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転生する――そして、準備するまで

another2 佐山雄一

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 大手芸能事務所『MARSマーズ』。その社長である佐山雄一がとあるゲームに感動の声を上げていた。

「これ、すげえ面白いな。どう、思う優子ちゃん」

 佐山雄一の対面に座る少女、金原優子。

 アイドルグループ、エンジェリングのリーダーにして、俳優として売り出された若手である。

「私、ゲームやったことがないので判りません」
「アハハハ、そうかー。うん、知ってた」

 金原優子の言葉に佐山雄一は笑った。

「ゲーム内容としては、とある魔王を倒すために勇者が冒険する王道ファンタジーなんだよ。だけど、キャラクターが妙にリアリティーなんだ」
「リアリティーですか」
「ああ。まるで、生きているみたいんだよ。ほら、2Dじゃなく3D。これだけでも驚きなのに、物語の転換点や重要シーンになった場合、場面が変わるんだよ」
「場面が変わるとは?」
「ほら、見てみて」

 佐山雄一が持ってきたパソコンの画面には、U・tubeでそのワンシーンが配信されていた。主人公を俯瞰するシーンから主人公目線に代わり、スピード感のあるシーンが続く。

「まるでジェットコースターに乗っているような気分ですね」
「でしょう!! 主人公が戦うときのテンポっていうのかな? これで初めてその様子が判るんだよ」

 子供のように弾んだ声をする佐山雄一に、金原優子は初めて驚いた顔をした。それほど、中々見られない表情だった。

「……それで、このシーンなんだ。魔王を倒したはずなのに、世界の崩壊は止まらない。魔法は保険として娘にその力を譲渡したんだ。その真実が判ったシーンがこれ」

 物語は魔王を倒した後、王国のパーティーが開催されてから一年が経ったときだった。

 突如、国々の地盤という地盤が悲鳴を上げたのだ。

 事態の危機を察した各王様は勇者パーティーの再結集を命じた。勇者もその危機を肌で感じ取ったらしく、魔王が復活しているのでないかと考え、元魔王城へと向かう。

 そこには魔王の娘と名乗る少女がいた。

 魔王の少女の娘がいる。

『勇者よ。貴様は魔王を討伐してヒーローになったつもりだろうが、それは錯覚だ。貴様の気付いていない真実を教えてやろう――貴様は大衆の期待に応えた殺人鬼だと』

 そこで魔王の娘は姿を消した。

 その残り香を頼りに勇者は魔王の娘の後を追うが、道中で現れるのは魔王の娘が育てた『人間の悪意』たちだった。

 人間と魔物。正義と悪。

 対立しているかのように思わせた関係は、実は表裏一体ではなかったかと思わせる出来事、悪意の連続によって勇者の心は揺れ動く。

 魔王討伐――その後が、物語の本当の始まりだったかと言わんばかりに、勇者を襲った。

 そして、最終局面。

 勇者と魔王の娘との一騎打ち。

 佐山雄一が感動したのが、まさにその場面だった。

「このとき、勇者は初めて魔王一族が神の血を引いていることに確信を抱くんだけど。この場面の、魔王の娘の人間に対する怒りは、かなり真に迫っていると僕は思うんだ」
「……そうなんですか?」
「ほら、実際の声を聴いてみな。なぜか、魔王の娘だけ声優が付いているんだ」

 金原優子がイヤホンを耳に刺したのを見て、佐山雄一は再生ボタンをクリックする。


『――人は過ちを犯す生き物だ。私も知っている。
 だが、人が人を餌にするのは間違いだ。ともを食うことは禁忌だということを今の人間は忘れている。
 私の知る人間はもっと美しい。どれだけ地獄を見ようが、どれだけ蹂躙しようが――共食いだけはしなかった。

 だから、時代を戻すのだ。旧時代こそが、貴様ら人間の幸せの絶頂なんだ』


 ――金原優子が耳からイヤホンを取る。

「……へえ~、凄いですね」
「真に迫っている感じがあるだろう」
「はい。魔王の娘からは、怒りと悲しみの感情が伝わってきました」

 金原優子の言葉に佐山雄一は何度も頷く。

「20万ぐらいの価値があるのか判らないけど――僕、個人としてはあると思うよ。今のゲームじゃ出来ないクオリティーだからね。プログラム・ゲーム自体の面白さもそうだけど、魔王の娘が良い。有名人に会うために田舎から都会へ行く人いるだろう? もし、その人とデート出来るなら、僕だって20万円払うよ」
「?」

 言っている意味が判らない金原優子は首を傾げる。

「それぐらい魔王の娘が好きになったってことだよ」
「それは良かったですね。ところで、そのゲーム、お借りしてもいいですか?」
「……いいけど、クリアしたら返してね」
「わーい。ありがとうございます」

 渋々と言った表情で、佐山雄一は了承する。

「――それで、このゲームを作った人に会えないんですか?」
「会いたいの?」
「魔王の娘の声優さんに、興味があります」
「難しいかな。ゲーム業界や芸能業界の人達がブログにメッセージを送っているみたいなんだけど、誰も良いコメントを貰えていないみたい」

 佐山雄一はそのブログをパソコンで出す。ブログは淡い緑色で構成されており、先ほどのゲームも表示されている。

「私もコメント打ってもいいですか?」
「いいけど、反応来ないかもよ?」
「実名でやってみます。アイドル好きの人だったら興味を持ってくれるかも」

 そう言って金原はコメントを打つ。


『ゲーム、とても面白かったです(*´▽`*)
 特に、魔王の娘が最高でした! 興奮と緊張の連続で、いつの間にか手の汗がびっちょりになっていて、それに気が付いたとき、変な声を上げてしまいました(>_<)』


「よし」
「嘘はダメだよ」

 満足気な顔をする金原優子に佐山雄一は苦言をするが「確定事故です――」と流されてしまう。

 そのまま彼女は社長室から出ていった。

「――まあ、そうだとは思うけどね」

 自分一人しかいない部屋で佐山雄一は言う。

 魔王の娘の声優を務めた人。恐らく、女性だろう。

 金原優子はその声優から強い刺激を受けた――彼女がイヤホンで声を聴いた瞬間の瞳孔と三日月のように割れた口元でそれが判った。

「さて、どうするか」

 少し楽し気に佐山雄一は微笑む。
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