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北の大地にて
02 患者『不和ミドリ』
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『あいつに会わない方が良い』
『MARS』の社長である佐山雄一からの言葉だった。
――どうして?
当然、私は疑問を投げかけた。リーダーである私には知る権利がある。
『お前達『エンジェリング』にとって、あいつは毒になった。だから、俺もあいつの卒業を止めなかった。むしろ、心のそこではそれを勧めていた』
――毒ってなに?
『お前には一番縁遠いもの――いや、間違えた。お前にとって一番身近なものだ』
――それって、悪口でしょう。私、賢いんですよ♪
『ちっ。やっぱり判っていたのか。だったら、判るだろう。ミドリのことは放っておけ』
――嫌です。私、とーーっても気になります。
『…………まあ、お前個人として、会ったほうが色々と経験になるだろうがな。社長としては止めたいんだ。判るだろう?』
助けを求めるような、媚びるような目に私は心の中で唾を吐く。
――ダメダメですよ♪ だって私、ミドリちゃんに会うって決めました。
社長は目を曇らせる。色々と詰まらない言葉で私を止めようとしたが、私は折れなかった。
社長は目を曇らせながら、最後に大人ぶった――喧嘩で負けた子供の最後の言い訳みたいな言葉で私をミドリちゃんのところへ行くのを許可してくれた。
え? 北海道?
――なんで?
『俺が知るかよ、バカ』
アイドルにバカは無いでしょう、社長。
◇ ◇ ◇
アイドルグループ『エンジェリング』の二人、金原優子と土屋茜はとあるバスに乗車していた。
北海道の、とある施設行きのバスだ。
「……ねえ、リーダー。このバス、何処向かっているの? さっきから雪原ばかりなんだけど」
「そうだね」
「あと、くーくるマップを開いたんだけど、現在地が海の上になってるんだけど?」
「アハハハ、それはおかしいね? 壊れちゃったのかな?」
「……なんで、落ち着いてるのリーダー? ちょっと怖いよ」
引き顔で話す土屋茜に金原優子は慌てて注釈の言葉を口にする。
「違う違う、私も驚いているよ。でも、ほら。あの席を見て?」
金原優子の指さすところに土屋茜は視線を向ける。
茶柄のダウンジャケットを身に纏った大きな男だ。背は2メートルある。腕も足も丸太を思わせるほど大きく、衰えてなおその筋肉は全盛期の面影を残していた。
「凄く威圧感のある人だけど、それが?」
「ヘビー級プロボクサー、グランザ・ヘッド。チャンプベルトを二度巻いた男です」
聞き慣れない言葉と、不似合いな人から出た事実に土屋茜は目を点にする。
「え? なに、ヘビー級プロボクサー? チャンプベルト?」
「そう? 知らない?」
「知らないわよ。私、ボクシング興味ないんだから!」
「ダメですよ、聞こえちゃいます」
「――――~~~~~~~~!!!」
土屋茜は慌てて口を両手で抑え、思わず出てしまった言葉がプロボクサーに聞こえてないか、金原優子の背に隠れながらその様子を伺る。
しばらく観察し、聞こえてないだろうと判断した土屋茜は、大きく息を吐く。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ、バカ!」
「おやおや♪」
これ以上はお手上げというように両手でジェスチャーする金原優子。間違いなく土屋茜の過敏な反応を楽しんでいる。
「それで? どうしてプロボクサーがいるのよ?」
「私に一つ思い当たることがあります」
「なによ?」
「まあ、佐山さんから教えて貰ったことなんですが――」
土屋茜の耳を少し借りて、金原優子はその他の誰かに聞かれないように小声で伝えた。
「(なんでも、死者を復活させるみたいです)」
その言葉に固まってしまう土屋茜。
その様子を平時のアイドルスマイル――いや、それよりも少し楽し気な様子で微笑む金原優子。
「…………はあ?」
土屋茜は金原優子とは長い付き合いだ。『エンジェリング』結成前から何回か顔合わせをしており、一緒にゲームをしたことだってあった。
金原優子の言っていることが本当か嘘か、それぐらいの判断は土屋茜には容易いもの。もっとも、金原優子の表情の微妙な変化にさえ気づけばそう難しいことではないことも大きな要因なことが大きい。
それでも――土屋茜は、余りに突飛すぎるその言葉に不躾な物言いしか返すしかなかった。
「先ほどの方、グランザ・ヘッドですが、過去に子どもを二人失っています」
土屋茜を無視して一人話し始める。
「一人目は病気、二人目は母の母体の中で死んでいます。母親の体調の急変が原因です。今でも、その原因は解明されておらず、悪魔の仕業だと当時のゴシップには書かれていたらしいです」
「……それで?」
自分の質問への回答を遠回しに伝えようとしているのだと判った土屋茜は、一先ず金原優子の話を促すことにした。
「そのゴシップの影響により、彼の妻であるベリザ・ヘッドは精神の病にかかり、そして4年前に他界しました」
「……悲しい話ね」
「そして、彼は今――死んでしまったベリザ・ヘッドと会うためにこのバスに乗っています。とある噂程度の情報だけを頼りにアメリカから日本に」
「…………そりゃ、死んだ人に会いたいっていう気持ちは否定しないわ。でも、死んでしまったら会えないでしょ」
土屋茜の言葉に反応し、金原優子は下から見上げるようにその目を覗き込む。
「なんとまあ、冷たいことを言っちゃうんですね。まさか茜さんがゾンビに鞭を打っちゃうサディストタイプの人だとは、私知らなかったです♪」
「仕方がないじゃない。だって、それが普通だもの。というか、あんたの言い回しの方がよっぽど悪意ありありのサディストじゃない」
「テヘ♪」
「可愛くない」
異性なら効果抜群ではあった。
「ですが――その情報をあのチャンプに伝えたのはアメリカの元大統領ですよ」
「ちょっと待ちなさい! どうして元大統領がアメリカのボクサーにそのことを伝えるのよ! そして、どうしてあんたがそれを知っているのよ!」
「ファンだからです♪ ああ、すいません――冗談です! だから、私を殴らないで下さい。痛いことはしないでください、困ります!」
「まだ、何も言っていないでしょう!
――ああ、違うんです、今のはこの子の冗談で――」
アイドルだけでなく役者としても活動している金原優子は、まるで意地汚い姉から虐められている幸薄い妹を演じた。ダイヤモンドのような天性の才能がものを言わせているのか。嘘泣きだと判っている土屋茜で少し罪悪感を抱いてしまった。
だが、その空想の罪悪感も乗客の一人が土屋茜の責めるような目で見ていたことで消えた。――きっと、意地悪い姉と勘違いされているのだ。
それに気づいた土屋茜は慌てて弁明するのも、周囲の目から自身の疑いを払えた気が全くしない。
「茜さん、少しは落ち着いて話を訊いてください。終わらないじゃないですか」
「誰のせいよ、誰の!」
意地悪い姉属性が付いてしまったことについて非難するが、当の金原優子は興奮した子どものようなキラキラした目で言う。
「茜さんのせいです。目が全て語ってくれました。凄く怖かったです。子役のとき、虐めっこの役を上手く出来なかった印象でしたが、克服したんですね。さすがです」
「どうしよう、褒められても全然嬉しくないわ!」
「なぜですか!? 素晴らしいことです!」
どこから生まれたのか分からない天然キャラに困惑しながらも――時間は過ぎていった。
キー、とバスが止まる音がした。
運転手が乗車の前に立つ。乗客は基本、バスの運転手を正面に見ることはない。だからなのか、その運転手は少し異様に見えた。
「……皆様、目的地に着きました。私の後に着いてきてください」
190㎝もある男の声は、少し若かった。
困惑しながらもバスから降りていく乗車たち。金原優子と土屋茜も不思議そうに感じながらも、他の乗客たちに倣うようにバスを降りていく。
「(……ねえ、ちょっと怪しすぎない?)」
異様な空気に気付いた土屋茜は訝しむ声を小さく出す。
「(……大丈夫ですよ。いざとなっても、ここには元プロボクサーがいます。いざとなっても、簡単にはやられないでしょう)」
「(でも、そのプロボクサーを招待したのは奴らかもしれないじゃない)」
「(ああ、そうでした!)」
「(ちょっと!!)」
「(まあ、まあ。さっきも言いましたが、少しは落ち着いてください。彼らが私たちをどうこうすると決まったわけではないのですから)」
金原優子の前の乗客がバスから降り、外から流れ込んでいる雪が金原優子の視界を奪う。雪と風に吹かれながらも、二人はバスから完全に外に出た。
乗客全員がバスから出たのを確認したように、風が止んだ。――顕わになったのは、高く分厚い白い塀によって囲まれた建物だった。入口だけがシャッターのように上がっており、その先に円形の病院が見える。
「目的地――おやま特殊治療院に到着しました」
運転手がそう言う。まるで、スマートフォンのナビシステムみたいな言い方をするな、と金原優子は思った。
「おい、運転手。ちょっと、いいか?」
「はい。なんでしょう」
少しガラの悪そうな男が口を開いた。50代だろうか、顔に深い傷が入った男で、カタギには見えない。
「俺はとある病人を探しているんだ、『ウンーラン』という名前の嬢ちゃんだ。そいつは入院しているのか?」
脈絡のない可笑しな質問。兵の向こう側に建つ、どこか異質的な病院の患者についての質問を運転手に投げかけること自体が可笑しなことだ。
だが、その事実に対し運転手は気にした様子もなく通常業務を行うように淡々と答える。もしかしたら、彼にとってよくある質問なのかもしれない。
「はい。そのように知らされております。ですが、面会することは出来ません」
「あん、どういうことだ。こっちはそのガキに会うために、遠いところから来たんだぞ!」
ガラの悪い男だけではない。他の乗客たちも不満の声を上げていた。理由を知らないのは土屋茜だけで、その異様な空気に不快感を感じるのみだ。
金原優子は遠巻きに、まるでテレビを見てるような気分で運転手の言葉を待った。
「説明が不足していました。こちらからの面会は不可能です。ですが、ウンーラン様からの面会なら可能です」
「どういうことだ?」
「貴方がたは事前に手紙を出されていると思います。それを読まれたウンーラン様から貴方がたに連絡が入る手筈になっています」
「……それって、いつになるんだ?」
「すいません。私には判りません」
帽子を目じりまで深く被る運転手に、ガラの悪い男はそれ以上質問することはなかった。
「それでは、院内をご案内します」
そう言って、運転手は院内へと歩き出した。
「あれ? あの人も病院に入っちゃうの?」
「そうみたいですね」
続く異様な空気と、平然としてる金原優子の態度に――とうとう我慢出来なくなった土屋茜は金原優子に目的の確認をした。
「ねえ、本当にミドリがここにいるの? 病気とか、怪我とかでここの病院に入院しているの?」
「……!! ああ。そういう目的でしたね」
「ちょっと、ホントに忘れていたの? 信じられないんだけど!」
「すいません、変な空気に呑まれてて忘れてしまっていました」
素直に申し分けなさそうな顔をする金原優子に土屋茜は追求を止めた。
「とはいっても、お察しの通りです。どうやらミドリちゃんはここに入院しているみたいなんです」
「一身上の都合って、何か病気か怪我をしているから? でも、ここって――」
「精神病棟――心の病を治したりするところですね」
不安そうな表情で、院内に移動する集団の後ろを追う土屋茜。
一方、金原優子の表情は少しの陰りもなく、心配している素振りすらない。どこか辺鄙なところを散歩しているような、ドラマのストーリーの出だしをイメージさせる自然体のまま足を進める。
今、一番の興味はバスの乗客のほとんどの目的であるウンーランという人物。だが、『エンジェリング』のリーダーとして『不和ミドリ』の病室を戸を叩くのが先だ。そこで、ウンーランについて尋ねるのもありだ。
少しホカホカとして程よい熱のある楽しさを感じながら、金原優子は思う。
思い返せばこの気持ちのきっかけは、確か一か月前のことだった――。
※ ※ ※
公開情報一部抜粋
大手芸能事務所『MARS』の社長である佐山雄一は、アイドルグループ『エンジェリング』を作る際、柱となる二人の少女をスカウトした。
それが、金原優子と土屋茜だった。
金原優子はセンスとカリスマ性から、土屋茜は子役としての実績を期待され、佐山雄一の目に留まる。
彼の目はアイドルグループ『エンジェリング』がアイドルチャート№1になったことで証明された。だが、それは彼の当初の理想像とはかけ離れたアイドルグループであった。
佐山雄一の中では、金原優子と土屋茜が柱となり、先導して他のアイドルたちの成長を促す予定だった。だが、いつの間にか金原優子を輝かせることがアイドルグループ『エンジェリング』として成功の近道とされ、それが現実のものとなっていた。
アイドルビジネスとしては大成功だ。彼はタワーマンションの住人の一人になれた。
だが、どこかの少年雑誌を連想させる熱い展開を求めていた彼の空想のアイドルたちは、空想のまま終わる。
その現実を告げたのが、不破ミドリであり、その流れていく現実の様は、どこか少年漫画の斬新な切り口からの展開みたいだった。少しだけ読者気分に浸り、稀有なものだ、と佐山雄一は感動した。
夢が望んだ形にならずとも、少しだけその熱を感じ取れたことで、少しだけ報われた気分になれたみたいだ。
『MARS』の社長である佐山雄一からの言葉だった。
――どうして?
当然、私は疑問を投げかけた。リーダーである私には知る権利がある。
『お前達『エンジェリング』にとって、あいつは毒になった。だから、俺もあいつの卒業を止めなかった。むしろ、心のそこではそれを勧めていた』
――毒ってなに?
『お前には一番縁遠いもの――いや、間違えた。お前にとって一番身近なものだ』
――それって、悪口でしょう。私、賢いんですよ♪
『ちっ。やっぱり判っていたのか。だったら、判るだろう。ミドリのことは放っておけ』
――嫌です。私、とーーっても気になります。
『…………まあ、お前個人として、会ったほうが色々と経験になるだろうがな。社長としては止めたいんだ。判るだろう?』
助けを求めるような、媚びるような目に私は心の中で唾を吐く。
――ダメダメですよ♪ だって私、ミドリちゃんに会うって決めました。
社長は目を曇らせる。色々と詰まらない言葉で私を止めようとしたが、私は折れなかった。
社長は目を曇らせながら、最後に大人ぶった――喧嘩で負けた子供の最後の言い訳みたいな言葉で私をミドリちゃんのところへ行くのを許可してくれた。
え? 北海道?
――なんで?
『俺が知るかよ、バカ』
アイドルにバカは無いでしょう、社長。
◇ ◇ ◇
アイドルグループ『エンジェリング』の二人、金原優子と土屋茜はとあるバスに乗車していた。
北海道の、とある施設行きのバスだ。
「……ねえ、リーダー。このバス、何処向かっているの? さっきから雪原ばかりなんだけど」
「そうだね」
「あと、くーくるマップを開いたんだけど、現在地が海の上になってるんだけど?」
「アハハハ、それはおかしいね? 壊れちゃったのかな?」
「……なんで、落ち着いてるのリーダー? ちょっと怖いよ」
引き顔で話す土屋茜に金原優子は慌てて注釈の言葉を口にする。
「違う違う、私も驚いているよ。でも、ほら。あの席を見て?」
金原優子の指さすところに土屋茜は視線を向ける。
茶柄のダウンジャケットを身に纏った大きな男だ。背は2メートルある。腕も足も丸太を思わせるほど大きく、衰えてなおその筋肉は全盛期の面影を残していた。
「凄く威圧感のある人だけど、それが?」
「ヘビー級プロボクサー、グランザ・ヘッド。チャンプベルトを二度巻いた男です」
聞き慣れない言葉と、不似合いな人から出た事実に土屋茜は目を点にする。
「え? なに、ヘビー級プロボクサー? チャンプベルト?」
「そう? 知らない?」
「知らないわよ。私、ボクシング興味ないんだから!」
「ダメですよ、聞こえちゃいます」
「――――~~~~~~~~!!!」
土屋茜は慌てて口を両手で抑え、思わず出てしまった言葉がプロボクサーに聞こえてないか、金原優子の背に隠れながらその様子を伺る。
しばらく観察し、聞こえてないだろうと判断した土屋茜は、大きく息を吐く。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ、バカ!」
「おやおや♪」
これ以上はお手上げというように両手でジェスチャーする金原優子。間違いなく土屋茜の過敏な反応を楽しんでいる。
「それで? どうしてプロボクサーがいるのよ?」
「私に一つ思い当たることがあります」
「なによ?」
「まあ、佐山さんから教えて貰ったことなんですが――」
土屋茜の耳を少し借りて、金原優子はその他の誰かに聞かれないように小声で伝えた。
「(なんでも、死者を復活させるみたいです)」
その言葉に固まってしまう土屋茜。
その様子を平時のアイドルスマイル――いや、それよりも少し楽し気な様子で微笑む金原優子。
「…………はあ?」
土屋茜は金原優子とは長い付き合いだ。『エンジェリング』結成前から何回か顔合わせをしており、一緒にゲームをしたことだってあった。
金原優子の言っていることが本当か嘘か、それぐらいの判断は土屋茜には容易いもの。もっとも、金原優子の表情の微妙な変化にさえ気づけばそう難しいことではないことも大きな要因なことが大きい。
それでも――土屋茜は、余りに突飛すぎるその言葉に不躾な物言いしか返すしかなかった。
「先ほどの方、グランザ・ヘッドですが、過去に子どもを二人失っています」
土屋茜を無視して一人話し始める。
「一人目は病気、二人目は母の母体の中で死んでいます。母親の体調の急変が原因です。今でも、その原因は解明されておらず、悪魔の仕業だと当時のゴシップには書かれていたらしいです」
「……それで?」
自分の質問への回答を遠回しに伝えようとしているのだと判った土屋茜は、一先ず金原優子の話を促すことにした。
「そのゴシップの影響により、彼の妻であるベリザ・ヘッドは精神の病にかかり、そして4年前に他界しました」
「……悲しい話ね」
「そして、彼は今――死んでしまったベリザ・ヘッドと会うためにこのバスに乗っています。とある噂程度の情報だけを頼りにアメリカから日本に」
「…………そりゃ、死んだ人に会いたいっていう気持ちは否定しないわ。でも、死んでしまったら会えないでしょ」
土屋茜の言葉に反応し、金原優子は下から見上げるようにその目を覗き込む。
「なんとまあ、冷たいことを言っちゃうんですね。まさか茜さんがゾンビに鞭を打っちゃうサディストタイプの人だとは、私知らなかったです♪」
「仕方がないじゃない。だって、それが普通だもの。というか、あんたの言い回しの方がよっぽど悪意ありありのサディストじゃない」
「テヘ♪」
「可愛くない」
異性なら効果抜群ではあった。
「ですが――その情報をあのチャンプに伝えたのはアメリカの元大統領ですよ」
「ちょっと待ちなさい! どうして元大統領がアメリカのボクサーにそのことを伝えるのよ! そして、どうしてあんたがそれを知っているのよ!」
「ファンだからです♪ ああ、すいません――冗談です! だから、私を殴らないで下さい。痛いことはしないでください、困ります!」
「まだ、何も言っていないでしょう!
――ああ、違うんです、今のはこの子の冗談で――」
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だが、その空想の罪悪感も乗客の一人が土屋茜の責めるような目で見ていたことで消えた。――きっと、意地悪い姉と勘違いされているのだ。
それに気づいた土屋茜は慌てて弁明するのも、周囲の目から自身の疑いを払えた気が全くしない。
「茜さん、少しは落ち着いて話を訊いてください。終わらないじゃないですか」
「誰のせいよ、誰の!」
意地悪い姉属性が付いてしまったことについて非難するが、当の金原優子は興奮した子どものようなキラキラした目で言う。
「茜さんのせいです。目が全て語ってくれました。凄く怖かったです。子役のとき、虐めっこの役を上手く出来なかった印象でしたが、克服したんですね。さすがです」
「どうしよう、褒められても全然嬉しくないわ!」
「なぜですか!? 素晴らしいことです!」
どこから生まれたのか分からない天然キャラに困惑しながらも――時間は過ぎていった。
キー、とバスが止まる音がした。
運転手が乗車の前に立つ。乗客は基本、バスの運転手を正面に見ることはない。だからなのか、その運転手は少し異様に見えた。
「……皆様、目的地に着きました。私の後に着いてきてください」
190㎝もある男の声は、少し若かった。
困惑しながらもバスから降りていく乗車たち。金原優子と土屋茜も不思議そうに感じながらも、他の乗客たちに倣うようにバスを降りていく。
「(……ねえ、ちょっと怪しすぎない?)」
異様な空気に気付いた土屋茜は訝しむ声を小さく出す。
「(……大丈夫ですよ。いざとなっても、ここには元プロボクサーがいます。いざとなっても、簡単にはやられないでしょう)」
「(でも、そのプロボクサーを招待したのは奴らかもしれないじゃない)」
「(ああ、そうでした!)」
「(ちょっと!!)」
「(まあ、まあ。さっきも言いましたが、少しは落ち着いてください。彼らが私たちをどうこうすると決まったわけではないのですから)」
金原優子の前の乗客がバスから降り、外から流れ込んでいる雪が金原優子の視界を奪う。雪と風に吹かれながらも、二人はバスから完全に外に出た。
乗客全員がバスから出たのを確認したように、風が止んだ。――顕わになったのは、高く分厚い白い塀によって囲まれた建物だった。入口だけがシャッターのように上がっており、その先に円形の病院が見える。
「目的地――おやま特殊治療院に到着しました」
運転手がそう言う。まるで、スマートフォンのナビシステムみたいな言い方をするな、と金原優子は思った。
「おい、運転手。ちょっと、いいか?」
「はい。なんでしょう」
少しガラの悪そうな男が口を開いた。50代だろうか、顔に深い傷が入った男で、カタギには見えない。
「俺はとある病人を探しているんだ、『ウンーラン』という名前の嬢ちゃんだ。そいつは入院しているのか?」
脈絡のない可笑しな質問。兵の向こう側に建つ、どこか異質的な病院の患者についての質問を運転手に投げかけること自体が可笑しなことだ。
だが、その事実に対し運転手は気にした様子もなく通常業務を行うように淡々と答える。もしかしたら、彼にとってよくある質問なのかもしれない。
「はい。そのように知らされております。ですが、面会することは出来ません」
「あん、どういうことだ。こっちはそのガキに会うために、遠いところから来たんだぞ!」
ガラの悪い男だけではない。他の乗客たちも不満の声を上げていた。理由を知らないのは土屋茜だけで、その異様な空気に不快感を感じるのみだ。
金原優子は遠巻きに、まるでテレビを見てるような気分で運転手の言葉を待った。
「説明が不足していました。こちらからの面会は不可能です。ですが、ウンーラン様からの面会なら可能です」
「どういうことだ?」
「貴方がたは事前に手紙を出されていると思います。それを読まれたウンーラン様から貴方がたに連絡が入る手筈になっています」
「……それって、いつになるんだ?」
「すいません。私には判りません」
帽子を目じりまで深く被る運転手に、ガラの悪い男はそれ以上質問することはなかった。
「それでは、院内をご案内します」
そう言って、運転手は院内へと歩き出した。
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「そうみたいですね」
続く異様な空気と、平然としてる金原優子の態度に――とうとう我慢出来なくなった土屋茜は金原優子に目的の確認をした。
「ねえ、本当にミドリがここにいるの? 病気とか、怪我とかでここの病院に入院しているの?」
「……!! ああ。そういう目的でしたね」
「ちょっと、ホントに忘れていたの? 信じられないんだけど!」
「すいません、変な空気に呑まれてて忘れてしまっていました」
素直に申し分けなさそうな顔をする金原優子に土屋茜は追求を止めた。
「とはいっても、お察しの通りです。どうやらミドリちゃんはここに入院しているみたいなんです」
「一身上の都合って、何か病気か怪我をしているから? でも、ここって――」
「精神病棟――心の病を治したりするところですね」
不安そうな表情で、院内に移動する集団の後ろを追う土屋茜。
一方、金原優子の表情は少しの陰りもなく、心配している素振りすらない。どこか辺鄙なところを散歩しているような、ドラマのストーリーの出だしをイメージさせる自然体のまま足を進める。
今、一番の興味はバスの乗客のほとんどの目的であるウンーランという人物。だが、『エンジェリング』のリーダーとして『不和ミドリ』の病室を戸を叩くのが先だ。そこで、ウンーランについて尋ねるのもありだ。
少しホカホカとして程よい熱のある楽しさを感じながら、金原優子は思う。
思い返せばこの気持ちのきっかけは、確か一か月前のことだった――。
※ ※ ※
公開情報一部抜粋
大手芸能事務所『MARS』の社長である佐山雄一は、アイドルグループ『エンジェリング』を作る際、柱となる二人の少女をスカウトした。
それが、金原優子と土屋茜だった。
金原優子はセンスとカリスマ性から、土屋茜は子役としての実績を期待され、佐山雄一の目に留まる。
彼の目はアイドルグループ『エンジェリング』がアイドルチャート№1になったことで証明された。だが、それは彼の当初の理想像とはかけ離れたアイドルグループであった。
佐山雄一の中では、金原優子と土屋茜が柱となり、先導して他のアイドルたちの成長を促す予定だった。だが、いつの間にか金原優子を輝かせることがアイドルグループ『エンジェリング』として成功の近道とされ、それが現実のものとなっていた。
アイドルビジネスとしては大成功だ。彼はタワーマンションの住人の一人になれた。
だが、どこかの少年雑誌を連想させる熱い展開を求めていた彼の空想のアイドルたちは、空想のまま終わる。
その現実を告げたのが、不破ミドリであり、その流れていく現実の様は、どこか少年漫画の斬新な切り口からの展開みたいだった。少しだけ読者気分に浸り、稀有なものだ、と佐山雄一は感動した。
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