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56.来訪者

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 「それで…?
人間の奴隷商人如きに容易く捕まるお前が、タキナ様の仲間になると?
どの口が???仲間ではなく、ペット志望の言い間違いですかぁー?」

 仁王立ちしたリリーちゃんが、気弱な青年に絡むヤンキーの如く、あ“ぁぁぁん?と宿屋の床に正座するルークスを睨み下ろしている。
 正座をしているルークスの耳も尻尾も、ヘニャリと萎れ、反省しているワンちゃんのようで可愛いと思いつつ、そんな事をお首にも出さず「まぁー、まぁーリリーちゃん落ち着いて」と、リリーちゃんを嗜める。
 
 遡ること1時間前、救出したルークスを宿屋に連れて帰れば、ミレットさんにまた奴隷か?言わんこっちゃないと言わんばかりの目で見られたのは言うまでもない。ミッドラスでお世話になった知り合いです!と、弁解したが…あれは間違いなく疑いの眼差しだった…。苦笑いしながらやり過ごし、皆の待つ部屋の扉を開ければ、リリーちゃんがすかさずキラキラの笑顔で走り寄ってきた。

「タキナ様ぁー♡リリーは気に入らない人間とでも、良い子でお留守番できまぁ”っ!!!!?」

 ルークスを目視した瞬間、表情が抜け落ち獣のような瞳に変わるリリーちゃんを、冷や汗をかきながらドウドウ!と押さえながら部屋の中へと押し込み、同じくリリーちゃんを目視したのであろうアレイナとルークスが背後で「「ヒィッ」」と小さく叫んだ。

少し休憩を取った後に、ルークスから事情を聞いたところで冒頭に戻る。

「あぁー、つまり話を整理すると…ルークスは私の旅に同行したくて、ミッドラスの兵士を辞めて私達の後を追ったけれど、平原で倒れていた女性を助けて、お礼に食事でも…と言われ付いて行ったら、奴隷狩りに襲われ捕まったと…?」

「はい…」

俯き、眉尻を下げしょんぼりとしたルークスが小さく返事をする。

「ルークスさんてぇー、人が良さそうとは思っていたけどぉー、筋金入りねぇー、そんな古典的な罠に掛かる人いるのねぇー、可愛いぃー♡」

「お人好しのバカ獣人」

「もはやバカ犬です。」

「グレン君、リリーさん!言い過ぎです!」

「アレイナの言う通りですよ、これ以上ルークスのメンタルを追い込むのは辞めたげて」

 この子のライフはもうゼロよー!と言いたいところだが、通じないと思われるので心の中で留めておく、ライフゼロどころかマイナス…。
良い年した青年兵士が、宿屋の床に土下座させられて、子供にボロカス言われているんだ…色々とドンマイ!ルークス!
ベッドの上に座り、ことの経緯を見守っていた双子だけが、同情するような目でルークスを見ていた。

「ルークス、顔を上げてください。
連れて行くかどうかは直ぐに決断することはできません。
それに、ルークスは休息が必要でしょうから今はゆっくり身体を休めてください。話し合いは、その後にしましょう。」

 「はいっ…」と消えそうな声で返事をしたルークスを見下ろして、内心で溜息を吐く、双子と言い…ルークスと言いどうしたもんか…。

 また問題が増えちゃったよと思わず米神を抑える。
先日アレイナがメイバーの大釜の店主から預かってきた魔獣の買取代金のおかげで、しばらくは懐が温かいが、これだけの人数を養うとなると心許ない。
これではまるで、従業員を抱えた社長のようではないか!!

 はぁ…再び心の中でため息をつく、ルークスに風呂に入ってから寝るようにと伝えて、ルークスが増えた分の滞在費と食事代を支払うために、ミレットさんのいるカフェに向かう。後数歩で店内が見えると言うところで、カフェの方から話し声が聞こえ、咄嗟に足を止め壁に背をつける。

 先ほど戻って来た時は、カフェの閉店後ということもあり客は1人もいなかった。
しかも、話し声はミレットさんと男性…宿を取りに来たような会話では無さそうだ。
そっと、聞き耳を立てる。

「…すから、その様な怪しげな人間をうちの宿に泊めたりはしませんよ、お引き取りを…」

「そうは行かない。ローブ姿の怪しげな者がこの宿に連日出入りしている目撃情報があった。
一目合わせてくれれば良い。人違いならそれで良いんだ。
どうしても伝えなければならない事がある。頼む、この通りだ。」

「ファグレスさん…いくら貴方に頼まれたとは言え、お客の情報をおいそれと言えませんよ、そもそもローブ来て歩いてる旅人ならいくらでもいるでしょ?」

「ミレットには申し訳ないが、仕方ない。
ならばこう言い換えよう。先ほど、奴隷市場で獣人の奴隷が1人攫われた。
襲ったのはローブを着た二人組、その2人がこの宿に奴隷を連れて入って行ったと言う情報がある。
その犯人を追っている。罪人を隠すなら、他の騎士を呼び捜索させてもらう。」

「え〝っ!?何ですって!?連れ去った!?」

ミレットさんの上擦った声が、カフェに響き渡る。
話の相手は双子を助けた時に遭遇したファグレスと言う騎士か…伝えなければならない事とはなんだろう…敵意はない様に思えるが、この状況では出て行かざるおえないだろう。ミレットさんにこれ以上迷惑は掛けられない。
仕方なしに、廊下からカフェへと足を踏み入れれば、気づいた2人が同時にコチラを見る。

「その件に関しては、むしろ感謝していただきたい案件ですよ。
私が助けたのはミッドラスの要人の親族、この事がミッドラスに伝われば戦争に発展しかねませんから」

 そうはならなかったかもしれないけど…いや、血の気の多いシルトフィア代表ならやりかねない?
…間抜けなルークスが悪い!と、バッサリ切り捨てそうな気もしなくもないがっ…言いすぎちゃたかなぁ…と、少々不安に思いながら、2人の方へと歩みを進める。

「タキナ殿!?こうしてまたお会い出来てよかった。
と、言いたいところですがっ…双子の時もそうでしたが、今回の獣人の件も事の収拾には少々骨が折れました。
流石に立て続けは困りますタキナ殿…。」

「うっ…それは手数をお掛けしました…。
それで…もしや私を捕らえに来たのですか?」

 やってしまったな…奴隷商人を背後から襲って気絶させてルークスを助けたけど、どうやら目撃者がいたらしい…。まぁ、ルークスが私の名前を叫んで助け求めてたし…当然か…。

「まさか、人の身で貴方を捕らえられる者など居ないでしょう。
私がここに来たのは、国王陛下より出された命について伝える為です。
ミレット、申し訳ないがタキナ殿と話をするために一部屋貸してもらえないだろうか?」

「…分かったわ」

ミレットが、訝しげに私の方を見つつカウンターの奥にかけてあった鍵を一本手に取ると、ファグレスへと手渡す。

「タキナさん、貴方…いえ、何でもないわ…。
貴方が悪い人間でないことくらい分かるもの、数百年生きた私の見る目に狂いはないわ!
けど、1人増えた分の宿代と食事代はしっかり貰いますからね!」

「アハハ、勿論です。
それを支払う為に此方に来たんです。」

そう言ってカウンターにお金置く、ミレットさんの懐の深さには大感謝だ。
しかし、国王から出された命とは?ファグレスがわざわざ私を探して伝えに来るくらいなのだから、間違いなく私が関与しているのだろうな…。

うぅっ…もうこの国の王様に目をつけられたのか?
黒髪の女を極刑に処すとか?

…オウチカエリタイ…

心の中で泣きながら、部屋へと向かうファグレスの後を追ったのだった。






 
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