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第5話 人気店の予感
しおりを挟む慣れぬサービスに戸惑いつつも、せっかく出してもらったんだしと、置かれた布に手を伸ばすとヒンヤリと冷たい布
!驚きはそれだけではなく、湿っているのに手触りが良く、手を拭うと申し訳ないくらい真っ白な布に汚れが付く
うっ…俺の手汚っ…
目に見えて汚れた時くらいは手を洗うが、いちいち外で手を洗う習慣はない。まして今は仕事の合間、そこでふと思い出し隣の相棒を見れば、先ほどと全く変わらない様子でボケッと見惚れている。
「おい、レイ!いい加減に戻ってこい!
こんなんじゃ、お前ただの無口なキモい野郎で終わるぞ」
「はっ!!キモいと思われるのは嫌だ!」
一瞬で戻ってきたレイにため息をついて、首を女の子の方に振り話をふれと合図するが、小声で「無理無理無理」と連呼している。
元々好きな女相手に積極的に行くタチでは無かったが、ここまで奥手なのは初めて見る。
仕方ないと、またため息をついて、カウンターの方に向き直ると同時に
「お待たせしました!
本日のオススメ定食のサイコロステーキと、リンゴの果実水です」
「早っ!」
カウンターから手を伸ばして置いてくれた盆には、見たこともないほど真っ白な陶器の皿に良い匂いをさせ、一口サイズで四角く切られた肉、そして、早々お目にかかれない瑞々しく新鮮なサラダ、スープはチキンだろうか?これもまた良い匂いがする。
パンは盆にそのまま置くのではなく、ご丁寧に小さなバスケットに幾つかに切り分けられて入っている。
何なんだこの店…貴族が通うような店なのか?
いや、だったらこんな値段なわけがない。
いい香りに食欲がそそられて涎が出そうになる。
早く食べようとガチャリと音を立ててフォークを手にして、肉に刺すと肉汁が滴り落ちる。
間違いない…食わなくても分かる
絶対に美味いぞこの肉…
ゴクリと唾を飲み込んで口に入れると、わかってました分かっていましたとも
「うっまぁーーーー!!!!何だこの肉!!
柔らかいし味が濃い!味付けは胡椒だけじゃないよね?」
あまりの美味さに感動して声がデカくなるが許してほしい。
なんせ、人生でこんな美味い肉を食べたのは初めてなのだから、いつも酒場で食べる肉はパサパサで、噛みきれない様な硬い肉ばかり、味付けは塩と胡椒だけだ。
肉の油が悪ければなお最悪、若い俺達ですら胸焼けを起こすほどだ。
「気に入ってもらえたようで良かったです。
味付けはガーリック醤油です。私の国の醤油と言うソースを使いました。
こちらの方のお口にも合うようで良かったです。」
そう言って花が咲いたように嬉しそうな笑顔を浮かべる女の子、ベチャッと横から水を刺す様な汚い音がして、横を見れば案の定、笑顔に見惚れたのかレイが皿の上に肉を落としたようで、盆の上に汚らしくソースが飛び散っている。
「大丈夫ですか!?お洋服汚れませんでしたか!?」
「へぁっ!?だっ!だだ大丈夫です!!!」
そう言うと黙々と飯を食べ始めるレイ
こりゃ、せっかくの美味い料理も味わえてなさそうだ。
そう思いながらパンに手を伸ばせば、その柔らかい手触りにまたも驚く、随分と白いパンだなとは思っていたがフワフワしている。これは俺の知っているパンとは別物なんじゃないか…試しに千切って口に入れれば、ものすごく柔らかい!スープに浸さずともほのかに甘味を感じる。
パンだけでも食える!!
そのパンを今度はスープに浸して口に放り込めば、スープを吸ったパンとチキンと野菜の味が滲み出てくる。
何だこの旨みの塊!!
このスープもめちゃめちゃ美味い。
スープの深皿を持ってゴクゴクと飲み干せば、体の芯から温まるようだ。
お次はサラダ、何でこんなに瑞々しいんだ。
フォークで見慣れない薄緑の葉を刺して口に入れる。何かソースがかかっていると思っていたが、甘酸っぱい何とも表現し難い味、初めて食べたがこれも美味い!!
このソースは肉にも合うんじゃないかと思う。
「サラダに掛かっているのは胡麻ドレッシングなんですけど、どうですか?
ちょっと酸っぱいかもしれないんですけど…」
何やら手元で作業しつつもこちらの様子が気になったのか、俺と同じくサラダに着手したレイを女の子が心配そうに見ていた。
黙々と食べているレイの脚を蹴ると
「ヴッ!!?」
と、変な声をあげて非難がましい顔をして、こちらを睨みつけてくるので
「馬鹿、話しかけられてるぞ」
そう言って女の子の方に向かって顎でしゃくる。
すると、バッ!!と、効果音でもつきそうなくらい勢いよく正面を向くと、真っ赤な顔をして
「すっ…すごく美味しいですぅ…」
尻すぼみで声が小さくなり顔が下がっていくレイ、後半は人間の耳では聞き取りにくかったのでは無いかと思う。
「フフッ、お口にあった様で良かったです」
懐の深い子で良かったな!他の店の女店主なら、あぁ?何だって?よく聞こえないよ!!
もっとでかい声で言いなっ!!と、怒鳴られているであろう。
「俺はソラウ、こいつはレイ、俺達はこの近くの鍛冶屋で仕事してる。
鍛冶屋って言っても、殆どが冒険者用の武器ばっかりだけどね。
君は?この店は最近まで無かったと思うんだけど?」
レイのために一肌脱いでやろうと女の子に話しかける
「ソラウさんに、レイさんですね。
鍛冶屋さんで働かれているんですか、夏は大変そうですね…私は青葉と言います。
知り合いに此処で料理屋を開かないかと誘われて越してきました。
今日が初営業日だったんです。
なので、このお店の記念すべき最初のお客様はソラウさんと、レイさんです」
そう言ってニコニコと笑う青葉ちゃん、あぁ…これ間違いなく人気でるわ…。
食事もだけど、青葉ちゃんも…この子、間違いなく人たらしだわ…意図的だったらとんでもなく恐ろしい子…既に犠牲者居るし、横を見ればレイの耳は後ろにへにゃりと倒れ、ブンブンと左右に振っていた尻尾が、今や円を描く様にグルグルと激しく回っている。
レイ…お前…尻尾ちぎれるんじゃねーの?
「その誘った奴って彼氏?婚約者か何か?」
取り敢えず確認はしておこう。結婚相手がいるから此処で永住するために店開いた可能性も大いに有り得る。
女1人で他の国に移住なんて殆ど聞かない。
レイの尻尾がわかりやすくピタリと止る。
「いえっ!とんでもない!誘ってくださったのは女性の方ですよ、知り合いの知り合い?とでも言いましょうか?
私の国の料理を大変気に入ってくださって、毎日のように食べたいからと此方にお誘いいただいたんです。」
なるほど、フリーか…。
良くやったその知り合い女性、確かにこの美味い飯を一度食べたら、もうその辺の飯屋には入れない。
「そっかー、確かに初めて食べる味付けだけど、どれもすんげー美味いもん、誘った子の気持ち分かるわ」
そう言いながら果実水に手を伸ばす。
キンキンに冷えたグラス、一体どうやってこんなに冷たくしているのか?
氷の室戸でもあるのだろうか?
口に入れると爽やかな甘味、確かりんごの果実水と言っていたか?
めちゃめちゃ美味しい!
ゴクゴクと一気飲みしてしまう
「これも美味い!っていうか、どれ食べてもうまい!」
そう絶賛すると、レイもウンウンと首がもげそうなくらい縦に振っている。
「絶賛していただけて大変光栄です。
良かったら、初のお客様記念に此方のデザートもどうぞ」
そう言ってカウンターの上にコトリと置かれた白い皿の上に黄色のぷるぷるした物体、その上に黒いソースと横には白い何かが乗っている。
「こちらは自家製プリンです
黒いのは砂糖を煮詰めたもので、横の白いのはホイップクリームと言って…乳製品を泡立たものと言いましょうか?
それも一緒にお召し上がりください」
「え?食べちゃっていいの?」
ただでさえ安い料金設定に、初めてのお客様記念でデザートまで出してくれるなんて、青葉ちゃんは商売向きじゃ無い気がするんだが、本当人が良すぎて心配になる。
「もちろんです。
今日お客様が1人も来なかったらどうしようって、心配で昨日は眠れなかったんです。
でも、お2人が来てくれたので本当に嬉しかったんですよ」
この子は人を誑かす魔の化身か、はたまた女神様の遣いか…これから数多の男が青葉ちゃんにコロッとやられる事だろう。
…可愛い!と言うかイジらしい!!
この店を職場の同僚や友人達に広めてやりたいが、広めたくない気もしている。
ありがたく頂くよと、スプーンでプリンを一口頬張ると、口の中に広がる甘さ、冷たくて甘い!!
卵だろか?甘いけれど、苦味のある黒いソースがまた堪らない。
今度は隣のホイップクリームをプリンと一緒に口に入れれば、甘さの段階が跳ね上がる。
このホイップクリームとか言うやつだけで、皿いっぱい食べれそうだ。
甘党の俺にはたまらないご馳走だ。
レイのやつも甘党だから、尻尾を振りながらプリンを大口開けて頬張っている。
これはとんでもない店を見つけてしまった。
これからの昼飯はここで決まりだな、そんな事を思ていると後ろから、カランカランと来客を告げる音がする。
「あのー、ここ食事どころよね?
3人なんだけど入って大丈夫?」
彼女らも昼休憩だろうか?
貴族御用達の商品店で働いている女の子達だ。珍しい物好き、新しい物好きのおしゃれ女子達が早速この店を見つけてしまったようだ。
広まるのも時間の問題であろう
「はい!お好きな席へどうぞー」
愛想の良い返事をして、グラスと手拭き用の布を盆に乗せて、素早く彼女達の元へ向かう青葉ちゃん
「急がねーと、すぐに青葉ちゃん掻っ攫われるぞ!
頑張れよレイ!」
バシッとその背中を勢いよく叩けば、プリンでむせるレイにニヤリと笑ってやった。
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