暴君みたいな女の魔手から俺がこの先生き残るには

水無月14

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最後の晩餐

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 「俺達が勝ったのは薄氷の勝利ってやつ?」
 「遠藤のくせに難しい言葉知ってるんだな」
 「高林てめえコノヤロー」
 三ゲーム投げた総合スコアは僅差といえる三点差。
 序盤は不調だったハルカが猛追を見せたものの、勝利には今一歩届かなかった。
 単純にゲームとしては予想以上の盛り上がりを見せた。それは間違いない。
 しかし、接戦の結果というだけあって勝利したチームと敗北したチームではやはり温度差のようなものがあり誰もがそれを薄らと感じていたのだろう。
 そんな空気を誤魔化すようにボーリング後の会食の席で話題の中心となって話を盛り上げるのは勝利した側の遠藤と高林。
 ハルカはそんな二人を呆けるように見つめていた。
 「それにしても桐原ってホント土壇場に弱いヘタレだよな。九回裏満塁逆転ホームランって場面でうっかり手を滑らせてガーターとかないわー……」
 「うるせー。あの時はテンパったんだから仕方ないだろ!」
 面子的にも男女交流の場というよりはむしろ同窓会みたいなノリ。
 気付けば話題はボウリングから離れて中学と高校、そして各々の出会い。
 そこから派生させて面白い話の一つでもすれば話題が尽きることはなかった。
 「んー……話変わるけど、桐原と一条って付き合ってないんだよな?」
 「普通に考えれば学園七不思議レベルだよね」
 「やっぱ、カオル君もそう思う?」
 「もちろん。てか、ほとんどの人はそう思ってるんじゃない?」
 予め予想はしていたが、やはりこの手の話題は避けては通れないらしい。
 第三者から見れば今の俺とハルカの関係は疑問に思う部分があるのだろう。
 辛うじて俺が理解できるのはそれだけだった。
 「私の相手がこいつじゃ釣り合わないからというのは理由にならない?」
 淡々とした口調で虫を踏み潰すようにそう答えるのはハルカさん。
 動揺を一切感じさせないその姿勢は実にハルカらしいと言える。
 もしも初対面でそんなことを言われようものなら俺のガラスハートは成す術もなく粉々に砕け散っていただろう。こわい。
 「なら、桐原は一条のことをどう思ってるんだ?」
 「ん? どうって……?」
 「今の話の流れでわかるだろ……」
 まるでロウソクの火を吹き消したように静まり返る場の空気――。
 誰もが俺の言葉を待ってるのは目に見えて明らかだった。
 「んー……腐れ縁?」
 「それだけ?」
 「幼馴染」
 「他に」
 「元クラスメイト」
 「それ以外には?」
 さすがに鈍感な俺でも周囲が期待している言葉ぐらいは分かる。
 ネタの範疇でなら周囲の期待に応えてやっても構わないが、ハルカ本人がいるといろいろと話が別だ。
 下手に茶化せば今日が俺の命日。なぜならハルカはこの手の冗談が大嫌い。
 たとえノリが悪い奴だと思われようとも俺の命の灯を絶やすわけにはいかない。
 「良き隣人」
 「わかった。もういい……」
 根負けとばかりに手を挙げる遠藤。その顔には「やれやれ」と書いてあった。
 場が白けるのは不可避だったが、それでも俺は自分の命が大事だ。
 誰が何と言おうが俺は自分の選択に後悔などしていない。
 「じゃあ、一条妹は桐原のことをどう思ってる?」
 「馬鹿でスケベでどうしようもないけど優しい人だと思ってます」
 「男としては?」
 「どうでしょう。でも面白い人だとは思います」
 「付き合いたい?」
 「義姉ちゃんがいるのでそれは遠慮しときます」
 「アハハ、三人の中で妹が一番わかってるな」
 カエデのおかげで少し明るくなる場の空気――。
 実際は分からないが俺のフォローをしてくれたというのならば大したものだ。
 「もういいじゃない。この話題は」
 「そうそう、しつこい男は嫌われるよ~」
 ハルカが我慢の限界とばかりにそう口にすると、それに同調するカオル君。
 タイプがまったく異なる二人だが、時折似てると感じるのはおそらくそういった部分なのだろう。今の二人を見ているとなんとなくそう思った。
 「いやぁー……悪い悪い。少し調子に乗り過ぎたな。ハハッ……」
 「すまん。悪気があったわけじゃないんだ」
 空気を察してか言い訳することもなく謝る遠藤と高林――。
 二人が面白半分で言ってるのは分かってるが、しつこいと誰だってイラつく。
 短気なハルカならそれはなおさらだろう。遠藤と高林は万死に値する。
 「悪ノリが過ぎるからだ。ハルカに殴られるがいい」
 「てめえ、桐原。俺達を売る気か?」
 「卑怯だぞ!」
 「自業自得だ。往生際の悪い奴らめ。裁きを受けろ」
 「俺達のリーダーは桐原だろう。部下の責任は上司というし、ここは桐原が……」
 「それもそうね」
 「ほら見ろ、一条さんもそう仰ってる。死ぬのは桐原、お前だ!」
 「なっ……」
 俺の予想の斜め上をゆく超展開――。
 なぜこうなったのかは分からないが、状況的に俺の立場が危ういということだけは分かる。
 「カエデさん!」
 「勝ち目のない戦いに私を巻き込まないで」
 「カオル君!」
 「これは独り言なんだけど、購買のリンゴジュースとデニッシュ、それとアップルパイとプリンが食べたいなー」
 今ならブルータスに裏切られたガイウス・ユリウス・カエサルの気持ちが分かる気がする。誰かを頼ろうとした俺が間違っていたのだ。
 基本的に人間なんてものは自分さえよければそれでいい生き物。
 今まさにそれが証明された瞬間である。
 「人望がないのね。かわいそうに」
 「そんな馬鹿な……」
 「流石に店の中で暴れるわけにはいかないから後でね」
 そう言って、ドS丸出しの笑みを浮かべるハルカさん。楽しそうでなりよりだ。
 しかし、こちらとしてはそれに付き合ってやる気は毛頭ない。
 三十六計逃げるに如かず。話し合いが通じない相手なのはよく存じている。
 たぶんハルカにとって俺を制裁する大義名分などなんだってよかったのだろう。
 俺にだけ辛辣なのは重々承知のことだったが改めてひでえ女だと心底思った。
 「じゃあ、そろそろ店を出ようぜ」
 「それは困る」
 「なぜだ?」
 「俺が死……じゃなかった。ここから話が盛り上がってくる気がしないか?」
 「いやいや、飯はとっくに食い終わってるんだから長居は店に迷惑だろ」
 あろうことか俺をさらなる窮地に叩き落とそうとしてくるかつての盟友たち。
 すっとぼけた顔をして白々しくもよくもまあそんなことが言えたものだ。
 本来なら死ぬゆく運命だったにもかかわらずそれを俺に擦りつけるという大罪。
 ――もはや命をもって償ってもらうしかない。
 「そうね。そろそろ店を出ましょうか」
 「ええッ!?」
 「なにか問題でも?」
 「いえ、とくには……」
 トドメとばかりにハルカさんがそう口にしたことで始まった帰り仕度。
 どうやら店に残るという選択肢が潰えたらしい。
 そんな俺の脳内で流れるのはロマン派音楽を代表するエクトル・ベルリオーズが作曲したと言われる幻想交響曲の第四楽章『断頭台への行進』――。
 もはや夢も希望もない。俺を待ってるのは確実な“死”だ。
 「一人二千円だっけ?」
 「はい……」
 「じゃ、私達を代表して会計よろしく」
 そうして俺に会計を押し付けて次々と店の外へと消えて行く面々。
 いっその事、会計後に店の裏口かトイレの窓から脱出を図ろうかとも思ったが、後に死ぬのは一度だけでは済みそうにないので甘美なその誘惑をなんとか理性で退ける。
 「初めてきたけどこの店は穴場だったな」
 「まったくだ。今度また来ようぜ」
 俺が会計を終えて店を出た直後に聞こえてきたのは遠藤と高林の会話。
 どうやら俺が選んだ店は好評らしく厳選しただけの甲斐はあった。
 男に言われると嬉しさ激減だが、満足してもらったことは純粋に嬉しい。
 「桐原君。今日は誘ってくれてありがとね」
 「いやいや、こちらこそかなり急な誘いで悪かったな」
 「俺達みたいなのも誘ってくれるなんて桐原は本当にいい奴だよな」
 「だな。また誘ってくれよ。いつでも行くから」
 カオル君はともかく、遠藤と高林を誘った記憶なんてものは微塵もない。
 勝手にこの二人が不法入国みたいな真似をして参加しただけだ。
 仮に次の機会があったとしても遠藤と高林だけは誘わないと神に誓ってもいい。
 「じゃあ、今日はここでお別れだね。僕の家は君達とは逆の方向だし」
 「そうか、じゃあまた学校でな」
 「うん。今日は楽しかった。またね」
 挨拶そこそこに一人帰路へとつくカオル君――。
 解せないのはカオル君と同じ方角であるはずの二人が帰らないということだ。
 「おい、お前らもさっさと帰れよ」
 「いやいや、これから面白いものが見れそうだし、今帰ったら損だろ」
 「右に同じく」
 「チッ、クズ野郎どもめ」
 俺を助けるどころか――あくまで傍観を決め込もうとする下衆二人。
 馬鹿なこいつらには物見遊山がどういった結果を招くのか教えてやろう。
 裏切り者には死を――。
 「おや、自ら人気のない道を進んで行くってことは覚悟はできてるのかな?」
 「まぁな」 
 「まあ、そんな怖い顔するなよ。骨ぐらいは拾ってやるから」
 「……拾えるのか?」
 「ん? それは一体どうゆう意味だ?」
 ハルカにとって俺が主攻撃目標なら遠藤と高林は副次攻撃目標。
 つまるところメインディッシュ前の前菜ってやつだ。
 残念なことに連中はそれを理解せずに俺が攻撃目標になったと安堵している。
 長年の経験から言ってそれは完全な死亡フラグだった。
 「カエデは先に帰ってて。私達は遠回りして帰るから」
 「うん。あまり遅くならないようにね」
 「わかってる。……さてと」
 臨戦態勢とばかりに首をバキボキと鳴らすハルカさん。
 その姿はどこからどう見ても死刑執行人にしか見えない。

「ぐわあああああああ!? 頭が割れるううううううううううッ」
 
 人気のないシャッター商店街に差し掛かった所で背後から聞こえてきた叫び声。
 死因は油断してハルカに近付き過ぎたといったところだろう。
 俺と手を組んでいれば回避できただけに残念だ。
 「ち、違っ……桐原はむこう……」
 「うん。知ってる」
 「じゃあ、どうして!?」
 「まだ分からないの?」
 「痛い! 痛いッ! 頭が割れるように痛いようッ!?」
 振り返って見てみると、アイアンクローを食らって必死にもがく遠藤の姿。
 俺も過去に何度か経験したが、あの痛みは想像を絶する。
 こうなる事は最初から分かり切っていたことだったが、実際に目の当たりにすると恐怖でチビりそうになった。
 「がはッ……」
 必死の抵抗も虚しく事切れるようにダラりとぶら下がる遠藤の腕。
 ハルカは見せしめとばかりに動かなくなった遠藤をゴミ捨て場に放り投げると、手をバキボキと鳴らして次の獲物へと向かって歩き出した。
 「冗談じゃねえ。俺はまだ死にたくない!」
 ようやく状況を理解したのか、悪魔を前にして逃亡を図る愚かな羊。
 だが、その選択はあまりにも遅過ぎた。
 「高林! 後ろだ!」
 俺の言葉でただならぬ気配を感じ取ったのか――バッと振り返る高林。
 その直後に奴の体は重力に逆らうように宙に浮いた。
 「真空飛び膝蹴り……だと……」
 超人的な跳躍から高林の顎にクリーンヒットするハルカの膝。
 痛みを感じる間もなかったのだろう。
 そのまま地面に転がった高林は虚ろな目をして痙攣していた。
 「私がアンタ達みたいな下衆を生かしておくわけがないじゃない」
 二人を“処刑”したハルカは俺を見据えて満足そうな笑みを浮かべる。
 その顔には「次はお前だ」という文字。
 絶体絶命。万事休す。
 ハルカと死神がダブって見えるのは本当に目の錯覚だろうか……?
 否、このままでは間違いなく俺は死んでしまう……。
 「み……見たいテレビがあるから今日はもう帰る!」
 「待ちなさい。後がひどいわよ?」
 背後から聞こえてきた声と俺を追う気配――。
 俺は振り向くこともなくその場から全力で逃げ出した。
 怖かったんだ。そしてなにより恐ろしかった。
 後になれば数倍になってボコられるとわかっていても無理だった。
 俺の逃亡は本能的なもので自分の意思でどうこうできるものではなかった。
 これは不可抗力だから仕方ない。仕方ないんだこれは……。
 俺は全速力で家を目指した。
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