魔界軍雑兵の偵察任務

水無月14

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ラスボスが友達になりたそうにこっちを見ている

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 なんだかんだで疲れがどっと残る学生生活初日だった。
 しかし、今はそんな事どうだっていい。
 それよりも晩飯。『腹が減っては戦ができぬ』という諺があるぐらいだ。
 今の俺の頭の中には食い物と大家さんのことしかなかった。
 「ふむ、悩ましいな……」
 人間界でどのような時に幸せを感じるかと聞かれたら、迷いなく食事の時と答えるだろう。
 俺はそれほどまでに人間界の食文化をこよなく愛してしまっている。
 ハッキリ言って“食”に関して言えば、人間界の方が断然うまい。
 一度食ったら最後、魔界の飯が豚の餌だと思えるぐらいの差がある。
 「ん……? 待てよ……」
 人間界の食文化を魔界に流通させたらどうなるだろう?
 もし仮にそれが商売として大成功したとしよう。
 そしたら俺は軍属なんて辞めて、島を買い豪華な家を建てて隠居する。
 でもって、大家さんと結婚する。
 「なんてことだ。完璧な計画じゃないか……って、あれ……?」
 ふと気付けば俺はスーパーの入り口に突っ立ていた。
 我ながら恐ろしい特技だが、別に慌てるほどの事でもない。
 それよりも惣菜コーナーに行きお買い得品を手に入れるとしよう。
 運が良ければ二割引きのシールが貼ってあるかもしれない。
 「ん……?」
 ふと目の端で見覚えのある人物の影を捉えた気がした。
 ――たぶん気のせいだろう。
 そう思って無視しようにも一度気になったら確かめずにはいられない性分。
 「まさか……な」
 気のせいだとは思いつつも、その影の後を追ってみる。
 すると、どこかで見覚えのある女の後ろ姿――。
 (あいつは……)
 できれば今見ている光景の一切を忘却の彼方へ追いやりたかったが、そんな中で俺は信じられない光景を目の当たりにしてしまった。これは一大事である。
 「何やってんだ……あいつ……」
 なんと奴はあろうことか値札を見比べて商品を吟味してやがったのだ。
 これはどう考えてもスルーするしかないだろう。それが優しさというもの。
 幼少期の頃より俺はなぜか気配を消すことだけは無駄にうまい。
 ――ってなわけで、グッバイ。ラファエル。
 「……二条君」
 気配を絶ってその場からフェードアウトする俺の予定がその一言で崩れ去った。
 もちろん咄嗟に「あ、ども」的な会釈で切り抜けようとしたが、奴は次の瞬間、自分の方へ来いと手招きしてきやがったのだ。 
 これは明らかな脅迫行為。逆らえば天力で俺の首の骨をへし折る気だ。
 「はいはい、何でしょう?」
 「荷物持つの手伝って欲しいんだけど」
 「いやいや、俺も自分の買い物があるし……」
 「何か買ってあげるから」
 「じゃあやります」
 流石はラファエルさん。天界のラスボスだけあって金持ちだな。
 そのお言葉に甘えて店で一番高い霜降肉を買ってもらう事にした。
 「じゃ、これね」
 「へえー……案外容赦ないのね」
 奴のカゴに高級肉を放り込むとびっくりするような声を上げたが、約束は約束。
 俺の知ったことではない。
 「で、袋は全部で五つ。四対一の比率ははおかしくないですかね……?」
 「いいから黙って運びなさい。高級肉買ってあげたんだから」
 「はい……」
 天族と並んで歩くことに違和感を感じるが俺はプロだ。
 ――ここは穏便に済ます。
 決して買収されたわけではない。これは高度な戦略的駆け引きだ。
 俺優位なら何の問題もない。
 「なぁ、お前の家ってどの辺りだ?」
 「二条君の家の近く」
 ……なんだと? 俺はこいつに家なんて教えちゃいない。
 なら、なぜこの女は俺の家を知っている……?
 さては俺に細工した時に記憶を読み取りやがったか?
 それしか考えられねえ。よくも重要な軍事機密を……。
 即座にこの女をこの場で処刑すべきだが、雲泥の差などでは済まないぐらいの実力差はどう考えても埋まるとは思えなかった。
 「で、二条君の家はどこ?」
 「……教えるわけないだろ」
 ――って、冗談かよ。マジで焦ったわ!
 ラファエルが購入したオリーブ油の瓶で後頭部を殴ってやろうかとも思ったが、とりあえずはこいつのアジトを知ることが先決だ。
 まあ、知ったところでどうする事もできないわけだが……。
 「二条君って面白い人ね」
 「あ? 何が……?」
 「フフッ、面白い人」
 なんの脈絡もなく漠然とした事を言い出すのはやめろ。反応に困ります。
 俺を面白いというが、天界でも伝説級(レジェンド)と呼ばれるような方がスーパーで値札と睨めっこしてるほうが俺的には面白い。
 いや、それよりも誰も知らないような時代からコインの裏表を巡っていがみ合う敵対種族同士が平和そうに並んで歩くこの場面なんて誰が想像できる……?
 「私と対等に話せる天族なんていないからすごく新鮮」
 「……俺、天族じゃねぇーし」
 「あはは、そうだね」
 「それに正直、お前がどのぐらいすごいのか俺にはわからん」
 こいつが野蛮で暴力的な奴だったなら少しは畏怖の念を覚えたのかもしれないが、残念ながらそうゆう奴でない事は図書準備室の件ですでに証明されている。
 なんというか……雰囲気的には人に懐いた巨大熊みたいなイメージ?
 気まぐれでいつ殺されてもおかしくないのかもしれんが、そうゆうのは考えても仕方ないから考えとしてはすでに除外している。
 「まさかスーパーで一番高い高級肉を買わされるとは思わなかったし」
 「約束は約束だろ?」
 「それはそうだけど……」
 「さてはお前、それが言いたかっただけだろ」
 「そうかも」
 大した話をしているわけでもないのに、ラファエルは満足げな顔をしていた。
 よくわからんが、俺は試されているのか……?
 ならばここは一丁、逆にからかってやるとしよう。仕返しだ。

 「ふーん……なら俺が友達になってやろうか?」
 
 「なっ……!? いきなり何を……?」
 
 俺の言葉に狼狽し、ラファエルは手にするスーパーの袋を落とした。
 別にそこまで驚く必要もないだろうと突っ込みたくなったが、それを言う前に彼女は信じられないものを見るような目で俺を見ていた。
 「まあ、冗談だよ。わかってる。流石に魔族と天族とじゃ――……」
 「…………い」
 「えっ……? なんだって?」
 「…………たい」
 「……何? 聞こえん。言いたい事があるのならはっきり言え」

 「友達になりたい!」

 周囲一帯の住宅街に響く加減を知らない大声。
 思わず鼓膜が破れるかと思った。
 「おまっ……馬鹿……」
 まったく近所迷惑ってものを考えないのか!
 誰も見てないよな……? よし、見てないな。
 俺はラファエルの手をとり一目散にその場から逃げだした。
 「お前、いきなり何なんだよ……!?」
 「友達って事は、つまり“対等”ってことでいいんだよね?」
 「ああ……? よくわからんが、そうじゃないの?」
 「本当になってくれるの?」
 「……まあな」
 自分から言い出した手前、からかっただけとは今更言えない。
 まさか本気にされるとは思わなかった。
 今までのラファエルの印象は冷静でどこか冷めた感じだったのに、俺のその一言で無邪気な幼稚園児みたいな大声を出すって、もしかして俺は言ってはならないことを言ってしまったんじゃないだろうか……?
 (やべえ、やっぱ友達は無理とか言ったら殺されそう……)
 まず、友達って知らずのうちになってるものだよな。
 こうゆう時の対処ってどうすんだ?
 とりあえず、それっぽく連絡先の交換か?
 それしかねえ、それ以外の候補が見つからねえ。
 でも、これって完全に軍規違反じゃないのか?
 ああああ、わからん。頭の中が混乱してきた。
 「……えっと、とりあえずメアド交換する?」
 考えがうまくまとまらないうちに俺はテンパってそれを口にしてしまった。
 敵に自分の情報与えてどうする……?
 自責の念に駆られた俺は割と今すぐにでも家に帰りたくなった。
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