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北の大地にて

03 面会と興味

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 不和ミドリとの面会を行った。

 彼女は金原優子や土屋茜が予想していたよりも健康体だった。精神的に病んでいるという懸念も払拭した。

 少し談笑し、土屋茜は『どうしてアイドルを辞めたのか』を訊いた。

 金原優子としてはリーダーである自分から訊くのがセオリーだと思わないでもないが、口には出さなかった。出したとことで話が横道に逸れるだけであり、何より土屋茜よりも不和ミドリに対し心配・配慮という気持ちが欠けている理解していたからだ。

 何故か? ――その質問に彼女が迷いなく答えられる。

 ――『どうせ、いつか解散するから』

 アイドルは短命だ。殊更『エンジェリング』は天使の少女をモチーフにしている。少女らしさが損なわれては天使というイメージが崩れてしまう。

 それは少女から大人へ変わり始めの魅力と言う人もいるだろう。金原優子もそれは理解している。

 では、次の問題。その線引き――つまり、引き際はいつか?

 答えは判らない、判るものでもない。唯一判るとすれば、ギリギリのタイミングを狙ってはいけないということだ。線を越えないために、余裕を持ってアイドルを引退する。

 それが、金原優子のビジョンだ。

(まさか、ミドリちゃんに先を越されるとは思わなかったんだけどね~)

 謎の敗北感を抱きながら、金原優子は今日、不和ミドリと面会し――そして、彼女からの回答を待っていた
『あ~~~』と間延びした声が聞こえる。どうやって答えればいいのか、言葉を選んでいる感じだ。

「え~と、ね。逆に聞きたいんですけど、アイドル続ける理由あります?」

(――――!!)

 困惑する土屋茜を他所に、金原優子はこのとき初めてという少女にを持った。

「何を言っているの!? 続ける理由ってなに? 私たちナンバーワンになったんだよ!」

 悲鳴のような声――いや、これは土屋茜の悲鳴だ。

「アイドルを目指して、沢山練習して、沢山努力して、テレビに出られて、ナンバーワンにまでなったんだよ!? 今まで頑張ってきたじゃない!!」
「――――そう、それなんですよ。それ!」
 
 声を高くして不和ミドリは言う。

「ナンバーワンになった――つまり、天辺まで行ったって意味ですよね? 辞めるタイミングとしては私的には最高なんじゃないかな~って。いや、まだまだアイドルとして働ける自信は有りますよ? でも、いつかは辞めないといけないじゃないですか? だったら、まだやり直しが効く方がいいじゃないですか!」

 どこかウキウキで話す不和ミドリを――金原優子はゾクゾクした。

 まるで、癖のあるアイドルと出会ったときみたいだ。そう口に溢しそうになった。

 逆に、土屋茜は化物を見るかのような目をしている。

「……やり直しって、何?」

 何とか口に出せた言葉に、不和ミドリは軽々と答える。

「よくぞ聞いてくれました! 実はですね――


 ◇ ◇ ◇


 不和ミドリの病室を出る金原優子と土屋茜。

 普段と変わらず華やかな雰囲気を崩さないでいる金原優子、それとは対比して土屋茜の雰囲気は暗かった。

 酷く気落ちしており、病人である不破ミドリよりも精神的に疲れているように見える。

 少し歩いて、雑貨や軽食が置いてある売店で小休憩をする。

「……あれは、私の知っているミドリじゃないわ」

 苦い缶コーヒーを握りしめながら土屋茜が言う。

「それ、ミドリちゃんに失礼ですよ」
「だって、そうじゃない!」
「声を静かにして下さい。ここ、病院」

 もう冷めきってしまった缶コーヒーを蓋を開け、一口飲んでから話し始める。

「ミドリちゃんは『エンジェリング』の中で、一番頑張ってきたのはリーダーも知っているでしょう! 子どもの頃からキラキラしたアイドルに憧れてて、その夢のために努力しているのが嬉しいって言っていたのに」
「私も耳がタコになっちゃうぐらい聞いたな~」
「そのミドリがアイドルを辞めるっていっているのよ、信じられないわ!」

 土屋茜の言葉に金原優子は「そうですね~」と同意する。

 アイドルとしての時間は短い――それを考えて引退するのは金原優子は理解出来る。むしろ、賛同する。

(賛同はするんですけど、なんとなく理由ではない気がするな~)

 直感だが、その理由はこの精神病棟にあると金原優子は考えている。

 そもそも、どうして不和ミドリが北海道の病人に入院しているのか。

 『MARSマーズ』の社長である佐山雄一はその理由を知らなかった。興味はあったはずだ、何せかなりお金と時間を使って創り上げたアイドルグループなのだから。そのメンバーの一人が滔々に辞めたいと言う――その理由を気にならないはずがない。

 ――だが、その本人は確か『知らない』と言っていた。それは、どうしてか?

 本当に知らないのか、それとも理由があるのか。

 知っているけれど答えたくない理由の場合――それは、規制という形等によって秘密にされていないことになる。そして、その理由はこの病院から調べ知ることが出来るのではないだろうか?

 いや、出来る――金原優子は言葉には出来ない確信を得た。

「茜さん、少し調べてみませんか?」
「調べるって何をよ?」

 返事した土屋茜は怪訝そうな目で金原優子を見る。

「ミドリちゃんが『エンジェリング』を辞める理由について、ですよ。彼女からはああやって説明されましたが、本当の胸の内はどうなのか、私はリーダーとして調べる必要があると思います」
「……リーダー的な責任を感じる精神性たまじゃないでしょ、あんた」

(さすがは長い付き合いなだけあるな~。私の胸の内が先にバレてしまっている)

 その的中率の高さに金原優子は感心してしまう。
 
「コラ。アイドルの言葉ではないですよ。なんですか、精神性たまって」
「あら? あんたにはお似合いの言い回しじゃない」
「リーダー侮辱罪があれば、即逮捕ですよ」
「どこの国の条例よ、それ。バカじゃない」
「…………目標が出来て元気が出るのはいいことですが、喧嘩っ気まで復活するのは辞めて貰ってもいいでしょうか? バカと言われて傷つきます」

 金原優子は基本失敗しない。芸能界に入ってからもそれは変わらなかった。

 その弊害か、ちょっとした罵倒には弱い傾向がある。

「……ごめんさない」

 それを把握していた土屋茜は素直に謝った。彼女が思っているよりも金原優子にダメージが入っていることも、なんとなくではあるが判っていた。

「はい、素直で何よりです。それでは、少し探偵さんの真似事でも始めましょう」

 売店で買った虫メガネを片手にポーズを決める。彼女が思う探偵象を反映させたものなのだろうが、さすがに虫メガネって古くはないだろうか―ーそう、土屋茜の喉まで出かかった言葉は、さっきの罵倒してしまった謝罪の意を踏まえ、口から出るのは防がれた。



 ※ ※ ※



 公開情報一部抜粋

 金原優子は基本失敗などしない。それは『テストに名前を書き忘れる』『野球のフライを取り損なわない』といった多岐のものに渡る。
 
 才能・天才と呼ばれるようになったのは金原優子が中学生になってからであり、そのときまで『失敗しない』ことは金原優子にとって当たり前のことだった。

 失敗は成長のきっかけであり――同時に成長のブレーキでもある。ミスをしない彼女はもしかしたら、誰よりも成長しているのかもしれない。
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