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最終決戦

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 空には暗雲が立ち込め、絶えず鳴り響く稲妻が地面を焦がす。その地は荒れ果てた砂漠が続き、動物が生きるには過酷過ぎる環境だろう。

「まさかここまで追い込まれるとは。さすが勇者といったところか」 
 
 遠くに見える崩れかけの建物を見ていた男は、小さくため息をついて視線を落とした。 
 
「……なんで死なない?」 
 
 視線の先では、不愉快そうに眉を細める一人の少女の姿が。その手には金色に輝く剣が握られており、切っ先は男の腹を貫いて天を向いている。
 
 
「まあ魔王だしな」 
 
「魔王なら早く死んで。勇者の聖剣で貫かれたら消滅するって書いてあった」 
 
 刺されたままあくびをする男に、さらに不快感を露わにする少女。 
 
 彼女の名はルナ・レスティヒ。ごく普通の家に生まれ、魔王を倒すために育てられた勇者である。 
 
「いつの時代の話だ。そんな分かりやすい弱点を放置するわけないだろう」 
 
 呆れたように首を振る男。この男に名前はない。仲間からは畏敬をこめて、敵からは畏怖の念をこめて「魔王」と呼ばれている。 
 
「これ以上お前を倒す手段はない……あとは抵抗しながら殺されるだけ」 
 
「ふむ、では俺が貴様を見逃せばどうなる?」 
 
「魔王を倒せない勇者に使い道はない……つまりはそういうこと」 
 
 グッと唇を噛む様子を見るに、死にたくないという意思はあるのだろう。 
 
「少し意外だな。あれだけ無表情で剣を振っていたから感情が無いのかと思ったぞ」 
 
「むっ失礼な奴。私だって一人の人間だ」 
 
「だが周りから見ればお前は化け物に近いだろう」 
 
 魔王の言葉を聞いた少女は目を見開いた。 
 
「私は……人間だ……」

「ああ」

 剣を持つ手に力がこもる。

「戦いだって本当はしたくない……」

「そうか」

 魔王からゆっくりと剣を引き抜いた少女は、力なく仰向けに倒れた。

「はぁ~疲れた……生まれ変わったら鳥になろう」

「勇者からかなりランクダウンだな」

 つい数分前まで命がけの戦いをしていたはずなのだが、勇者はもちろん、魔王からも殺気は消え失せていた。

「……私をどうするつもり? 殺すつもりは無いみたいだけど。奴隷? 人質?」

 寝転がったまま、視線だけを魔王に向ける。碧玉色の瞳に、不敵な笑みを浮かべる魔王が映った。

「どうせ死ぬなら俺と来い」

「……バカにしてる?」

「俺がこの世界に魔王として生まれてからちょうど100年。今日まで城から出たことすらなかった。俺と対等に戦えるのは勇者であるお前だけだからな」

 少女に手を差し出しながら、魔王は言葉を続ける。

 「俺は勇者に刺されて死んだ……ことにする。これからは世界中を旅でもしようと思ったが、一人旅はいささかつまらない」

 「むぅ……隙があれば私はまたお前を殺そうとするかも」

「ふん、少しぐらい危険なほうが楽しめるさ」

 笑みを崩さない魔王と、その顔をじっと見つめる少女。

 先に折れたのは少女だった。

「……これからも魔王の力は健在。人類最強の私が見張らないと」

 差し出された手を掴み、「よっこいしょ」と声をあげながらゆっくり起き上がる。自分を律する発言とは裏腹に、少女はとても穏やかな表情だった。

「若干喜んでないか?」

 「うるさい……せっかくだから私も今日で死んだことにする。これからは正真正銘ただのか弱い美少女」

「自分で美少女っていう人間を初めて見たぞ」
 
 呆れる魔王をよそに、自身の言葉に「ふっふっふ」と気味の悪い笑いを見せる少女。しばらく笑うことがなかったためか、少しぎこちなさのある笑顔である。

「少し離れてて」

 少女はそう言うと、手に持っていた聖剣を逆手に持ち替えた。そしておもむろに剣を高々と掲げて――

「ふっ」

 短く息を吐きながら、勢いよく振り下ろした。

 驚いた魔王が慌てて距離をとる。音を置き去りにする速度で地面に突き刺さった聖剣は、その実力を遺憾なく発揮していく。少女を中心に砂嵐が吹き荒れ、巨大な地割れがあちこちに現れた。

「まだ、まだ足りない」

 剣を握る手に力を込めれば、その想いに答えるかのように聖剣は輝きを増していく。

「えいっ」

 小さいかけ声と共に、少女は剣を更に深く突き刺した。

 一瞬で辺りは静けさを取り戻し、頭上で雷が鳴り響く音だけが残っている。その足元では、聖剣の柄だけが地面からのびていた。

「勇者はここで死んだ。次にこの剣が見つけられ、誰かの手によって抜かれるまでこんな不毛な争いは起きない……ことを願う」

「なるほど。だが急にやるのはやめろ」

「……驚いた?」

「この俺が驚くわけないだろ」

 いつの間にか近くに戻ってきていた魔王と軽口を叩く少女は、とても清々しい顔で額の汗を拭った。

「俺も記念にやっておくか……」

 空を見上げた魔王が呟く。

「なにを?」

 少女の質問を無視し、魔王は右手でデコピンをする構えをとり――

「ふんっ!」

 空に向けて放った。

 その直後、頭上を覆っていた黒雲に小さな穴が空き、一筋の光が地面を照らした。

 恐らく、自身の全力を出せる機会は今日が最後なのだろう。それを少女は分かっていたから先ほどの行動に出た。

 そして魔王も、考えることは同じだったらしい。

 地面を照らす太陽の光は段々と太くなっていき、雷鳴が遠く離れていく。数秒後には、今までの天候がウソのように晴れ渡っていた。

「よし、それでは行こうか」

「うん」

 二人は適当な方向に歩き始めた。近くの町まではかなり遠いが、二人なら問題ないだろう。

 つい最近まで、世界最強の魔王と勇者だったのだから。
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