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三人の助っ人

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 当初より予想はしていたが一方的な試合展開――。
 各運動部の部長やエース級を擁する二組女子に一組女子が敵う道理はなかった。
 「こいつぁ……ひでえ……」
 心の底から同情できる悲惨なその光景――。
 活気があり士気が高い二組女子に対して意気消沈したお通夜のような一組女子の姿。そのほとんどは壁にもたれ掛かって項垂れ、まるで敗残兵のようではないか。
 それでもなお試合が続いているのはカオル君を筆頭に一部の運動部員が善戦しているからに他ならない。
 「痛ッ……」
 「高橋さん!」
 「ごめんなさい。足をくじいたみたい」
 一組の希望。女子バスケ部エースの高橋さんが保健室送りになるというアクシデントに動ける二人の運動部が付き添い、コート上に残されたのはカオル君ともう一人の女子だけ。
 かなり絶望的な状況。もはや試合を続ける事自体が困難な状態だった。
 「先生。一組はあんな状況なので、そろそろコールドゲームにしませんか?」
 堂々とした口調でそう進言するのは憎き敵軍総大将ハルカ。
 さすがは二組を牛耳ってる首領だけあって俺に不毛な恋愛相談しにきている時とは雰囲気がまるで違う。普段にも増して近寄り難い厳かな空気を醸し出していた。
 「そうね……」
 五対二でバスケを続けるなんてことは不可能。
 それは教師でなくても誰の目からみても明らかなことだ。
 「ちょっと待って下さい。その前に一つ提案させてもらってもいいですか?」
 「青葉さん。提案もなにも一組の女子はあなた達二人を除いて他は立ってることも儘ならないほどの戦意喪失状態。その中から誰か三人を無理やりコートの上に立たせるというのは個人的にいかがなものかと思うのだけど?」
 どこか釈然としないがハルカが言ってることは正論。何も間違っちゃいない。
 無理に誰かをコートの上に立たせても結局はズタボロにされるだけ。
 だからと言ってカオル君が一人でも戦うと言ったところで教師は首を縦には振らないだろう。普通なら試合が終了する場面だ。
 「一条さんの言ってることはもっともだけど、青葉さん。その提案とは?」
 「はい。助っ人を三人調達しようと思います」
 「助っ人……?」
 「たとえば、ほら、あそこで自分達の試合をそっちのけで女子の試合を覗き込んでいる男子とか」
 そう言って該当者と思しき人物を指差すカオル君。
 どうゆうわけか俺を指差している気がしないでもない。
 「へえ……」
 すると何を察したのか、ハルカがその口元をいやらしくも緩める。
 奴が何を考えているかは知ったことじゃないが、なんだかとても嫌な予感――。
 俺の直感は今すぐこの場を離れるべきだと主張していた。
 「でも、男子生徒というのは……」
 「暇そうにしてるし、いいじゃありませんか。私が話をつけますよ」
 「先生。お願いします! どうしても最後まで試合がしたいんです!」
 「青葉さんと一条さんがそう言うのなら……」
 なんて押しの弱い先生なんだ。おかげで俺の立場が危うくなってきた。
 逃げるにしても授業中に開錠してる体育館の出入り口は女子側の一ヶ所だけ。
 手招きするハルカに逆らったところで俺の未来は見え透いている。
 「へへ……なんでございましょうか?」
 どうやら遠藤と高林も俺と同じ結論に達したらしい。
 利口な我等はあくまで従順に徹した。
 「言わなくてもわかるよね?」
 「それはもう……へへへ」
 ここで知らぬ存ぜぬなどと抜かせばバスケットボールが我々の顔面を直撃しただろう。それは火を見るよりも明らかだ。
 聡明な我らに誤魔化しなどという姑息な選択肢はなかった。
 「アンタ達三人、いやらしい目で私達を見てたよね?」
 「滅相もない! 我々は純粋に試合を見学していましたよ。本当です」
 「ふーん……言い訳だけは一人前みたいだけど、負けたら罰ゲームだからね」
 「えっ? 罰ゲームとか聞いてないんですけど?」
 「当然でしょ? 本来なら覗きなんて気持ち悪いことしてる時点で女子全員で袋叩きにあってもおかしくないところだけど、私達に勝てば不問のチャンスをあげてるの。そうゆうわけで跪いて感謝しなさい」
 「そんな……僕達にメリットないじゃないですか……」
 「あぁん?」
 「いえ、なんでもないです……」
 本当に何なんだよこの女。それに頷く周囲の女子も女子だ。
 何も着替えを覗いたわけでもないのにケチケチしやがって……。
 こうゆう自意識過剰な女が世の中に蔓延るから男が肩身の狭い思いをするんだ。
 ……そうだ。これは世直しだ。
 俺達が歪んだ世の中に正義の鉄槌を下してやる。
 「じゃあさ」
 「青葉さん。まだ何か?」
 「メリットって言うならさ。一組が勝ったら僕がキスしてあげるよ。ご褒美」
 「なっ!? 正気なの……?」
 カオル君の言葉に狼狽する敵軍の女帝。
 しかし、そんなことは俺にとってどうでもいいことだ。
 それよりもあの暴君を葬れる方法を――……必要とあらば手段は問わない。
 「ねえ、どうかな? ……って、なんか桐原君だけ反応薄くない?」
 「ん……?」
 「ご褒美にキス」
 「ご褒美にキスか……キスね……キ、キスッ!? キスってぶちゅ~のやつ!?」
 「うん。ぶちゅ~のやつ。僕じゃ不服かな?」
 「とんでもない! 我ら命を懸けて勝利に貢献させていただく所存」
 「右に同じく」
 「じゃあ、オレは左に同じく」
 俺に続きカオル君を主君と定め、跪く遠藤と高林――。
 今の我々の推定戦闘力は五十三万。ビッグバンを起こすことも容易い。
 これは数値上、第六天魔王ハルカに届く戦闘力である。
 「バッカじゃないの? 完膚無きまでに叩き潰してあげるわ」
 「フン、調子に乗るなよハルカ。我々一組の底力を見せてくれるわ!」
 「それは楽しみね。さぁて……罰ゲームはどうしようかしらね?」
 ドS丸出しの笑みを浮かべてポニーテイルを束ね直す敵軍の女帝。
 周囲にいる取り巻きみたいな女子達は一様に俺達を蔑んだような目で見ていた。
 言うなればこれは一組と二組の全面戦争。負けられない戦いがここにあった。
 「先生。得点を一旦リセットしてもらっていいですか?」
 「一条さんがそう言うなら……」
 圧倒的大差から振り出しに戻った得点板――。
 それが暗に言い訳が通用しないことを示してるのは明らかだ。
 「私に大口叩いたんだからジャンプボールはもちろんアンタがするわよね?」
 「いいだろう受けて立とう」
 身長差だけでいうなら俺の方が有利――。
 審判の教師がボールを宙に投げると同時に俺とハルカは時を同じくして跳んだ。
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