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戦慄のカニ

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 昔々、柿の種を拾ったサルが、美味しそうなおにぎりを持ったカニに出会いました。


 サルはカニのおにぎりが欲しくなり、カニにずるい事を言いました。


「この柿の種をまけば、毎年おいしい柿がなるよ。どうだい、おにぎりと交換してあげようか?」
「うん、ありがとう!」


 カニは大喜びで家に帰り、さっそく柿の種をまきました。


 せっせと水をあげ、あらかじめサルに教えられていた歌を歌い始めます。

「早く芽を出せ柿の種♪ 出ないとはさみでほじくるぞ♪」

 しかし1番を歌い終えると、カニの表情は暗くなり、黙ってしまいました。

「これから頑張って大きくなろうとしているのに、そんな脅しみたいなこと……」

 とても心の優しいカニです。土の中に埋まる種に謝り、その場に座りました。



 するとどうでしょう。いきなり地面が揺れだし、小さな芽がでてきました。すぐに芽は大きくなり、太く、太く成長していきます。

 数分後には、カニの目の前には大きな柿の木がそびえ立っていました。

(心優しいカニの子よ。あなたの優しさのおかげで、私はここまで成長できました)

「こ……これは……柿の木さんの声……?」

 にわかには信じられませんが、周囲に他の生き物はいません。カニは驚きながらも、照れくさそうに鼻をぽりぽりとかきました。

(さあ、たくさんお食べ下さいな。ただしまだ緑色のものは取らないでください。無理やり取ると泣くほど痛いので……)

「うん! ありがとう柿の木さん!」

 生い茂る葉っぱ。その所々に、美味しそうに熟した柿が実っているのが見えています。


 しかしここで問題が発生しました。なんとこのカニ、木登りができません。

(お、大きくてごめんなさい……)

「僕こそ小さくてごめんなさい……」

 どうしようかと悩んでいると、柿の種をくれたサルがちょうど通りかかりました。

 

「ありゃ、もう柿が実ったのか。よしよし、おいらが代わりにとってやろう」

 そう言うとサルはスルスルと木に登り、自分だけ赤い柿の実を食べ始めました。

 しばらく待っても下に柿を落としてくれないサルに、カニは言いました。

「僕にも一つくださいな!」

「……は?」

 サルの顔から、笑みが消えました。しかしカニは気づきません。

「サルさーん! 早くー!」

「…あぁ、分かったよ」

 サルは近くにあった、まだ青い柿をむしり取りました。

(痛っ!!)

「柿の木さん!」

 ――ヒュン

 慌てて柿の木に近づこうとしたカニさんの頬を、何かが撫でました。

「……えっ?」

 恐る恐る自分の顔を触ると、頬からは透明の汁が滲んでいました。驚いて言葉の出ないカニさんに、サルはさらに追撃をかけます。

(痛い! 痛い!)

「くっ……やめてよカニさん!」

「うるせえ! 騙される方が悪いんだよ!」

 次々と青い柿をむしり、カニへ投げるサル。その顔はもう、カニの知るサルではありません。

 反撃することも出来ず、カニはその場にうずくまりました。

「サルさんがこんな奴だったなんて……僕はバカだ……なんてことを……」

(痛いよ……カニさん……)

 絶望し、ひたすら攻撃に耐えるカニの頭に、柿の木の悲痛な訴えが響きます。

(……助けて……)

「ぼ……僕にはどうすることも……」

(カニさん!)

「……?」

 急にはっきりと名前を呼ばれ、カニは顔を上げました。


 その目に写ったのは、残り一つとなってしまった青い柿に手をかけられる柿の木の姿でした。

「あ、あぁ……」

(私は……カニさんに会えて良かった)

「僕は……僕は……」

(カニさんが頑張ってくれたから、ここまで大きく成長できた)

「ごめん……ごめんなさい……」

(そんな謝らないでよ。……あ~あ、一つぐらいカニさんにも私の柿食べて欲しかったなぁ!)

「柿の木さん……なんで君は……そんなに笑っていられるの?」

 柿の木なので、顔なんてありません。

 それでも、カニの目には確かに見えました。


 激痛で話すことすら難しいはずなのに、そんなことを一切感じさせない、キレイな笑顔を浮かべる柿の木の姿を。

(だって……好きな人とはさ、最後は笑ってさよならしたいでしょ?)

「か……柿の――」

「はい、時間切れ~」

 カニの言葉は、サルによって遮られました。

「はぁ~長いんだよお前ら! どこの恋愛ドラマだ!」

「……」

「思わずむしっちゃったわ!! 最後の柿の実むしっちゃったよ! 青いけど!」

 ひゃーひゃっひゃっひゃ!

 サルは笑いました。とても楽しそうに。とても面白そうに。

「……なあサルさん」

「……あぁ?」

「そんなに楽しいかい? 弱いものいじめは」

「ああ! とても楽しいよ!」

 サルの笑いは止まりません。

「そうかい……」

「ちっ……つまんねえなぁ。もういいや」

 カニの反応が気にくわなかったのか、サルは不機嫌そうに手を振りかぶりました。

「オラァ!!」

 サルの手から青い柿が放たれました。木の上からという高低差に加え、サル本来の身体能力も相まって、柿はかなりの速度でカニに迫ります。





「……遅いよ」

 ポトッ



 サルには理解できませんでした。

「今お前……何をした?」

「何をって、柿を切ったんだよ」

 サルの目には確かに見えていました。青い柿がカニの顔にぶつかる瞬間、右手のはさみで切り裂いた瞬間を。

 あのノロマなカニに? 自分の全力の攻撃を? 避けられた?

 サルの頭の中は、怒りと屈辱に支配されました。 

「ふざけるなぁぁぁ!!」

 木から飛び降り、適当な石を掴んでカニに放ちます。

「もう見切ったよ」

 カニは右手を前に出しました。石は一直線に手へ吸い込まれ、呆気なく砕け散ります。

「なんでだ! お前のどこにそんな力が!!」

「君はカニの握力を知ってるかい?」

「な、なんだよ……」

「生卵を潰すには、握力約60キロ。リンゴは約70キロ。ここらへんの石なら握力150キロぐらいあれば潰せるかな」

「だからなんだよ!!」

 ――カニの主となる武器は、2つの手である。


「僕の名前はノコギリガザミ」

 厳しい自然界で生き残るため、生き物たちは己の武器を磨き続けてきた。

「は? カニはカニだろ」

 もちろん、カニも例外ではない。

「僕の握力は……800キロさ」

 木の根本を掴み、手首を捻った。

「な……なんだよお前!」

「こんな木、もういらないもんね」

 さぁ、反撃の時間だ。
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