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第7話 従業員

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 「まずい…非常にまずいんです…」

店を始めてからようやく迎えた初めての休日
2階で朝食を取りながら
目の前で厚焼き卵を頬張っている
相変わらず目と鼻を覆う狐面を付けた巫女服のタカちゃんに
真剣な眼差しで訴える

「何がまずいんじゃ?」

モグモグしながら
あっけらかんと答えるタカちゃんに

「人手が足りないんです!!」

私の大声に
思わずタカちゃんが驚いて肩を揺らし
二切れ目の厚焼き卵を
ぼとりと落とした

そう!!
こんなに早くお店が軌道に乗るとは思っていなかった
まだ、オープンして6日しか経っていないのに
3日目から大盛況、私1人で切り盛りするには
あまりに無理がありすぎる
定食は3種類
全てトレーの上にセットしてメインだけ調理するにしても
オーダーや会計、後片付けに
何よりトイレにすら行けない!!
どーせ、そんなにお客さんは来なかろうと
5つあったテーブル席は3つだけ残してしまったのだ
カウンターだけならなんとかなったのに…
良い意味の誤算ではあるが
目がまわるほど忙しい

「ふむ…人を雇うにしても
まだこの世界に来て間もないお主の元に
この世界の住人を雇い入れるのはちと心配じゃな…
そうじゃ!仕入れをしてるワシの神使いがおったじゃろ
その者に手伝わせよう!」

「えっ!?」

なんて話の早い神様ですかタカちゃん!?
でも、神使いさんにお会いした事ないんだよね…
毎晩、必要な食材や物品を紙に書いて
タカちゃんに渡された漆塗りの葛籠に入れておくと
なんと、翌朝にはその品物がカウンターの上に置かれているのだ
一体どう言う原理だと言うのか…
きっと、その紙が葛籠の中を通して神使さんの元に行くのだろうと
私は勝手に思っているのだが…品物はどうやって届いているのか…
神様のシステムは人間の私には理解できない

「すんごい助かりますけど!!いいんですか!?」

「まぁ、正確にはワシの神使ではなく
お主が泣いておったあの神社の神使じゃがの
アレもお主を心配しとったんじゃ
しょっちゅう青葉はどうしてると聞いてきて煩いくらいじゃから
快く手を貸してくれるじゃろ」

そう言うと朝食を食べるのを再開する
タカちゃんは皿の上に落としていた厚焼き卵を
端で掴んで口に放り込みモグモグしながら

「まぁ、金はいらんじゃろうが
本人から給金代わりに何が対価で欲しいか
相談して決めたらよい」

給金の代わり
神使って何が欲しいんだろうか?
お酒とかお米?
首を捻っていると
タカちゃんが
お代わり!と茶碗を差し出す
ハイハイと言ってお茶碗を受け取る
夜はシューちゃん、朝はタカちゃんにご飯を作る日々
私はお母さんですか!?
と、聞きたくなるが
多々お世話になっているので仕方ない

「それで、神使さんはいつからお願いできますかね?」

できれば早めに来てもらいたいが
いくら神様の使いとは言え都合も色々とあろう
お茶碗に米をよそっていると

「もう、来ている」

タカちゃんの言葉に
来ている?んっ?聞き間違いか?
と振り返れば、座っているタカちゃんの横に
見知らぬ長身のイケメンが立っていた

「へっ?」

思わず茶碗を落としそうになるが何とか堪える
日に焼けた浅黒い肌に少し癖毛の黒髪
眠そうなタレ目をしており
口は一文字に結ばれ、眠くて不機嫌ですと言った顔をしている
整った顔でタレ目ゆえに、不機嫌そうな顔も可愛らしくも見える
顔が良いと言うのは男でも女でも本当に得だと思う…
それにしても長身でひょろっとしているかと思えば
青い巫女服?のような服から出ているスラリと長い腕は
筋肉質で見た目よりもガタイは良さそうである

「ほら、2人とも突っ立ってないで座らんか」

平然としているタカちゃんに急かされて
お茶碗を手渡しつつ私も席に戻ると
立っていた男性ものんびりとした動きで座る

「この者はゴコクじゃ
いつも、仕入れをしておるが会うのは初めてじゃろ」

そう言われて、慌てて頭を下げる

「はっ、初めましてゴコクさん
いつも仕入れをして頂き本当に助かっています
ありがとうございます」

顔を上げてゴコクさんを見ると
ゴコクさんは真っ直ぐに私の目を見て

「いえっ」

低い声で、一言発し
また口が一文字に結ばれる
えっ…まっ…まさか怒ってらっしゃる?????
仕入れの量が多過ぎる!?
いや、それとも働かされ過ぎだからとか!?
助けを求めるようにタカちゃんに視線を送ると

「相変わらず無愛想じゃのーゴコク
これからは、お主も店に出るんじゃ
ちっとは、ニコッとしたらどうじゃ?」

タカちゃんはぬか漬けのきゅうりをボリボリと食べて
飲み込むと

「心配するな青葉
こんなトロくさい感じではあるが仕事は卒無くこなすじゃろ
それでゴコク、お主は給金として何が欲しい?」

タカちゃんが聞くと
ゴコクさんはゆっくりと首を捻る
そして数分の間

かっ…考えてる…めっちゃ考えてる…
何を言われるのかと手に汗を握る
やっぱりお金だろうか…

「…青葉の手料理が食べたい…」

やっと口を開いたと思ったら
手料理…そんなので良いのか???

「私の料理なんかで良いんですか?」

コクリと頷くゴコクさん
大の男が頷く姿は、なかなかに可愛らしくて
なけなしの乙女心がキュンとする
可愛いなゴコクさん…

「安い奴じゃの
まぁ、本人が望むんじゃ賄いが給金代わりと言ったところじゃの」

つまり、タカちゃん、シュウちゃん、ゴコクさんに
ご飯を作ると言う事ですね…
まぁ、1人でご飯を食べるのは味気ないし
まだお給料を安定的に払えるほど蓄えもできてないから
ありがたくそれでお願いしよう

「わかりました!頑張って美味しいの作りますので
今日から改めてよろしくお願いしますゴコクさん!」

そう言って頭を下げてからゴコクさんを見れば

「よろしく」

そう一言発すると、また口を一文字に閉じてしまったが
心なしか先程よりも口角が上がっていて
嬉しそうに見えなくもない
私の気のせいかもしれないけど…

「ワシが呼んどいて何じゃが
ちと、不安になってきたの…」

タカちゃん!!!今更っ!!
心の中で叫んだが猫の手も借りたいほどなのだ
ゴコクさんに頑張ってもらうしかない

ゴコクさんにも朝食を食べて頂き
タカちゃんを見送った後
早速、お店の業務について説明をする
一通りの仕事内容の中で
こなせそうな業務はあるかと聞いたら
どれでも良いと言うので、試しにカウンター内での
トレーのセッティングと調理を一通りやって見せた所
一発で全て完璧にこなすゴコクさん
のんびりな動きに反して、いざ仕事が始まると
テキパキと動いてくれる
優秀すぎる…
手料理なんかじゃ足りないのでは!??

「凄いですゴコクさん!!」

カウンター越しに思わず拍手して笑顔で
キッチン内のゴコクさんを見れば
ボーッとコチラを見つめているだけ
なっ…何か反応をください…
店内で虚しく私の拍手が響く
コホンっとわざとらしく咳払いをして誤魔化し

「ゴッ…ゴコクさんなら何も心配はなさそうなので
私がホールを担当してゴコクさんにはカウンター内のお仕事を
お任せしますね」

そう言うと、無言でコクリと頷くゴコクさん
何となく分かっていたが、私と必要最低限の話すら
したくないと言う事なのだろうか…
必要以上に話し掛けないようにしよう…
青葉が煩くて仕事を手伝いたくない
などと言われては困るし
従業員ができたからには
私は雇用主(仮)なわけで
神様の世界ではわからないが
セクハラとかパワハラとかハラセメント的なものにも気を使わねばなるまい
独身女は直ぐに独り身の男にちょっかいを!
とか、思われたくないし…
本当に気を付けよう…
ゴコクさんイケメンだからモテそうだし
神使に夫婦制度があるのかどうか知らないが
奥さんとかいる可能性もあるわけで…

ゴコクさんをチラリと見れば
テキパキと無言で使ったフライパンを洗っている

そう言うプライベートな話も聞ける雰囲気でもないし
この話もセクハラになるやもしれない!?
雇用する側ってめっちゃ気を使う!!!
しかし無言も気まずい…
なっ、何か当たり障りのない会話を…

「ゴッ…ゴコクさんはコチラに通うとなると
大変じゃないですか?仕入れもありますし」

今までは仕入だけだったが
今後は店で働いて、さらには仕入れもしなければならない
考えてみればかなりの長時間労働になるのでは!?
手伝いは週3とか変えた方が良いだろうか…

「…仕入れは下の者に頼んだ
これからはこっちに住むから」

「あぁー、そうなんですね!
……んっ?
こっちに住むって?家はどうするんですか!?」

とんでもない回答!!えっ!?
ゴコクさん仕入れ辞めて店完全担当!?
ってか、こっちに住むって!???
慌てていると
相変わらず眠そうなゴコクさんが上に向かって指を刺す
ん?上?天界?

「この家に空きがあるって聞いた
客室…そこに住む」

「・・・・・・・・すっ…住み込み!?」

まって、ゴコクさんは神使とは言え性別は男性では!?
いくら私に可愛げがないとは言え
こう見えて、生物学上は女な訳で!!
世間体とか色々!!!!色々問題がっ!!

「まままって下さい!ゴコクさん、奥さんとかお付き合いされてる方は!?
私みたいな独身女と一緒に住むなんて
例えフリーだったとしても、ゴコクさんに風評被害がっ!!!」

こんな絵に描いたようなイケメン男性
しかも神様の御使
悪い噂が立ったらゴコクさんだけでなくタカちゃんにも
申し訳なさすぎて死んで詫びるしかない
私も絵に描いたような美女ならまだしも
あんな女と同棲!?とか思われるんだよ!
あっ、自分で思ってて悲しくなってくる
だって仕方ない、失恋したばかりなんだもん
ネガキャンは続いているのです…
ふと、何の返答もないゴコクさんを見れば
眉間に皺を寄せて私を睨んでいる!!!
こっ、怖っ!!!
イケメン男性の睨みつける怖っ!!!
一体何が逆鱗に触れたと言うのかっ!!?

「いない…」

眉間の皺はそのままに一言発せられる言葉
んっ?と、慄きすぎて聞き逃してしまった

「そんな相手はいない」

あっ…あぁ…なるほど
彼女いねーよ!悪いか!?って事ですね

「すすすスミマセン、失礼いたしました」

だって、こんなイケメンに相手がいない前提で
話をする方が失礼じゃないかと思って…
内心でめちゃめちゃ言い訳をしてシュンとなる
すると、カウンターから出てきて
私の方に来るゴコクさん
眉間の皺は消えたものの今だに不機嫌そうな顔
えっ…なななななな
殴られはしないだろうけど
そんな!?土下座した方が良いですかっ!?
怯えつつも、椅子から慌てて立ち上がる
目の前に来たゴコクさんを見上げると
そっと手を取られる
それは思いもよらぬ程
壊れ物でも扱うように

「ふぇっ!?」

思わぬ行動に変な声が出る

「怯えさせてごめん…
俺は目つき悪いとか、気が回らないってよく言われる
…青葉に怯えられるのは辛い…
ごめん…」

先程までの不機嫌な顔でも
眠そうな顔でもなく
困ったような、怒られた子犬のような顔をしているゴコクさん
今までとは比べ物にならないほど流暢に喋ってるし!!
不謹慎ながら可愛いと思ってしまう
それよりも、何だこの少女漫画みたいな展開は!?
恥ずかし過ぎて顔が赤くなる
落ち着け青葉!
ゴコクさんは謝罪してくれてるだけじゃないか!

「いっ、いえそのっ
ゴコクさんに色々と失礼を言ってしまったのではないかと思ったもので」

手汗が手汗でゴコクさんの手が汚れてしまうぅ!!
そんな事を思い
そっとゴコクさんの手から己の手を引き抜こうとするが
先程よりも力を込められギュッと握られる

ひょえぇーーーー!!!!?

心の中で叫ぶ

「青葉は…俺のこと嫌い?」

なななななななな!!!?
何故そんな話になるぅぅぅぅ!??

「嫌いじゃないです!嫌いじゃありません!!むしろ頼りにしています!!」

必死か!!と、自分自身にツッコミを入れる
会って間もないと言うのに
何を基準に言っているのか自分でもわからないが
取り敢えず色々必死
なななななんなんですかこの状況は!!!!?
てっきり、必要最低限のコミュニケーションしか取りたくないキャラなのかと思っていたのに
わからない!!ゴコクさんの距離感がマジで分からない!!

「良かった…
青葉と話せるのはすごく嬉しい
頼られるのはもっと嬉しい」

そう言って微笑むゴコクさん
無表情キャラand良い男の微笑む顔の破壊力!!
こんなイケメンと共同生活とか
私の心が持ちそうにない
と言うか、そんなこと言われてこの距離感
恋愛漫画ですか!?
イケメンにこんなこと言われたら
惚れてまうやろーー!!

って…

私みたいなしょーもない女が
何考えてんだか…
脳内お花畑のバカ女だけはゴメンだ…
何せ私は可愛げのない、1人で生きて行ける系逞しい女認定を
散々されてきたのだ
段々と冷静さを取り戻してくる
こんな風に冷静になるところも
可愛げが無いのだろう
分かっているクセに直さないところとか

はぁ…

何とか冷静さを取り戻し

「私も話し相手ができて嬉しいです!
ゴコクさんが住むなら客室の掃除しないとですね
あっ…あはははは
掃除してきます!!!」

そう言うと思い切り手を引き抜き
慌てて3階まで駆け上がり客室に逃げ込む

冷静というには程遠かったかもしれない
これから、どうなるんだ私の生活…
あんなモデルみたいなイケメンとルームシェアとか
こりゃ相当に気を使う日々がやってくる
ヘナヘナと座り込み大きくため息をついた。



1人、1階に取り残されたゴコクは
青葉が逃げる様に駆け上がった階段を見上げ
不敵に笑うと
愛しむ様に青葉が座っていたカウンター席をひと撫でした。
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