魔界軍雑兵の偵察任務

水無月14

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買い物

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 「きた!」
 ガチャリと扉が開かれた音。確認した。
 俺の予想より三分ほど遅いが誤差の範囲内だ。
 今すぐ出撃する。いやっほう!
 「あっ、二条君。こんにちは」
 「こんにちは大家さん。今から買い物ですか?」
 「ええ、二条君も?」
 「奇遇ですね。俺も今から買い出しに」
 「そうでしたか。では一緒に行きませんか?」
 「はい。喜んで」
 チャンスは自ら作り出すものだ。少なくても俺はそう確信している。
 「学校にはもう慣れましたか?」
 「ええ、少しは……」
 「一人暮らしだといろいろと大変でしょう?」
 「たしかに大変なこともありますが、充実はしてますよ」
 「高校生かあ……私も久々に制服着てみたいなぁ」
 そう言って冗談っぽく笑う大家さん。無茶苦茶かわいい。
 これほどまでに笑顔が似合う女性は他にいない。
 それに大家さんの制服姿とか……。
 制服代は全額俺が持ちますので是非来て欲しい。んでもって横並びに歩きたい。
 それを考えるだけで妄想が爆発しそうだ。
 「あ……でも、こんなおばさんが学生服なんて着ても反応に困りますよね?」
 「そうですか? 俺は大家さんの制服姿、見て見たいですけどね」
 「まあ、二条君ったら……。年上を立てるのがお上手なんですね」
 いや、おべっかとか関係なしに割と本気と書いてマジで見たいんですけど……。
 だって、女性としては究極とも形容できる大家さんの制服姿――。
 想像するだけで妄想が広がり果てが見えない。
 「そういえば……」
 「はい?」
 「二条さんって女性の方と同棲されてるのですか?」
 「――――ッ!?」
 馬鹿な。なぜバレた?
 マリめ……迷惑掛けないと言った矢先にこれかよ。
 帰ったらキッチリ説明してもらうからな……。
 「えーと、その……いろいろあって一時的に親戚の子を預かってるんです」
 「そうでしたか。なんか余計なこと言っちゃったかな?」
 「いやあ、アッハハハハ。全然大丈夫ですよ! まったくこれといって問題はまったくないです」
 なぜだろう。浮気がバレた時の旦那の焦りが手に取るようにわかる気がする。
 何か手を打たないと詰みそうな予感。 
 考えるんだ。頭を使え。フルスロットルだ!
 「……じつは彼女も一人暮らしする予定らしいのですが、条件に合った物件がなかなか見つからないらしくて俺の部屋に転がり込んできたんですよ。条件的には大和荘が一番いいみたいなんですが、どこかいい部屋空いてませんかね?」
 我ながら即席にしては高度な嘘だとは思う。
 だが、怪しまれず、なおかつ、俺が大家さんからいらぬ誤解を受けない為には止む負えない不可抗力だろう。〝嘘も方便〟と言うし、こうゆう嘘は許されて然るべき。
 「それなら……けっこう空いてますよ?」
 「本当ですか?」
 「私と二条さんが使ってる部屋以外は空いてますよ」
 それってつまり、俺以外借りてる人がいないということでは……?
 もちろん口が裂けてもそんな事は言えないが、言われてみれば確かに他の住人に会ったことがないし、もし他に住人がいるとするのならばもう少し生活感的なものがあってもいい気がする。てか、そんな空き部屋ばかりで家賃収入とかは大丈夫なのだろうか……?
 ――などと俺は意味なく考えた。
 「近く新築のマンションばかりが建つので、私の方はさっぱりです」
 なんて儚い表情。見ているだけで押し潰されそうになる。
 一瞬、抱き締めるという選択肢が脳裏を過ったが俺はそこまで愚かではない。
 これでも身の程は弁えているつもりなので衝動的暴挙を自制する。
 「あの、もし大家さんさえよければ、なんですけど……」
 「はい?」
 「もう一件、部屋を契約してもいいですか?」
 「えっ……ええ!?」
 マイバッグを落とす大家さん。驚いたその表情またすごくいい。
 ――って、しまった! ここは俺が拾い上げる場面だろう。
 せっかくのチャンスを見惚れていてスルーしたのは悔やまれる失点だ。
 「まあ、まずは本人と家族に話を通さないといけないのですぐにってわけにはいきませんけど……ハハ」
 「本当によろしいのですか?」
 「もちろんですよ! こちらとしてもその方が助かります」
 流れで勝手に決めてしまったが、まあ大丈夫だろう。なんとかなる。
 マリとの取引分を使い込むことになりそうだが、これは先行投資。
 何の問題もない。当初の予定通り確実に外堀から埋めていってやる。
 そして、ゆくゆくは大家さんと……。
 やべえ、テンション上がってきた。勝利の前祝いに寿司でも買おう。
 「今日は人参とほうれん草、豚肉が安いですよ」
 「へえー……そうなんですか」
 「そうチラシに書いてました」
 「じゃあ、俺も買っちゃおうかな」
 寿司は中止だ。大家さんにそう言われた以上は買わざるを得ない。
 人参とほうれん草と豚肉でつくれるものって何があったっけ……?
 ここは炒め物系で攻めるか?
 いや、それよりも大家さんの献立が気になるところだ。
 そうこうしている間に気付けば俺は買い物を終えて大家さんの会計が終わるのを待っていた。
 「買ったもの……けっこう被っちゃいましたね」
 「本当ですね。献立も結構被ってたりして」
 そりゃそうだ。俺が被せてるんだから当然です。
 買い物からでも滲み出る大家さんの高度な料理スキル。
 やはりできる人は違う。何かが違う。
 「ここは男の俺が持ちますよ」
 「いえ、二条さんも自分の荷物があるんですし悪いですよ」
 「これでも力は有り余ってますのでお任せ下さい」
 「えぇーと……」
 「お願いします!」
 「ふふっ、じゃあ、お言葉に甘えようかな」
 ナイス俺。ヘタレにしてはよくやった。
 僅かではあるが大家さんの手に触れることに成功したのは大きな成果だ。
 家に帰ったらじっくりと大家さんと触れ合った部分を観察するとしよう。
 「あの、差し出がましいかもしれませんが……」
 「はい?」
 「お礼に今日の晩御飯ご馳走させてくれませんか?」
 かなり照れ臭そうにそんなことを言ってくれた大家さん。
 おいおい、俺はとうとう夢と現実の線引きができなくなってしまったのか?
 落ち着けマイハート。熱いビートを刻むにはまだ早い。
 ぬか喜びが大嫌いだって事は自分自身がよく知ってるだろう?
 「え……あ……」
 ダメだ。驚きのあまり言葉がうまくでない。
 何をブルってやがる。乗るしかないだろうこのビッグウェーブに!
 もちろん取り乱すことなく今の流れに従ってごく自然に……。
 さあ言え! 言うんだ! 言わんと殺すぞ。
 「ごめんなさい。いきなりこんなこと言われても困りますよね……」
 「いえ、喜んで! 大家さんさえよければ是非ッ!」
 大家さんの手料理を食べられるのなら別に死んでもかまわない。
 そうだ。何か手土産を用意しないと……。
 手ぶらで大家さんの手料理を食べようなどと罰当たりな事は考えられない。
 ケーキか? いや、ここは高級フルーツが定番か?
 ……って、そんな事をして逆に気を使わせてどうする。
 いきなり誘われたんだから、そんなもの用意するほうが不自然ってものだ。
 いや、でも何か用意すべきだとも思う……。
 どっちだ。どっちが正解なんだ!?
 ここは女心を知るべくマリに相談するべきか……? 
 いや、そんな事を言って一緒に行くなんて言い出されたらそれこそ終わりだ。
 じゃあ、ラファエルか?
 ……駄目だ。奴の感覚はちょっとずれてるから参考にならない。
 うおおおおおおおおおっ! こんな時、どうすればいい!

 「はッ……!?」

 いろいろと考えているうちに気付けば大和荘の前に到着していた。
 体感的には十秒ぐらいしか経過してなかったが、別にそれは慣れてる。
 ただ、大家さんと道中何を話したのだろう。全く記憶にないのが不安だ。
 あり得ない話だとは思うが、評価を下げるようなことはしていないと信じたい。
 「荷物ありがとうございます。おかげで助かりました」
 「いやあ、このぐらい平気ですよ」
 「二条君は普段何時ぐらいに夕食を食べられますか?」
 「だいたい七時ぐらいですかね」
 「では、七時頃に。女性の方も誘ってあげて下さいね」
 「わかりました。では失礼します」
 ……コブ付き? 冗談じゃない。行くのは俺一人で充分だ。
 俺はなんとしても大家さんと二人っきりで食事がしたい。
 その為にはありとあらゆる手段を辞さないつもりだ。
 この際、情は捨てる。今この瞬間をもって修羅と化す。
 その心に固く誓った俺は家に帰った。
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