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第8話 恋敵

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休日が明け
週初めの初日ほど憂鬱なものはない
今までの俺なら、それはそれは憂鬱な気持ちで
出勤したであろう
だが、そんな辛い日々は終わったのだ!!
平日最高!!!
今日は青葉ちゃんに会える!!!
平日しか営業していない青葉ちゃんのお店
開店初日のあの日から毎日通っているのだ
彼女の美味しい手料理に、あの可愛い笑顔
思い出すだけで、ふにゃふにゃとした笑みが溢れてしまう
あぁ、恋って素晴らしい!!
己の心に忠実な尻尾をブンブン振りながら
思わず鼻歌を歌い出す

「おい、レイ…その腑抜けた顔と鼻歌やめろ、イラっとする」

冷たい視線をよこすソラウ
普段なら、何だと!!と食ってかかるところだが
上機嫌な俺は気にもしない
何とでも言えばいいさソラウ君
早く昼飯の時間にならないかなーと鼻歌を再開する

「ソラウ、何だあのレイの間抜けな顔は?」

仕上がったばかりの刀の刀身が歪んでいないか
最終チェックをしていた兄弟子が
あまりのレイの間抜けな歌と顔に呆れ顔でソラウに問う

「あぁ、アレですよ
例の飯屋の女の子ですよ」

打ち合わせを終え作業場に戻ってきた親方も
レイの間抜け面をみて渋い顔をする

「けっ、仕事に身も入らねー腑抜け野郎が女だと?
ったく、さっさと告白でも何でもして
振られちまえバカたれが!!」

親方がレイに向かって怒鳴るが
全く響かずのレイ
つい数ヶ月前までレイには付き合っていた女が居たが
大店の息子に言い寄られた女はあっさり鞍替えし
捨てられたレイ
この世の終わりのような落ち込み方をしていたくせに
コイツ…
とはいえ、ここまでアホになるのも珍しい
というか、初めてかもしれない
前回のフラれた反動かもしれないが
落ち込んでても鬱陶しいし
恋してても鬱陶しい
我が親友ながら鬱陶しい
まぁ、自分がそのきっかけを作ったのだが
そう思い至り諦めの境地の
大きなため息をついた



ついに待ちに待った飯の時間
モタモタしているソラウの首根っこを引っ掴み
急いで鍛冶屋を出る
あっという間に人気店になってしまった青葉ちゃんの店
急がなければ列ができて並ぶ羽目になるのだ
しかも、美味しい飯を目的に来てる奴ばかりじゃやない
青葉ちゃん目当てにデレデレしてやがる野郎も混じっている

「俺は断じて許さねぇー!!」

そう叫びながら店へと走る

「もう、何でもいい…」

何もかも諦め無抵抗なソラウを引きずったまま
大広場までやってくると
青葉ちゃんの店の看板がまだ出ておらず
Closeの札がぶら下がっているのに
既に4人ほど並んでいる

「間に合ったー!」

一番乗りでないのは残念だが
店内には入れるから良しとしよう

「そろそろ離してくれ…」

引きづられたままのソラウを忘れており
悪い悪いと平謝りしながら手を離せば
恨みがましい目で睨みるけるソラウ

「ったく、服が伸びたじゃねーか
レアチーズケーキあったらそれ奢れよな」

「はいはい、分かったってー」

レアチーズケーキとは青葉ちゃんのお店で出している
酸っぱくて甘くて濃厚なケーキと言うデザート
ソラウはそれを、甚く気に入っているのだ
ちなみに俺のお気に入りは
初めて会った日に出してくれた生クリーム乗せプリン
通い始めた3日後くらいに
青葉ちゃんが試食で出してくれたレアチーズケーキにソラウはどハマりし
その後4切れも食べたほどだ
そんな事を思い出していると
カランカランと聴き慣れた音がして店の扉が開く
細腕で看板を、よいしょ、よいしょと運ぶ青葉ちゃんが
また可愛らしいと思いつつ
手伝うよ!と、名乗り出ようと思って見れば
青葉ちゃんの顔の位置には白いシャツ…

んっ?

と思って辿るように上を見れば
自分よりも高い目線の位置に
見たことのない黒髪の男の眠そうな顔が視界に入る
思わず

「誰っ…」

そして、さっきまで元気よく振られていた尻尾がだらりと垂れ下がる

「従業員………です」

眠そうな顔はそのままに
取ってつけたような敬語で話すと
何事も無かったかのように
店の中に戻っていく自称従業員
並んでいた皆が、其れをそのまま唖然として見送った
思考停止とは正にこの事だろう
俺達は今、何を見たのか…

すると、慌ただしくドアが開き
焦った様子の青葉ちゃんが顔を出した事で
ようやく皆は我に返る

「いらっしゃいませ!すみませんお待たせして
どうぞ、お入りください」

ドアに掛かっていた札を裏返してOpenに替えると
扉を開いていつもの可愛らしい笑顔で
客達を迎え入れてくれた
何時もなら青葉ちゃんの顔がよく見えるカウンター席に座るのだが
店に入った瞬間、目に入る正面のカウンターの中にいたのは
先ほどの男…

「おい止まるな!さっさと入れ!」

ソラウに押し込まれて、よろけるように店内に入る
ちょうどテーブル席の客に水とおしぼりを出し終えた
青葉ちゃんをすかさず呼び止める

「青葉ちゃん!!あの野郎は誰!!?」

必死かよ
と言うソラウの声を無視して
青葉ちゃんを縋るような目で見てしまう
お願いだから夫です。とか言わないで!!

「あの方はゴコクさんです
有難いことにお客さんがたくさん来てくださるので
知り合いの紹介で新しく従業員を雇ったんです」

そう言って微笑むと
そそくさとカウンターに行ってしまう

「A定食、2つ入りましたー」

青葉ちゃんが伝えると
テキパキと動き始めるゴコクという男

「いらっしゃいませー、空いてるお席にどうぞー」

Openして数分と経っていないのに
次々と客が入り始める
仕方なく何時ものカウンター席に座ると
すかさず青葉ちゃんが横からお水とおしぼりを出してくれる

「今週も来てくださって嬉しいです」

そう言って微笑んでくれる青葉ちゃん
その言葉で今までのモヤモヤが一瞬で吹っ飛んでしまう
俺って単純だなーと、自分でも思うが
嬉しものは嬉しい

「もちろん!青葉ちゃんとその手料…」

手料理と言おうとして、ふと留まる
今日から青葉ちゃんの手料理ではない
この眠たそうな野郎の手料理…
どうかしましたか?と首を傾げる
その姿もまた可愛い!!

「こいつ、今日から青葉ちゃんの手料理じゃなくて
従業員のゴコク?だっけ?の手料理になるから
ショック受けてるんだよ
このバカは放っておいていいから
魚のフライのB定食2つで果実水と、今日ってレアチーズケーキある?
あれば、レアチーズケーキ3個おねがい」

やれやれと言わんばかりのソラウが状況説明をする

「B定食2つに果実水ですね
レアチーズケーキも有りますので3個お持ちしますね
レイさん
メイン料理はゴコクさんが担当してくれますけど
下ごしらえや他のおかずの調理は全部私がしていますから
私の手料理で代わりありませんよ」

そう言ってフフッとと笑うと
ゴコクにオーダを入れる

「そっかぁー、青葉ちゃんの手料理のままなのか
よかったぁー」

青葉ちゃんの店にまで来て野郎の手料理なんてゴメンだ
安心してへにゃりと笑えば
青葉ちゃんも微笑み返してくれる
天使!!青葉ちゃんマジ天使!!!
何時ものように尻尾をブンブン振っていると
隣のソラウから冷たい視線が突き刺さる
テキパキと店内を動き回る青葉ちゃんを見送り
ニマニマしながら正面を向けば
視界に入る眠そうな顔の男…
忘れていた…この男…
青葉ちゃんと同じ空間にいて
青葉ちゃんと一緒に仕事して
まっ…まさか住み込みだったりするのか!?
どう見ても青葉ちゃんと同じ出身国であろう顔だち
これは思った以上に事なのでは!?

「A2つ上がった」

そう最低限の言葉を愛想もなくゴコクが発すると

「はーい」と青葉ちゃんが足早にやってきて
テーブル席に運んでいく
すると、後から店に入ってきた初老の客が

「あれ?青葉ちゃん旦那いたのかい?」

と、カウンターの男を見ながら驚いたように問う
その瞬間にグサリと心に何かが刺さるような痛み…
だよな…見えるよな…俺も最初そう思ったし…

「そんな、違いますよー!ゴコクさんは従業員さんですよ
あんな顔が良くて仕事のできる素敵な男性が
私の旦那さんなわけないじゃないですかー」

勿体無いですよーと言いながら男性を席に通して
水とおしぼりを渡す青葉ちゃん

「何言ってんだい、青葉ちゃんだって十分仕事ができて
可愛いんだから、お似合いだと思うがねー
っと。こんなこと言ったら
青葉ちゃん目当ての客に刺されちまうな!
アハハハハハ!!青葉ちゃん!
今日のオススメ定食と緑茶の冷たいの頼むよ」

レイと他の男性客の刺さるような視線を受けた
初老の男は豪快に笑い飛ばす

もぉー、ヤルサさんは冗談が本当に好きなんですからー
と、困ったように笑うと
カウンターに戻ってきて

「オススメ1つ入りました」

そう告げると
出来上がっていた別の定食セットとドリンクを持って
俺達より前に並んでいた客のテーブル席へと戻っていく

「レイ、本当に動かないと取られちまうぜ」

ニヤニヤしながら頬杖をしてこちらを見ているソラウの言葉に
んぐっっと、言葉を詰まらせる
確かに…通い詰めているだけでは
ただの常連…それ以上の関係には到底なれない
丁度こちらに戻ってくる青葉ちゃんが目に入る

「青葉ちゃん!あのっ!今度の「B定食!お待たせしました」」

先程まで、たいして大きくもない声で眠そうにしていたクセに
俺の言葉を遮るように今までで1番大きな声で
ガシャんと音を立てて目の前のカウンターに定食のトレーを置くゴコク
その目は上から見下すように、レイをしっかりと見据えている

コイツ…まさかっ!!!!?

「ゴコクさん!そんなに乱暴に置いたら駄目ですよ!
すみませんレイさん」

慌てる青葉ちゃんを他所に
ゴコクはツーンとした顔でソラウの前にも定食を置くが
そちらは普通に置きやがった

「青葉、オススメ定食」

早く行けと言わんばかりに
トレーを青葉ちゃんに押し付ける
って言うか!!こいつ青葉ちゃんを呼び捨てに!!!?

「すみません、レイさん
何か言いかけませんでしたか?」

流石は青葉ちゃん!!

「あっ、今度の「青葉ちゃーん!」「注文おねがーい」」

洋品店屋の女主人とその娘が青葉ちゃんを呼ぶ
くっそぉぉぉぉぉぉぉ!!

「はーい、ただいま」

振り返って返事をする青葉ちゃん
こちらを振り返って、それで?と言う顔をする青葉ちゃん
これ以上引き止める度胸もない…

「今度、店の親方も連れてくるね…それだけ…」

俺の意気地なし!!!!!!
うわぁぁぁぁぁーーーーー
心の中で第絶叫する

「それは嬉しいです!お待ちしてますね!」

可愛く微笑むと、小走りで行ってしまう青葉ちゃん
あぁ…青葉ちゃんが…

「ヘタレが」

ソラウの冷たい言葉が刺さる

「うるせぇ…」

力なく答えて正面を向けば
ゴコクがレイを見て鼻で笑う
コイツ性格わるっ!!

「お前!!!絶対、青葉ちゃん狙いだろ!
青葉ちゃんは渡さないからな!!」

魚のフライを貪りながら睨みつける
コイツの飯も美味いじゃねーかクソっ!!
睨みつけるように見上げれば悪びれもせず
コクリと頷くゴコク

「アンタより青葉に頼りにされてる…
それに青葉と過ごす時間は俺の方がずっと長い」

そう言うと、ニヤリと不敵に笑う

この野郎!!!!!!
愛想笑いはできないのに
バカにした笑いはできんのかよ!
どこまでもムカつく野郎!!

「クハハハハハッ!!まぁーせいぜい頑張れよ」

ソラウが爆笑する

「お前どっちの味方なんだよ!!」

魚のフライを飲み込みソラウを睨みつければ

「まぁ、1人で異国にやってきて店開くような逞しい青葉ちゃんの相手なら
好きな女1人デートに誘えない、冴えない鍛冶屋のヘタレ犬に
片や仕事ができて、頼りにされてる顔の良い男じゃぁー
ゴコクに軍配が上がるわなー
クククッ」

「うぐっ…」

返す言葉もなく歯噛みしていると

「駄犬」

と、フライパンで調理しつつ真顔で言い放つゴコク

「ブッ!!ハッハハハハハ!!!」

ソラウの爆笑が店内に響き

「この性悪野郎!!!!」

キレて立ち上がれば
慌ててやって来た青葉ちゃんに諌められ
またも青葉ちゃんに良いとこ見せられず
俺の評価がマイナスになっていく…
クソォ…
次こそはと誓うのだった。
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