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第25話 心臓に悪い

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 営業再開日と言うことだけあって、次から次へと来店するお客さんに目が回りそうだが、狐鈴さんのお陰で何とか回せている。
初っ端から卒なく仕事をこなす狐鈴さんには、脱帽ものです。
そんな事を思いながら、オーダーを通しにカウンターへ向かおうとした所で、狐鈴さんの「いらっしゃいませ」の言葉に、私も「いらっしゃいませー」と言いながら振り返れば、店内のそこかしこから女性客のキャァーという黄色い声、女性客の視線を辿れば、物語から出てきたような王子様系男性が立っていた。
金色の髪に、澄んだ綺麗なブルーの瞳の男性がその歓声に応える様に辺りを見回しつつ微笑み返しつつ店の中へと入ってくる。
うわぁ…流石異性界だなー、こんな人の事を王子様系イケメン?とか言うんだろうか?
店の中の人々の視線が、その男性客へと釘付けにされる。
しかし私の思考は、すぐさま可愛げのない方向へ行く
ここで私が王子様系イケメンの対応をすると、女性客から反感を買うかもしれない。
いや、まぁ、もちろん私なんかがお呼びじゃない事はわかっていますけどもね。
狐鈴さんに任せる方が無難だろう。
一瞬でそう考え狐鈴さんの方を見れば、どうやら対応してくれる気らしく、営業スマイルを貼り付けた狐鈴さんが歩み寄るのが見えた。
ご案内は狐鈴さんよろしくお願いします。と、心の中で思ったのも束の間、王子様系イケメンとバチりと目が合う。
取り敢えず笑顔で会釈して去ろうとすれば、男性とは思えぬほど花が咲いたかのような綺麗な笑顔で王子様系イケメンが微笑むと、小さく私に手を振る。
いや、私にな訳ないか、誰にだろう?
と、後ろを振り返るとテーブル席に座って居るのは、近所に住む常連の初老のおじさん3人組だ。
この3人の誰かの息子さんとかなのかしら?

「お知り合い何ですか?」

と、聞けばおじさんの1人が飲んでいた水を吹き出す。

「ブハッツ!ゴホッ!何でそうなる!」
「ハイル様と俺らが知り合いなわけなかろう」
「どう見ても青葉ちゃんに手を振ったんだろうよ」

「えっ!?」

おじさん達の言葉に思わず驚く、あんなイケメン知らないんですが!?
いくら私のショボい記憶力でも、流石に会ったら忘れないと思うのですが!?
あれ…でもハイル…ハイルってどこかで聞いたような…誰だっけ…そんな事を考えていると顔に影がかかり、驚いて顔を上げるが目線の位置は厚い胸板、さらに上を向くとようやく、王子系イケメンが視界に…なっ!!!?なぜ目の前に!!!!?
驚いて固まっていると、少し落ち込んだように眉を下げる王子系イケメン

「急に申し訳ない、考えてみれば先日お会いした時はヘルムを被っていましたし、名乗りもしていませんでしたね。
改めまして青葉さん、この国の騎士団長をしているハイルと申します。
以後お見知り置きを」

そう言うと、恭しく体を屈めて私の右手を取るとその手の甲にキスをした。
えっ…キスをしたぁぁぁ!!!?
一瞬で全身の体温が上昇するのが分かる
絶対顔も赤くなってる!!
いや、だって!
いくら可愛げがないで定評のある私でも、こんな王子様系イケメンに本当の王子様みたいな事されたら、そりゃ照れもしますよ!!!
ハワワワワ…と、声にならない声で固まっていると、私の様子を見たハイル様がフフッと笑って自分の手の甲で口元を抑える。

「照れた貴方も可愛らしいですね」

そう言って、頬を染めるハイル様
可愛いのは貴方の方では!?
キュン死する。とは、きっとこういう時に使うのかもしれない…と、飛びかけた思考でふと思い出す。
ハイル、そしてこのイケボにアクアマリンのような綺麗な瞳

「はっ!?もしかして、先日助けてくださった騎士の方ですか!?」

「はい!
あの時の騎士です」

思い出してもらえた事が嬉しかったのか、目尻を下げて本当に嬉しそうに微笑むハイル様
それに反する様に私の心は一気に急降下する
お世話になった方の事を忘れてるなんて、なんたる恩知らずな女なのか私は…

「すっ、すみません…助けて頂いた…その恩人の方に気づかないだなんて…
本当に失礼いたしました。
その節は本当にありがとうございました。」

慌てて頭を下げれば、ハイル様が私の肩を掴んでそっと起こす。

「どうか頭など下げないでください。
国民を守るのは騎士の勤めですから、貴方がご無事ならそれに勝るものはありません
今日来たのは、その後どうされているか気になったものですから、それに噂の絶品料理をぜひ味わいたくてお邪魔した次第です。」

王子系イケメンは性格もイケメンだった!!
ありがとうございます。
と、再度お礼を言ったところで私の肩を掴んでいたハイル様の腕を何者かが掴む

「お客様、うちの店長にそんないベタベタ触らんでもらえます?
他のお客様の目もございますよってからに、お控えくださいますよう
よろしゅうお頼申します。」

引き攣る笑顔に、ハイル様を掴む腕がギリギリと音を立てているのが分かる。
ハイル様はハッとしたように「これは失礼を」と、慌てて私の肩から手をどかす。

「では、お席にご案内いたします」

と、相変わらず引き攣り笑顔でハイル様の腕を掴んだまま、カウンター席へと引っ張って行くと、レイさんの隣に座らせた狐鈴様が、無言でゴコクさんをみれば、同じく無言で頷くゴコクさん
いや、本当に昨日の仲の悪さはどこへやら?
やっと、火照った顔から熱が引き、へたり込みそうな体に鞭打って、動き出そうとすればエプロンをギュッと引っ張られて後ろに倒れそうになるのを何とか堪える。

「ちょっと!青葉ちゃん!!!
何よ何よ!!何なのよ!
ハイル様とどういう関係なのよ!!」

あぁ…宝飾店のオシャレ女子達に早速捕まり白目を剥きそうになる。
違うんです…あなた方が思う様なことは何一つないんです…
屈んで女子達に聞こえるくらいの小声で反論する

「いやいやいや、私みたいなのがハイル様とどうこうなわけなじゃないですか!
先日、路地でガラの悪い男の人に絡まれていた時に騎士の方々が助けてくれたんです。
そ中の1人が、ハイル様だったんですけど、うちの店が騎士の方々の間で話題になっていると言う話をされていたので、いらっしゃった際にはお礼に何でもご馳走します。と、お伝えしたので…それで、食事されに来ただけではないかと」

そう伝えれば、なーんだ。
と、あっさり納得するお嬢さん方、そしてすぐさま獲物を狩る肉食女子の目に変わる。
切り替え早い!!
だがしかし、誤解を解けたのは良かった。
さて、仕事仕事!と、慌てて業務に戻る。
程なくして、あまりの盛況ぶりに用意していたおしぼりが切れてしまいカウンター内に入り、予備で作ってあったおしぼりを取り出そうとしゃがんでいると、ふと頭上に影がかかったと思った瞬間、顔の両横から腕が伸び目の前の台にドンと手をつかれる。
膝立ち、背後から壁ドンとでも言おうか…
ふわりと背後からゴコクさんの優しい匂いに包まれて心拍数が上がる…
動けないで固まっていると、耳元にゴコクさんの顔が寄せられ、自分の背に寄りかかられる控えめな重みと温もりで、思わず空気を飲みこむ

「青葉…店が終わったらハイルと何処で知り合ったのか、詳しく聞かせてもらうから」

ゆっくりと囁くような、しかし低い威圧のある声でそう告げると、すくりと立ち上がってスタスタと仕事に戻って行ったゴコクさん。
今更ながら思わず耳を押さえて、心拍数の上がった胸を抑えつつ、恥ずかしさのあまりギュッと目を瞑って落ち着け心臓!!!と耐えた。
何だって、今日はこんなにドキドキさせられっぱなしなのか…
いや、相手はそんな気はないのだろうが、私が勝手に女子のようにドキドキしているだけだ…
ちょっと優しくされただけで、照れてるチョロすぎる自分…
そう考えると急に虚しさが勝ち、平常心拍数に戻ってくる
ゴコクさんも狐鈴さんも保護者的な立場、ハイル様も騎士として救った一国民を心配してきてくれただけじゃないか…
まぁでも、置き換えれば私もあの宝飾店の女子達みたいに、キャァー!と言える女子っぽさは残っていたのか…
いや、私には必要ない…そう考えてしまう私の可愛げのなさよ…負の連鎖に陥って行く思考に被りを振って、今は仕事!!!
と、言い聞かせておしぼりを持って立ち上がった。








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