暴君みたいな女の魔手から俺がこの先生き残るには

水無月14

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ボウリング

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 「チーム分けは男チームと女チームでいいですかね……?」
 「それじゃ、つまらないわね」
 「え? どうして?」
 「私と青葉さんが組んだらアンタ達が束になっても勝てるわけないじゃない」
 「それもそうっすね……」
 たしかにハルカの言う通り勝負にならない。
 ここは戦犯である高林とカオル君をトレードすべき。
 せいぜいハルカの足を引っ張って殴り倒される未来を期待するとしよう。
 「じゃあ、高林と――……」
 「男はそっちでグーかパーで別れて。女子はこっちでグーとパーで別れるから」
 「えっ……」
 瞬く間に主導権を奪われた瞬間である。
 ハルカの言葉に従い近寄ってくる遠藤と高林。
 特に異論を申し立てるわけでもなく俺達は大人しくグーとパーに別れた。
 「そっちは決まった? こっちはパー二人にグー一人」
 「こっちは俺がパーで遠藤と高林がグー」
 一発で決まったチーム分け。
 よからぬ悪寒が背筋を走り抜けたが、それは単に俺の気のせいだと思いたい。
 そうでないと今朝の星座占い一位が嘘ということになる。
 「あれ……? もしかしてハルカさんもパー?」
 「残念ながらアンタとは味方みたいね」
 「うわぁー……」
 「何その顔? 殴っていい?」
 「やだなぁ~……ちょっとした冗談じゃないですか」
 ボウリングの玉を片手に物騒なことを仰るハルカさん。
 ハルカが言うと冗談ではなく本気に聞こえてくるから怖い。
 「ねえねえ、お兄さん」
 「ん……?」
 「ボール選び手伝ってくれる?」
 「我におまかせあれ」
 ハルカが味方という事実があまりにも強烈過ぎて気付くのに遅れたが、どうやらカエデがもう一人のチームメイトらしい。
 三人の女子の中では最も小柄。うまく投げれるかが心配だ。
 「これなんてどうだ? レディースボールってやつらしい」
 「じゃあ、それで」
 「早ッ!? 即決かよ」
 「うん。ボール選びを迷うほどやってないからお兄さんに任せるよ」
 全幅の信頼を置いてるとばかりにカエデはそう言い切った。
 そのことに嬉しいと感じる反面で「本当にボウリングでよかったのか?」と聞きたくもなる。
 そんな俺の心配を他所にカエデは俺が選んだ玉と睨めっこしていた。

 「先攻は僕達からだね」

 スコアボードを見てみると、グーチームと書かれた部分が黄色く点滅していた。
 どうやら敵軍の記念すべき第一投はカオル君が投げるらしい。
 「カオル君。ストライクを頼む」
 「了解」
 「カオル君。ガーターで頼む」
 「桐原君。それはできない相談だ」
 呼吸を整えてからのカオル君の第一投――。
 素人の俺から見れば、手本にしたくなるぐらい綺麗なフォームだった。
 「おっ、さっそくガーターか……?」
 「さあ、どうだろうね?」
 野球でいうのなら変化球を思わす玉の動き。
 最初はガーターコースだったのに十本並んでるピンのど真ん中を貫いた。
 「あ――――――ッ!? 一本残った。惜しいッ!」
 「あらら、残念」
 コース的にはストライクでもなんらおかしくなかった。
 勝利の女神が俺達に微笑んだのかどうかは定かでないが、敵がストライクを逃したというのは大きい。問題なのは次でスペアをとれるかどうかだ。
 「では、続いてオレが」
 そういって席を立ったのは高林。
 なんとも不格好なボールの持ち方。言っちゃ悪いが俺よりも素人丸出し。
 高林には悪いがその姿を見てると自然と口元が緩んだ。
 「よしッ! いけッ!」
 カオル君とは比べものにならないぐらい低速で転がる高林のボール。
 しかし、コース自体は悪くない。これはもしや……。

 「よっしゃー、スペア! やったぜ!」

 ハイタッチして喜ぶ敵軍。初っ端からスペアをとったのが自信に繋がったのか和気藹々としたその様子からは余裕が垣間見える。
 「よし、次は俺達の番だな。誰から行く?」
 「…………」
 ハルカは無視でカエデは様子見といった表情で俺を見てくる。
 どうやらパーチームの第一投目は俺が投げなくてはならないようだ。
 「桐原、頼むからガーター出してくれ」
 「うるせえ」
 ボウリングなんてものは半年に一度やるかやらないか。
 スコアも百二十ぐらい出れば御の字。ハッキリ言って上手い方ではない。
 技術的にもカオル君のように変化球を投げるわけでもないので、俺にできる事と言えばストライクがとれることを切に祈って投球するのみ。
 「おっ、いいコース!」
 「これはコース的にストライクだろ。ストライクでお願いします!」 
 「ガーター出ろ! ガーター。そして死ね」
 思惑が交差するように思ったことを口にする面々。
 中盤まではストライクを期待できるコースだったが、終盤で少しズレた。
 「ああ……」
 残ったピンは三本。しかも厄介なことに両端……スプリットというやつだ。
 ここで要求されるのはピンを弾いて別のピンに当てるという高等技術――。
 少なくても、素人の俺が狙ってできるようなものではなかった。
 「すまん……」
 「まっ、トーマにしてはマシなほうじゃない?」
 情け容赦のないハルカさんからの“ありがたい”お言葉――。
 その態度には慣れてるから平常心を保っていられるものの俺が別人だったならば、ハルカのその一言で瘴気が漂うほどに気を悪くしたに違いない。
 ささやかな復讐だがお手並み拝見させてもらうとしよう。
 「じゃあ、次はハルカで」
 「…………」
 俺の指名を受けて調整するように手首を回すハルカさん。
 ただならぬ気配。
 その目は獲物を狙う隼を思わせるものだった。
 「大丈夫かな……義姉ちゃん……」
 「大丈夫ってなにが?」
 「えっ? お兄さん覚えてないの?」
 「覚えてないって一体何の話だ?」
 カエデの言葉に心当たりなんてものは微塵もない。
 むしろ複雑な顔をされるのが逆に不思議なぐらいだ。
 「はぁ……お兄さん。ちょっといい?」
 「なんだ? 耳を貸せだなんて大袈裟だな」
 「これはお兄さんのためを思ってなんだけど……」
 「俺のため?」
 ますます意味が分からないが、重要な話であるということは空気で分かる。
 しかし、肝心の内容が何であるのかが分からない以上は黙ってカエデの指示に従うしかなかった。
 「私が中学一年生の頃に三人でボウリングしたことがあったんだけど、その時の事って覚えてる?」
 「いや、まったく覚えてないな……」
 「やっぱり……。あの頃のお兄さんはゲーム中毒だったもんね」
 「いやはや、お恥ずかしい」
 土日徹夜でゲームを続け月曜の一時間目の授業から爆睡という異常行動をとっていた中学時代。今思えば思春期真っ盛りとはいえ我ながら恐ろしい。
 あの頃は俺に干渉してくる人間すべてがウザくて仕方なかった。
 俺にとっては完全な黒歴史なのであまり聞きたくなかったが、察するにそうも言ってられないらしい。
 「義姉ちゃんは一度、ボウリングでお兄さんに負けてるの」
 「え……? あのハルカが俺に……?」
 「うん。ご存じの通り、負けず嫌いな性分だから義姉ちゃんは即座に再戦を申し込んだんだけど、当時のお兄さんは一秒でも早く帰ってゲームがしたかったらしくて激しい口論になった結果、お兄さんにウザいと言われて相当へこんだみたい」
 「げっ、マジかよ……そんなことが……」
 「それ以来、義姉ちゃんにとってボウリングはトラウマみたいよ」
 まったく覚えていないが、カエデからそう聞いて心に罪悪感に溢れた。
 しかし、それならどうしてハルカはカラオケではなくボウリングをすると言ったんだろう。
 トラウマなら極力触れないようにするのが普通だと思うが……。
 「でも、それならどうして……?」
 「おそらくだけど、トラウマを克服しようとしてるんじゃないかな」
 「そうなのか?」
 「これはあくまで私の憶測。実際はどうか知らない」
 「いや、たぶんそれで合ってると思う。わざわざ教えてくれてありがとな」
 「せっかく教えたんだから義姉ちゃんに怒られないようにしてね」
 「……気をつけます」
 俺とカエデがそんな話をしている間にハルカが投球する。
 事前にカエデの話を聞いてなければ、目の異常を疑っているところだ。
 「あの一条が……ガーターだと……?」
 「おいおい、嘘だろ……」
 敵軍ですら驚きの声を上げる意外なその結果――。
 ハルカは特に驚く様子もなく無言でカエデの隣に座ると飲み物を口にした。
 「アハハ、今日は少し調子悪いかも」
 「大丈夫? 義姉ちゃん」
 「まあ、そのうちエンジンが掛かってくると思う」
 一見する分では誰もが知る“普段”のハルカだ。
 しかし、俺はそんなハルカから違和感を感じずにはいられなかった。
 「よしッ! じゃあ、気を取り直して次は俺が!」
 遠藤が立ち上がったことでグーチームの二順目。
 カエデから話を聞いた影響か、俺はボウリングを楽しんでいる振りをしながらずっとハルカのことばかり考えていた。
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