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54.負の感情

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「凄いな!!見たかよレイテ!
あの白いサーベルウルフの斬撃、人間どころかあんな所まで森を真っ二つにしやがった!戦いたい!俺もあいつと戦いたい!!」

「落ち着け、落ち着けって!興奮するなソウジュ!あの白い魔獣…タキナ様が言っていた白い魔獣って奴か」

「……お前、あの人間…じゃない神に様つけてるのかよ…」

先程の興奮状態の様子はどこへ!?と思うほど、急に冷静になり問うてくるソウジュに眉を寄せる。

「普段から様つけとかないと、本人目の前にした時に呼び捨てにしそうだろ。
お前、本人目の前にして呼び捨てにしてみろ、ザイアスを殴り飛ばしたって言うあの僕に、お前も火口まで殴り飛ばされるぞ」

「…タキナ……さま」

「まぁ、頑張れ…それよりあの白いサーベルウルフ、お前なら倒せるか?」

「白じゃないデカいサーベルウルフを仕留めたことはある。あの斬撃喰らってもかすり傷程度だったが…まぁ、上から襲って頭食いちぎれば勝てるだろ。
あいつがどれくらい早い動きをするのか分からないが…翼にあの斬撃はくらいたくない…」

「俺達の翼は、的がデカいからな」

 あの白いサーベルウルフは通常色の大型個体よりも明らかに攻撃力が高い。だが1番の気掛かりは、何故急に白い個体に変化したのか?
 聞いていた話では、恐怖や憎しみなどの負の感情が溜まると白い個体が産まれると言っていた。だが、あの人間達の恐怖如きで白い魔獣に変化するなら人間達が飽きもせず行っている戦争で、あの白い個体が何体出来てもおかしくない。あの程度の人数の憎しみで白い個体が産まれるほど、既に負の感情が世界に溜まっていた?一滴の雫でコップの水が溢れるように…。

「レイテ、黙り込んでどうした?」

「何故、あの白い個体が急に出てきたのかと気になって、少し考えていた。
あの人間達の恐怖の量で白い魔獣が産まれたのかと…」

「そうだなー、人間達がまた戦争を始めたんじゃないか?
サーベルウルフが吠え始めた時、なんだか落ち着かない感じに俺もなった。」

「落ち着かない感じ?ソウジュが興奮してたのはそのせいか…。
僕は何も感じなかったけどな…。
それに、人間同士の戦争は今のところ遠のいてるって聞いたばかりだが…」

「レイテはドラゴンぽくないもんな!」

「ドラゴンですがっ???」

「怒るなって、あーあとはアレだ!
屍魔獣が何処かの国を襲ったとか?」

「まったく…。
それとも別の…多くの人間が憎しみを抱いたか、恐怖に陥る様な何かが起きたかだな、この議論は後でゆっくりするとして、まずはあの白いサーベルウルフを仕留めるぞ、奴をオウカ様への報告に持ち帰る。」

「やっとドラゴンの姿に戻れる!」

よっしゃっ!と拳を振り上げるソウジュの顔を見る。

「いや、人の姿のまま仕留める」

「えっ?」

「んっ?」

「ドラゴンの姿のが楽だろ!狩りするなら尚の事!」

「なんだ、ソウジュは里の中でも上位のドラゴンなのに人の姿では戦う自信が無いのか?大きさに物を言わさないと、犬1匹仕留められないのか?
小さい野郎だな」

「煽る時に活き活きとするお前のそう言うとこ、どうかと思う。…がっ!!
言ってくれるじゃねーか!あんな色違いの犬っころごとき!
ドラゴンにならずとも瞬殺だ!!」

「チョロくないと思わせて、やはりチョロいな我が友よ…」

「レイテ!雑魚は任せる」

「任された」

 あの白いサーベルウルフが負の感情により産まれたなら、魔石持ちであるドラゴンである自分達もどうなるか分かりはしない…。

「行くぞ!」

 実に楽しげな声で叫ぶと、ソウジュが木から飛び降りると、着地した瞬間そのままサーベルウルフのいる方向へ一直線に走り出す。
人の姿でドラゴンがどこまで戦えるのかというのもこれで分かるだろう。

「けど、火は吐けないんだよな…」

 自分で言い出しといて何だが、急に心許ない気がしてくる。
遅れて自分も木から飛び降りてソウジュの後を追う。
魔力は十二分にあり、魔法も使用できる。
不安材料がありながらも、それでも強者に挑みたくなってしまうのはやはりドラゴンの性だろうか?
自重気味に笑いつつ、ソウジュの背中を追った。




 冒険者達とサーベルウルフが対等する数時間前、サージの中心にある城門、その大きな赤黒い鉄の扉がゆっくりと開き、その隙間から多くの国民がゾロゾロとその中へと入って行く

「国王が民を集めて宣言するなんて、初めてじゃないか?」
「何だろうね?」
「荒地にできたあのデカい建物に関する事じゃないか?」
「あれは、奴隷の収容所って聞いたけど?」
「どーせ、碌なことじゃない。」
「そうだそうだ。今の国王になってから生活は苦しくなるばかり、王族と貴族ばかりが贅沢な暮らしをしている。」
「これ以上辛い思いはごめんだ」

 城の大広場に大勢の国民が詰めかけて、口々に不満を漏らす。
ザワザワと煩い民に、城の大きなバルコニーに置かれた金色の椅子に腰掛けている男が舌打ちする。
その男の頭には金色の王冠が乗っており、これでもかと言うほどあらゆる宝石を散りばめられ、陽の光に反射した宝石で、横に立つ宰相や騎士が眩しそうに目を細める。
 そも王冠を被ったその男は太りすぎているせいで椅子から尻の肉がこぼれ、顔も頬の肉が弛んで23歳という若い年齢でありながらブルドックのように老いた顔立ちだった。

 その男が不意に手を挙げると、背後に立っていたビキニのような布面積の少ない服に薄い桃色のストールを見にまとった美女がビクリと肩を揺らして、すかさずその男の椅子の真横へと跪くと、手にしていた白いハンカチで皮脂でギトギトしていた男の顔をそっと拭っていく、それを見た宰相がその美女の豊満な胸を盗み見ているのに騎士は眉を寄せたものの、直ぐに正面へと向き直った。

「陛下、そろそろ予定の時刻でございます。」

 陛下と呼ばれた男ほど太ってはいないが、声を掛けた宰相も腹が妊婦のように出っ張っており、肉付きの良い指で自分の指にはまっている赤い宝石を弄りながら、ニッコリとした笑みを浮かべて陛下へと跪いた。

「ふん…面倒だな、お前が言えば事足りるのではないか?」

「そんな、国王陛下…ここまで来て…いえ、何でもございません。
これは国の重大な国策の発表の場でございます。
下賤の生まれの者どもに、陛下の高貴なその御身を晒すのは私の心も痛みますが、その身を晒し陛下のお言葉で発表してこそ、あの者どもも此度の政策を歓喜に咽び泣きながら受け入れることでしょう。」

「めんどうだな、実に面倒だな」

 そう言いながらも、国王が再度手を挙げれば、背後に支えていた別の美女が黄金のステッキを跪いて国王へと捧げるように持ち上げる。
 それを踏んだくるように取ると、騎士と宰相の手を借りつつ、やっとの思いで重たい体を椅子から持ち上げて立ち上がれば、黄金のステッキをカツン、カツンと言わせながら、ノタノタとバルコニーの淵へと歩いていく、その姿を背後から見ながら宰相が騎士の隣へと移動する。

「国への関所の門は全て閉じたのだろうな?
国民を1人たりとも出すなよ」

「……心得ております。」

「おかしな気は起こすなよ、ヴァラン騎士団長…貴様が御守りするのは陛下とその財産だ。」

「……。」

「チッ、陛下が幼き頃より護衛として側に居たと言う理由だけで、楽して騎士団長の座になどと…調子に乗るなよ若造がっ…」

吐き捨てる様に告げると、宰相も陛下の方へと歩いていってしまう。
それを、ヴァランは無表情で見送った。

「鎮まれ!国王陛下のお言葉であるぞ!」

 宰相が声を張り上げる。
その言葉に、ざわついていた広場の国民がピタリと話すのをやめた。
広場を埋め尽くすほどの国民を見回すと、満足気にニヤリと笑う。
程なくして、ノタノタと歩いてきた国王がやっとバルコニーの淵に手をついて、ゼェゼェと息を切らしている。
いくら何でも太りすぎだと、流石の宰相も少しは痩せさせるかと、頭をよぎるほどだ。
 
 やっと息の整った、国王が顔をあげて広場を見回す。

「聞け!今日より我が国の主要産業は奴隷の生産、国王である我自らが支援する国産業である。
貴様らは我の所有物だ。税を納め、大いに奴隷を産み育てよ」

そう言い残すと、ノタノタと椅子へと戻っていく国王陛下に、宰相が内心で「それだけ!?用意した文章は?」と、その後ろ姿を穴が開くほど見つめるが、案の定、再びざわつき始める広場

「どう言う事だよ!!」
「奴隷の生産!?」
「意味がわからない!!」
「私達に産み育てろって、まさか産んだ子供全部奴隷にするって事かい!?」
「ど言うことだ!!説明しろ!!」

 怒りを含んだ怒号に変わりつつある広場に、ため息をついた宰相が広場を見下ろしながら片手を上げると、国民のざわつきが些か静かになる。

「陛下に変わり説明する。我が国は土地も痩せほそり、水も豊かではない。
そんな我が国でできる唯一の産業だ。
どの家庭も子供が多く、口べらしで奴隷に出している。
何、今までと大きく変わりはしない。
今まで同様、払えぬ税の分に差し出していた者どもを、郊外に建設した奴隷の施設で飼育し子供を産ませる。
家畜を増やして行くように、今後は奴隷を飼育して増やしていく、ここにいる民が税を払い続けることが出来るなら、君達には無縁の話だ。詳細は各自地区の代表に知らせる。
これは決定事項であり、覆されることはない。
以上だ。」

 そう言い残すと、宰相もバルコニーの奥へと下がっていった。
取り残された広場の国民には動揺が走る。

「人間を家畜みたいに育てるって?」
「そりゃ、奴隷堕ちなんて家畜のような扱いだけど、いくらなんでも…」
「税が納められなかったら、うちの娘は奴隷として取り上げられる。
そしたら、奴隷として売られる子供を産み続けるってこと…そんな悍ましいこと、絶対にあの子にさせたくないわ!!」
「ほら、でも、今まで通りじゃないか、税が払えなきゃ奴隷になるのは同じだろ?」
「何言ってんの!?
今までと変わりない?男どもはそうだろうね!
この国の若い女はこの話を聞いて震え上がってるよ!
子供を産み続ける為に生かされて、産んだ子供も奴隷になるんだ!」
「そうよ!男は何も分かってない!!」

 国王への不満から、男女間の価値観の差で言い争いへと発展して行くのを見た騎士達が、このままでは乱闘に成りかねないと広場から国民を押し出すように門から押し出す。

「黙れ黙れ!陛下の決定に異議を唱える者は容赦しない!
口を閉じてさっさと戻れ!」

「奴隷堕ちさせられたくなければ、抵抗するな!」

 騎士達からの怒号に、拳を握りしめ、騎士を睨みつけながら門へと向かう国民、彼らの憎しみと、やり場のない怒りと、絶望が瞬く間にサージ全体へ広がるのにそう時間はかからなかった。





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