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戦いの行方
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「ふう……まだ生きてる?」
「なんとかな……」
「役に立ったでしょ? 私の加護は」
「そうか、これがお前の言ってた……」
「首でも刎ねられない限り死ぬことはないと思う」
間違いなく致命傷だといえる傷だったが、あろうことか俺はまだ死んでいない。
原理は不明だが、どうやらラファエルの力によって生かされているようだ。
それでも、治癒(ヒーリング)だとかそういった類の能力ではないらしく、俺の胸には今も風通しがいい穴が開いた状態だった。
そんでもって痛みはだんだんと洒落にならないぐらいの激痛にシフトしていた。
「立てる?」
「手ぇ貸してくれるならな」
「ならよかった」
緊張の糸が切れたようにラファエルは気の抜けた表情を俺に向けたが、察するに抜けているのは俺も同じらしい。
ここは死ななかっただけでもよかったと考えるべきだろう。
そう思い、差し出されたラファエルの手に触れようとした直後の事だった。
「危ねぇッ!!」
それはコンマ数秒を争うぐらいの出来事。
反射的にラファエルを庇うように突き飛ばした直後に空間がぱっくりと裂けた。
「ちィッ……」
唸るような低い声で俺に向けられたであろう舌打ちと敵意。
体勢を立て直して振り返った俺の前には球体のような異次元が開いていた。
「てめぇ……」
一見しただけで術者と分かるように異次元の中に巣くうのは、まさしく先刻ラファエルに首を刎ねられたはずのメフィストフェレス――。
討ち取られた死体は転がったままなので、双子とかでないと説明がつかない。
「小僧が……余計な真似をしよって……」
俺に邪魔されたことに憤るメフィストフェレス。
往生際の悪い奴だ。その齢ならどの道長生きはできないだろうに……。
依然として目的は不明だが、奴はセカンドステージを始める様子。
(ん……?)
なんだか妙に左手が軽い。気のせいか違和感を覚えるぐらいに軽過ぎる。
直後に訪れた強烈な悪寒にえらく息が乱れていたが、そんなはずはない……。
――だが万が一の事もある。
俺は自分そう言い聞かせて祈るように左腕を確認した。
「うわあああああああああああッ!?」
腹の底から湧き出た悲鳴――。
痛みというよりも長時間正座した時のような痺れる感覚に近い。
「俺の腕はどこに……」
左腕が丸々なくなっているという事実。痛みどころの騒ぎではない。
身の毛がよだつ異様な寒さ。
それは今までに感じたことがないぐらい異質なものだった。
「殺すッ!」
不穏なその言葉。発したのは俺ではない。
吐き捨てるように語気を強めたラファエルは、洒落にならないぐらいの殺気を放ち剣を持ち直した。
「油断したところを……と思ったが、そう上手くはいかんか。それでも、お主がどれだけ強かろうが、わしは倒せんよ。禁術で生み出したクローンを容易く葬った事だけは褒めてやってもいいが、ラファエル。お前はわしの研究の糧となってもらう」
流石は有名な魔族だけあって扱う能力が尋常ではない。
上級魔族と遜色がない魔力に加えて“空間”という二重因子の持ち主。
認めたくはないが、奴の言ってることはハッタリなどではなかった。
「ラファエル……待て……」
メフィストフェレスの異次元に触れる事で生じる破壊力は無限――。
どれだけ魔力に対する防御力が高かろうが一切関係なく異次元に触れた部位を一撃必殺の名のごとく抉り取る事が出来るその能力は強大だ。
当たらなければ問題がないとしても、奴が異次元に姿を隠している限りはラファエルの攻撃が当たらないことを意味している。
つまりラファエルに奥の手でもない限り勝つことは難しいと考えていいだろう。
「待てと……言ってる」
俺自身、自分がヘタレな性分だというのはよく自覚している。
今だって逃げ出したい衝動を必死に抑えてるような状態――。
だから自分でもよく分からない。結局のところ俺は何に対して必死なのか。
わからないが、これからの行動でその答えが分かる気がした。
「私の前に立たないで。死にたいの?」
「俺に任せて欲しい」
「無理よ、あなたではメフィストフェレスに勝てない」
「今は俺を信じて欲しい。頼む……」
「…………」
ラファエルから返事はなかった。
強引な俺の申し出は黙認されたという事でいいのだろうか?
いずれにしろ、ラファエルが俺を止めなくなったのは事実だ。
「ほう、それが噂に名高いラファエルの加護か。ちゃちな真似を……」
「そうやって上から目線で吠えられるのは今のうちだけだ」
「……小僧、勘違いしとりゃせんか? 加護が不死とでも思っているのか?」
「そんな事は別に気にしなくていい。あんたの選択肢は二つ。大人しく尻尾を巻いて逃げ帰るか、俺に殺されるかだ」
挑発の為とは言え、我ながらよくもまあ臭いセリフを吐いたものだ。
今晩は布団の中で思い出して、もがき苦しむ様が容易に想像できて困る。
おそらくその頃には死にたくなってるだろう。
「フッ、フフフ……」
きょとんとした表情を浮かべた老人は急に壊れたように笑い始めた。
「わしを愚弄するか! 舐められたものだ。人間風情がいい気になりおって!」
メフィストフェレスは面白いぐらい俺の安い挑発に乗ってくれた。
異次元にその姿を消したことから本気で俺を殺しにくるのは明白。
――となると、やはり勝負は一瞬。
ぶっつけ本番となるわけだが、不思議と緊張はなかった。
そこにあるのは病みつきになりそうなぐらいの高揚感と今すぐにでも爆発してしまいそうな体の芯から伝わる疼き――。
燻る感情をギリギリのところで抑えて、最後に必要なのはそれを“爆発”させるタイミングだった。
「痛みを感じる間もなく死ぬがいいッ!」
その声に釣られるまでもなく、体が反射的に動いた。
(ここで爆発させる……!)
直感に従う形で俺は感じるがままに手刀を振るった。
「うぎゃあああああああああああッ」
直後に聞こえた断末魔のような悲鳴――。
声がした方を向いてみると、円形の異次元が綺麗に真っ二つに割れていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「落ち着いて。あとは私がやる」
異次元ごと裂かれて地面に転がり悶え苦しむメフィストフェレスの前に立ったラファエルは冷たい目つきをしてこう言った。
「メフィストフェレス、慢心したわね」
「馬鹿な……ッ。人間一匹にこのわしが……」
「それが慢心だと言うのよ。彼は魔族であなたと同じ超越者。それも、あなたの能力とは相性の悪い“断裂”のね」
そう言って首を斬り落とすというジェスチャーをして見せるラファエルさん。
出会う時代が違えば、俺もそうなっていた可能性があるだけに笑えない。
「そんな……まさか……そんなことが……」
「少し同情するわ。だから地獄で誇るといいわ。……私に殺されたってね」
天族とは思えない暗黒微笑を浮かべたラファエルは手にする剣を大きく振り上げると、命乞いするように両手を前へと突き出すメフィストフェレスにお別れを告げた。
「さようなら」
冷酷無比なその表情。悪い意味で夢に出てきそうだ。
「わしの負けだ。だから待っ――……」
振り下ろされた聖剣は容易く老人の体を切り裂く。
「ぎゃああああああっ」
地面に転がった憐れなその亡骸は蒸発するように白い煙を上げて消滅した。
「ずいぶんと無茶するわね」
「そう思うなら労わってくれ。こちとら体中がボロボロだ」
「うん。わかった」
「おいおい、冗談に決まって――――ン――――――――!?」
有無を言わさず強引に奪われた俺の唇。
ラファエルにとっては親愛の証といったところなのだろうか?
どうも俺の見解と相容れそうにない。
「わ、わかった……。もう大丈夫。大丈夫だから……これ以上はやめて下さい……」
「うん。わかった」
満足げな表情のラファエルからは動揺といったものが微塵も感じられない。
どうやら恥ずかしいと思っているのは俺だけのようだ。
「あれ……?」
緊張の糸が切れた所為か、訪れたのは理不尽で強烈な眠気――。
俺の瞼は幕引きと言わんばかりにゆっくりと垂れ下がってやがて意識は遠のいた。
「なんとかな……」
「役に立ったでしょ? 私の加護は」
「そうか、これがお前の言ってた……」
「首でも刎ねられない限り死ぬことはないと思う」
間違いなく致命傷だといえる傷だったが、あろうことか俺はまだ死んでいない。
原理は不明だが、どうやらラファエルの力によって生かされているようだ。
それでも、治癒(ヒーリング)だとかそういった類の能力ではないらしく、俺の胸には今も風通しがいい穴が開いた状態だった。
そんでもって痛みはだんだんと洒落にならないぐらいの激痛にシフトしていた。
「立てる?」
「手ぇ貸してくれるならな」
「ならよかった」
緊張の糸が切れたようにラファエルは気の抜けた表情を俺に向けたが、察するに抜けているのは俺も同じらしい。
ここは死ななかっただけでもよかったと考えるべきだろう。
そう思い、差し出されたラファエルの手に触れようとした直後の事だった。
「危ねぇッ!!」
それはコンマ数秒を争うぐらいの出来事。
反射的にラファエルを庇うように突き飛ばした直後に空間がぱっくりと裂けた。
「ちィッ……」
唸るような低い声で俺に向けられたであろう舌打ちと敵意。
体勢を立て直して振り返った俺の前には球体のような異次元が開いていた。
「てめぇ……」
一見しただけで術者と分かるように異次元の中に巣くうのは、まさしく先刻ラファエルに首を刎ねられたはずのメフィストフェレス――。
討ち取られた死体は転がったままなので、双子とかでないと説明がつかない。
「小僧が……余計な真似をしよって……」
俺に邪魔されたことに憤るメフィストフェレス。
往生際の悪い奴だ。その齢ならどの道長生きはできないだろうに……。
依然として目的は不明だが、奴はセカンドステージを始める様子。
(ん……?)
なんだか妙に左手が軽い。気のせいか違和感を覚えるぐらいに軽過ぎる。
直後に訪れた強烈な悪寒にえらく息が乱れていたが、そんなはずはない……。
――だが万が一の事もある。
俺は自分そう言い聞かせて祈るように左腕を確認した。
「うわあああああああああああッ!?」
腹の底から湧き出た悲鳴――。
痛みというよりも長時間正座した時のような痺れる感覚に近い。
「俺の腕はどこに……」
左腕が丸々なくなっているという事実。痛みどころの騒ぎではない。
身の毛がよだつ異様な寒さ。
それは今までに感じたことがないぐらい異質なものだった。
「殺すッ!」
不穏なその言葉。発したのは俺ではない。
吐き捨てるように語気を強めたラファエルは、洒落にならないぐらいの殺気を放ち剣を持ち直した。
「油断したところを……と思ったが、そう上手くはいかんか。それでも、お主がどれだけ強かろうが、わしは倒せんよ。禁術で生み出したクローンを容易く葬った事だけは褒めてやってもいいが、ラファエル。お前はわしの研究の糧となってもらう」
流石は有名な魔族だけあって扱う能力が尋常ではない。
上級魔族と遜色がない魔力に加えて“空間”という二重因子の持ち主。
認めたくはないが、奴の言ってることはハッタリなどではなかった。
「ラファエル……待て……」
メフィストフェレスの異次元に触れる事で生じる破壊力は無限――。
どれだけ魔力に対する防御力が高かろうが一切関係なく異次元に触れた部位を一撃必殺の名のごとく抉り取る事が出来るその能力は強大だ。
当たらなければ問題がないとしても、奴が異次元に姿を隠している限りはラファエルの攻撃が当たらないことを意味している。
つまりラファエルに奥の手でもない限り勝つことは難しいと考えていいだろう。
「待てと……言ってる」
俺自身、自分がヘタレな性分だというのはよく自覚している。
今だって逃げ出したい衝動を必死に抑えてるような状態――。
だから自分でもよく分からない。結局のところ俺は何に対して必死なのか。
わからないが、これからの行動でその答えが分かる気がした。
「私の前に立たないで。死にたいの?」
「俺に任せて欲しい」
「無理よ、あなたではメフィストフェレスに勝てない」
「今は俺を信じて欲しい。頼む……」
「…………」
ラファエルから返事はなかった。
強引な俺の申し出は黙認されたという事でいいのだろうか?
いずれにしろ、ラファエルが俺を止めなくなったのは事実だ。
「ほう、それが噂に名高いラファエルの加護か。ちゃちな真似を……」
「そうやって上から目線で吠えられるのは今のうちだけだ」
「……小僧、勘違いしとりゃせんか? 加護が不死とでも思っているのか?」
「そんな事は別に気にしなくていい。あんたの選択肢は二つ。大人しく尻尾を巻いて逃げ帰るか、俺に殺されるかだ」
挑発の為とは言え、我ながらよくもまあ臭いセリフを吐いたものだ。
今晩は布団の中で思い出して、もがき苦しむ様が容易に想像できて困る。
おそらくその頃には死にたくなってるだろう。
「フッ、フフフ……」
きょとんとした表情を浮かべた老人は急に壊れたように笑い始めた。
「わしを愚弄するか! 舐められたものだ。人間風情がいい気になりおって!」
メフィストフェレスは面白いぐらい俺の安い挑発に乗ってくれた。
異次元にその姿を消したことから本気で俺を殺しにくるのは明白。
――となると、やはり勝負は一瞬。
ぶっつけ本番となるわけだが、不思議と緊張はなかった。
そこにあるのは病みつきになりそうなぐらいの高揚感と今すぐにでも爆発してしまいそうな体の芯から伝わる疼き――。
燻る感情をギリギリのところで抑えて、最後に必要なのはそれを“爆発”させるタイミングだった。
「痛みを感じる間もなく死ぬがいいッ!」
その声に釣られるまでもなく、体が反射的に動いた。
(ここで爆発させる……!)
直感に従う形で俺は感じるがままに手刀を振るった。
「うぎゃあああああああああああッ」
直後に聞こえた断末魔のような悲鳴――。
声がした方を向いてみると、円形の異次元が綺麗に真っ二つに割れていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「落ち着いて。あとは私がやる」
異次元ごと裂かれて地面に転がり悶え苦しむメフィストフェレスの前に立ったラファエルは冷たい目つきをしてこう言った。
「メフィストフェレス、慢心したわね」
「馬鹿な……ッ。人間一匹にこのわしが……」
「それが慢心だと言うのよ。彼は魔族であなたと同じ超越者。それも、あなたの能力とは相性の悪い“断裂”のね」
そう言って首を斬り落とすというジェスチャーをして見せるラファエルさん。
出会う時代が違えば、俺もそうなっていた可能性があるだけに笑えない。
「そんな……まさか……そんなことが……」
「少し同情するわ。だから地獄で誇るといいわ。……私に殺されたってね」
天族とは思えない暗黒微笑を浮かべたラファエルは手にする剣を大きく振り上げると、命乞いするように両手を前へと突き出すメフィストフェレスにお別れを告げた。
「さようなら」
冷酷無比なその表情。悪い意味で夢に出てきそうだ。
「わしの負けだ。だから待っ――……」
振り下ろされた聖剣は容易く老人の体を切り裂く。
「ぎゃああああああっ」
地面に転がった憐れなその亡骸は蒸発するように白い煙を上げて消滅した。
「ずいぶんと無茶するわね」
「そう思うなら労わってくれ。こちとら体中がボロボロだ」
「うん。わかった」
「おいおい、冗談に決まって――――ン――――――――!?」
有無を言わさず強引に奪われた俺の唇。
ラファエルにとっては親愛の証といったところなのだろうか?
どうも俺の見解と相容れそうにない。
「わ、わかった……。もう大丈夫。大丈夫だから……これ以上はやめて下さい……」
「うん。わかった」
満足げな表情のラファエルからは動揺といったものが微塵も感じられない。
どうやら恥ずかしいと思っているのは俺だけのようだ。
「あれ……?」
緊張の糸が切れた所為か、訪れたのは理不尽で強烈な眠気――。
俺の瞼は幕引きと言わんばかりにゆっくりと垂れ下がってやがて意識は遠のいた。
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