のままの進路希望調査票の上に伏していた。  「―――じゃあいっそのこと甘沢咲菜さんの家に婿入りします、っていうのはどう?」  いつの間にか、幼馴染が前の席で面白そうに自分を眺めていることに気が付く。  今考えてみれば、俺の最初の選択肢は、この幼馴染の冗談じみた提案だったように思える。  「―――私は、きみと仕事がしたいんだけど」  同級生のモデルは、俺と仕事がしたいらしい。は?なんじゃそりゃ・・・。  「―――私と一緒に、都心の大学に行かない?」  白魔女の異名を持つ天才テニス少女は、大学進学か・・・は?俺と?なんで?  「―――正直に言うとさ、私はきみが欲しいんだ」  全校生徒のあこがれ・・・なんでもこなす才色兼備の先輩は、俺が欲しいって?おいおい、ちょっとまてくれ・・・!  だからあの・・・俺は!  ・・・・・あれ、なにがしたかったんだっけ?  ―――これは、長い間白紙状態だった、一人の男子高校生の進路が決まるまでの物語である。

夢で死んでしまう君が、現実で死んでしまわぬように

桐条京介
青春
その日見たのは、クラスメートの美少女が事故死するリアルな夢だった。 転校してきた初日に、大樹が「初めまして」と挨拶した直後に平手打ちを見舞ってきた美少女こと瑞原愛美。 その愛美に関する夢を翌日以降も見て、事故死以外のものが現実になっていき、大樹は不安になって愛美へ忠告する。 そのかいあって事故の現場へ近づかないようにしてもらえたが、今度は違う場所で愛美が事故死する夢を見てしまう。 夢のはずなのにどこまでも現実になろうとする事故。愛美とその家族の確執による身の破滅。助け続ける間に、片想い中の少女との間で揺れ動く気持ち。 祖父に貰った人形に見守られながら、大樹は青春というにはあまりにも血と死のにおいが濃い日々を駆け抜けていく――。

乙女三年会わざれば恋すべし!

楠富 つかさ
青春
 同じ小学校を卒業した幼馴染同士だけど、中学で離れ離れになってしまった。そして三年ぶりに再会する少女二人。  離れていた時間があるからこそ、二人の少女の恋心は春よりも熱く、強く、熱を帯びる。

処理中です...